狂った勇者が望んだこと

夕露

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第二章 旅

117.「お前はほんと自由だよな」

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進藤が余裕を取り戻す前に距離をとれば、ちょうど私の腕をつかみにかかろうとした進藤の手が空気を掴む。進藤はなにも掴めなかった手を面白そうに眺めたあと地面に埋まっていた身体についた土ぼこりを払った。

「なんだお前……初めて見る面だな。しかも女で、しかも強いな」

軽いジャンプで地中から脱出した進藤は準備運動をするように足首をまわして首を鳴らす。そしてじろりと私の全身を眺めたかと思うと舌なめずりした。

「最高じゃねえか。従順な女ばっかで飽き飽きしてたんだよっ」
「っ!」

勢いよく迫ってきた進藤になんとか反応出来て防御をとったのに進藤の蹴りを受けた腕に微かな痛みを感じる。勇者の特訓時代でも身体強化に重きをおいていてその訓練成果を見る度関わりあいたくないなと思っていたけどまさかこうなるとは。何重にも防御魔法をかけて更に触れた人を弾くようにしているのにこの威力だ。進藤はフィラル王国を離れても身体強化の訓練は欠かさなかったらしい。
なにか手を打たないとまずいことは明白だった。
そうじゃないとシールド内にいるセルジオが今にもシールドを破って身代わりに私の前に立ってしまいそうだし、きっと宿の中で様子を見ている梅やリーフが飛び出てきてしまう。ラスさんもオーズも状況が悪化すれば出てきそうだ。……まあ、それはそれで問題解決になりそうだけど余計な問題も生むだろうからできれば私がこの状況をおさめたい。

どうしようかな。

残念なことに女好きの進藤は案の定私にも興味を持ったらしい。
どうすればいいかな。
どうすればこのうざったい奴がここからいなくなる?
転移魔法で飛ばしてしまおうか。ああ、使っちゃ駄目なんだっけ?でもこの状況だったら使ってもいいと思うんだけど。それか気絶させてやり過ごす?気絶させたあと記憶を弄る?幻覚を見せる?錯乱させてしまうのもいいかもしれない。
いや、やっぱり殺してしまったほうがいいか。
だってコイツはトナミ街で会った奴らと同類だ。私を害そうとしてきている。なのになんで生かすためにこっちが考えをまわしてやらないといけない?そのせいでコイツの思う通りになってしまう可能性なんて胸糞悪過ぎる。
そうだ。コイツが死んでも問題はない。

「こええ女だな」

答えが決まったから方法を考えていると進藤が私の顔を見て笑った。同時に連続した攻撃も止めて距離をとったから私もそれにのることにする。
なにせ既に身体のところどころ痛みを訴えてきている。どうやったら進藤を早く殺せるだろうか。長引けば長引くほど私には不利になる。そもそも本当なら宿を出てした一番最初の攻撃で片がついてるはずだったのに進藤は死ななかった。

「……あいつお前のツレか?」

進藤がセルジオを見たあと私を見る。
答える必要もないから投げナイフを魔法の力も借りて進藤に投げつけたあと収納していた剣を取り出して進藤に斬りかかる。

「おお!?あぶねえな糞女っ!」

私は剣の扱いはそれほどうまくない。勇者の訓練時代たまに剣も扱ったけれど基本的には弓の訓練ばかりしていた。だから基本的に当てにいくけど避けられることは多い。
だけど初心者を感じさせる振りは、それはそれで油断を誘うらしく有効な攻撃になる。そこをついて磁石がくっつくように進藤が両腕にはめている金属製の手甲に私の剣が向かうようタイミングよく魔法を使う。振り下ろされた剣を余裕で避けきったはずなのに急に不自然な動きで剣が曲がって勢いよく迫ってきたら怖いもんだろう。
大体これで魔物に止めをさせるけど虚をつけたとはいえ進藤に傷はつけられなかった。剣は進藤の手甲を斬ることなく防がれている。
あの手甲にも強化の魔法でもかけているのか……。
投げナイフで生身を狙うけれどそれも防がれてしまう。どうしようか。コイツにはなにが一番有効かな。どうすれば崩せる?


「……おい。……あ゛?お前」


進藤が突然眉を寄せて私の顔を見たあと、セルジオを見てまた私を見る。そして喜びを隠そうともしない笑みを浮かべた。

「お前っ!そうか!はははっ!女!お前女だったのかよ!道理で!ははっはははっ!」

腹を抱えて笑う様に思い出せたのはコイツが私を睨み上げる顔だ。ほら、笑い声が聞こえてくる。囁くような笑い声に野太い笑い声が加わって響き渡る。

「ぐっ、ぅ!相変わらずろくでもねえ糞みてえな魔法使いやがって!」
「てめえも相変わらずうぜえな」

脂汗流して頭を押さえる進藤に斬りつければ、苛立ち任せた進藤の乱暴な拳に剣が折れる。すかさず防御魔法を重ねがけして蹴りを入れたけどこれも防がれる。だけど防御魔法を4重にすれば安全らしい。痛みは感じなかった。
なら剣にも同じように重ねがけをしたら確実に殺せそうだ。


「最高だ!お前はぜってえ俺のモンにしてやるっ!逃げれねえよう両腕両足折ってやっから大人しくしてろや糞がっ!」
「てめえはさっさと首出せよっ」


今までと違って目で追えなくなった進藤の動きに一瞬焦りを覚えるもののダメージはない。進藤を隔てる膜もあるから安全──そう思った瞬間、透明な膜ごと掴まれた。私を抱き込むように腕をまわした進藤がニヤリと笑う。傲慢な表情を浮かべる進藤の顔が間近に見える。不快に睨み上げれば進藤の笑みはますます深まった。

ピシッ、となにか嫌な音が聞こえた。

はっとして音がしたほうを見たがなにもない。けれど進藤の腕には血管が浮かび上がっていて、いまとなっては私を守るシールドになった透明の膜を壊そうと満身の力が込められているのが分かった。
全てを隔てるはずの膜をとおして進藤の息遣いが聞こえてくる。

「お前とガキ作るのも面白いかもなあ?この世界の女とじゃいまだに出来やしねえ。お前がその顔歪めて泣きわめいてよがって最後は俺のガキを生むんだ。これほど最高なことはねえだろ」

虫唾が走る妄想を吐く進藤の目は本気で、私を守る膜にヒビが入り始めたのも現実だ。

「種無し野郎が……っ。んな妄想もできねえよう切り落としてやる」

転移魔法を使って進藤の背後に移動する。またしても何も掴まなかった自分の手に進藤がよろめく瞬間、満身の力と5重にした身体強化を使って進藤に投げナイフを突き刺した。
確実に肉に食い込んだ感触があった。だけど致命傷にはならなさそうで、それに気がついたときには進藤は遠く離れた場所に移動していた。それでも脇腹をおさえる手からは赤い血がにじみ出てきている。すかさず弓を放ったがそれは防がれた。

「くっそ!会話もできねえのかこの糞女!」
「喋るんだったら死ねよ」

長々と相手の話を聞く意味が分からない。相手が喋っている間に止めを刺したほうが絶対に手っ取り早い。万が一をを与えてしまったとき対処できる力がないのなら尚更だ。


「面白そうなことになってるね」


──万が一殺せず逃がすようなことがあるのだとしたら、思いがけないことが起きるか進藤が逃げに徹してしまうかだ。
良いのか悪いのか両方の可能性を引き連れて突然現れたのはレオルドだった。
私の背後から現れたレオルドはオーズのようにいたるところ傷だらけで血まで流している。それなのに穏やかにもみえる微笑みを浮かべていて、私の隣に並ぶと頭を撫でてきた。
レオルドの登場に進藤は我が目を疑うように表情を歪めたあと距離をとった。私も私で微笑む顔を見上げながら思い切り眉を寄せてしまう。私の頭を撫でるレオルドの手は優しい手つきではあるがぽたりと落ちてくる真っ赤な血が酷く不快だ。

「つれないね、サク」
「お前はほんと自由だよな」

雪を染める赤い点々と一緒に溜息を落とす。

「アイツが進藤だってこと分かってんだろ」
「進藤?……ああ、いたね。そっかアレ進藤?」
「……追っ手の1人なんですけど。わざわざここでサクって呼んでこのタイミングで現れて」
「それは不可抗力なんだから許してくれてもいいと思うんだけどな。……それに君が心配する価値もない」

レオルドは後ずさる進藤を嗤う。進藤は歯ぎしりする音まで聞こえてきそうな怒りの形相を浮かべていたが、それでもレオルドに向かってなにかを仕掛けることはしなかった。勇者訓練時代を思えば当然の反応かもしれない。進藤とレオルドが訓練として剣を交えたのを見たあの日のことを思い出す。あれは訓練という名前の一方的なお遊びだった。

「糞がっ……糞があ!」

地を這うような声で恨み言こぼす進藤の脇腹からぼたぼたと血が落ちていく。危ない出血量だとは思うけど、きっといま進藤の感情を支配している屈辱が痛みや危機感を消してしまっているようだ。それならと弓をひこうとしたところで進藤が私を睨みつける。そしてなにか呟いたあと姿を消してしまった。転移したらしい。
逃げられた。
私が生きていて女だということもバレた状況で逃げられた。


「……おい。お前のせいで逃がしてしまったんですけど」
「逃がしたところでアイツだから問題ないよ」
「お前はそう言うだろうよ」


呆気なく終わった危機に拍子抜けして力が抜ける私をレオルドが抱き寄せてくる。

「「「サクッ」」」

そして私を呼ぶ梅とリーフとセルジオの声。
問題が残ったとはいえひとまず蹴りがついたのだと安心する私にレオルドは不穏を残す言葉を吐く。



「俺にとっては彼らのほうがよっぽど問題だ。……不快だなあ」



恐らく本心を言ったレオルドを見上げれば、表情を無くした顔が見えた。それから私の視線に気がついて見下ろしてくる顔は微笑みに変わる。

「大丈夫。俺が望んだことでもあるんだしね」
「なに、ん」

なにを言ってるんだと言おうとした私を黙らせるようにレオルドの親指が私の唇をおさえつける。私の顎をくすぐるように撫でる指にあわせてつうっと私の唇をなぞる親指からは血の味がした。





 
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