狂った勇者が望んだこと

夕露

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第一章 召還

17.「……すみません。それじゃあ」

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会議室を思わせるような部屋には中央に大きな机があった。その机の半分を埋め尽くす大きな地図を覗き込みながら討論する幾人かを除けば、他は部屋に備え付けられていた椅子に腰掛けている。討論している人といえば責任者以外は専ら甲冑に身を包んだ兵士達で、座っているのは私達勇者だ。
頬杖しながら賑やかな討論を眺めて、さて、どれだけの時間が経っただろう。暇を持て余した進藤と鈴谷は使った武器の手入れをしている。終わりの見えない叫びあいと情報共有がされている中、外では後片付けに下級の兵士達が奔放している。
できれば私もそっちに行きたい。
勇者全員参加と指揮官ダールの指示があるのでどうしようもないが、このなんともいえない空気がうんざりする。
恐怖と、焦りと、不安と、怒りが喚き声になってさして広くもない部屋に響き渡るのはとても心地いいとはいえない。

原因は謎の魔物の対抗策が見つからないことだ。
ホーリットを囲んでいた大勢の魔物のことではなく、その大勢の魔物が現れるきっかけのようになった謎の魔物のことらしい。
全長3m、全身真っ黒で目の部分だけ真っ赤な魔物。そいつは木々をなぎ倒しながら森から現れて、ホーリットの門前まで差し迫ったとき、急に姿を消したそうだ。
そしてその瞬間、地面から魔物が這い出てきたかと思えば森からも現れたらしい。
獣の魔物が息絶えたいま、また現れる可能性がある謎の魔物をホーリットの人々はすっかり恐れている。だのに頼りだったフィラル王国からなんの音沙汰もない。

魔物は日常茶飯事で出現しているものだが、ホーリットの歴史を振り返ってみても警戒態勢レベルCにまでなったことはない。このホーリットの現状を思えば援軍や支援が十分に期待できたのだが、聞き入れられるどころか連絡さえつかず、上層部は余裕がなくなっている。
ビー玉もとい連絡球にて報告をあげた進藤が嘘を吐いた疑いを持ち、改めて報告を上げて7回ほど。減るばかりの連絡球は残り4個になった。
そんな内容を壊れたステレオのように何度も繰り返し叫ぶ彼らはこちらを見もしない。

丁度いいので近くにあった魔物に関するこれまでの報告書に魔法をかけて、内容が分かるように変化させる。
この報告書によれば、獣のタイプの魔物を総称してダーリスというらしく、ホーリットの近辺で出現が記録されているのは狼・虎・鷲の3種類。
ダーリスは固体の大きさに違いがあるらしく、ここらで目撃された一番大きなものは3mだそうだ。遭遇したくない。スーセラという植物の魔物やコスボハという物の魔物は滅多に姿を見せず、ましてサバッドという人の魔物は現れたことはないらしい。
それなのに今回分類できない訳の分からない魔物の出現ときた。
そういう魔物の存在は知るところにあるようだが、まさかホーリットで……という動揺を感じる。フィラル王国の近くの町がこんな状態で大丈夫なんだろうか。
どうでもいいけど。

「守りの壁も損傷を受けているんだ!悠長にしていられない!フィラル王国からの返事はまだなのか!?」
「早馬が着くのはどんなに速くとも1時間後です」
「その間にあの化け物が来たらどうするんだ!?魔法も物理攻撃もほとんど効果がなかったんだ!」
「……なあ、ダール」
「なんだ」

事態が進展しない会話に痺れを切らして近くに立っていたダールに声をかける。あの輪に入ってそうなものだが、ダールは魔物の大群の討伐が終わった後、最小限の報告をしたあとは無言に徹していた。

「魔物ってそんな生態知られてないんだろ?また同じ場所に出てくるって保障があんの?」
「討伐できなかった魔物は、そこに獲物がいることを覚えたからか、時間を置いてまた同じ場所に現れることが多い。
早い奴で1時間程だそうだ。謎の魔物とて例外ではないだろう」
「打撃を受けて迎えるとなると青くなるってことか。なあ、ダール。どうせ俺この会議に口挟めねえし外に出ていいか?謎の魔物が出てきた場所とかになにかヒントがあるかもしれないし、調べてきたいんだけど」
「……セルリオついていけ」
「はい」
「悪いな」

動いたセルリオに合わせて金属音が鳴る。とても偵察には不向きな気がするが、まあいい。

「申し上げる!勇者サクを件の魔物に備えて偵察に向かわせます。他、勇者の鈴谷を町の周りの警戒に当たらせ、進藤を門前に立たせます。よろしいでしょうか」
「なにを勝手な!」
「いえ、そのほうがいいでしょう。勇者を全員この場に待機など、もってのほか。謎の魔物が出現した際、駆けつけるのにいささか時間がかかります」
「……いいだろう。向かえ」
「はっ」
「あーねみー」
「出ていいの?やっとかー」

一応敬礼をとるダールを尻目に進藤と鈴谷は笑いながら素直な感想を吐く。
歯軋りが聞こえそうな責任者は、部屋を出て行く私達の姿を黙って見届けていたけれど、閉まったドアの向こうからまた怒鳴り声が聞こえてきた。あのエネルギーを他で使えばいいのに。

「勇者はどこに行くんですか」
「とりあえず外。ここ息苦しいし」

屋敷を出て新鮮な空気に伸びをした後、道を思い出しながら歩いているとセルリオが尋ねてくる。
振り向きながら答えれば、ガシャガシャと音を立ててセルリオが立ち止まる。どうやら距離をとられているらしい。どうでもいいか。
日常を取り戻そうとしているのか、日常を演じて落ち着こうとしているのか、大通りは商人達の活気ある呼び込みや、連れ添って歩く人たちの話し声、音に満ちていた。けれど外に繋がる門へとまっすぐ向かう私達を見逃さない彼らは、不気味な視線をちらりちらりと移してくる。

勇者だって。どっちが。鎧着てないほう。

話し声が聞こえる。視線を寄越せば、さっと視線を逸らす人もいれば手を振ってくる人もいる。セルリオも気がついているんだろう。バイザーの上がったアーメットヘルムからのぞき見える口元はなにかを堪えるように結ばれている。

「勇者さん、どうされたんですかっ?」
「え?あー、ちょっと調べに。ダーリスだけじゃなくて謎の魔物ってのが出たんだろ?」

門を抜けたところで駆け寄ってきた女性兵士は見覚えがあった。進藤に腕を掴まれていた女性だ。
怪我は治っておらず、代わりに包帯が巻かれている。辺りを見渡せば同じような兵士がちらちら見える。魔力を温存させる為だろう。重傷者にしか使われていないんだろうな。

「そうです。また現れなければいいんですが」
「どんな感じのやつだった?出現場所って知ってる?」
「私が駆けつけたときにはもう門前にいましたので正確な場所は分からないのですが……恐らくフィラル王国方面からだと。謎の魔物は聞いていたとおり真っ黒な姿に真っ赤な瞳で……物理攻撃も魔法攻撃も飲み込んでしまったときには、ちょっとした絶望でしたよ」
「でも消えた」
「そうなんです。……理由が分かりません」
「ありがと。助かった」
「あ、待って下さい」

情報をくれた女性に手をあげてその場を離れようとしたところ腕をひかれる。振り返ると、女性はつんつんと腕を更にひきながら笑った。

「今夜私と一緒に魔力交換しません?」

随分積極的な言葉に一瞬止まる。困って、笑った。察したのか女性は残念と肩を落としたあと戸惑う私の頬にキスをする。
チュ、とからかいを含むような大きなリップ音。

「助けてくれてありがとうございます」

柔らかく笑って背をむけた女性は、また後片付けを始める。恐らく同僚らしい兵士に声をかけられた女性は気さくに応えていて楽しそうに笑っていた。

「……いいなあ」
「頑張れ」

残念な言葉を吐いたセルリオにエールを送って、女性から背を向ける。
あんなふうに生きている女性もいるのか。
思い出すのは蜂蜜色の髪を胸元で揺らして微笑むミリア。なんだか、妙に悲しくなってしまう。
考えを断ち切るように頭を振ったあと近くにいた兵士に声をかけた。

「少しホーリットから離れすぎじゃないですか?」
「といっても聞いた情報まとめたらここら辺だろ」
「でも全然被害がないですよね」
「変だよな。謎の魔物が消えたときに一緒に消えたのか。いや、戻った?」

兵士たちや謎の魔物を見た町の人の話には多少の誤差はあれど出現した方角はフィラル王国からだということは共通していた。

それはちょうど私達がホーリットに向かうときに通った道だ。おかしなのは木々をなぎ倒しながら現れたという情報は多くあったが、どこにもそんな場所は見当たらないということだ。念の為に付近も調べてみたが結果は同じ。
木々に覆われた道の中立ち尽くしながら空を見上げてみれば、葉っぱに覆われて粒になっている青空が見える。静かで丁度よかった。ここならすぐに動ける。
シュミレーションをしながら、ちらりと近くに立つセルリオを見てみる。ずっとガシャガシャと身体を動かしていたセルリオは一切音を立てず辺りを落ち着きなく窺っている。謎の魔物が現れたらと戦々恐々としているのだろう。
セルリオには悪いけれど、もうそろそろ謎の魔物が出たらしい時間から1時間後になる。
色々違いはあれど情報どおりここが謎の魔物の出現場所なのだとしたら、現れる可能性が高い。私はその瞬間を見ておきたい。出来るのなら倒せたらいいんだけど、それは後から考えよう。ただ、魔物の生態をもう少し詳しく知りたい。

「あの、勇者……いまの音は」
「ダーリスか?」

セルリオは剣を構え、私も弓を取り出していつでも戦えるようにする。唸り声が聞こえた。枝が折れる音も。誰かが歩いてる?違う、走ってる。
どこ──いた。
森の中視線を走らせて見つけたのは、動く紺色。長い真っ黒な髪。頭の後ろに一つでくくっている。


「あ、あ、あれ。あれ!だから早く帰りたかったのに」


震える声が隣で聞こえる。
セルリオが見ているものがなにか分かってる。

謎の魔物だ。

やっぱりここら辺で当たっていた。道の真ん中の地面から湧き出てきた黒い染みが、ぐねぐね身体を曲げながらときに弾けて段々形を作って大きくなっていく。
セルリオが恐怖で放った魔法はぺろりと飲み込まれて、まるで成長の糧になったとばかり、更に身体を大きくさせた。既に木を越えそうな大きさだ。
だけどそれより目が奪われるのが、そんな異形という言葉がぴったりの謎の魔物に、涼しい顔で向かっていく男の姿だった。大きく反った長剣、ファルシオンを右手に構えている。左手には魔法を溜めているのか真っ赤に光るものが見える。色が変わった。一瞬で真っ黒に姿を変えたそれを、男は謎の魔物に向かって投げ、同時に剣を振り下ろした。
叫び声が響き渡る。
謎の魔物のものじゃない。男が斬ったのは、男が放った真っ黒な球体。斬られて真っ二つになったそれが開いた瞬間、数え切れないほどの人や動物の叫び声が耳に突き刺さる。遠くにいる誰かを呼ぶようなものじゃない。この声はなにか知っていた。

断末魔だ。

ほら、射殺したダーリスの声も聞こえてくる。音の強弱も分からなくなるぐらい麻痺していくのは、きっと耳だけじゃない。
謎の魔物が声に酔ったように動きを止める。その身体はアンバランスな造りをした人間のようだった。足が細く胴体と腕が大きい真っ黒な生き物。もう目まで出来ていた。赤い瞳が見える。
目が合った。
そんな気がして、ぼおっとしていたら誰かに身体を押された。

黒い髪が見える。

力の入らない身体を支えてくれたセルリオの手から伝わってくる震えが唯一私を現実に引き止めていた。真っ黒。真っ黒な髪。謎の魔物と合わさって、境界線が見えなくなる。
だけどゆっくり面積が減って空や森が眼に映る。男の髪の輪郭が見えてくる。そして足が地面から浮いてしまいそうなほどの揺れが身体を襲った。ずうんと地面に沈み込んだのは謎の魔物だ。

死んでる。

真っ黒な髪が動く。紺色の長い羽織がふわりと動いて、血の匂いを運んでくる。
目が合った男は言葉を飲み込むように、開いていた口を閉じた。時間が止まったようだった。だけどそれも覚める。


「……すみません。それじゃあ」


男は眉を下げひどく申し訳なさそうな顔をして、頭を下げた。そして姿を消してしまう。
目の前に映るのは真っ黒な謎の魔物の死骸。だけどそれも熱いフライパンに氷を置いたようにジュウと音を出しながら溶けて消えていく。
残ったのは、地面にある真っ赤な血。

「なにがなんだか」

いつの間にか肩を支えていた力がなくなっている。見てみればセルリオは気絶していた。謎の魔物が倒れた衝撃でだろうか。なら、よかったのだろうか。

男は謎の魔物と同じように真っ赤な瞳をしていた。







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