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第二章:地下に拷問部屋がある悪名高い古城
他所から来た兵士たち
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衛兵たちは漫然と歩き回っているわけではなかった。三人一組ぐらいで行動し、時々その中から一人が歩調を速めては気になる場所に駆け寄って手早くチェックしている。
樽や木箱で入り口をふさがれている路地とか、植え込みの陰とか、場合によっては通行中の箱馬車なども。彼らはどうやら、ポスターの幼女を大真面目で探しているらしかった。
座乗している金持ちや貴族が抗議の声を上げても意に介さず、かえって抗議した側が恐れ入っている様子だが、何かあるのだろうか?
『魔法の鏡』号のすぐそばを、まだ年若い衛兵が通りかかった。彼は丈の短い鎖鎧を着て胸当てを追加し、面頬のない簡素なヘルムを着けていた。
「すみません、この貼り紙ですけど……」
衛兵にポスターのことを訊いてみた。彼はこちらへ一瞥を向けると、歩調を緩めて後戻りしてきた。
「この貼り紙、どういうことなんでしょう。何か事件みたいですけど」
「ああ、どうも。見ての通りなんですが、こちらの女の子が十日前に行方不明になりまして。我々警邏の衛兵隊だけでは限界があると判断されたので、似顔絵の完成に合わせて一昨日から公開捜査に踏み切りました。ええと……お二人はいつサイアムに?」
「あ、今日来たばっかりです」
「そうでしたか。じゃあまず関係はなさそ……いや、気を悪くなさらないでください。我々も一応は予断なくあらゆる可能性をチェックしなければならないのでして」
「ええ、分かりますとも。ご苦労様です」
「それで、その……この一件で神経質になってる住民の方もいらっしゃいますので、無用のトラブルに巻き込まれないよう、気を付けてください。何かありましたら城門わきの詰所までご連絡を。私はローランド・クレストマイアと申します」
「あ、これはご丁寧にどうも」
この世界に来て色々な兵士や衛兵、騎士といった人たちを見てきたが、このローランドという青年は、中でもとりわけて物腰柔らかな印象だった。多分普段の品行や勤務態度も折り目正しい、しっかりした人物なのだろう。
「それにしてもすごい似顔絵だなあ。木版画ですよね、これ? どなたが作られたんです?」
「ああ、これはですね……うちの衛兵隊には画家志望だった隊員がいるんです。彼女が二日ほどで作成してくれました」
画家志望の衛兵とな。しかも女性か、なかなかユニークな人材がいるらしい。
「それは大したものだ……しかし、この子――エルマですか、いなくなってからですよね?」
「ああ。それにはたまたま、幸運が重なりましてね……件の隊員が、もともと先にエルマの肖像画を描いていたんです。その、これ以上は少し立ち入った話になりますのでご容赦ください」
「なるほど……絵の腕を見込まれて、エルマの将来の縁談用に、といったあたりかな」
「はは、まあそんなところです」
ローランドが少し安心したような、どこかひきつった面持ちで笑った。
「そういえば、その子供がいなくなったのはどういう状況で?」
「うーん。話しちゃっていいのかなあ」
「や、私たちも何か協力できればと思ったもので。差しさわりがあれば無理にとは」
ローランドは少しためらってから、声を潜めて話し出した。
「彼女の父親が経営してる食堂というのは、まあ普通に住居と兼用なのですが。エルマは父親が午前中の仕込みで忙しくなった時、ひとりで店を離れたらしいんです。少し離れたところの、空き地を囲む塀のそばを歩いているのが目撃されていますね」
「もしや、それが最後とか?」
「ええ。それっきり消息を絶ってしまったようです。父親が異常に気付いたのは昼の混雑が収まった少し後でした。食事にしようと娘を呼んで、返事がない、と」
「その、壁に囲まれた空き地というのが怪しいなあ……どういう場所なんです?」
「それがですね、何もない場所なんですよ。市の記録を見ると、百年前には借家があったみたいなんですが、あまり借り手もないまま持ち主が絶えまして。空き家になったのを八十年前に取り壊してそれっきりらしいです」
「なるほど……気味が悪いですね」
「困ったもんですよ。早く解決しないとここの領主の評判に障りますからね……そろそろお年寄りが昔を思い出して騒ぎだすんじゃないかと気が気じゃない」
どういう意味だろう。昔にも似たようなことがあって、未解決だったりするのだろうか? それはそうと、俺はローランドの物言いに、いささか奇妙なところがあるのが気にかかった。
「『ここの領主』とおっしゃいましたよね。なんだかよそよそしいっていうか、自分の主人じゃない、みたいな――」
「あ、我々はこの町の所属じゃないのです。州都エスティナから、総督閣下の命を受けて駐屯しております」
何だって? ますます奇妙だ。俺はもう少しローランドに食い下がってみようという気になった。
樽や木箱で入り口をふさがれている路地とか、植え込みの陰とか、場合によっては通行中の箱馬車なども。彼らはどうやら、ポスターの幼女を大真面目で探しているらしかった。
座乗している金持ちや貴族が抗議の声を上げても意に介さず、かえって抗議した側が恐れ入っている様子だが、何かあるのだろうか?
『魔法の鏡』号のすぐそばを、まだ年若い衛兵が通りかかった。彼は丈の短い鎖鎧を着て胸当てを追加し、面頬のない簡素なヘルムを着けていた。
「すみません、この貼り紙ですけど……」
衛兵にポスターのことを訊いてみた。彼はこちらへ一瞥を向けると、歩調を緩めて後戻りしてきた。
「この貼り紙、どういうことなんでしょう。何か事件みたいですけど」
「ああ、どうも。見ての通りなんですが、こちらの女の子が十日前に行方不明になりまして。我々警邏の衛兵隊だけでは限界があると判断されたので、似顔絵の完成に合わせて一昨日から公開捜査に踏み切りました。ええと……お二人はいつサイアムに?」
「あ、今日来たばっかりです」
「そうでしたか。じゃあまず関係はなさそ……いや、気を悪くなさらないでください。我々も一応は予断なくあらゆる可能性をチェックしなければならないのでして」
「ええ、分かりますとも。ご苦労様です」
「それで、その……この一件で神経質になってる住民の方もいらっしゃいますので、無用のトラブルに巻き込まれないよう、気を付けてください。何かありましたら城門わきの詰所までご連絡を。私はローランド・クレストマイアと申します」
「あ、これはご丁寧にどうも」
この世界に来て色々な兵士や衛兵、騎士といった人たちを見てきたが、このローランドという青年は、中でもとりわけて物腰柔らかな印象だった。多分普段の品行や勤務態度も折り目正しい、しっかりした人物なのだろう。
「それにしてもすごい似顔絵だなあ。木版画ですよね、これ? どなたが作られたんです?」
「ああ、これはですね……うちの衛兵隊には画家志望だった隊員がいるんです。彼女が二日ほどで作成してくれました」
画家志望の衛兵とな。しかも女性か、なかなかユニークな人材がいるらしい。
「それは大したものだ……しかし、この子――エルマですか、いなくなってからですよね?」
「ああ。それにはたまたま、幸運が重なりましてね……件の隊員が、もともと先にエルマの肖像画を描いていたんです。その、これ以上は少し立ち入った話になりますのでご容赦ください」
「なるほど……絵の腕を見込まれて、エルマの将来の縁談用に、といったあたりかな」
「はは、まあそんなところです」
ローランドが少し安心したような、どこかひきつった面持ちで笑った。
「そういえば、その子供がいなくなったのはどういう状況で?」
「うーん。話しちゃっていいのかなあ」
「や、私たちも何か協力できればと思ったもので。差しさわりがあれば無理にとは」
ローランドは少しためらってから、声を潜めて話し出した。
「彼女の父親が経営してる食堂というのは、まあ普通に住居と兼用なのですが。エルマは父親が午前中の仕込みで忙しくなった時、ひとりで店を離れたらしいんです。少し離れたところの、空き地を囲む塀のそばを歩いているのが目撃されていますね」
「もしや、それが最後とか?」
「ええ。それっきり消息を絶ってしまったようです。父親が異常に気付いたのは昼の混雑が収まった少し後でした。食事にしようと娘を呼んで、返事がない、と」
「その、壁に囲まれた空き地というのが怪しいなあ……どういう場所なんです?」
「それがですね、何もない場所なんですよ。市の記録を見ると、百年前には借家があったみたいなんですが、あまり借り手もないまま持ち主が絶えまして。空き家になったのを八十年前に取り壊してそれっきりらしいです」
「なるほど……気味が悪いですね」
「困ったもんですよ。早く解決しないとここの領主の評判に障りますからね……そろそろお年寄りが昔を思い出して騒ぎだすんじゃないかと気が気じゃない」
どういう意味だろう。昔にも似たようなことがあって、未解決だったりするのだろうか? それはそうと、俺はローランドの物言いに、いささか奇妙なところがあるのが気にかかった。
「『ここの領主』とおっしゃいましたよね。なんだかよそよそしいっていうか、自分の主人じゃない、みたいな――」
「あ、我々はこの町の所属じゃないのです。州都エスティナから、総督閣下の命を受けて駐屯しております」
何だって? ますます奇妙だ。俺はもう少しローランドに食い下がってみようという気になった。
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