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EX.ACT「キツネとウサギの防衛線」
鋼の試し
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(は! ロギだなんて家名の騎士、俺は知らんぞ)
共鳴したばかりで調整も済まない械体を、戦闘速度で振り回す。その愚は、エルゴンとて理解していないわけではなかった。何度も思いとどまろうとした。だがどうにも苛立ちが抑えられない。
渉猟械は個人で所有するには荷が重く、大抵は国や神殿群といった公の組織が騎士を召し抱えて使わせるもの――いうなれば公共資産なのだ。
ごくまれに大領主や豪商といった、資産のあるものが例外的に一械を所有することはある。だがその場合はまずまちがいなく風評が国中に知れ渡る。
エルゴンは元近衛騎士、国内でそうした話があれば真っ先に耳に入る立場にあったのだ――二年前までは。
(お前が何者か、そのご立派な械体を使うに値する騎士かどうか、この剣で確かめさせてもらう!!)
半分がところは嫉妬。それも自覚している。ごく平凡な生まれのエルゴンにとって、渉猟械はどこまで行っても貸与されるものでしかない。
「パーシヴァム・ロギ! この俺、エルゴン・オディルドン、貴様に仕合を所望する!」
言いざまに振り下ろす大剣の一閃。
〈うわぁああああん!?〉
剣戟にさらされた薄紅色の械体から、奇妙な抑揚の悲鳴が上がり――スクロス・マイの両手に握られた分厚い内反りの刀がその一撃を止めた。
〈あいええええ!? 何をするつもろぅですか!!〉
叫ぶ言葉は明らかに「噛んで」いるが、力量は確かと思われた。斬撃を止めつつも武器の刃を損なわない、絶妙な受け方だ。その証左として、次の瞬間、メイザフォンの大剣はまだ完全に失っていなかった慣性に従い、斜め上へと流れた。
「やるな、じゃあこれはどうだ!」
跳ね上がった大剣の勢いを抑え込むことなくそのまま剣を立て、そちらへ一歩踏み込んでメイザフォンの体をコンパクトにまとめた。その場で一回転――半径が切り詰められたことで、その角速度が飛躍的に上がる。瞬時に体勢を切り替えた械体が振り下ろす、斜め下への一撃。
が、スクロス・マイはすでにそこにいなかった。後方へ飛びながら械体を下方に沈め、ほぼ水平に移動してその場を離れたのだ。地面すれすれを走る勢いで砂が巻き上げられ、周囲の視界が一転して見通しの効かないものになる。
「いい動きするじゃねえか――」
この地の砂は赤く、どちらかといえばスクロス・マイの塗装色に近い。足を止めればこちらが不利になりそうだ――エルゴンはそう見極めると、大剣を後方に引きずった姿勢でメイザフォンを走らせた。
「やめて、やめなさいったら!!」
地響きと恐ろしい打撃音、もうもうと辺りに立ち込める砂煙。パキラは耳と目を手で押さえながら声の限りに叫んだ。届くとも思えなかったが、そうせずにはいられない。
(まったくもう……一械でも惜しい時なのに。これで整備に手間取ったらどうしてくれるのよ!)
歯噛みをしつつも考える。目の前のばかばかしい同士討ちにはいくつか気づかされたことがあった。
エルゴンが以前抱いたイメージとは違い、相当の手練れであること。パーシヴァムの方も、それに劣らぬ技量の持ち主であること。
何せ全高20タラットを超える大きさの巨大な鉄の塊が、ブルゼンの闘技場でみた剣闘士たちの試合さながらに飛び跳ね旋回し、剣を振るって打ち合っているのだ。
パキラとてこれまでカイルダインの戦うさまを見てきたが、それがさほど常軌を逸したものに感じなくなるほど、眼前の闘いもまた速く、変幻尽きることがなかった。
二者の動きにはそれぞれある種の傾向が見て取れた。立ち込める砂煙の中、メイザフォンは隠れたまま縦横に駆け回って一撃を狙う。
スクロス・マイはその煙の中からしばしば空中へ飛びあがって対手の位置と動きを探り、上空から両手の双刀を叩きつけるのを好む風がある。
見守るうちにいつしか、パキラの頭の中にはそれぞれの絹糸束筒をどのように調整すべきか、おぼろげながら指針が定まっていくように感じられた。
そして巨神の剣舞は始まりと同じく、不意にその終わりを告げた。撚糸と力骨が軋みを上げる音に不快な破裂音が混ざって響き、重量物が地を撃って落ちた振動が足裏をざわつかせる。
砂煙が晴れたその後に、それぞれに腕一本を――メイザフォンは右、スクロス・マイは左の腕を――力なくぶら下げて低く構えた、二械の姿があった。
〈よおし、分かった。癪に障るが貴様の腕は本物らしい。高価なおもちゃをもらった子供なんぞじゃないと認めるとしようか〉
〈むむ、なんだか滅茶苦茶な人なだあと思いましたが、認めてくださるならありがとうごまいざすなので! あなたも本物だと思いなすよ!〉
何やらいい話で落ちつきそうな雰囲気だったが、パキラは声にならない悲鳴を上げつつ、膝からその場に崩れ落ちた。
「ふざけんな……ふざけんな……直す身にもなってよあんたたち。その腕一本、どれだけ時間かかると思ってんの」
すぐ隣まで歩いてきたらしく、アッサルマンもそこに立ち尽くしていた。
「あー、パキラ殿……この際心得のあるものは、械匠に限らず一線を退いた騎士でも何でも招集して作業に当たらせよう」
「……お願いします。私としては色々得たものもありますが、この局面でこれはあり得ませんよ」
「うむ。姫様が早く到着してくださればよいのだが……」
パキラとエルゴン達が普通に会話を交わせるまでには、その後丸一昼夜を必要とした。
共鳴したばかりで調整も済まない械体を、戦闘速度で振り回す。その愚は、エルゴンとて理解していないわけではなかった。何度も思いとどまろうとした。だがどうにも苛立ちが抑えられない。
渉猟械は個人で所有するには荷が重く、大抵は国や神殿群といった公の組織が騎士を召し抱えて使わせるもの――いうなれば公共資産なのだ。
ごくまれに大領主や豪商といった、資産のあるものが例外的に一械を所有することはある。だがその場合はまずまちがいなく風評が国中に知れ渡る。
エルゴンは元近衛騎士、国内でそうした話があれば真っ先に耳に入る立場にあったのだ――二年前までは。
(お前が何者か、そのご立派な械体を使うに値する騎士かどうか、この剣で確かめさせてもらう!!)
半分がところは嫉妬。それも自覚している。ごく平凡な生まれのエルゴンにとって、渉猟械はどこまで行っても貸与されるものでしかない。
「パーシヴァム・ロギ! この俺、エルゴン・オディルドン、貴様に仕合を所望する!」
言いざまに振り下ろす大剣の一閃。
〈うわぁああああん!?〉
剣戟にさらされた薄紅色の械体から、奇妙な抑揚の悲鳴が上がり――スクロス・マイの両手に握られた分厚い内反りの刀がその一撃を止めた。
〈あいええええ!? 何をするつもろぅですか!!〉
叫ぶ言葉は明らかに「噛んで」いるが、力量は確かと思われた。斬撃を止めつつも武器の刃を損なわない、絶妙な受け方だ。その証左として、次の瞬間、メイザフォンの大剣はまだ完全に失っていなかった慣性に従い、斜め上へと流れた。
「やるな、じゃあこれはどうだ!」
跳ね上がった大剣の勢いを抑え込むことなくそのまま剣を立て、そちらへ一歩踏み込んでメイザフォンの体をコンパクトにまとめた。その場で一回転――半径が切り詰められたことで、その角速度が飛躍的に上がる。瞬時に体勢を切り替えた械体が振り下ろす、斜め下への一撃。
が、スクロス・マイはすでにそこにいなかった。後方へ飛びながら械体を下方に沈め、ほぼ水平に移動してその場を離れたのだ。地面すれすれを走る勢いで砂が巻き上げられ、周囲の視界が一転して見通しの効かないものになる。
「いい動きするじゃねえか――」
この地の砂は赤く、どちらかといえばスクロス・マイの塗装色に近い。足を止めればこちらが不利になりそうだ――エルゴンはそう見極めると、大剣を後方に引きずった姿勢でメイザフォンを走らせた。
「やめて、やめなさいったら!!」
地響きと恐ろしい打撃音、もうもうと辺りに立ち込める砂煙。パキラは耳と目を手で押さえながら声の限りに叫んだ。届くとも思えなかったが、そうせずにはいられない。
(まったくもう……一械でも惜しい時なのに。これで整備に手間取ったらどうしてくれるのよ!)
歯噛みをしつつも考える。目の前のばかばかしい同士討ちにはいくつか気づかされたことがあった。
エルゴンが以前抱いたイメージとは違い、相当の手練れであること。パーシヴァムの方も、それに劣らぬ技量の持ち主であること。
何せ全高20タラットを超える大きさの巨大な鉄の塊が、ブルゼンの闘技場でみた剣闘士たちの試合さながらに飛び跳ね旋回し、剣を振るって打ち合っているのだ。
パキラとてこれまでカイルダインの戦うさまを見てきたが、それがさほど常軌を逸したものに感じなくなるほど、眼前の闘いもまた速く、変幻尽きることがなかった。
二者の動きにはそれぞれある種の傾向が見て取れた。立ち込める砂煙の中、メイザフォンは隠れたまま縦横に駆け回って一撃を狙う。
スクロス・マイはその煙の中からしばしば空中へ飛びあがって対手の位置と動きを探り、上空から両手の双刀を叩きつけるのを好む風がある。
見守るうちにいつしか、パキラの頭の中にはそれぞれの絹糸束筒をどのように調整すべきか、おぼろげながら指針が定まっていくように感じられた。
そして巨神の剣舞は始まりと同じく、不意にその終わりを告げた。撚糸と力骨が軋みを上げる音に不快な破裂音が混ざって響き、重量物が地を撃って落ちた振動が足裏をざわつかせる。
砂煙が晴れたその後に、それぞれに腕一本を――メイザフォンは右、スクロス・マイは左の腕を――力なくぶら下げて低く構えた、二械の姿があった。
〈よおし、分かった。癪に障るが貴様の腕は本物らしい。高価なおもちゃをもらった子供なんぞじゃないと認めるとしようか〉
〈むむ、なんだか滅茶苦茶な人なだあと思いましたが、認めてくださるならありがとうごまいざすなので! あなたも本物だと思いなすよ!〉
何やらいい話で落ちつきそうな雰囲気だったが、パキラは声にならない悲鳴を上げつつ、膝からその場に崩れ落ちた。
「ふざけんな……ふざけんな……直す身にもなってよあんたたち。その腕一本、どれだけ時間かかると思ってんの」
すぐ隣まで歩いてきたらしく、アッサルマンもそこに立ち尽くしていた。
「あー、パキラ殿……この際心得のあるものは、械匠に限らず一線を退いた騎士でも何でも招集して作業に当たらせよう」
「……お願いします。私としては色々得たものもありますが、この局面でこれはあり得ませんよ」
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