狂った勇者が望んだこと

夕露

文字の大きさ
上 下
25 / 250
第一章 召還

25.「サク君は楽しい?」

しおりを挟む
 
 


「サク君、最近よく怪我してる」

隣で座る加奈子が私の手をとって口を尖らせる。柔らかい小さな手に握られている私の手は傷だらけで、よく見てみれば薄っすらと血が出ているものもある。草で手を切ったんだろうか。
怪我をすることが日常になったもんだから気にしていなかった。
傷に頓着しない私の気持ちを読み取ったのか加奈子が頬を膨らませる。そして手に緑色の光を灯して私の手にかざした。
治癒魔法。
傷が消えていく。

「あーちょっと新しいこと始めたもんで」

また傷だらけになるだろう。
それが分かっているから申し訳なくて最初こそは治癒魔法を遠慮したけれど加奈子は治癒魔法をかけると頑なに譲らない。
だから今日も笑って誤魔化す。

「新しいことってなあに?」
「大地と春哉と訓練?」
「ふふっ。なんで疑問系なの」
「いやー、あれは訓練っていうのかよく分からなくて」

さあ勇者同士仲良く実践的な訓練でもしてみようとしたところ、問題が出た。
大地は主に魔法の練習をしたいけれど、私と春哉は回復の問題があるため魔法を極力使いたくなかった。
大地は城の女から貰えばいいだろうと、全ての葛藤を乗り越えた大人な意見を言っていたけれど、春哉は隷属状態でそうもいかないし私は女だから無理である。
大地は言葉を濁す私には『イケメンの無駄遣いだな』と言い、春哉には『さっさとその隷属解けよ』と言った。
凄いわ。
悩むなら買えよという気軽さで隷属解けよってなかなか言えない。
そして大地は短気だった。
『ならお前らは魔法攻撃をかわす訓練な。俺は魔法を使う訓練』
『え?ゴリ押し?』
『サク、後は頼むね。僕戦闘からっきしだから』
『じゃあ春哉は俺の援護頼む。どうやって魔法を使えばいいか教えろ』
『おい』
『ああ、それなら』
『ちょっとお兄さんがた』
すすすっと移動した春哉と同じような顔をして大地が笑った瞬間、問答無用で始まった訓練。
ゲームをしているときには初級魔法の火の玉とか弱い魔法だって思ってたけど、あれ、怖すぎるわ。
服についた瞬間燃え移ってしまうような火の玉が10個ぐらいになって向かってくる瞬間が目に焼きついて離れない。あれは訓練とかじゃなくて苛めだろう。
……というか私にとってただ大地に殺されそうになっただけの時間なんだけど。

「うーん、よく分からないけど荻野くん火の魔法いっぱい使ったんだね。火傷がいっぱいだよ」
「そうそう、アイツが悪い」
「たまに荻野くんに会うんだけど、いつも楽しそうだよ。この前なんか『サクから必殺技教えてもらった』って言って訓練場に走っていったもん」

「いやいやその必殺技を口走った後に訓練場に向かうとか止めてほしいんだけど」
「練習するって言ってた」
「……訓練場の一部が穴あいてたの、やっぱ大地が原因だったんだな」
「原因でいうならサクくんじゃない?」
「ははは」
「はい、終わり」

加奈子が満足げな笑みを浮かべる。治癒魔法をかけ終わったらしい。肌の見えている場所はもう傷一つない。いつもながら見事だ。

「ありがとう」
「どういたしまして」

感謝を言うと、加奈子は益々嬉しそうに笑う。
可愛いな。
ほんのり心が温かくなって口が緩む。だけど凪いだ風が加奈子の髪を動かしてあらわになった毛織のケープに、少し、気持ちが沈んだ。
シュルトという加奈子の付き人の男からの贈り物だ。そう遠くない前に、シュルトから貰ったのだと頬を赤くして加奈子が言っていた。そのシュルトは加奈子の夫の1人になるらしい。
おおかた予想できていたことだけれど素直によかったなと言えない。ここでの生き方を自分で決めたうえでの結果なのだから、良いことなんだろう。だけど加奈子がちゃんと選んでいるのかと不安になる。
時折、感情を見せない顔をするのが気にかかる。
『3年前だよ』
前に聞いた春哉の言葉が浮かんで流れていく。春哉たちは連れて来られてから3年もここにいた。戻れなくて現在もまだここにいる。


私はどうだろう。
帰れるだろうか。


着込んだ服が薄着になって、そしてまた。
どういう選択をしていくんだろう。
手を空にかざしてぼおっと眺める。治癒魔法の賜物でこの世界に来る前よりも綺麗な手なもんだから、まるで、魔物を殺していることとか訓練をしていることなんて嘘のようだ。

「……サク君?」
「え。あー、大地の必殺技のこととか考えてた」
「必殺技って結局どんなの?」
「あー、火の塊みたいなもんかな。……あいつ火の魔法ばっか使うから似たゲームキャラ思い出してさ。そいつが使ってた魔法の内容言ったら、考えもしなかったってすっげえ喜びやがってよ。
俺が考え出したんじゃないって言ってるんだけど、あいつ短気だろ?よく分かんねーことは考えるの止めて、俺が魔法の内容を考えたってことでまとめてんの。お陰で他の必殺技教えろってうっせーんだよ」
「災難だねー」
「なー」

どうやら大地の家は厳しいところだったらしくゲームなんてもっての外だったらしい。
ゲームキャラは知らないことがあってもゲーム機の存在自体からあやふやな奴は初めて見た。だからこそ想像力豊かなゲームの魔法にあれだけ喜んでみせて、結果、私に他の魔法の可能性を聞き出そうとしたんだろう。
面白いなあとは思うがあんだけ何度も問い詰められるほうとしては正直疲れる。救いだったのは大地が素直なことだ。想像力を働かせるのも魔法の訓練とかなんとか言えばそれもそうかと呆気ないほど簡単に引き下がった。
もうこの際訓練場がボコボコになってしまうのは目を瞑ろう。

「ねえ」

またもやぼおっとしていたらしい。呼びかけにはっとして加奈子のほうを向けば、立てた膝に頭をつけて私を見る加奈子と視線が合った。ああ、またこの顔だ。なんの感情も感じられない。
高校でコイバナをする時と全く同じようにシュルトのことを話すのとはまるで違う。楽しさなんて微塵も感じられない。ひどく冷めているように見える。

「サク君は楽しい?」
「え?」
「はい、これあげる」
「あ、っと。サンキュ。……うまいな。チョコ久しぶりに食ったかも」

遅れて耳に届いた言葉に意識を奪われながら、口の中溶けていくチョコを味わう。ドロリとした甘さ。
楽しい?
なにが。なにを……?楽しい?

「サク様。いまお時間よろしいですか?」

ミリアの声が聞こえる。自分が望んだ幻聴かもしれないけれど振り返ってみればミリアがいて、私を見ていた。
よかった。
安心して出そうになった溜息をなんとか堪える。

「……あー、大丈夫。ごめんな加奈子。ちょっと行って来る」
「うん。いってらっしゃい」

表情を一変して、加奈子はいつものように笑う。私はさぞかしぎこちない笑い方だっただろう。加奈子もそれに気がついているはずだ。
私は逃げてしまう。

「サク様?」
「部屋に行こっか」
「……はい」

探るようにも見えた視線に、怖ささえ覚えてしまった。




窓際に置かれた席に腰掛けてミリアが淹れてくれた紅茶を飲むのは私の密かな癒しの時間だ。今日も美味しい紅茶の香りを楽しみながら景色を眺める。こういう時間はどの世界でも必要だとしみじみ思う。

「──レオル様がお目覚めになりました」

一息つくのを待っていてくれていたらしいミリアが静かな調子で言う。私としては完全に気が緩んでいたから、ミリアの言葉を脳がなかなか受け付けようとしなかった。

「……あー、それは、よかった?かな」
「そして姿を消しました」
「え?」
「なにかご存知ではありませんか?」
「いや、知らない。つか、あいつのこと俺に聞かれてもな」
「レオル様が姿を消す前にあげた報告によると、サク様に飛ばされた場所は禁じられた場所で、そこで連絡が取れなかった間ずっと死闘を繰り広げていたということでしたが、合っていますか?」
「禁じられた場所に行けって思った訳じゃないけどな。合ってるよ。つか、禁じられた場所ってなに?」
「……禁じられた場所は幾つかございます。そのどれもが魔物はびこる土地で人が生きられる場所ではありません。またそこから出ようとしない魔物を触発しない為にも、その場所に関わることは禁じられています。
そこが、禁じられた場所です」
「うん、有り難う」

知りたくなかったわ。
微笑んでしまう私の気持ちを察したのかミリアは困ったように笑う。珍しい表情に驚いて思わず食い入るようにミリアを眺めていたらミリアはまた無表情に戻った。残念。

「レオル様は最後に『確認してくる』とだけ残して休みを取り姿を消しました。なのでサク様がなにかご存知なのではと思ったのですが……」
「あいつが起きたのもいま知ったぐらいだからな。悪いな」
「いえ」
「その代わりといっちゃなんだけど、明日の遠征頑張るわ」
「……ありがとうございます」

正直レオルのことはどうでもいいけれどレオル様と仰がなければならないミリア達からすれば大事なことだろう。
なにも手を貸せないことに申し訳なく思ってティーカップを軽く掲げながらふざける。ミリアは一拍を置いて、ふわりと微笑んだ。

うん、やっぱレオルどうでもいいわ。

紅茶を飲みながら明日の遠征について考える。ダーリスの集落が複数あるうえに大きな都市のすぐ近くだから交易に障りが出ているのだとか。
今までの経験からセルリオとハースと私だけでなんとかなるか不安だ。集落の規模にもよるから判断がつかないところだけど、最近、遠征に行く間隔が狭まってきたことが不安を煽る。
なかなか遠征の内容がしんどいものになってきた。ライガに何度も魔力交換を頼むのも気が引ける。指輪の数値は5845だ。

喉を通り抜ける熱い紅茶を飲み込んで息を吐く。
もう口に甘さは残っていなかった。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

【R-18】喪女ですが、魔王の息子×2の花嫁になるため異世界に召喚されました

indi子/金色魚々子
恋愛
――優しげな王子と強引な王子、世継ぎを残すために、今宵も二人の王子に淫らに愛されます。 逢坂美咲(おうさか みさき)は、恋愛経験が一切ないもてない女=喪女。 一人で過ごす事が決定しているクリスマスの夜、バイト先の本屋で万引き犯を追いかけている時に階段で足を滑らせて落ちていってしまう。 しかし、気が付いた時……美咲がいたのは、なんと異世界の魔王城!? そこで、魔王の息子である二人の王子の『花嫁』として召喚されたと告げられて……? 元の世界に帰るためには、その二人の王子、ミハイルとアレクセイどちらかの子どもを産むことが交換条件に! もてない女ミサキの、甘くとろける淫らな魔王城ライフ、無事?開幕! 

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

異世界転生先で溺愛されてます!

目玉焼きはソース
恋愛
異世界転生した18歳のエマが転生先で色々なタイプのイケメンたちから溺愛される話。 ・男性のみ美醜逆転した世界 ・一妻多夫制 ・一応R指定にしてます ⚠️一部、差別的表現・暴力的表現が入るかもしれません タグは追加していきます。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

男女比崩壊世界で逆ハーレムを

クロウ
ファンタジー
いつからか女性が中々生まれなくなり、人口は徐々に減少する。 国は女児が生まれたら報告するようにと各地に知らせを出しているが、自身の配偶者にするためにと出生を報告しない事例も少なくない。 女性の誘拐、売買、監禁は厳しく取り締まられている。 地下に監禁されていた主人公を救ったのはフロムナード王国の最精鋭部隊と呼ばれる黒龍騎士団。 線の細い男、つまり細マッチョが好まれる世界で彼らのような日々身体を鍛えてムキムキな人はモテない。 しかし転生者たる主人公にはその好みには当てはまらないようで・・・・ 更新再開。頑張って更新します。

処理中です...