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第一章 召還
50.「うん、任せて。サクのことは守るよ」
しおりを挟むなにか変な感じがしてシールド内でずっとシールドを壊そうとしている魔物を観察する。
近づいてシールドに触れば、待ってましたとばかりに魔物が食らいつこうととびかかってくる。だけどシールドに阻まれて、魔物は真っ赤な口内を人肉で満たせず悔しいとばかりに鼓膜を破りそうなほど大きな声で叫んだ。
怖いと思う。
魔物とはまるで縁のなかった異世界にいた私でさえこう思うんだ。魔物に怯えて生きているこの世界の奴らなら尚更そうだろう。絶対に近づこうと思わないはずだ。
現に禁じられた森はおろか近くへ行くことさえ許されていない。兵士による見回りだってあるぐらいだ。
魔物は獲物を見つけたら襲いかかる。
……誰がわざわざこんなところに来たんだろう。
古都シカムの人たちから禁じられた森周辺に不審人物を見たなんて話は聞いていない。
兵士の目をかいくぐってまで禁じられた森に向かった目的は?それがこの異変なのだとしたら?
案内人につれられてここの光景を見たときのことを思い出す。シールドの外にいた魔物もシールドの中にいた魔物もシールドを壊そうとしていた。
魔物は獲物を見つけたら襲いかかる。
獲物は、人間。なぜかほかの動植物には目もくれない。食べることを目的としてただ人間だけを狙う。障害物として人間以外のものを攻撃することはあったけれど食べることはなかった。
魔物は獲物を見つけたら襲いかかる。
ホーリットでレベルCの状態になってホーリット全体にシールドがはられたとき魔物はシールドを壊そうとした。でもそれはシールド越しに人間がいたからだ。
案内人につれてこられたとき、シールドの内にも外にも人間はいなかった。なんでだ?
「……リーフ、ハース、大地。いったんアイツらと合流」
「え?ああ、分かった」
「おお」
剣についた血を拭いながらハースと大地が頷く。そうしている間にもまた、大きな音が聞こえた。
もしかしたらあれは魔物と対戦しているだけじゃないのかもしれない――セルリオ。
「転移するぞっ。転移後すぐに戦闘に入るかもしれない。準備はいいか」
最悪を考えて3人を見れば、3人は仲良く顔を見合わせたあと笑った。
「サク班長といればもうそういうの慣れたんで」
「任せろ!」
「いつでもいいぜ、サク」
随分頼りがいのある言葉がかえってきて思わず口元が緩む。ああ、人を叱咤してる場合じゃないな。私も気持ちを引き締めてから一気に全員を転移させた。転移場所はセルリオがいるところだ。
――景色がガラリと変わる。
見えたのは少ないとはいえない魔物に囲まれるセルリオだった。セルリオは突然現れた私たちに一瞬で反応して武器を構え、すぐさま呆気にとられながら叫んだ。
「サクッ!?」
「セルリオ」
転移先はセルリオにつけていた転移の軸になる文様から少し離れた場所をイメージしていた。魔物がいなくて、攻撃の届かない一応安全区域。
そのせいで転移した場所は地面の上じゃなくて空中だ。
メイスを手にたったいま魔物を仕留めたセルリオが真下に見える。普段はサラサラの金髪が赤い血で濡れてベトベトだ。ディーゴから変な影響受けてないといいけど……。
魔法を使って着地をしようとしたところセルリオが辺りにまだ魔物がいるのにメイスを放り投げて両手を伸ばしてきたから好意に甘えて受け止めてもらう。
着地は苦手だから有り難い。セルリオは色んな荷物を持ってることも合わせてかなり重たいだろう私をなんなく受け止める。筋肉は見た目だけじゃないらしい。私を受け止めたあと地面におろしてくれたセルリオが肩の力を抜くように息を吐く。
その後ろで着地に失敗したハースの声が聞こえた。そしてすぐに大地のはしゃぐ声も。
「うっわスッゲー魔物!こっちのほうが面白そうじゃん!」
「お前は馬鹿か!どこがどう面白そうなんだよ!ヤベエんだよっ!」
「キイキイうっせーんだよ。てめえは女かよ」
懲りもせず魔物を呼ぶ大喧嘩を始めそうなハースたちを止めたのはセルリオだった。
「サバッドが出たんだ!それも2体!」
「……サバッド?」
聞き慣れないけれどすぐになにか分かったのは凄く印象的だったからだ。この世界に来て読んだ入門書に書かれていた。
サバッド。
滅多に見ることのない、赤い目の人間の姿をした魔物。ヒヤリとして息をのむ。
「いまジルド兵長もロナル班長たちもサバッドと応戦してる」
「つまりセルリオは1人でここで戦ってたわけね……」
「あ、で、でもついさっきだから。大丈夫だよ」
セルリオは微笑んでいうけれど、凄く問題のあることだ。
……この任務が終わったら即、高価なものでもなんでも買ってあげよう。
「俺もそのサバッド?と戦いてえー。どこにいんの?」
近づいてきていた魔物を数体仕留めたあと馬鹿なことを言う大地を小突く。
「はい、大地はここでまずここら一帯にいる魔物退治にあたれ。それができてから行こうな」
「んだよ」
「ハース、大地と動け」
「はいはい」
「リーフ、援護」
「ん」
セルリオが”さっき”とは言っていたけれど、戦闘狂のあいつら3人がかりでまだ決着がついてないんだ。短絡的だけどきっと凄く強いんだろう。
指示を受けて早速魔物に向かって走り出した大地たちを見送ったあと、少し休憩ができたらしいセルリオの様子を見る。
セルリオは目が合うといつものようにニコリと微笑んだ。強がりとかではなく本当にまだ余裕がありそうだ。
強くなったなあ……。しみじみしてしまう。
「セルリオ。いまから私はここのシールドを補強するから出来るまで寄ってきた魔物の相手してくれるか?」
「補強……?うん、任せて。サクのことは守るよ」
首を傾げるもすぐに頷いたセルリオは言葉通り頼もしく笑うと剣を抜いた。本当に頼りになる。こんな世界でこんな場所で安心して任せられるんだもんな。
シールドを見る。
濃くなった赤色が力尽きたように色味をなくしつつあった。これはもしかしたらレベルAの状態ピンク色に変わりつつあるのかもしれない。
魔物は後もう少しだということを分かっているようだ。シールド内にいる魔物がシールドを壊そうと激しく腕を振り上げ身体をぶつけてくる。
「悪いな。会うのは今日じゃない」
シールドに魔法をかけて中から外が一切見えなくなるようにする。
それだけでシールドから離れていた魔物が少し時間をおいてから動きを止めた。それからのそりのそりと好きなように歩き始めたりその場に寝転がったりし始める。
シールドの近くにいる魔物はまだシールドを壊そうとしていた。今度は見えなくするだけじゃなく臭いも音もなにも届かないようにする――魔物が少しずつシールドに興味を失っていき離れていく。
驚くことに3分も経てばシールド内にいる魔物はもうシールドを攻撃しなくなった。それはあまりにも呆気なくて、疑問を残す。
なんで最初からシールドの造りをこうしなかったんだ?しなかった?できなかった?考えつかなかった?
前からひっかかってはいたんだ。魔法に対する考えが勇者とこの世界の人間とで違いすぎる。
「サクッ!ごめん、構えて」
「丁度終わった!助かったセルリオ――あれは」
ふりかえるあいだにもセルリオが倒してくれたんだろう魔物の死体が近くに転がっているのが見えた。そして、遠目に走る誰かが見える。ジルドたちだ。
そして、ジルドたちの前を走る――サバッド。
幼い。
そう思った。セルリオやハースと同じぐらいか下ぐらいじゃないだろうか。そんな少年2人は双子らしい。目が赤いかどうかなんてまるで分からないけれど、きっとそうなんだろう。彼らごしに見えるジルドたちは殺る気満々だ。
2人のサバッドはまるで鬼ごっこを楽しむように走っている。そして彼らはジルドたちを挑発していた。言葉を話している。……そんな姿を見て思い出したのは、ハトラ教の指導者ウシンに会う前に考えていた疑問だ。
魔物はどうやって生まれるんだろう。
彼らはもうすぐ近くにまで迫ってきていた。
「あーあ、お前邪魔すんなよな」
「あーあ、折角あともう少しだったのに」
彼らは笑う。
後ろからの攻撃を見ずに避けながら不可解なことを言う彼らは、私を見てゾクリと肌が粟立つような不気味な笑いを浮かべた。
「ちょっとどっか行って?」
「ちょっとどっか行けよ?」
彼らの指先が私に向いた瞬間、私を支えていた地面が音もなく消える。
「サクッ!!」
伸びてくる手を突き放そうとしたときには、おそらく地面の中だろう真っ暗な空間が視界に広がった。
なにも見えないなか確かなものは私を抱きしめるセルリオの存在だけだった。
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