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EX.ACT「キツネとウサギの防衛線」
マグナ・ガルバ
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エルゴンの目論みを実行に移すことは、たやすくなかった。
四体の魔甲兵がそれぞれ大剣を肩に担ぎ、低く構えた姿勢で急速に距離を詰めてきたからだ。それらは山を揺り動かし斜面を踏み崩しながら、稲妻をかたどったような隊列で二人に迫った。
「仕方がないな。あの先頭から潰そう」
〈了解です!〉
エルゴンはメイザフォンを敵の斜め前方から、かすめるように走らせた。
(やりづらいな……妙に小さくできてやがる)
魔甲兵のサイズは渉猟械よりひとまわり小さく、ざっと見て全高十三タラット少々。
これに対して横なぎに剣を振るうのはうまくない。かがみ込めば容易に回避できるからだ。しかし上段から縦に打ち込むには、こちらも一瞬足を止める形になる。その一瞬が、戦場では致命的な隙になることもある。
「だったら……こうだ!!」
エルゴンは操縦桿をぐい、と捻ってわずかに左へ倒した。メイザフォンの走行ラインが、直線ではなく緩やかにカーブした曲線に変わる――械体がカーブの内側へ傾き、左から振り出した剣の軌道が通常より大きく下がった。
普通なら自重で倒れかねない動作だが、パキラが行った調整はここでも戦闘に有利に作用していた。脚部の可動範囲が広げられ、反応速度が上がっている。エルゴンの知る標準的な渉猟械の限界まで械体を傾けても、メイザフォンには今少しの余裕が残っていた。
斬撃が魔甲兵の胴に食い込み、一撃のもとに断ち割っていく。
慣性を殺さずにそのまま回転し、その勢いで械体を直立に戻しつつ距離を取る。どう、と大地に投げ出された巨人傀儡の断面を見て、エルゴンは一瞬我が目を疑った。
「何だ……? こいつら、内部に主骨も束筒もないのか!?」
すると、護令械もどきなのは外観だけ。本質は完全に魔法的な原理によるものなのだ――
剣で切断した部分よりさらに下、人間で言うと腰のあたりにあるベルト状の装飾から青白い光がにじみ出した。それが下半身全体を覆った後切断面に凝集した。魔甲兵を形作る金属が水銀のように流動して膨れ上がり、だらりとこぼれて上半身へと擬足を伸ばしていく。
「まさか……自分で修復しやがるのか!?」
ボルミが抜かれたのはそういうことか、とエルゴンは唇を噛んだ。
数で勝る小ぶりな相手に懐に入り込まれ、剣を封じられてすりつぶされる。一体破壊してもまた修復して戻ってくる――悪夢としか言いようがない。
とにかく足を止めるわけにはいかない。魔甲兵も修復する間は動けないようだし、その間一時的にでも稼働数は減っている――ならば、むしろチャンスは今だ。
「ロギ、そいつらは任せるぞ!!」
メイザフォンが駆ける。腰を落とし砂塵を捲きあげて地を滑り、魔甲兵を薙ぎ払う。胴斬りになって崩れたところへ、スクロス・マイが躍りかかってさらに砕いた。
四体の布陣を突破し、金色の護令械を捉えたメイザフォンが、大剣を右上から浴びせるように叩きつける。奇妙にも敵はほとんど無防備の棒立ちと見えた。
「もらった!」
近衛にいたころでさえ為しえなかった、神速の一撃。快哉を叫び、パキラへの評価をもさらに一段上げたエルゴンだったが。
ガクン――
振り下ろした刃が、ある一点でふいに停まった。
「なっ……!?」
目を疑った。金色の護令械は左手の親指と人差し指、わずか二本で大質量を誇るメイザフォンの大剣を挟んで停止させていた。なにか豆菓子でもつまむようなさりげない動作だ。
〈ほう……見覚えがあるぞ。ダンバーで保存されていた械体だな、これは。メイザフォー……いや、メイザフォンだったか?〉
眼前の金色が、言葉を発した。正しくはその佩用者が伝声管を通して喋っているのだ。だが、戦場で聞くにはやや違和感のある内容も相まって、その声はエルゴンをひどく混乱させた。
〈滑らかな動きだ、よく調整されている。佩用者の腕も、まあ悪くない……だが所詮は粗製の古物。我がマグナ・ガルバの敵ではないな〉
「貴様……っ!!」
頭に血が上った。
強者にあしらわれながら「それなり」とお情けめいた評価を下されるなど、問答無用で斬り捨てられるよりもよほど屈辱だ。いつぞや流賊の野営地で、おかしな女に投げ倒された時に匹敵する。
「何様のつもりだ!」
エルゴンは渾身の力を込めて大剣をひねり上げた。ぴくりとも動かなかった剣があっさりと敵の手から離れる――否。
――今のは、放してくれたのだ。
「……クソがッ!」
〈エルゴン殿! こ奴ら、腰の中央を砕けば停まるようです。背後はご心配なく!〉
ロギが残る三体を相手に、山を踏み崩しながら立ちまわる。
〈ふ、気づいたか。案外早々に見破られたな。だが――〉
相手の語気からエルゴンは敏感に危険を感じ取った。この金色――マグナ・ガルバとやらは、これから何かを仕掛けてくるに違いない!
械体の姿勢を低くし、横ざまに跳んでその何らかの攻撃が来るであろう線上から逃れる。
だが、エルゴンたちを襲ったのは彼らの想像を絶するものだった。
〈módosítása〉
そのように聞こえるごく短い詠唱。発し終わった瞬間に、マグナ・ガルバの背中から肩上に伸びた、一対の錫杖めいた柱から光が広がる。
思わず身をすくめ目を閉じたエルゴンが、恥辱の念とともに再び目を見開いたとき――
メイザフォンとスクロス・マイの武器は、どちらも土くれのような脆い塊に変じ、なおかつ融けた飴のように硬度を失って、重力のままに垂れ下がっていた。
四体の魔甲兵がそれぞれ大剣を肩に担ぎ、低く構えた姿勢で急速に距離を詰めてきたからだ。それらは山を揺り動かし斜面を踏み崩しながら、稲妻をかたどったような隊列で二人に迫った。
「仕方がないな。あの先頭から潰そう」
〈了解です!〉
エルゴンはメイザフォンを敵の斜め前方から、かすめるように走らせた。
(やりづらいな……妙に小さくできてやがる)
魔甲兵のサイズは渉猟械よりひとまわり小さく、ざっと見て全高十三タラット少々。
これに対して横なぎに剣を振るうのはうまくない。かがみ込めば容易に回避できるからだ。しかし上段から縦に打ち込むには、こちらも一瞬足を止める形になる。その一瞬が、戦場では致命的な隙になることもある。
「だったら……こうだ!!」
エルゴンは操縦桿をぐい、と捻ってわずかに左へ倒した。メイザフォンの走行ラインが、直線ではなく緩やかにカーブした曲線に変わる――械体がカーブの内側へ傾き、左から振り出した剣の軌道が通常より大きく下がった。
普通なら自重で倒れかねない動作だが、パキラが行った調整はここでも戦闘に有利に作用していた。脚部の可動範囲が広げられ、反応速度が上がっている。エルゴンの知る標準的な渉猟械の限界まで械体を傾けても、メイザフォンには今少しの余裕が残っていた。
斬撃が魔甲兵の胴に食い込み、一撃のもとに断ち割っていく。
慣性を殺さずにそのまま回転し、その勢いで械体を直立に戻しつつ距離を取る。どう、と大地に投げ出された巨人傀儡の断面を見て、エルゴンは一瞬我が目を疑った。
「何だ……? こいつら、内部に主骨も束筒もないのか!?」
すると、護令械もどきなのは外観だけ。本質は完全に魔法的な原理によるものなのだ――
剣で切断した部分よりさらに下、人間で言うと腰のあたりにあるベルト状の装飾から青白い光がにじみ出した。それが下半身全体を覆った後切断面に凝集した。魔甲兵を形作る金属が水銀のように流動して膨れ上がり、だらりとこぼれて上半身へと擬足を伸ばしていく。
「まさか……自分で修復しやがるのか!?」
ボルミが抜かれたのはそういうことか、とエルゴンは唇を噛んだ。
数で勝る小ぶりな相手に懐に入り込まれ、剣を封じられてすりつぶされる。一体破壊してもまた修復して戻ってくる――悪夢としか言いようがない。
とにかく足を止めるわけにはいかない。魔甲兵も修復する間は動けないようだし、その間一時的にでも稼働数は減っている――ならば、むしろチャンスは今だ。
「ロギ、そいつらは任せるぞ!!」
メイザフォンが駆ける。腰を落とし砂塵を捲きあげて地を滑り、魔甲兵を薙ぎ払う。胴斬りになって崩れたところへ、スクロス・マイが躍りかかってさらに砕いた。
四体の布陣を突破し、金色の護令械を捉えたメイザフォンが、大剣を右上から浴びせるように叩きつける。奇妙にも敵はほとんど無防備の棒立ちと見えた。
「もらった!」
近衛にいたころでさえ為しえなかった、神速の一撃。快哉を叫び、パキラへの評価をもさらに一段上げたエルゴンだったが。
ガクン――
振り下ろした刃が、ある一点でふいに停まった。
「なっ……!?」
目を疑った。金色の護令械は左手の親指と人差し指、わずか二本で大質量を誇るメイザフォンの大剣を挟んで停止させていた。なにか豆菓子でもつまむようなさりげない動作だ。
〈ほう……見覚えがあるぞ。ダンバーで保存されていた械体だな、これは。メイザフォー……いや、メイザフォンだったか?〉
眼前の金色が、言葉を発した。正しくはその佩用者が伝声管を通して喋っているのだ。だが、戦場で聞くにはやや違和感のある内容も相まって、その声はエルゴンをひどく混乱させた。
〈滑らかな動きだ、よく調整されている。佩用者の腕も、まあ悪くない……だが所詮は粗製の古物。我がマグナ・ガルバの敵ではないな〉
「貴様……っ!!」
頭に血が上った。
強者にあしらわれながら「それなり」とお情けめいた評価を下されるなど、問答無用で斬り捨てられるよりもよほど屈辱だ。いつぞや流賊の野営地で、おかしな女に投げ倒された時に匹敵する。
「何様のつもりだ!」
エルゴンは渾身の力を込めて大剣をひねり上げた。ぴくりとも動かなかった剣があっさりと敵の手から離れる――否。
――今のは、放してくれたのだ。
「……クソがッ!」
〈エルゴン殿! こ奴ら、腰の中央を砕けば停まるようです。背後はご心配なく!〉
ロギが残る三体を相手に、山を踏み崩しながら立ちまわる。
〈ふ、気づいたか。案外早々に見破られたな。だが――〉
相手の語気からエルゴンは敏感に危険を感じ取った。この金色――マグナ・ガルバとやらは、これから何かを仕掛けてくるに違いない!
械体の姿勢を低くし、横ざまに跳んでその何らかの攻撃が来るであろう線上から逃れる。
だが、エルゴンたちを襲ったのは彼らの想像を絶するものだった。
〈módosítása〉
そのように聞こえるごく短い詠唱。発し終わった瞬間に、マグナ・ガルバの背中から肩上に伸びた、一対の錫杖めいた柱から光が広がる。
思わず身をすくめ目を閉じたエルゴンが、恥辱の念とともに再び目を見開いたとき――
メイザフォンとスクロス・マイの武器は、どちらも土くれのような脆い塊に変じ、なおかつ融けた飴のように硬度を失って、重力のままに垂れ下がっていた。
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