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第二章:地下に拷問部屋がある悪名高い古城
誰かの足跡のバラッド
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空き地の北西側に、塀が大きく崩れている場所があった。元々開けられていた門の位置は不明だが、ほかにそれらしい構造物の痕跡もないし、多分崩れた区画だったのだろうか。
俺はそこから塀の中に踏み込んでみることにした。シルヴィアは塀の中に入らず、外からこっちを伺って心配そうに見ている。
「ねえ、ちょっと。ケガしても知らないからね? ここにだって地下室あったかもしれないし、崩れて落っこちたら……」
「お、おぅ。そうだな、気を付ける」
辺りには丈の高い草が茂っていて、その間には不規則に瓦礫が残っている。慎重に歩かないと足首を痛めそうだ。
「いや、『気を付ける』じゃなくて戻ってきなさいって!」
「何だよ、母親じゃあるまいし……大丈夫だって、これもあるし」
懐から例の黒い鏡を取り出し、起動させた。たった今まで忘れてたのは秘密だが。
ガラス面に浮かび上がる紫の輝線――というかこのサイズだと、細かい瓦礫は線で囲まれる範囲が微小で、ほぼ点のようになっている。
その中で、大きな石材やある程度まとまった煉瓦壁などが、かき氷に放り込まれたカットフルーツのようにぽつぽつと浮かび上がった。
俺のすぐ後ろにも、どうやら大きな残骸があるようだ。
「取り壊した後、あんまり真面目に片づけてないんだな、これは……」
少し納得。新しく何か建てようにもまずこの瓦礫を撤去しなければならないのでは、二の足も踏むというものだ。
ふと思いついて、後ろの瓦礫を直接、肉眼で確かめることにした。しゃがみ込んで少し草むらをかき分けると、確かに苔むした石材と漆喰の塊があった。
その中に一つ、緑色に錆びて膨れ上がった銅製の板が見える。
「お、なんだコレ。何かの銘板――いや、表札かな?」
顔を近づける。何か文字が彫ってあったような痕跡。錆の侵食がひどくて読み取りにくいが――
「L……多分これはA、次は無理だ、完全につぶれてる。C、R……」
王国で使われるいわば『アルファベット』にあたる、文字のそれぞれに固有の読みを唱えながら一文字づつ拾っていく。
L、A、?、C、R、O、V、T――LANCROVT。
「ランクロフト……何だって!?」
廃墟に残った表札に、ランクロフトの名。冷静に考えれば同姓の別人の家である可能性が高いが、俺はこの時すっかり舞い上がってしまっていた。
(もしかしたら、ここが彼の生家か一時期住んだ家とかで、なにか遺品や、もしかしたら草稿とかが残ってたりして……)
地上部分はほぼ更地。ということは何かあるとすれば地下室。うおおお、地下室あれ! あってくれ!
足早に空き地の奥へ分け入っていくと、『鏡』にこれまでと違う表示が現れた。黄色い輝線であらわされた大きな空間が少し前方にある。俺はさすがにギクリとして足を停めた。
この表示には、エスティナ近郊の別荘をリフォームしたときにお目にかかったことがある。黄色い輝線は、鏡の使用者が立っている場所よりも低いところにある空間や人工構造物を示すものなのだ。この空き地の下には、そこそこの広さの空洞――おそらくは地下室が、ある。
「まさか、本当にあるとは……」
エルマ・ローリング行方不明事件のことが頭をかすめる。彼女が失踪したときも、当然この辺りは衛兵隊が捜索したのじゃなかろうか。
にもかかわらず、ローランドの話の中にそういった情報はなかった。
ということは。この地下空間は偶然の崩落などで容易に発見することができないほどに、まだ堅固な状態を保っている、ということだ。
「シルヴィア! ちょっと予定変更だ、広場まで戻って、城門横の詰め所とやらに行こう」
「え、え、どうしたの?」
「ここ、やっぱり地下室がある! もしかしたらエルマが閉じ込められてるのかも……だとしたら、俺たちだけで調べるのは危険だ。ローランドさんたちに知らせた方がいい」
「……わかった!!」
シルヴィアはもともと頭がいいし気も回る。こういう時の対応の早さといったら実にありがたい。
間もなく駆け付けた衛兵隊が、魔法の鏡の示す地下構造に沿って、もう一度入念に敷地内を調べると、果たしてそれぞれ独立した複数の、巧妙に隠された地下室が見つかったのだった。
そのうちの一つには、確かについ最近、誰かが身を潜めていた形跡があった。保存食を包んであったらしい布袋に、燃えさしのろうそく。用を足した後に、床の上の靴跡。
「貴重な手がかりです。近隣の町まで手を伸ばせば、だれがこれらの道具を買ったのかわかるでしょう。そこから賊の足取りがつかめるに違いありません。お手柄ですよ!」
ローランドからは非常に丁寧な感謝の言葉と、後日の謝礼の約束をもらった。だがすっかり時間をつぶしてしまった俺たちは、その日は城へ向かうことを諦めた。
潜伏していた何者かはとっくに立ち去った後。エルマの行方はやはりようとして知れなかった。
俺はそこから塀の中に踏み込んでみることにした。シルヴィアは塀の中に入らず、外からこっちを伺って心配そうに見ている。
「ねえ、ちょっと。ケガしても知らないからね? ここにだって地下室あったかもしれないし、崩れて落っこちたら……」
「お、おぅ。そうだな、気を付ける」
辺りには丈の高い草が茂っていて、その間には不規則に瓦礫が残っている。慎重に歩かないと足首を痛めそうだ。
「いや、『気を付ける』じゃなくて戻ってきなさいって!」
「何だよ、母親じゃあるまいし……大丈夫だって、これもあるし」
懐から例の黒い鏡を取り出し、起動させた。たった今まで忘れてたのは秘密だが。
ガラス面に浮かび上がる紫の輝線――というかこのサイズだと、細かい瓦礫は線で囲まれる範囲が微小で、ほぼ点のようになっている。
その中で、大きな石材やある程度まとまった煉瓦壁などが、かき氷に放り込まれたカットフルーツのようにぽつぽつと浮かび上がった。
俺のすぐ後ろにも、どうやら大きな残骸があるようだ。
「取り壊した後、あんまり真面目に片づけてないんだな、これは……」
少し納得。新しく何か建てようにもまずこの瓦礫を撤去しなければならないのでは、二の足も踏むというものだ。
ふと思いついて、後ろの瓦礫を直接、肉眼で確かめることにした。しゃがみ込んで少し草むらをかき分けると、確かに苔むした石材と漆喰の塊があった。
その中に一つ、緑色に錆びて膨れ上がった銅製の板が見える。
「お、なんだコレ。何かの銘板――いや、表札かな?」
顔を近づける。何か文字が彫ってあったような痕跡。錆の侵食がひどくて読み取りにくいが――
「L……多分これはA、次は無理だ、完全につぶれてる。C、R……」
王国で使われるいわば『アルファベット』にあたる、文字のそれぞれに固有の読みを唱えながら一文字づつ拾っていく。
L、A、?、C、R、O、V、T――LANCROVT。
「ランクロフト……何だって!?」
廃墟に残った表札に、ランクロフトの名。冷静に考えれば同姓の別人の家である可能性が高いが、俺はこの時すっかり舞い上がってしまっていた。
(もしかしたら、ここが彼の生家か一時期住んだ家とかで、なにか遺品や、もしかしたら草稿とかが残ってたりして……)
地上部分はほぼ更地。ということは何かあるとすれば地下室。うおおお、地下室あれ! あってくれ!
足早に空き地の奥へ分け入っていくと、『鏡』にこれまでと違う表示が現れた。黄色い輝線であらわされた大きな空間が少し前方にある。俺はさすがにギクリとして足を停めた。
この表示には、エスティナ近郊の別荘をリフォームしたときにお目にかかったことがある。黄色い輝線は、鏡の使用者が立っている場所よりも低いところにある空間や人工構造物を示すものなのだ。この空き地の下には、そこそこの広さの空洞――おそらくは地下室が、ある。
「まさか、本当にあるとは……」
エルマ・ローリング行方不明事件のことが頭をかすめる。彼女が失踪したときも、当然この辺りは衛兵隊が捜索したのじゃなかろうか。
にもかかわらず、ローランドの話の中にそういった情報はなかった。
ということは。この地下空間は偶然の崩落などで容易に発見することができないほどに、まだ堅固な状態を保っている、ということだ。
「シルヴィア! ちょっと予定変更だ、広場まで戻って、城門横の詰め所とやらに行こう」
「え、え、どうしたの?」
「ここ、やっぱり地下室がある! もしかしたらエルマが閉じ込められてるのかも……だとしたら、俺たちだけで調べるのは危険だ。ローランドさんたちに知らせた方がいい」
「……わかった!!」
シルヴィアはもともと頭がいいし気も回る。こういう時の対応の早さといったら実にありがたい。
間もなく駆け付けた衛兵隊が、魔法の鏡の示す地下構造に沿って、もう一度入念に敷地内を調べると、果たしてそれぞれ独立した複数の、巧妙に隠された地下室が見つかったのだった。
そのうちの一つには、確かについ最近、誰かが身を潜めていた形跡があった。保存食を包んであったらしい布袋に、燃えさしのろうそく。用を足した後に、床の上の靴跡。
「貴重な手がかりです。近隣の町まで手を伸ばせば、だれがこれらの道具を買ったのかわかるでしょう。そこから賊の足取りがつかめるに違いありません。お手柄ですよ!」
ローランドからは非常に丁寧な感謝の言葉と、後日の謝礼の約束をもらった。だがすっかり時間をつぶしてしまった俺たちは、その日は城へ向かうことを諦めた。
潜伏していた何者かはとっくに立ち去った後。エルマの行方はやはりようとして知れなかった。
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