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第二章:地下に拷問部屋がある悪名高い古城
『魔法の鏡』号が行く
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季節は移り、秋となった。暦の上では果実月、そろそろブドウの収穫を迎える時期になっている。
真夏の暑さを避けて北方へ移動していた俺とシルヴィアだったが、これからは針路を変更、南下して冬に備えようという機運になっていた。
そんなわけで俺たちは今、北方ユーレジエン州――かつては独立した『公国』だったこの地の、南の外れにやってきている。
「あー。ソウマったら、また古本屋さん探してるでしょ。もうやめてよね、この間みたいに長時間入り浸るの」
「う、バレてる……大丈夫、見渡す範囲に本屋の看板はないよ」
くっそう。まあどうせ古本屋があったところで、建築学大全が見つかる可能性は少ないのだ。
何せ百五十年前の部数限定の本。王都あたりの大学であれば、帯出禁止の貴重書扱いで図書室においてあるかもしれないが。
「あーあ、どこかの建築学者が羽振りのいい出版社と組んで、注釈・解説付きの新装版とか出さないかなあ。学生でも買えるような値段の並製本で」
「可能性はあるかもだけど、それを買う気ならお店を構えられるようにならないとね」
ごもっとも。
いろんな文献での言及から推測される建築学大全の書籍現物は、各分冊がおよそ縦六十センチ×横四十五センチ×厚さ五センチという堂々たる代物だ。
荷馬車に積んで移動するのは場所も塞ぐし重いし、雨に降られたときが一層困る。
まあ考えてみればそんな本だからこそ、世に軽便な抄本が出回ってるのかもしれないが。
ちなみに俺たちの商売は、今のところそこそこ上手く行きつつある。ユーレジエン州内でもすでに農家などの小規模な家屋リフォームを二件ほど、それと州都エスティナの近郊にある、古い別荘のリフォームを手掛けてきたところだ。おかげで壁に漆喰やモルタルを塗るのがだいぶうまくなった。
そんな具合に仕事が曲がりなりにも軌道に乗ってきた象徴こそが――今ちょっと話題に挙げた荷馬車だ。
中古品だが、板バネを使ったかなりちゃんとした懸架装置を具え、前輪には左右の差動装置までついている優れものだ。元は野盗の襲撃で破壊された旅行用の大型馬車だったとか。
王国にはいくつか有名な馬車工房があるが、これはその中でも常に新機軸を生み出すことで知られた馬車どころ、カトナの工房で作られた逸品だった。
――という触れ込みで売りに出ていた。
ブランドはどうでもいいが、急角度で曲がってもバランスを崩さず、悪路の振動にもそこそこ強いというのは何よりありがたい。俺たちは思いっきり奮発した。
しめて大金貨二枚、ざっと四十万円くらいの感覚。
性能以外にもメリットはある。このくらいの馬車を仕立てていれば、衛兵や土地の権力者にもそうそう胡散臭い印象は与えない。税金がたくさんとれそうに見える、ということだと思うのだが、おおむね好意的な扱いを受けるのだ。
馬車には名前を付けてある。あの便利な魔道具、周囲の地形を模式図で映し出す黒い鏡にちなんで『魔法の鏡』号だ。この国の言葉とは違うので、何か怪しげなカタカナ語、という感じにしかならないが、かっこいいので俺は気に入っている。長いので普段は「しゅぴーげる」と呼んでいる。
(残念ながら、飛行しながら三つに分離したりはしない。あと、英語表記では考えないことにしている)
さて、俺たちがやってきたのはサイアムという田舎町だ。人口はざっと五千人ほど、地球だとドイツあたりによくある感じの小都市だが、あんな風に周囲を城壁で囲んではいない。
どちらかというと開放的な印象を与えるたたずまいだが、その分警備はしっかりしているようで、町の門や広場には武装した衛兵がきびきびとした動きで立哨や巡回の任務に就いていた。
俺たちはここで仕事を受けてもいいし、受けずにただ宿屋に泊ってもいい――現在の懐具合はそんなところ。俺たちはのんびりと通りを流し、良さそうな宿を探していたのだが。
ふと、通りに面したところにある掲示板を目にとめて、シルヴィアが俺の袖を引っ張った。
「ちょっと、ソウマ。あれ見て」
「ん、どうかしたかい?」
彼女が指さす方を俺も見る。
掲示板にはちょうどB3判くらいの大きさの草木紙が貼りだされていた。で、そこには木版画で刷られた、幼女の似顔絵。
パッと見た印象では八歳から九歳、おかっぱ頭の毛先にウェーブをかけて乱れさせたような髪型の、明るい色の髪(スミベタではなく陽刻の線で表現されている)の女の子だ。
顔全体の中で目の占めるバランスが大きめで、左の目尻、下まぶたに二つ並んだ泣きぼくろがあり、綺麗な弓形の上唇が印象に残る――
「うお、すげえ。木版画にしてはずいぶん写実的だなあ! ちゃんと実物の特徴が分かる感じするぞ。だれが描いたんだろう!?」
「あのねえ、そういうことじゃないでしょ」
呆れた顔をされた。
「これって、行方不明になった子供の情報提供呼びかけじゃない? ……いやだなあ、こんな小さい子が、どっかで家に帰れないでいるのね」
「あー。言われてみれば。いやすまない、ついこの出来栄えに目が行って……」
馬車を下りて近づき、もう一度ポスターをしげしげと眺める。名前はエルマ・ローリング。サイアムの街中で食堂を営む市民、ニコラス・ローリングの娘、と記されていた。
特に貴族とか重要人物の娘というわけではないようだが、なんでまたこんな精緻な似顔絵が作られたのか――
そう思いながら改めて辺りを見回すと、巡回を続ける衛兵たちのきびきびした態度が、にわかに別の意味を持っているように思えてきた。
真夏の暑さを避けて北方へ移動していた俺とシルヴィアだったが、これからは針路を変更、南下して冬に備えようという機運になっていた。
そんなわけで俺たちは今、北方ユーレジエン州――かつては独立した『公国』だったこの地の、南の外れにやってきている。
「あー。ソウマったら、また古本屋さん探してるでしょ。もうやめてよね、この間みたいに長時間入り浸るの」
「う、バレてる……大丈夫、見渡す範囲に本屋の看板はないよ」
くっそう。まあどうせ古本屋があったところで、建築学大全が見つかる可能性は少ないのだ。
何せ百五十年前の部数限定の本。王都あたりの大学であれば、帯出禁止の貴重書扱いで図書室においてあるかもしれないが。
「あーあ、どこかの建築学者が羽振りのいい出版社と組んで、注釈・解説付きの新装版とか出さないかなあ。学生でも買えるような値段の並製本で」
「可能性はあるかもだけど、それを買う気ならお店を構えられるようにならないとね」
ごもっとも。
いろんな文献での言及から推測される建築学大全の書籍現物は、各分冊がおよそ縦六十センチ×横四十五センチ×厚さ五センチという堂々たる代物だ。
荷馬車に積んで移動するのは場所も塞ぐし重いし、雨に降られたときが一層困る。
まあ考えてみればそんな本だからこそ、世に軽便な抄本が出回ってるのかもしれないが。
ちなみに俺たちの商売は、今のところそこそこ上手く行きつつある。ユーレジエン州内でもすでに農家などの小規模な家屋リフォームを二件ほど、それと州都エスティナの近郊にある、古い別荘のリフォームを手掛けてきたところだ。おかげで壁に漆喰やモルタルを塗るのがだいぶうまくなった。
そんな具合に仕事が曲がりなりにも軌道に乗ってきた象徴こそが――今ちょっと話題に挙げた荷馬車だ。
中古品だが、板バネを使ったかなりちゃんとした懸架装置を具え、前輪には左右の差動装置までついている優れものだ。元は野盗の襲撃で破壊された旅行用の大型馬車だったとか。
王国にはいくつか有名な馬車工房があるが、これはその中でも常に新機軸を生み出すことで知られた馬車どころ、カトナの工房で作られた逸品だった。
――という触れ込みで売りに出ていた。
ブランドはどうでもいいが、急角度で曲がってもバランスを崩さず、悪路の振動にもそこそこ強いというのは何よりありがたい。俺たちは思いっきり奮発した。
しめて大金貨二枚、ざっと四十万円くらいの感覚。
性能以外にもメリットはある。このくらいの馬車を仕立てていれば、衛兵や土地の権力者にもそうそう胡散臭い印象は与えない。税金がたくさんとれそうに見える、ということだと思うのだが、おおむね好意的な扱いを受けるのだ。
馬車には名前を付けてある。あの便利な魔道具、周囲の地形を模式図で映し出す黒い鏡にちなんで『魔法の鏡』号だ。この国の言葉とは違うので、何か怪しげなカタカナ語、という感じにしかならないが、かっこいいので俺は気に入っている。長いので普段は「しゅぴーげる」と呼んでいる。
(残念ながら、飛行しながら三つに分離したりはしない。あと、英語表記では考えないことにしている)
さて、俺たちがやってきたのはサイアムという田舎町だ。人口はざっと五千人ほど、地球だとドイツあたりによくある感じの小都市だが、あんな風に周囲を城壁で囲んではいない。
どちらかというと開放的な印象を与えるたたずまいだが、その分警備はしっかりしているようで、町の門や広場には武装した衛兵がきびきびとした動きで立哨や巡回の任務に就いていた。
俺たちはここで仕事を受けてもいいし、受けずにただ宿屋に泊ってもいい――現在の懐具合はそんなところ。俺たちはのんびりと通りを流し、良さそうな宿を探していたのだが。
ふと、通りに面したところにある掲示板を目にとめて、シルヴィアが俺の袖を引っ張った。
「ちょっと、ソウマ。あれ見て」
「ん、どうかしたかい?」
彼女が指さす方を俺も見る。
掲示板にはちょうどB3判くらいの大きさの草木紙が貼りだされていた。で、そこには木版画で刷られた、幼女の似顔絵。
パッと見た印象では八歳から九歳、おかっぱ頭の毛先にウェーブをかけて乱れさせたような髪型の、明るい色の髪(スミベタではなく陽刻の線で表現されている)の女の子だ。
顔全体の中で目の占めるバランスが大きめで、左の目尻、下まぶたに二つ並んだ泣きぼくろがあり、綺麗な弓形の上唇が印象に残る――
「うお、すげえ。木版画にしてはずいぶん写実的だなあ! ちゃんと実物の特徴が分かる感じするぞ。だれが描いたんだろう!?」
「あのねえ、そういうことじゃないでしょ」
呆れた顔をされた。
「これって、行方不明になった子供の情報提供呼びかけじゃない? ……いやだなあ、こんな小さい子が、どっかで家に帰れないでいるのね」
「あー。言われてみれば。いやすまない、ついこの出来栄えに目が行って……」
馬車を下りて近づき、もう一度ポスターをしげしげと眺める。名前はエルマ・ローリング。サイアムの街中で食堂を営む市民、ニコラス・ローリングの娘、と記されていた。
特に貴族とか重要人物の娘というわけではないようだが、なんでまたこんな精緻な似顔絵が作られたのか――
そう思いながら改めて辺りを見回すと、巡回を続ける衛兵たちのきびきびした態度が、にわかに別の意味を持っているように思えてきた。
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