狂った勇者が望んだこと

夕露

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第一章 召還

10.「お前さ、死ぬとか、考えてねえよな」

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レオルのいう訓練が終わって数日、走り込みや魔法の練習など普通の訓練をしていた。魔法の練習は主に春哉たち古参の勇者たちに教えてもらい、走りこみ含め体力づくりや武器の扱いかたの基本は兵士たちとの訓練で学ぶ。

変わったことがいくつかあった。

古参の勇者と大地、そして兵士や教官からよく視線を感じるようになった。気のせいだろうと思って放置していたが、数日経っても感じるのだから気のせいではないだろう。それも嫌なタイプのものだった。じっと見てくるくせに、視線を合わせると逸らすのだ。
鈴谷や進藤でさえ、訓練のときは気に入らなさそうな顔をしてガン飛ばしてくる割には、話を聞こうとしたら離れる。勇者同士の訓練が最初のような一方的なものじゃなくなったのは良いことだが、気色が悪い。春哉に聞いてみようと思ったが、春哉からも距離をとられている。面倒な。大地に聞いてみても「別に」としか言わない。

レオルの訓練から変わった態度を見るに、あのとき起こったことが原因のはず。でも思い出すのは他の奴らと同じようにレオルに殺されそうになったことぐらいだ。
それ以外を考えて思い当たったのはレオルにキスをされたときのこと。あれを見られていたのだろうか。だとしたら相手もどう突っ込めばいいのか分からず曖昧に濁しそうだが、それにしたって反応が大きすぎる気がする。


「今日も加奈子は来てないか」


訓練場を見渡して勇者で私以外唯一の女の子を思い出す。レオルの訓練から加奈子はずっと姿を見せなくなった。ミリアに聞くところによるとひきこもっているらしい。
それは翔太もそうだったが、2日後にはひどく顔色を悪くしながらも訓練に参加して、教官の指示にブツブツ文句を呟いていた。今日も絶好調に顔色が悪い。
『レオル様はサク様たち勇者の魔法をどの分野に伸ばすかを見るために訓練場に向かわれたのですが』
『おもいっきり殺されかけたけどな』
『戦いがお好きなかたで……。レオル様には陛下より命が下されましたのでこのようなことはもうないかと思います』
ミリアたちにとっても予想外だった事態らしいあの訓練は、とても安心してそうかと頷けない対処がされて事態は収拾されたらしい。
ここの奴らもレオルには手を焼いていることと、様付けされる身分にあることは分かった。家柄がいいんだろうか?強く口出しできないみたいだ。

「大地お前ずっと鉄パイプでいくの?」
「……慣れてっから」

手馴れたように鉄パイプを作り出した大地は野球でもするようにスイングする。危ないことだ。

「お前はなんも持たねえのかよ」
「あー、俺なー。決めかねてるとこ。なんかオススメある?」
「オススメもなにもお前……んでもねえよ」
「なに」

ストイックに身体を鍛えるのは私には向かなくて、飽き飽きしていたところだ。適当に遊びながらじゃないとどうも続かない。丁度いいから今まで流していた話を突っ込んでみたら、大地は唇を結んで睨みつけてくる。
なんかこういうところ子供っぽいよな。
額を伝っていた汗を拭いながら大地を見下ろしていると、近づいてくる足音が聞こえた。

「聞きたいことがあんだけど」

進藤だった。その後ろには睨みつけてくる鈴谷もいる。気がつけば翔太も、翔太に魔法を教えていた春哉もこちらを見ていた。

「なに」
「あのイカレタ野朗に合格もらったって本当か?」
「はあ?合格?」
「ほら!なーんだ、やっぱり嘘だったんだ!」

鈴谷が嬉しそうに顔を綻ばせる。だけど進藤たちはまだ難しい顔をしたままだった。

「なんの話だよ」
「あの日、あの野朗となにがあった。お前は」
「レオルか?なにがあったって……なに」
「嘘だろ……」

脳裏を掠めたキスされたことをどう言おうか悩んでいると、鈴谷が先ほどとは違い青ざめた表情で後ずさる。

「あの野朗に傷負わせることできたのか」
「あ?……まあ」
「どうやってだよ。つか、その武器使えばいーだろ!武器のことなんか俺に聞くなよ」

大地が不貞腐れたように言う。ああ、そういうことか。レオルとやりあった武器使えばいいのに俺に聞くなってことか。まあそうだけど、傘だしな。
なんだか場が収まらなさそうなので傘を出して人差し指にかけながら揺らしてみる。呆気にとられた春哉が噴出して、ようやく、同じように呆気にとられていた面々が喚きだす。

「ふざけてんのかよ!」
「傘なんかであの野朗どうやって退かせんだよ!つかどうやって傷負わせれるんだよ!!」
「かさぁ~っ!?他のやつでしょ!なに、傘、かさぁー!?」

大地と進藤は怒りながら、鈴谷は素っ頓狂な声を上げる。五月蝿い。

「ふざけてないし真面目なんですけど。あー、女友達がよく痴漢に遭ってて、時々襲い掛かってくることがあったからそのとき持ってるもんで対応してたもんで、その中で一番よく使ったのが傘だったもんで」
「はあああ!?」
「つかレオルが退いた?のだって完全にアイツの気まぐれだし。死ななかったのなんてラッキーだった」
「それでも生きてる。あの野朗に合格までされて」
「レオルって勇者にいっつもあんなことしてんの」

進藤が忌々しげに舌打ちする。鈴谷が思い出すのも嫌だとばかりに表情を歪めて頷いた。それを見た大地が億劫そうに溜息を吐いて口元を覆う。

「大抵勇者が遠征に行く前に現れて、ふるい落としにくる」
「俺たち3回目だ。きっともうそろそろだ」
「俺達以外の勇者も何回かあの野朗に半殺しにされてから遠征に行った」
「……先に来てた勇者って、他にどんだけいんの」
「俺達以外で5人ぐらいだ」
「前、1人死んだでしょ」
「んなもん覚えてねえよ」

いつかの態度が嘘のように淡々と話す姿になにか嫌なものを覚える。死んだ?なんで。聞けば魔物に殺されたという。

「遠征に行った勇者は定期的に帰ってくることもあるけど、大抵ここ以外のどこかに落ち着いてそこを拠点に魔物を退治しに周ってる」
「同じ場所にいてもうまみがねえしな」
「んだよ、それ」
「おんなじ場所で固まってたら金も女も自分だけのもんにできねえだろ」
「金?女?」
「あー?ああ、そっか。お前まだここの女とヤッテねえんだっけ?もったいね」
「なんの関係があんの」

不愉快に眉が寄る。進藤と鈴谷は顔を見合わせて笑った。

「ここ以外で女って本当にいねえんだってよ。魔力供給のための女は各地にいるみてえだけど、そうじゃねえ女は権力持っててうぜえし、なんも気にしねえでしかもいい女とヤレるってここだけみたいだぜ?でもまあここにいる女も限りがあっから、俺はやっぱいつでもヤレる女じゃねえとな」
「進藤またルーナ呼んだでしょ」
「文句あんのか?」
「……ないけど」

考えていたよりも女という立場は最悪なようだ。そして勇者たちはそういう見返りを受け入れているらしい。

「魔力供給の女って」
「興味あんの?だったら町に出てみたら?結構いい子いたよ。いわゆる風俗みたいなもんだよ。ヤレルし魔力も回復するしラッキーってやつ」
「お前は男のほうに行っとけよ」
「や、やめてくれる?シャレになんないんだけど」
「ああ。お前もそっち行けば?むしろ店に出れば勇者なんてしなくても儲けんじゃね?女にありつけない男共に喜ばれっぞ」

鈴谷をからかった進藤が私を見てニヤリと嗤う。視界の端で春哉が不愉快そうに表情を歪めたあと、こちらのほうに向かってくるのが見えた。鈴谷と翔太は青褪めなにも聞いていないとでもいうように視線を逸らす。
ああ。女が少なくて、でも魔力供給で他人から得ようと思ったら同性でもするんだろうな。この世界の特徴上、それは普通のことなんだろう。
魔力うんぬんなくとも、元の世界に風俗があるように性商売としてこの世界でもあることだろう。

……たまに感情が欠落してしまったような感覚に陥る。

いま私はどんな表情をしているだろう。
進藤を見下ろす。曖昧や憶測でしかなかったこの世界の性に対す考えかたが分かったことはよかったことだろう。けれど。

「うぜえな、お前」

魔法を使う。
思い知らせてやろうと思った。そして思い知らせてやるにはなにが効果的なのか、私は簡単に答えを見つけた。

「──っ!」

進藤が頭を抑えて地面に崩れていくのを見て、鈴谷は表情を強張らせながら後ずさる。苦悶の表情を浮かべながら歯軋りする姿はどう見ても普通じゃない。

「嫌な奴ら思い出させてくれる。最初会ったときから気に食わなかったんだよな」

沸き立つ嫌な思い出はリアルな形を作って耳に声まで届けてくる。辟易する記憶をお前も味わえばいい。お前自身が体験した最悪をもう一度体験しろよ。
魔法の分類としては精神魔法に分類されるだろうこの魔法は、魔法をかけている人物にも跳ね返ってくるらしい。この世界にはいないはずの奴らが目の前で私を見て笑っている。
『おい!そっち塞いどけ!』
『もーやめないよー!』
鬱陶しい。ひどく、面倒だ。
暴力で相手を従わせようとするところ、見下ろして嗤う顔、優越感に浸る言葉……ああ、胸糞悪い。刺さる視線、伸びてくる手、荒い息遣い、好奇心に満ちた悲鳴、偽善じみた意味のない静止の声……煩わしい。
蹲る進藤を見下ろしながら肩を傘の石突でつつく。

「よお、傘なんかに突かれてっけどいいの?」
「……サク」
「春哉。……こういう奴って口で言っても聞かねえから、同じ手段で徹底的に教えるしかないんだよ。邪魔すんな」

少し力を入れたところで進藤が睨んでくるので、嗤ってやる。傘を消して、進藤に見せていた進藤にとって最悪な記憶も消す。冷や汗流す姿が笑えた。けどもう真面目に訓練する気持ちもなくなったことだし、部屋にでも戻ることにした。
もう一つの訓練場で指導している教官の視線を感じたが、嬉しいことに咎められることはない。レオルに感謝だ。訓練場を囲むダルイ丘を登ってこの後どうするかと考えてたとき、肩を掴まれる。
驚いた。大地だった。

「なに」
「あー、なんだ。その」

珍しく苛立ちに眉を寄せておらず、困ったように眉を下げていた。勢いあまって呼び止めたもののどうすればいいか分からないようだ。少し、ささくれ立っていた気持ちが落ち着く。

「お前さ、死ぬとか、考えてねえよな」
「……別に」
「あー、この世界の奴らって糞ったればっかで最悪だけどよ、なんだ。こうなっちまったもんはしょうがねえだろ。なら貰うもんは貰っとけばいいんだよ」

大地のくせになにか見透かすかのような、少し大人びた視線だった。肩におかれていた手に力が込められる。

「元の世界も糞だったけどよ。……元の世界でもそうだった。あるなら使えばいいんだよ。あー、俺難しいこと考えんの苦手なんだよ。気にいらねえけど、くれるってんなら貰っときゃいいんだ。あいつらが勝手にしてることなんだしよ。自分の得になんならそれでいいだろ」
「……お前、単純だもんな」
「うるせえよ」

眉を寄せた顔に笑ってしまう。きっと励ましてくれてるんだろう。それに気遣ってくれている。それが分かって、なんだか少し嬉しくなった。戸惑ったような表情にさえ頬が緩む。肩からおろされた手と入れ替わりに頭を撫でる。
背が高いからって餓鬼扱いするなとかなんだとか言っていたけれど無視して髪をぐしゃぐしゃに撫で回す。

さあ、気持ちも持ち直したことだし、加奈子の部屋に行ってみるか。







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