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第一章 召還
20.「噂って怖いな」
しおりを挟む朝目が覚めて見える天井に慣れた。
身体を包む肌触りのいい布団、起きて見える広い部屋、窓から見える城や平野も見慣れた。しばらくして挨拶とともに朝食を運ぶミリアと話すのも当たり前の光景になってしまった。
この世界に連れてこられてから一ヶ月が経つ。
「今日は昼からマース平野だっけ」
「はい。報告されている魔物はダーリスだけです。近隣の村の自警団では手に負えないようなのでこちから兵を送るとともに、魔物の討伐をお願いします」
「分かった。ご馳走様」
食器をミリアに渡して伸びをする。いい天気だ。
窓枠にもたれかかって外を眺めていたら城の影から人が出てきた。紺色のドレスに浮かぶ茶色の髪が風に靡いている。城にいる女性は少ない。ミリアのようにこの城で働いている女性は同じ服を着ていて、そうじゃない女性は遠めに見ただけだけれど全員きらびやかな服装だった。
いま彼女は丘に腰掛けて目の前にある森を眺めているようだった。
そんなことが出来るのは、するのは、1人だけだろう。
加奈子だ。
「お出かけですか?」
「ん。討伐の時間には間に合うようにするから」
「いってらっしゃいませ」
頭を下げるミリアの後を追うように緑色の飾り紐がふわりと浮かんで髪の隣に並ぶ。今日は右肩に流すように大きく三つ編みした髪を結んでいて、思わず口元が緩んでしまう。
「いってきます」
部屋を出て加奈子が居た場所に向かう。
特に話すこともないし、会ってどうするんだとも思う。加奈子だって話をしたくはないだろう。
だけどどうしても伸ばされた手を取れなかったことが頭にひっかっかってしまう。
魔力の欠乏症になっていたからかもしれないけれど、あのときの加奈子の様子は普通じゃなかった。
拒んだとき見せた顔は、絶望という言葉を思い出すくらいだった。
階を下っていくつものアーチを描いている回廊を歩く。
太陽が視界を焼いては隠れながら加奈子の後姿を目に映す。ここは訓練場で響く金属音や怒鳴り声は聞こえない。勇者の部屋が並ぶ側だから人があまり寄らないようにしているのだとミリアから聞いた。
膝を抱え込んで森のほうを眺める加奈子は微動だにしなかった。少し悩んでから近くに寄れば、砂利を踏んだ音が聞こえたのか加奈子が肩を揺らす。
ゆっくりこちらを振り返った加奈子は目を見開いたあと力なく微笑んだ。
「サク君だ」
「ん」
見上げてくる視線をみかねて隣に腰掛ける。加奈子はじっと私の様子を見ていた。
視線が絡むけれど、加奈子が瞬きをするぐらいでお互い特になにかを言うわけではない。
加奈子が手を伸ばしてくる。
恐る恐るというように伸びた指先は頬に触れそうなところで逃げ出して、拳を作った。
こちらを見上げてくる加奈子は少し間を置いてから悲しそうに笑う。
「……手、怪我してる」
「え?ああ、ちょっとな。……ありがとう」
「どういたしまして」
私の身体には訓練や討伐のお陰でいたるところに傷が出来ている。特に手から腕が多く、顔を洗うときによく目につく。そのなかで特に大きく手の甲を斜めに走っていた傷跡を加奈子が魔法で消してくれた。
もう魔法を使いこなしているらしい。
「サク君魔物退治しに周ってるんだってね。色んな人がサク君の話してる」
「そっか。なんか誇張されてるみたいだな」
「数え切れないダーリスを退けて兵士を救った。謎の魔物に遭遇したのにも関わらず生きていて、あの団長を問答無用で転移させた。そして若くして、しかも勇者として最短記録で班長を務めてる。フィラル王国周辺に出没する魔物を次々に討伐して……」
「噂って怖いな」
「大体は合ってるんでしょう?」
「大体はな」
「凄いよ。……凄い」
なにか言いかけた口が言葉を落とさず閉じられる。こんな話をすべきじゃなかった。
別の話題を考えている間に加奈子は抱えている膝に顔を埋めてしまう。なにか思うところがあるのか何も言わない。
そっとしておこうと思ったけれど膝を抱える手が震えだして、はっとする。
泣いてる?
「加奈子?」
呼んでみて、いいかどうか分からなかったけれど小さな頭を撫でる。加奈子は顔をあげてくれた。
その顔に前にも見た壊れそうな雰囲気が見て取れてどうすれば加奈子が落ち着けるかと思案する。
先に沈黙を破ったのは加奈子だった。
「……サク君」
「ん?」
「時々でいいの。またこうやって会ってくれる?」
「……ん」
「私、大体ここにいるんだ。落ち着くから」
加奈子がどこか妖しく笑う。
けれど気持ちを持ち直したみたいだからいいかと流した。
「もうそろそろ遠征?」
時計を見れば危ない時間だ。慌てて立ち上がる。
「あ、あー。だな。やべ」
「ふふ、いってらっしゃい」
穏やかな声。
「いってきます」
一瞬悩んだけれど笑って返す。手を上げて背を向ける。
どうか加奈子に大切だと思える人が出来たらいい。元の世界に帰りたくないと言うのなら、この世界で生きていくのだと決めているのなら……この世界で心の支えになる人が出来たらいい。
悲しそうにどこか壊れたように笑うのが、その人といるだけで本当に楽しく笑えるようにあれたらいい。
私は望むような存在にはなれない。
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