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第一章 召還
33.「サクくん悪い顔してる」
しおりを挟む訓練場を囲う丘は霜が降りていて辺りの寒さを身を挺して教えてくれる。
バリ、と音が鳴る。
だけどそう時間を置かずにまたバリ、と音が鳴った。犯人は加奈子と大地だ。2人は仲良く大声をあげてお話をしている。
「もう!荻野くんサクくんに危ないことしちゃ駄目!」
「んだよそれ!おいサク!俺、特に危ねーことなんてしてねえよな!?」
顎を突き出して不満げに大地が私に振り返って聞いてくる。
あー。
答えようとした瞬間加奈子が「駄目」と私に厳しく言って、大地に視線を移す。
「そうやって聞いたらサクくんのことだから濁すでしょ!?荻野くんよく考えてみて。日課で寄る公園があるとするでしょ?」
「はあ?おう。あるけど」
「え?う、うん。そういう公園あるでしょ?そこで体を鍛えるため訓練してるとするよ?」
「結構大変なんだよな」
「でしょ!そんなときにね、突然荻野くん目掛けて火の玉が降りかかってきたらどう思う!?」
「マジふざけんな」
「お前マジふざけんなよ」
「そういうことだよっ!」
2人仲良く会話していることだし傍観決め込んでぼおっとしていたけれど、聞き捨てならない大地の言葉が聞こえて思わずつっこんでしまった。
今日も、というよりついさっき、今話していた内容とまったく同じことを大地にされたんだが。
「はー、まあ別にいいだろ。サクだし」
「おい待て」
「確かにサクくんなら大丈夫だろうけど駄目だよ!せめてちゃんと声かけてからじゃないとっ」
「加奈子?もうちょっと踏み込んで大地を叱ってほしいかな」
ヒートアップしてきた加奈子の頭に手を置けば、加奈子は目をぱちくりさせたあとにへらと笑ってなにも言わなくなった。
そんな私たちを見た大地は「うわあ」とまさにその言葉にぴったりの表情を浮かべて、やれやれといわんばかりに頭を振る。
何気に凄く腹立つ顔だ。
──フィラル王国での訓練は大地が発案した魔法訓練が増えてきた。
それだけじゃない。メンバーも大地と春哉と私だけじゃなくてリーフやハースにセルリオも結構参加するようになったし、時々ディレクやコリンにダールはじめ色んな兵士も参加するようになった。
これには教官があまりいい顔をしていない。後々面倒なことになりそうな予感がしているので気がつかなかったことにしている。
とにもかくにも魔法訓練が多くなったことで気をよくした大地が調子にのってしまい、私は集中的に魔法訓練の犠牲者になっている。
最近は春哉が訓練内容を考えてくれているからまだ助かっているけれど、大地の最近のブームは不意打ち練習らしくて今日も酷い目に遭った。気が向いて訓練開始時間より大分早く来た私が悪かったんだろうか。
良かったのはたまたまその現場を見ていた加奈子がすぐに止めてくれたことだ。
しかし、大地を止めた加奈子の突風魔法は見事だった。初めて古参の勇者と会ったとき見た鈴谷が大地に向けた風魔法なんかとは比べ物にならないぐらいの威力だ。大地の火の玉を消してしまって大地自体を10mほど吹き飛ばしていた。木にぶつかってその威力だったから、もしかしたらもっと吹き飛んでいたのかもしれない。
加奈子は勇者として動くつもりは一切ないみたいだけどレオルと同じように治癒魔法だけじゃなく破壊魔法も得意らしい。
はあ、と大きな溜息が聞こえる。大地だった。
大地らしくない顔をしている。
「なんかさ、俺ももうそろそろ遠征行くみてーなんだよ」
「……そうなんだ」
「へえ」
レオルはまだ戻ってきていない。こういう判断をずっとしてきたレオルがいない今最終的に勇者の力量を見るのは誰になるんだろう。
しおらしい大地には悪いけれどそっちのほうが気になる。加奈子は大地の心配をしているようだった。眉を寄せて少し声を落とした加奈子を見て、大地も声を落とした。
自嘲するように笑っている。
「だから俺ちょっとでも色々しときてえんだ。……やっぱなんか不安っつーか」
「大地」
「サクとかから色々聞いてきたけど、魔物とかあんま想像できねえし、倒せるのか自信ねえし」
「……それで?いま作ってる火の玉はなんですかね」
「でもなにが嫌ってウダウダ考えることなんだよな」
訓練場から場所を移していなかったのは悪かったのか大地はしんみりとした空気を作りながらも、自分の体の周りに沢山の火の玉を作り出していた。真っ赤な炎に照らされて大地の黒髪も炎のようだ。
気のせいじゃない熱が肌に伝わってくる。
暖房と思えば素敵かもしれないが、爆発する暖房器具だから恐ろしいことこのうえない。今までの経験から大地がこのまま鎮火させることはまずない。必ず私に向けてぶつけてくる。
少しだけ後ずさりながら思う。
ここでぶつけられると大怪我ですむんだろうか。
そしてそんなことを大地は考えてもいないんだろうな。
ひきつる私の頬を見て大地は考えを改めることもせずひどく真面目な顔で私を見た。
「だからストレス発散にはサクしかいねえかなって」
「ストレス発散かよ!」
「はよーっす……さいならーっす」
時間はいつの間にか訓練開始時刻間際になっていたらしい。すぐ近くで聞こえたハースの声に辺りを見渡せば離れた訓練場に向かう兵士たちや、魔法の訓練をしに向かってきつつも遠巻きにこちらの様子を窺っている兵士たちの姿が見えた。
寝ぼけながらこちらに向かってきただろうハースはお互いの顔が見える距離になってようやく、現状に気がついたらしい。面倒ごとに踵を返したハースの肩を掴む。
「ハース。お前、魔法に慣れたいって言ってたよな」
「気のせいじゃないっすか」
「連続した攻撃を見切れるようになりたいとも言ってたよな」
「決して火の玉を浴びたいって訳じゃないっすね」
「リーフの治癒魔法を受けないで戦えるようになりたいって言ってたよな」
「……とりあえず俺は訓練に備えてストレッチでもしてくるんで」
チリチリと燃える音を背後に聞きながらだからお互い声に力が入る。なにせ短気な大地だ。どうせもうそろそろいいかなんて思っているに違いない。
ハースは勿論ほかにもいい犠牲者がいないか探していたら呑気な声が後ろから聞こえた。
「あー、つまり、なんだ?2人とも相手してくれるってことか?」
「馬鹿か!」
「ちげえよっ!!」
首を傾げる大地に思わず叫ぶ。しまったと思ったときにはもう遅い。大地は一拍おいて「ああ?」とヤンキー顔になった。
「馬鹿ってなんだよ、サク」
「言っとくけど馬鹿って言ったのハースだから」
「はあ!?俺馬鹿とか言ってねえから!サク!俺になすりつけてんじゃねえよ!馬鹿かお前」
「ほら」
「……馬鹿馬鹿って子供みたい」
呆れている加奈子のほうに移動してそうだなと頷いてみる。目を見開いたハースが私を見て、加奈子を見て、大地を見た。大地の視線の先にはハースしかいない。
大地はようやく相手が決まったことに満足げな顔だ。
「サク!お前マジでふざっけんなよ!ぅぅぅううあああ!」
「くっそ!当たんねえ!」
「当たってたまるか!この馬鹿野郎!」
「はあ!?」
大地はあの火の玉に直撃したら大火傷になることを理解しているんだろうか。全力で訓練場の端から端へと逃げ回るハースに火の玉をぶつけようとしている大地は真剣な様子だ。
事実、大地は言葉だけじゃなく本当に当てようとしている。
この前避けきれなかった火の玉で前腕全体に火傷を負ったときだって大地は「治癒魔法の練習ができる!」と喜んでいたし、治癒が終わったあとは「よしこれでなんの問題もねえな!」と自己完結していた。
最悪だわー。
加えて諦めない余計な根性がついているもんだから、自分が思ったことを達成するまでまとわりついてくる。訓練に参加する人数が増えて本当によかった。これで私も少しは被害が減るだろう。
訓練場のあちこちで叫び声が聞こえる。
魔法を訓練するこの広場は周りに被害がいかないようにシールドを張っていたらしく城や森に落ちることはないみたいだけれどシールドの中にいる人間は守れない。良いのか悪いのかシールドにあたって動きを変えた火の玉が不規則に落ちてくるのでハースにとっても他の兵士にとってもとてもいい訓練になるだろう。
……平和だなあ。
「あ、鈴木くんだ」
「え?ああほんとだ」
一見理不尽な暴力が行われているなか、大地の性格をよく知っている加奈子は諦めモードで目の前の光景をしょうがないものとしたらしい。視線を隣の訓練所に移していた。
翔太も私たちと同じように丘の上に立っていて魔法の訓練をする広場のほうを眺めている。その隣には教官もいてどちらも暗い顔だ。教官のほうは苛立ちが勝っているようだけれど。
「……最近、鈴木くん、お城の人とよくいるんだ」
「そっか」
私もその姿は何度か見た。お城の中を移動しているときだって、訓練所でだって見る。教官をはじめきらびやかな服装をしている城の人間と談笑していた。翔太は翔太なりの生きかたを見つけていっているんだろう。
視線に気がついた翔太が私たちのほうを見る。じっと。でも、逸らされて丘を下りていった。翔太の行動で私たちの視線に気がついた教官は面白いぐらい露骨に舌打ちをして唾を吐き捨てたあと丘を下りていった。
ドオン、と爆発音が聞こえる。
「おまっ、マジで!ふざっけんな!死ぬだろうが!」
「いまのじゃ死なねえよっ!」
「これだから勇者なんて奴は嫌いなんだっ!」
訓練所に大きな穴を空けるほどの威力を持つ火の塊をぶつけられそうになったハースの叫び声が木霊する。
ハース筆頭に火の玉から逃げる兵士達を救ったのは一人の女の声だった。
「大地様っ!あれほど止めてくださいと申しましたのに!」
「げっ、リューイ!」
騒ぎを聞きつけて現れた大地の付き人に大地は後ずさっている。あの大地が母に叱られる子供のようにばつが悪そうに顔を歪めて火の玉を消した。これはいいものを見たかもしれない。
「サクくん悪い顔してる」
「え?そんなことないって」
「ふふふ」
「ははは」
リューイという神の登場により力を得た兵士たちが大地に詰め掛けて抗議をするのを眺めながらのびをする。
平和だなあ。
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