狂った勇者が望んだこと

夕露

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第一章 召還

43.「なにしてんだ、大地」

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ジルドたちと遠征に行くのは冗談じゃなく本当らしい。ミリアから話を聞いていないから急遽決まったんだろう。その理由はきっと私にとってあまりいいものじゃない。
フィラル王国を出て、すっかり日が昇ったお陰で雪が溶けた道を歩きながら考えを巡らせる。
今までずっと私とセルリオとハースとリーフだけで遠征に行ってきた。途中でリーフを班に加えることができたんだから、その逆だってあることは考えられたけど、正直動揺している。
この遠征ではどう動いていこう。

「……サク班長。なんでジルド兵長たちと遠征なんすか」

先を歩くジルドたちに聞こえないようにしてか、ハースが小声で話しかけてくる。ちらちらとジルドたちを見る様子に苦笑いが浮かぶ。

「俺も知らないから。そもそもあいつら自体知らねえし。……まあ、さっきの訓練?でおおかた分かったけど、っと」

なんでジルド兵長たちのことを知らないんだと言葉なく聞いてくるハースの顔に少しイラッとしてしまう。シワをぐっと寄せたおでこにデコピンしようとしたら先にリーフがハースの脇腹に肘鉄をかました。

「いってえなブス!」
「へえ?お前自分の顔見て言えよ。あーはいはいウルセエから言い返すなよ。んで?どんな奴」
「この国に限らず強い影響力を持つ人だよ。レオル団長より下の階級だけど魔物討伐の第一人者で」
「親が勇者なんですよ」

セルリオの言葉を遮ったロナルの言葉にどきりとする。
先を歩いていたはずのロナルの登場にハースは気まずそうに顔を逸らす。だけどロナルは観察するように私だけを見ていて、思わず足が止まる。ロナルはそんな私を見て目元を狐のように細めた。
気を持ち直して歩き出せばロナルが隣に並ぶ。途端に反対側で私の隣に並んでいたリーフが露骨に眉を寄せてロナルを見上げた。斜め前を歩くセルリオもロナルを歓迎しない顔だ。

「なあなあお前らってさ「行くぞ大地!そろそろ魔物が出るだろうし先頭行ってたほうがいいだろ!」
「おおマジか!んじゃ行くぜハース」

躊躇なく地雷原に足を突っ込もうとする大地の発言をハースが遮る。暗にこの場を離れようと促すハースは、面倒ごとはごめんだとばかりに大地の肩に腕をまわして歩き始める。
大地は魔物という言葉に心が動かされて私たちへの興味をなくしたらしい。ハースの肩に腕をまわして足取り軽く行ってしまった。
あとに残るのは重い空気だ。
 

「サクさん、知ってますか?勇者の子供って少ないんですよ」
「へえ。知らなかった。なんで」
「異なる世界から来たことが影響するのか、勇者とこの世界の人間では子供が出来にくいんです。この国でもジルド隊長含めて2人しかいません。
ですが勇者を妻に夫に望む人は多い。勿論勇者が持つ権力や魔力も魅力の1つですが、なにより勇者との子供は得てして勇者と同じぐらい、ときにはそれ以上の魔力を持っている。この世界に生まれた恩恵を受けつつ……」

ロナルは視線をジルドのほうに移して口元をつりあげる。

「恩恵って」
「正しくこの世界の影響を受けれること。子をなせること」
「そ」

気になるところがいくつかあったけれど勇者とこの世界の人間の子供なんて情報、特に知りたくもない。
どうでもいい。

「なあ、そんなことより」

わざわざこんな話をしにきたロナルに聞きたかったことを聞こうとした瞬間衝撃音がした。随分と馴染みのある音だ。大地の火の魔法がなにかにぶつかった音。
大地たちのほうを見ればごうごうと体中を燃やしながら動き回る魔物がいた。さきほどハースが適当に言っていた魔物の出現が当たったらしい。
魔物はまだ死んでいない。

「まだ生きてんぞ」
「……ってる。分かってる」

すぐ近くでのたうちまわる魔物を見下ろしながらディーゴが欠伸混じりに言う。ジルドは腕を組みながら大地を見ていて、大地はなにかブツブツ言いながら魔物を見ている。
魔物は……もう少ししたら死ぬだろう。
ダーリス、狼の魔物は1匹だけだ。火の魔法以外にもなにか食らったのか、叫ぶ度に真っ赤な血を体から溢れさせていて、燃え広がった炎は毛どころか皮膚さえ焼いていっている。臭い。地面に体をこすりつけているけれど間に合わないだろう。

「なにしてんだ、大地」

早く殺さないと襲われる心配は消えない。なにより、可哀想だ。
追いついて、いつもと様子が違う大地の顔を覗き込む。
……驚いた。
表情をなくした大地は顔を覗き込む私が見えていないらしい。魔物がいる場所から視線を離すことなく独り言を言い続けていた。

「タロウじゃないんだよな、魔物なんだし。魔物だから」
「大地……」

おそらく私がホーリットで狼の魔物に出会ったときと同じような心境なんだろう。正気を失いそうにも見える大地の視線を魔物から逸らせようと肩に手を置く。
同じタイミングで舌打ちが聞こえた。

「おせえ」

ディーゴが冷たく言葉を吐いた瞬間、短い断末魔が響く。残ったのはパチパチあがる炎の音だけだった。
大地は開いた口をなにか言葉にしようとしてみせたけど、結局、なにも言わなかった。ディーゴを見て、死んだ魔物を見て、自分の手を見た。

「これで全員魔物に対峙したわけだ。もう十分だろ。古都シカムにとぶぞ」

ジルドがどこかつまらなさそうに言って転移球を取り出す。
てっきり歩いて古都シカムに行くものだと思っていた。どうやらいままでの時間は、まだ一度も魔物と対峙していない大地が魔物と遭遇するまでの散歩だったらしい。任務にあたる前に程度を見ておきたかったんだろう。
というか魔物がはびこる禁じられた森での任務らしいのに、魔物に初めて遭遇するような奴とか、魔物倒すことに協力的じゃない奴を連れていくのってどうかと思う。

「ああそうだ。俺が全員とばすから下手に介入すんじゃねえぞ」
「つまり俺が皆を古都シカムに転移させるから何もせずのんびりしててくださいねってことです」
「お前はいちいちうるせえな」
「さあ皆さん、近くに寄ってください。ジルド兵長簡単そうに言ってのけてますけど、複数転移って結構難しいことなんですよ?魔力も食うし、知らなければ辿りつけないんですから」
「といっても勇者サクはやってのけたそうだがな?」

ロナルの話にジルドが鼻で笑いながら、私を見下ろしてくる。どこからどこまでどんな感じに話が伝わってるんだか。
心持ジルドの近くに寄って、まだぼおっとしている大地の腕を掴む。大丈夫だろうけど、掴んでないと不安になった。


「タロウ、元気かな……」


大地の呟きは聞かなかったことにした。





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