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EX.ACT「キツネとウサギの防衛線」
峰に立つ巨影
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心地よい手ごたえ。自分のそんな感慨をどこか奇妙に感じながら、エルゴンは映像板に油断なく目を凝らした。
「次、次だ……! あとの二体――ロギのやつの首尾はどうなってる?」
答えはすぐに見えた。六百タラットほどの距離を隔てた場所で、二体の擬竜を相手に淡紅色の械体が躍っている。腕を延ばして双刀の切っ先を擬竜に突きつけ、間合いを保って釘付けにしているようだった。二体を同時に相手どってそれぞれに注意を払い、攻撃の隙を見せない立ち回りだ。
牽制としては悪くない。エルゴンが先の一体を倒すために時間を稼いでくれた形だ。並みの騎士であればこの状態をこれほど長く保てず、械体に損傷を受けてしまうだろう。
だが、エルゴンが受け持ちの一体を倒したことで今や状況は変化しつつあった。その状況に、パーシヴァム・ロギは対応できていない――
「ロギっ、何をやってる! 片方にもっと貼りつけ、同時に走らせるな!!」
エルゴンは伝声管を通して叫んだ。
鎧擬竜の突進には、助走を必要とする。ならば、一体に貼りつけば――貼りつき続けられれば、突進は残る一体の分だけを警戒すればよいことになる。
〈!! アッハイ、解りました!〉
叱咤を受けて自分のミスに気付いたらしい。パーシヴァムはスクロス・マイの重心を沈めながら小さく横へ飛び、擬竜の一体を盾に取るように回り込んだ。
「そうだ、それでいい! お前の械体はなまじ軽いから動けてしまうんだろうが、動きすぎてもかえって無駄になる……!」
伝声管を通さず、口元でつぶやきながらエルゴンはメイザフォンを走らせた。先ほども感じたことだが、やはりパーシヴァム・ロギには連携の発想が乏しいのだ。
とはいえ素の部分でいいものを持っている。あの械体を見る限り、これまでたいしたダメージを経験していないのではないか。
(まったく……本当に、まるきり他の械体が存在しないとこでやってきたってことか……)
遠くにいる方の一体が、ごく短い助走をつけて走り出した。ちょうど、もう一体との間にスクロス・マイを挟んだ形だ。おそらくこの瞬間はまだ、若い騎士はその動きに気づいていない――
「ロギ! 上に跳べ」
叫んだ声への反応は、しかし恐ろしく迅速だった。
淡紅色の巨体が虚空を切り裂くように空中に舞い、そこに生じた空隙があたかも二体の巨竜を吸い込んだように見えた。
地響きと恐ろしい衝撃。土煙が巻き上がり、悲鳴のような咆哮がこだまする。ロギに動きを封じられていた鎧擬竜は、もう一体の突起に深々と貫かれていた。
今なら、二体ともまともに動けない。
「今だ! とどめの一撃を!!」
〈イヤーーーーッ!!〉
双刀のうち一振りが、擬竜の脳天に深々と突き刺さる。硬いものが割れる甲高い音が響き、何かが回転しながら地面を跳ねてメイザフォンの肩の高さへ飛来した。
メイザフォンが大剣をかざしてそれを弾く――根元からへし折れた、擬竜の角だ。その弾いた動きを殺さずそのまま溜めに転じて、竜の胴を大剣が横ざまに薙いだ。
「おおりゃああ!」
二つの巨大な肉塊がずるり、と崩れ落ちる。黄色い狐とピンクのウサギ、二体の渉猟械にしかしまだ休息は許されていなかった。
山の稜線をまたぐように北から姿を現し、不気味なほど静かに接近してくる巨大な五つの影がある。
いずれも大まかに人の姿を模していたが、それらは二種類に分かれていた。キノコの傘めいた円形の頭部をもつ、渉猟械よりいくらか小ぶりなものが四体。そして両肩の上に錫杖のような柱を一対戴いた、一回り大きなものが一体。
「なんだ、ありゃあ――」
悠然と見える動きで近づいてくるそのシルエットを前に、二械は油断なく構えをとった。
〈あの金ぴかは渉猟械――少なくとも護令械だと思うが……あの傘被りはどうも様子が違う気がするな〉
〈むむ……先だってパキラ殿のもとで働く械匠の方々から、ボルミでの防衛戦の様子を聞きました。かの地で防備のために集められた渉猟械十械が敵の巨人傀儡の前に壊滅した、と〉
パーシヴァムの声が、わずかに震えた。
「何、だとォ……?」
〈魔甲兵とか称する由……あの四体がそうなのかも……〉
若い騎士の警戒は、ごく妥当なものだ。
だが、エルゴンはそれら四体よりもむしろ、隊列のやや後ろに位置する金色の護令械に注意を引かれていた。
あんな護令械は、ヤムサロにも、ましてディアスポリアにも、あると聞いたためしがない――それが陣形の後方に位置する、不自然さ。
そして何より、エルゴンはその金色の械体、二本の柱を肩に戴く異形から、なぜかあの忌々しい銀の護令械と通じる何かを感じ取っていた。
「ロギ。ヤバいと思ったらすぐ後退できるように心構えしておけ。どうも嫌な予感がしやがる」
〈はい。深入りは厳におつつみします! ……エルゴン殿もどうか〉
(ああもう。それを言うなら『慎み』、だろうが……)
パーシヴァムの言い間違いを気づかぬふりで流しながら。エルゴンはもう一言警告を添えずにはいられなかった。
「ああ、余力があるうちにあの金色をまず叩くぞ。あれはたぶん、とても良くないモノだ……!」
「次、次だ……! あとの二体――ロギのやつの首尾はどうなってる?」
答えはすぐに見えた。六百タラットほどの距離を隔てた場所で、二体の擬竜を相手に淡紅色の械体が躍っている。腕を延ばして双刀の切っ先を擬竜に突きつけ、間合いを保って釘付けにしているようだった。二体を同時に相手どってそれぞれに注意を払い、攻撃の隙を見せない立ち回りだ。
牽制としては悪くない。エルゴンが先の一体を倒すために時間を稼いでくれた形だ。並みの騎士であればこの状態をこれほど長く保てず、械体に損傷を受けてしまうだろう。
だが、エルゴンが受け持ちの一体を倒したことで今や状況は変化しつつあった。その状況に、パーシヴァム・ロギは対応できていない――
「ロギっ、何をやってる! 片方にもっと貼りつけ、同時に走らせるな!!」
エルゴンは伝声管を通して叫んだ。
鎧擬竜の突進には、助走を必要とする。ならば、一体に貼りつけば――貼りつき続けられれば、突進は残る一体の分だけを警戒すればよいことになる。
〈!! アッハイ、解りました!〉
叱咤を受けて自分のミスに気付いたらしい。パーシヴァムはスクロス・マイの重心を沈めながら小さく横へ飛び、擬竜の一体を盾に取るように回り込んだ。
「そうだ、それでいい! お前の械体はなまじ軽いから動けてしまうんだろうが、動きすぎてもかえって無駄になる……!」
伝声管を通さず、口元でつぶやきながらエルゴンはメイザフォンを走らせた。先ほども感じたことだが、やはりパーシヴァム・ロギには連携の発想が乏しいのだ。
とはいえ素の部分でいいものを持っている。あの械体を見る限り、これまでたいしたダメージを経験していないのではないか。
(まったく……本当に、まるきり他の械体が存在しないとこでやってきたってことか……)
遠くにいる方の一体が、ごく短い助走をつけて走り出した。ちょうど、もう一体との間にスクロス・マイを挟んだ形だ。おそらくこの瞬間はまだ、若い騎士はその動きに気づいていない――
「ロギ! 上に跳べ」
叫んだ声への反応は、しかし恐ろしく迅速だった。
淡紅色の巨体が虚空を切り裂くように空中に舞い、そこに生じた空隙があたかも二体の巨竜を吸い込んだように見えた。
地響きと恐ろしい衝撃。土煙が巻き上がり、悲鳴のような咆哮がこだまする。ロギに動きを封じられていた鎧擬竜は、もう一体の突起に深々と貫かれていた。
今なら、二体ともまともに動けない。
「今だ! とどめの一撃を!!」
〈イヤーーーーッ!!〉
双刀のうち一振りが、擬竜の脳天に深々と突き刺さる。硬いものが割れる甲高い音が響き、何かが回転しながら地面を跳ねてメイザフォンの肩の高さへ飛来した。
メイザフォンが大剣をかざしてそれを弾く――根元からへし折れた、擬竜の角だ。その弾いた動きを殺さずそのまま溜めに転じて、竜の胴を大剣が横ざまに薙いだ。
「おおりゃああ!」
二つの巨大な肉塊がずるり、と崩れ落ちる。黄色い狐とピンクのウサギ、二体の渉猟械にしかしまだ休息は許されていなかった。
山の稜線をまたぐように北から姿を現し、不気味なほど静かに接近してくる巨大な五つの影がある。
いずれも大まかに人の姿を模していたが、それらは二種類に分かれていた。キノコの傘めいた円形の頭部をもつ、渉猟械よりいくらか小ぶりなものが四体。そして両肩の上に錫杖のような柱を一対戴いた、一回り大きなものが一体。
「なんだ、ありゃあ――」
悠然と見える動きで近づいてくるそのシルエットを前に、二械は油断なく構えをとった。
〈あの金ぴかは渉猟械――少なくとも護令械だと思うが……あの傘被りはどうも様子が違う気がするな〉
〈むむ……先だってパキラ殿のもとで働く械匠の方々から、ボルミでの防衛戦の様子を聞きました。かの地で防備のために集められた渉猟械十械が敵の巨人傀儡の前に壊滅した、と〉
パーシヴァムの声が、わずかに震えた。
「何、だとォ……?」
〈魔甲兵とか称する由……あの四体がそうなのかも……〉
若い騎士の警戒は、ごく妥当なものだ。
だが、エルゴンはそれら四体よりもむしろ、隊列のやや後ろに位置する金色の護令械に注意を引かれていた。
あんな護令械は、ヤムサロにも、ましてディアスポリアにも、あると聞いたためしがない――それが陣形の後方に位置する、不自然さ。
そして何より、エルゴンはその金色の械体、二本の柱を肩に戴く異形から、なぜかあの忌々しい銀の護令械と通じる何かを感じ取っていた。
「ロギ。ヤバいと思ったらすぐ後退できるように心構えしておけ。どうも嫌な予感がしやがる」
〈はい。深入りは厳におつつみします! ……エルゴン殿もどうか〉
(ああもう。それを言うなら『慎み』、だろうが……)
パーシヴァムの言い間違いを気づかぬふりで流しながら。エルゴンはもう一言警告を添えずにはいられなかった。
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