神滅の翼カイルダイン

冴吹稔

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ACT2:妖魔王の旌旗

救援

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       * * * * * * *

 踏み込んできた魔甲兵の一体が大振りの斬撃を繰り出す。カイルダインは肩部装甲でそれを受け止めた。内部へのダメージはないが、衝撃は械体を震わせ、割れ鐘のような騒音が俺を苛んだ。

「くっ……レゾ・スマッシャー!」

 一呼吸おいて左拳を叩き込む。魔甲兵は体をわずかに捻って直撃を避け、カイルダインの左拳は敵の右脚部、スカート状の装甲に受け止められて周囲の金属組織を大きく粉砕し、えぐり取った。
 
 拳や膝が魔甲兵の核にヒットする率が、次第に低下し始めている。

「くそ、こっちの狙いを読まれ出したか!」

(佩用者、頑張ってください。苦しいところですが、こちらに有利な発見もありました)
「それは?」
(損傷部位を再生する際に、あのガラクタはわずかな時間ですが動作をいったんキャンセル、硬直しています。あれを稼働させている霊力に類似したものの、ラインを切り替えているのでしょう)
「なるほど、とにかく殴れば一瞬は止まる、というわけか……ッ!」

 その瞬間、まさに再生のために足を止めた敵を右手の光槍ランサーで貫いた。渉猟械がなんとか魔甲兵に対処できるのは、こいつらが持つこの弱点のためだろう。
 だが共振拳をずっと使い続けることはできない。必要な手数が増えれば時間とともに霊力の消費も累積し、こちらはリソース切れへと追い込まれていく筈だ。

「……長者ゴータムが言ってたように、ブルゼンで俺たち用の得物をなにか見つくろうべきだったかもな」
(後悔先に立たず、ですね。ああ、それでですね。どうやら敵の司令塔的な役割を果たしているらしいものを発見――)

「思ったより早かったな。よくやった……で、どこだ?」

(ここから500ケイブほど北方の斜面に、令呪錦の反応があります!)

 カイルダインの思念に、腕組みして目を閉じあさってのほうへ顔を向けたような、妙に得意そうなイメージがくっついてきた。苦笑しつつも新たにもう一体の巨像を、唐竹割りに両断。

 それを最後にその欺陽槍ソアル・ランサーは消滅した。

「令呪錦だと? 敵にも護令械がいるってことか」

 その瞬間、はたと気づく。妖魔王軍は北方の隣国をすでに占領、掌握したうえでボルミへ侵攻を開始したはずだ。ならば――敵が護令械を接収していたとしても、おかしくない。

(おそらく、そういうことでしょう。魔甲兵ガラクタが行動を変化させるたびに、そこから思念が放射されているようです。私が佩用者との対話に使う方法と、よく似ていますね)
「決まりだな。そいつを潰せばいいわけだ!」

 だが、俺たちの周りには依然、十体を優に超える数の魔甲兵がいる。騎士レンボスを生還させるには、これを放置して突出することはできない。

(……手が足りない、このままでは)

 トラスカン峠の戦いは、持久戦の様相を呈しつつあった――

       * * * * * * *

 昼間ならば、関所からは峠の北側がよく見える。だが日が落ちあたりが闇に包まれた今もなお、灰色の胸壁には兵士たちが折り重なるようにして群がっていた。

 ボルミから難民を守って落ち延びて来た渉猟械マクガヴァンが、関所からの視界に入るようになって二日。その姿は次第に近づいてきていた。敵に押し込まれているのだ。

 峠に向かう街道の地形は上り坂で、騎兵などの衝撃力は大きく削がれる。だがジリ貧には違いなかった。

「ちきしょう……」

 誰かが歯ぎしりとともに呟く。

「せっかくあの銀色の護令械が空飛んできたんだ。レンボス卿を何とか、少しでも休ませて差し上げてぇなあ……」
「ああ……もう何日も飲まず食わずのはずだぞ」

 時折散る剣戟の火花と閃く光槍ランサーの輝きを頼りに、目を凝らし、かたずをのんで懸命に見守る――彼らにとって、マクガヴァンの姿は他人事ではない。

 この関所の砦に配属された兵士は、せいぜいがところ百人。関所自体も防壁は高いところで15タラット、厚みは4タラットあるかないか。
 ここまで渉猟械が食い止めてきた擬竜ドレイク魔甲兵アゾン、あるいはそれらに牽かれた攻城兵器に直接さらされれば、ひとたまりもないはずだった。

 銀色の護令械――カイルダインが飛来した時には、兵士たちは状況打開の期待に沸き返った。だが戦いはその後も一向に途切れる気配がなかった。

 護令械の足元をすり抜けるサイズの敵は、一緒に飛んできたらしい術者によってことごとく駆逐されているのだが、術者が戦い続けられる時間は一般的にさほど長くはない。

 誰もが、己の無力さに泣いていた。門を開いて打って出ようにも人員は少なく、騎兵の突撃を食い止めることさえ難しい。
 兵士たちにできたのは、難民たちを迎え入れたあと門をしっかり閉ざすことと、騎士たちの戦いを見守ることだけだった。
 この状況を周辺へ知らせることも難しかった。伝令用に飼われていたわずかな騎雉は、騎兵のためにボルミへ移送され戻らぬままだ。鳩は難民到着の直後に放たれ王都へ向かったはずだが、無事に報告を持ち込めたかどうかは鳥の王ガルドマーンのみぞ知る。

 そして、このまま座して待っていればいずれ、騎士たちの体力も術師の霊力も尽きる。

「やっぱり我慢できねえ! 俺、隊長に進言してくる!」
 若い兵士の一人が弾かれたように立ち上がり、胸壁の内側へ降りる階段に走りよった。

「進言って、何をだ。お前だってわかってるだろう、今の俺たちには何もできやしねえんだぞ……!」
「合図を送って胸壁のところまで来てもらうんだ! せめて騎士様に水と、飯を!」
「バカ野郎! あんなぶっ通しで戦ってる人間にうかつに飯なんぞ食わせて休ませたら、そのまま三日は起きてこねえぞ。下手すりゃ永久にだ!」

 走り去る兵士の耳に、彼の言葉はもう届いていないようだった。経験に乏しい若者の行動を苦々しく思いながらも、古参の守備兵はどこか温かい気持ちで彼を見送った。
 足元に濃い影が落ちたのに気付いて空を見上げれば、間近に迫った山の稜線から月が顔を出したところだった。


 若い兵士は関所の南側にある望楼へと駈け上った。隊長はこの数日、一日のほとんどをそこで過ごしている。南から援軍が到着するのを心待ちにしているのだ。すり減った石の階段を登りつめると、隊長が窓枠にしがみつくようにして南を見ているのが見えた。

「隊長! なにとぞご命令を、レンボス卿に食事と……」
 言いさして、隊長の様子がおかしいことに気づく。その指は窓枠の石材に食い込むほどに力がこもり、肩はぶるぶると震えていた。

「隊長……?」
 何事かと声をかける兵士に、返された言葉はただ一言――

「来た」

 何が、と聞くまでもない。兵士は上官と同じ方向を見つめ、そしてぱっくりと大口を開けてそのまま固まった。
 吹きあげる蒸気で周囲を煙らせながら、巨大な人影が街道を北上してくる。

        * * * * * * *


 粉砕した魔甲兵アゾンの数は、すでに十六体。だが恐ろしいことに魔甲兵はじわじわと増え続け、あとからあとから新手が南下してくる。

「くそ、こいつらいったいどれだけいるんだ……!」

 数体に囲まれるような局面以外は素の格闘で戦う方針に切りかえ、慣れも手伝ってどうにか三ないし五撃程度で一体を屠るペースを保てていた。だがこの状況では、勢い背後のタラスたちに負担が増えることになる。

 ここまでの間にレンボス卿のマクガヴァンはさらに二体の魔甲兵を屠っていた。彼は頑なに踏みとどまって戦い続けているが、正直そろそろ疲労だけで死ぬのではないかと思えた。

「レンボス卿と、それにタラスの状態も気になる。ちょっと視界を向けてみてくれ」
(了解)
 
 術師タラスは依然として、力強い詠唱とともに奇怪な魔法の技を駆使している。今しも地中から生み出された鋭い棘だらけの鉄の杭が数本、敵の隊列を中ほどから食い破ったところだ。どうやら当面の心配はなさそうに見えるが――

(ご注意ください。彼の霊力は消耗しつつあります。あの『従者サーヴァント』をあと三体も生成すれば、呪文はそれで打ち止めかと)
「まずいな……」

 正面から二体の魔甲兵が、大剣を振り上げて同時に打ち掛かってきた。瞬時にその一方へ械体を寄せ強制的に時間差を生じさせる。剣を持つ手首をつかんで引き寄せ、腰部への下段突き。

 だが、その打撃はまたしても装甲で逸らされ、内部へとおらない。

「ええい、共振レゾ――」
(間に合いません、防御します!)
 ほぼ同時にカイルダインは腕を左肩の前でクロスさせ、もう片方の敵からの斬撃を受け止めていた。衝撃に械体が軋む。

「くっ……!」

 次の瞬間、後方から飛来した物体がその魔甲兵を貫いていた。鋼鉄製の短く太い投槍だ。
 背後を振り向くと300mほど離れた場所に、蒸気に包まれて直立する、見覚えのある渉猟械の姿があった。
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