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第一章 召還
11.「サク君、私の一番になって」
しおりを挟む同性だから、というよりも女性として見られている加奈子のことは気になっていた。
勇者を召還したときの王たちの言動にいいものを感じなかったし数日過ごして得た情報でもそうだ。だけど召還された次の日から加奈子は付き人に大きな信頼を寄せていたようだし、随分親しげになっていた。そうならそうで別にいい。
男だと思っている私を”特別”にして”守ってあげる”ということを言っていたのは、進藤がボヤいていた女性が持つ権力のことを指していたんだろう。そんな餌と甘い言葉に加奈子はほだされたのだとしたら、受け入れているなら私が言うことはなにもない。
この世界の女という現状を知っているのなら、問題はない。
ミリアから聞いていた加奈子の部屋、花模様のついたドアをノックする。幸いなことに付き人はいなかった。ミリアからあまり見つからないほうがいいと釘を刺されていたし、私も私で変ないざこざを起こしたくなかったからよかった。
「加奈子。いる?」
返事はない。なら別にいいか。そう思って帰ろうとしたら、軋むドアの音。そっと開いたドアの隙間から顔をのぞかせる加奈子がいた。隈ができている。眠れないんだろう。顔色もひどく悪い。
「……入って」
「いいの?」
「うん」
部屋は私にあてがわれた部屋よりも随分広く、物が多かった。内装も随分女性向けのものだ。ドアを閉めた加奈子は、いままで紅茶を飲んで休んでいたのか、新しいカップを取り出すと机に置いていたポットから紅茶を注ぐ。どうぞ、と力なく微笑むのに促されて対になっている椅子に腰掛ける。オレンジの香りがして美味しい。
「サク君、あの時、助けてくれてありがとう」
「え?ああ、別に。……どういたしまして」
あの時がなにか分かって納得する。レオルのことだろう。でも勝手にしたことだし、と思いながらも俯く加奈子の目に涙が溜まっているのを見て感謝を受け取る。頭を撫でればボタボタと涙が落ちていく。
「あの時、もう、意味が、分からなくて」
「ん」
「死んじゃうって、なんで私が、なんで、なんでこんな目に」
「ん」
「あんなに死にたかったのに、怖かった」
「ん」
「ここでならもう大丈夫だと思った。だけど、でも、駄目で。私馬鹿で。怖くて、なにができるの。なにも、なにもできないよ!」
悲痛な声をあげて泣く姿はいたたまれない。
元の世界での加奈子の事情は分からないが、きっと辛いことがあったんだろう。この世界に来たことで、春哉の主人が言ったように”救われた”んだろうか。それが進藤たちによる突然の暴力とレオルの訓練という地獄のような出来事であっという間に崩れ去った。
泣き腫らした目がじっと見上げてくる。
可哀相だと思う。
だけどどうしようもできない。加奈子はくしゃりと表情を歪める。
「サク君、私の一番になって」
「え?」
「シュルトが言ってたの。女の子なら勇者でも、魔物退治しなくても大丈夫だって。ここで他の仕事をして生きていくのもいいんだって。普通にご飯を食べて、恋をして、いつか結婚なんてして、それで幸せに暮らしていいんだって」
「それは」
「私は!勇者なんて嫌だよ!あんなの!怖い!死にたくないっ!」
「……加奈子はこの世界で女性がどういう立場なのかちゃんと分かってるか?」
「……うん、分かってる。女の子が少なくって、それで問題もあったり、女の子を守るために法律があって」
「うん」
「私、別に夫がいっぱいいても大丈夫だよ。子供だっていつか生むと思う。それでいいの」
「そっか」
「ここで生活しているうちに好きな人を見つけていけばいいって、言ってた」
加奈子は与えられた情報をちゃんと理解しているのか少し不安に思う。裏をちゃんととったのか、とろうとしているのか、シュルトという付き人の言葉だけを妄信してはいないか。
だけど決断が出ているなら、聞こうとする姿勢もないのならそれでいいんだろう。
「だから、サク君私と一緒になって。私と一緒にて。1人じゃ怖いよっ……!」
抱きつくというよりも縋りついてきた加奈子に驚く。悲鳴のような音を立てて転がったカップから茶色い液体がこぼれていく。
先日レオルとの攻防で必死になっていた私のように、いま、加奈子も縋るものが欲しくて必死なんだろう。分かるからなにか手助けしてやりたかった。
だけど加奈子の背中に手はまわせなかった。
「ごめん、無理。それに俺は元の世界に戻る」
ここで生き続けることを考えていない。加奈子の肩に手を置いて、離す。真っ赤な目元、悲痛に歪んだ目元に戦慄く口元。見下ろしながらもう一度謝る。
「そっか、やっぱり、私は」
加奈子は笑った。歪につりあがる口元に言葉をのせて笑う加奈子はどこか壊れたような感じを抱かせる。
「……加奈子?」
「はは、あはは!無理だよ。そんなのできても、ねえ!?なんであんな場所に戻りたいのっ!?意味分かんないよ!それにね、誰も元の世界に戻った人なんていないんだよ!どこかを望む人を無差別に召還してるから戻す場所なんて分からないのっ。ここが!ここだとちゃんと生きられるのっ」
肌に食い込む爪に耐えながら加奈子が気が済むまで叫ばせる。なにも返すことができないから、それしかできない。荒い息を吐いて鼻をすする加奈子は相当参っていたんだろう。眠りのせいなのか頭が揺らぎ、力なく咳き込む。手が震えていた。
はっとして手を掴めば、空ろな瞳と視線が絡む。
「出てって」
「魔力が」
「出てって!シュルトッ!!」
「ここに」
ドアが開いて、いつか見た男が現れる。礼をして見せた彼は、満足そうに笑った。
「部屋から追い出して!」
「仰せのとおりに」
「……自分で出るから」
腕をとられそうになったのを避けて席を立つ。床に座り込んでいる加奈子は拳を握り締めながら俯いている。
「じゃあ」
部屋を出る。
返事はない。代わりになにかをぶつけるような音がして振り返ってしまう。加奈子に伸ばされるシュルトの手。そしてその体温を感じたのか、はっと顔を上げた加奈子がシュルトに抱きつき、キスを交わす。閉まっていくドア。加奈子からシュルトをベッドに誘う姿を、溜息とともに視界から消す。
散々な時間にどっと疲れがおしよせてきて、おかしくもないのに笑えた。
「サク様?」
少し離れた場所で書類を手に持つミリアが見えた。心配そうに下がった眉。きっと、彼女も。だけど彼女は性格上、作った顔だけじゃななく、本当に心配してて……。
「加奈子様は……。お食事になさいますか」
「ルーナとは同僚?」
言いかけてなにかを察したミリアに話を切り出す。驚いて見開かれた目が、一拍の間をおいて、歪んでいく。笑った。
「ええ」
「そっか」
「はい。よければ呼びましょうか」
「いいよ。ごめんな、仕事中だったんだろ」
ミリアの肩に手を置いて、離れる。
「気になさらないでください。これも、仕事ですから」
肩は震えていた。
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