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EX.ACT「キツネとウサギの防衛線」
エルゴン、奮戦す(2)
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ほどなく、前方からやってくるものをエルゴンも見ることになった。メイザフォンの視覚器がとらえたその物体の姿が、操縦籠正面の映像板に映し出される。
「なるほど、輜重械だな――変わった形だが。はて、どこの物なのか……」
砂漠で見かけるある種のコガネムシによく似た、丸みを帯びた緑色の械体。パーシヴァム・ロギの報告通り、それには三対六本の歩脚が備わっていた。
四足獣か人型を模したものが多い輜重械の中では、それはどちらかといえば珍しいものだ。調べればすぐに所属や出自を特定できるのではあるまいか。
そんな械体の前方、実際のコガネムシなら頭がある辺りに、黄色に黒い唐草模様のクッションを敷いた操縦籠があった。そこに鉢型のフェルト帽をかぶった女が座って――否、しがみついていた。
――たったっ、助けてくださぁあああい!!
言われるまでもない。エルゴンはすれ違うようにその輜重械の来た方向へ進み出た。
「そこの六本足、怪我はないか? そちらの状況は既に確認している、もう少しだ、ダンバーの門前まで逃げろ!」
――ひ、ひぃい、ありがとうございます! ……ってあああああ!
「どうした!」
――はっ、版木がぁああっ!!
「版木ぃ?!」
耳慣れぬ単語に眉をしかめた。
版木といえばあの版木しかあるまい――経典や絵草紙を大衆向けに刷るのに使う、文字や絵柄が陽刻された木の板だ。
布でくるんだ包みが振動でほどけたのか、それらしい木片が械体からばらばらと零れ落ちるのが目に入った。
「――お前、本屋か。版木は拾っておいてやる、とっとと行け!」
――はっ、はい! 私、ナシクラット・アラーキヤと申しまーす! 古今の名著から知られざる稀覯本まで、各種版木を豊富にとりそろえておりますのでッ、何かの折にはぜひ!!
緑色の輜重械は、六本の足を高く伸ばした奇妙な姿勢のまま、その足を目まぐるしく動かして駆け去って行った。
なんともおかしなリズムだ。
――騎士様、がんばってくださぃーー! !
「あー……なんかこう、調子狂うな」
ほんの数秒の間ナシクラットを見送ると、エルゴンはメイザフォンを再び疾走させた。前方ではすでにスクロス・マイが擬竜との戦闘に入っている。
幸いなことに、火を吐くタイプのものではなさそうだった。もしそうなら先ほどの本屋ナシクラットはすでに消し炭のようになっていただろう。
炎擬竜は胃のそばにある器官で蓄えた発火性の毒液を、体躯に応じて一日に数回程度まで噴射することができる。その射程はおおよそ二百タラット(三百メートル)に及び、戦闘用大型護令械の剣の間合いを軽く超えるのだ。
いま対峙しているものは、そうではなかった。シルエットから敵の種別を判じて、エルゴンは奥歯を強く噛んだ。
「鎧擬竜か……!」
体表に鉄と遜色ない強度の鱗と突起をそなえ、体重を活かした突進で当たるものを粉砕する、シンプルな破壊力の権化だ。まずそんなことは起らないはずだが、無策にその一撃を受けてしまえば、渉猟械と言えども相応のダメージを負う。
「ロギ! まだ持ちこたえているな?」
〈余裕です、この程度!〉
パーシヴァムの返答とは裏腹に、スクロス・マイはやや苦戦しているようだった。
立体的な動きでの一撃離脱を繰り返しているが、鎧擬竜の肩や頭部に備わる、鋭く尖った突起を警戒している分、一撃ごとの踏み込みが今一つ浅い。
そこに得物が軽く間合いが短いことが加わって、有効打が入りにくいのだ。
「……何やってんだ、全然効いてねえぞ!」
〈こ、ここからですよ! じわじわと消耗させて、膝の一つもついたところにきつい一瞥を――〉
「それを言うなら一撃、な! いいからお前、ちょっと替われ。やっぱりその紅いのじゃ鎧擬竜相手には相性が良くない」
一対一ならそれもいい。あるいはどうでも自分の械体以外にないのなら、そんな迂遠な戦い方もあり得るが。
「擬竜だけでも三体来てるし、後続もあるだろうが!」
〈んぎぃいい……はいもう、口惜しみを噛みしめるです!〉
エルゴン殿がこいつをやる間、私は他のを引き付けておきます――そういいおいて、パーシヴァムは次の擬竜へと走っていく。
「次はあなたが私と遊んでくださいねぇえええ」
高く飛び跳ねて高所からの鋭い一撃。
よく跳ぶ――よくもああ跳べる、とエルゴンは思った。確かに械体とよく共鳴した騎士なら、その動作は相当に柔軟かつ俊敏なものになるが、それにしてもこれだけの巨大なものをぴょんぴょんと。
(まあ、あの銀色のやつなら跳ぶどころか飛びやがるが……これはやはりあれか?)
パキラの技によるもの――そう結論付けざるを得ない。
スクロス・マイの脚部、ふくらはぎ部分に配された絹糸束筒を、わずかに径の太いものに換装した、とあの赤毛の小娘は言っていた。
護令械の駆動に関わる機構は全て絹糸束筒による引っ張る力を利用したものだ。衝撃を吸収するには、関節部を介してシーソーのように反対側に取り付けた、束筒内の絹撚糸が引き延ばされる反発力を使う。
人間の筋肉の働きを巧妙に模したその仕組みを、彼女はスクロス・マイとパーシヴァム・ロギのコンビに合わせて最適かつより堅牢なものに仕上げているのだ。
「大したもんだぜ、それは認めてやる。実際、俺の方も調子いいもんなあ!」
大剣を擬竜に叩き込みながら、エルゴンは左の口角を釣り上げた。メイザフォンは大腿部を持ち上げる機構の束筒に、ストロークが長くかつ反応の早い個体を選んで取り付けられていた。
砂塵の中を縫って低く走る動きが、最初に乗った時に比べて軽くそして無理がない。
肩回りも調整されていた。前腕部の装甲からくる動作の重さが解消され、関節部はそれをカバーする装甲の取り付けに、わずかに遊びが増えていた。 可動範囲が広がって迅速に動くことで、メイザフォンはエルゴンの剣技をより忠実に再現する。
「そこだ!!」
肩近くから伸びた突起を突きこもうと、奮い立って前に出た擬竜の動きを、エルゴンは滑らかな動きでかわし――その首を下から跳ね上げるように斬り飛ばしていた。
「なるほど、輜重械だな――変わった形だが。はて、どこの物なのか……」
砂漠で見かけるある種のコガネムシによく似た、丸みを帯びた緑色の械体。パーシヴァム・ロギの報告通り、それには三対六本の歩脚が備わっていた。
四足獣か人型を模したものが多い輜重械の中では、それはどちらかといえば珍しいものだ。調べればすぐに所属や出自を特定できるのではあるまいか。
そんな械体の前方、実際のコガネムシなら頭がある辺りに、黄色に黒い唐草模様のクッションを敷いた操縦籠があった。そこに鉢型のフェルト帽をかぶった女が座って――否、しがみついていた。
――たったっ、助けてくださぁあああい!!
言われるまでもない。エルゴンはすれ違うようにその輜重械の来た方向へ進み出た。
「そこの六本足、怪我はないか? そちらの状況は既に確認している、もう少しだ、ダンバーの門前まで逃げろ!」
――ひ、ひぃい、ありがとうございます! ……ってあああああ!
「どうした!」
――はっ、版木がぁああっ!!
「版木ぃ?!」
耳慣れぬ単語に眉をしかめた。
版木といえばあの版木しかあるまい――経典や絵草紙を大衆向けに刷るのに使う、文字や絵柄が陽刻された木の板だ。
布でくるんだ包みが振動でほどけたのか、それらしい木片が械体からばらばらと零れ落ちるのが目に入った。
「――お前、本屋か。版木は拾っておいてやる、とっとと行け!」
――はっ、はい! 私、ナシクラット・アラーキヤと申しまーす! 古今の名著から知られざる稀覯本まで、各種版木を豊富にとりそろえておりますのでッ、何かの折にはぜひ!!
緑色の輜重械は、六本の足を高く伸ばした奇妙な姿勢のまま、その足を目まぐるしく動かして駆け去って行った。
なんともおかしなリズムだ。
――騎士様、がんばってくださぃーー! !
「あー……なんかこう、調子狂うな」
ほんの数秒の間ナシクラットを見送ると、エルゴンはメイザフォンを再び疾走させた。前方ではすでにスクロス・マイが擬竜との戦闘に入っている。
幸いなことに、火を吐くタイプのものではなさそうだった。もしそうなら先ほどの本屋ナシクラットはすでに消し炭のようになっていただろう。
炎擬竜は胃のそばにある器官で蓄えた発火性の毒液を、体躯に応じて一日に数回程度まで噴射することができる。その射程はおおよそ二百タラット(三百メートル)に及び、戦闘用大型護令械の剣の間合いを軽く超えるのだ。
いま対峙しているものは、そうではなかった。シルエットから敵の種別を判じて、エルゴンは奥歯を強く噛んだ。
「鎧擬竜か……!」
体表に鉄と遜色ない強度の鱗と突起をそなえ、体重を活かした突進で当たるものを粉砕する、シンプルな破壊力の権化だ。まずそんなことは起らないはずだが、無策にその一撃を受けてしまえば、渉猟械と言えども相応のダメージを負う。
「ロギ! まだ持ちこたえているな?」
〈余裕です、この程度!〉
パーシヴァムの返答とは裏腹に、スクロス・マイはやや苦戦しているようだった。
立体的な動きでの一撃離脱を繰り返しているが、鎧擬竜の肩や頭部に備わる、鋭く尖った突起を警戒している分、一撃ごとの踏み込みが今一つ浅い。
そこに得物が軽く間合いが短いことが加わって、有効打が入りにくいのだ。
「……何やってんだ、全然効いてねえぞ!」
〈こ、ここからですよ! じわじわと消耗させて、膝の一つもついたところにきつい一瞥を――〉
「それを言うなら一撃、な! いいからお前、ちょっと替われ。やっぱりその紅いのじゃ鎧擬竜相手には相性が良くない」
一対一ならそれもいい。あるいはどうでも自分の械体以外にないのなら、そんな迂遠な戦い方もあり得るが。
「擬竜だけでも三体来てるし、後続もあるだろうが!」
〈んぎぃいい……はいもう、口惜しみを噛みしめるです!〉
エルゴン殿がこいつをやる間、私は他のを引き付けておきます――そういいおいて、パーシヴァムは次の擬竜へと走っていく。
「次はあなたが私と遊んでくださいねぇえええ」
高く飛び跳ねて高所からの鋭い一撃。
よく跳ぶ――よくもああ跳べる、とエルゴンは思った。確かに械体とよく共鳴した騎士なら、その動作は相当に柔軟かつ俊敏なものになるが、それにしてもこれだけの巨大なものをぴょんぴょんと。
(まあ、あの銀色のやつなら跳ぶどころか飛びやがるが……これはやはりあれか?)
パキラの技によるもの――そう結論付けざるを得ない。
スクロス・マイの脚部、ふくらはぎ部分に配された絹糸束筒を、わずかに径の太いものに換装した、とあの赤毛の小娘は言っていた。
護令械の駆動に関わる機構は全て絹糸束筒による引っ張る力を利用したものだ。衝撃を吸収するには、関節部を介してシーソーのように反対側に取り付けた、束筒内の絹撚糸が引き延ばされる反発力を使う。
人間の筋肉の働きを巧妙に模したその仕組みを、彼女はスクロス・マイとパーシヴァム・ロギのコンビに合わせて最適かつより堅牢なものに仕上げているのだ。
「大したもんだぜ、それは認めてやる。実際、俺の方も調子いいもんなあ!」
大剣を擬竜に叩き込みながら、エルゴンは左の口角を釣り上げた。メイザフォンは大腿部を持ち上げる機構の束筒に、ストロークが長くかつ反応の早い個体を選んで取り付けられていた。
砂塵の中を縫って低く走る動きが、最初に乗った時に比べて軽くそして無理がない。
肩回りも調整されていた。前腕部の装甲からくる動作の重さが解消され、関節部はそれをカバーする装甲の取り付けに、わずかに遊びが増えていた。 可動範囲が広がって迅速に動くことで、メイザフォンはエルゴンの剣技をより忠実に再現する。
「そこだ!!」
肩近くから伸びた突起を突きこもうと、奮い立って前に出た擬竜の動きを、エルゴンは滑らかな動きでかわし――その首を下から跳ね上げるように斬り飛ばしていた。
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