狂った勇者が望んだこと

夕露

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第二章 旅

118.「この大所帯で行くのは目立つなあ」

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「ああもう!アンタはサクに触りすぎ!どいてよ!」
「桜大丈夫か!?少し腫れてる……」

駆け寄ってきた子供たちの心配溢れる大声にホッとするより頭痛がしてしまう私は薄情だろうか。梅は私の唇を触っていたレオルドの手を叩きおとして私とレオルドの間に立ったあと威嚇をはじめ、リーフは私の手を間近に見たあと過保護なぐらい治癒魔法をかける。

「あー、大丈夫だから。心配かけてごめん」

レオルドを威嚇する梅子の頭を撫でればにこりと満面の笑顔が私を見た。

「サーク。私はサクのやりたいことを応援するけど自分を危険な目にさらすようなことをするのは嫌だなあ」

甘えたような声を出して抱き着いてくる梅は見た目だけなら可愛らしいものだけれど、実際それをされてる身としてはなぜか背筋に悪寒が走った。残念なことにそれは見当違いではないらしい。

「――駄目だよ」

胸に顔を埋める梅の声はくぐもっていて聞きづらかったけれど、ぞっとする感情がのっている。

「お前も桜にくっつぎすぎなんだよ」
「……なによ、アンタ男のくせにサクにべたべたして。ああ僕は寂しいんだったね。羨まちい?」
「ふざけんな糞女っ!俺は寂しいとかじゃ「私は寂しいの。だからサクと一緒に居るの。分かりました?分かったらどいて」

そう言って梅はリーフをしっしと手で追い払う。これはまた厄介なことだ……。進藤との対峙を見て危険を感じ取ったのか私に対する執着が梅を凶暴化させているようだ。

「梅子落ち着け。心配させたのは悪かったけどこれからこういうのが増えると思うから。……そのたびにそんなんじゃあ磨り減るぞ」
「だって」
「俺もそう思うね。そんなんじゃあただのお荷物だ。五月蠅いし邪魔だしサクを危険にさらす」

レオルドは微笑みながら言いたい放題だ。そんなレオルドを見上げる梅の顔は先ほど進藤がレオルドを憎々しげに見ていた表情とまるで同じだ。勘弁してほしい。それでもレオルドがわざわざ私を引き合いに出した言葉は効いたのか、梅は口を尖らせ大きく鼻を鳴らしたが私から離れた。

「ほんとに不快だなあ」
「アンタねえ!」

レオルドの発言に黙ったばかりの梅が怒りの声を上げるが、レオルドは梅への興味を失ったようで見てもいない。私を見下ろした蒼い瞳が、遠くを映す。

「っ」

そして突然引き寄せられて口づけられる。引き離そうと思ったけど、魔力がのった血の味がするキスにレオルドがさっきまでオーズと対峙していてあのオーズが解くのに時間がかかると断言したシールドを破ってきたばかりだったことを思い出す。
私も魔力減ってるしな……。
別に良いかと魔力の交換をすれば私の頭を支えていた手が怪しい動きをする。調子にのってきたのが分かって離れれば、案の定見えたのは満足げな顔だ。眉をひそめたところでリーフと梅がいたことを思い出した。
……駄目だ。私、キスに対して羞恥心が減ってきている……。
目をまんまるくしてぽかんと口を開ける仲の良い2人を見つけてしまって頭を抱える――そんな私を抱きしめる奴がいた。勿論レオルドだ。

「君、サクの班の1人だったよね?」

なんの話だと思って顔を上げればレオルドはさきほど見ていた場所にまた視線を戻していた。視線の先を見ればそこにいたのはセルジオ。
……なんか本当に頭が痛くなってきた。

「お久しぶりです」
「ふうん?俺を見てもそんな顔するんだ」

どうやらレオルドは錯覚の魔法を解いてレオルドとしてセルジオに話しているらしい。セルジオの近くに居たリガルさんが「フィラル王国、団長……?!」と目を疑うように言葉を落としている。
セルジオはレオルドに動じることなくゆっくりとした足取りで近づいてくる。そして数歩の距離まできたところで、セルジオは私を見るといつものように柔らかく微笑んだ。

「大人しい顔して喧嘩売ってくるなんてね。昔の君とは大違いだ」
「好きな人を守りたいと思えるようになったからです。あの頃のままの僕じゃ駄目だ」
「そうだね」

どっちの男とも寝た状況で1人の男に抱きしめられてこの会話。どうしよう、進藤と対峙するよりも嫌というか苦手なシチュエーションだ……。いつの間にか始まっていたリーフと梅の喧嘩でも眺めて気を紛らわそう。昔のセルジオ……そういえばレオルドとセルジオがホーリット任務終わりに会った時ってセルジオはまだ全身鎧だったなあ……。
気持ちを遠くに飛ばしていたら冷たい指が私の熱い頬を撫でる。否応なく意識がそっちにいってしまって、つい見てしまった蒼い眼に眉を寄せて返事をすればレオルドは困ったようにも苦しいようにもみえる笑みを浮かべた。

「本当に不快だよ……大丈夫、覚えてる。俺が望んだことだから。言ったろ?柵が増えるのは構わないって」
「言い聞かせてる感が凄いな」
「基本的に俺は君が幸せなほうが嬉しいからね。頑張ってるよ」
「そうですか」
「そうだよ」

その頑張りを消したらどうなるのかは想像しないようにして、遠巻きにこちらを見ているラスさんとオーズを見る。ラスさんは困ったように笑ったあとオーズを見ていて、オーズはつまらなさそうに私達を見ていた。こちらもこちらで面倒臭そうだ。

「いい加減鬱陶しい感動の再会は終わったか?」
「まだいたの化け物」
「てめえに言われたかねえんだよ。チッ、こんなに早く戻ってくるなんて想定外だ」
「その程度でしかないんだよ。いいからさっさとどこかへ行けばいいんじゃない?」
「ああもうお前らウルセえんだよ。何回同じやりとりすれば気が済むんだ。もう進藤に見つかったことだしさっさとここを離れんぞ」

リーフと梅のように喧嘩を始めそうなレオルドとオーズの話に割って入る。こんだけ人が増えたなかで進行をするのは正直苦手だけどそうしないと話が進まないのが現状だ。

「とりあえずアルドさん……異端の勇者アルドのところへ行く」

アルドと言ったところでレオルドが微笑みながら「誰そいつ」と低い声で言っておいたから言い直しておく。

「勇者アルドは闇の者の研究をしている人で、ついでに言えばフィラル王国を追い出された勇者でもある。私は闇の者や勇者召喚について知りたいから彼に協力を仰ごうと思ってる。幸いコネはあるしな」

ついでだから説明すればレオルドまではいかずとも警戒をみせていた梅は「なーんだ分かった-」と軽い返事をした。リーフは彼のことを知っているもジルドたちのことを考えてか難しい表情をしている。ラスさんは俯きがちに微笑んでいた。

「この大所帯で行くのは目立つなあ。ねえサク。面倒だけどコイツら俺に預けない?面倒だけど。このままサクについてまわってきても邪魔になるだけだと思うから面倒だけど俺が鍛えてあげるよ」
「面倒なのとそれがヤバそうなことだけが分かった。ちょっと待て」

レオルドの発言に真っ先に思い出したのは勇者の訓練で初めてレオルドと対峙したときのあの悪夢だ。お世辞にもレオルドは先生役には向いていない。
そう思ったのに、意外と反応は早かった。

「……お願いします」

コイツらと指名を受けたうちのセルジオがレオルドを見てそう言ったあと頭を下げる。レオルドは「そう」と淡泊なものだ。

「俺も……くそっ!俺も頼む」
「私は絶対に行かないから!私は絶対にサクの傍を離れない!」

そしてリーフも梅も各々主張する。レオルドはやはりそっけない態度だったが否定するつもりはないらしい。なにを考えているんだか。そんなレオルドの提案を笑顔で賛成したのはオーズだ。

「そりゃいい!さっさと行け清々する。しょうがねえからリーシェは俺が守ってやるよ」
「……?あれ、お前ついてくんの?」
「お前は監視しなきゃなんねーって言っただろうが!」
「あー、そんなこと言ってたな。ついてくんのはいいけど邪魔すんなよ」

食ってかかってくるオーズを適当に宥めたあとレオルドを見る。

「限度を設けろよってか、お前、ほんとに大丈夫か?お前っていうか、なんていうか」

正直リーフとセルジオが心配だ。でも2人はそれぞれ違う表情を浮かべつつもやる気らしい。ここで私が心配を口にするのはなにか違う気がして言葉が続けられなくなる。
諦めて、話を進める。

「はあ……これ、連絡球。それとこれ持っといて」

レオルドに連絡球と投げナイフを渡す。

「分かった。じゃあまた今度ね、サク」
「……また今度」

言うが早いか、レオルドはリーフとセルジオを連れて前触れなく転移した。残ったのは私と梅とラスさんとオーズとリガルさんだ。戦闘の痕が残る真っ白な雪景色のなか立ち尽くす私たちはそれぞれ顔を見合わせたあと、肩をすくめあう。


「出発の準備をするか」



 
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