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ACT2:妖魔王の旌旗
芋と竜のゲーム・2
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〈佩用者、お下がりください!! やっぱり出し惜しみは無しです、炎など噴かせるかおんどりゃあああ星幽光翼ッ!!〉
物騒な思念波がいきなり脳に飛び込んできた。見上げればエメラルドグリーンの空を切り裂いて、巨大な黒い人型の影がまっしぐらに降下してくる。その背中からは花開くような光の翼――
「カイルダイン! 魂跡華使ったのか……」
あんなに消費を渋ってたのに。だが、その降りてくる軌跡に非常に危険なものを感じて、俺は叫んだ。
「ストーップ! だめだカイルダイン、空中で止まれ! 着地禁止!」
《何ですとぉ!?》
「そのまま降りると――芋がつぶれる!」
《あっ》
一瞬空中で止まった後、カイルダインは後方へ20m程ずれて、俺の近くに着地した。
〈くっ、何という締まらない。正拳突きで吹っ飛ばそうと思ったんですが〉
「そこまでやるのかよ。お前一応搭乗型ロボットだろ。それとも何か、俺は操縦籠に居ればいいだけか、実は?」
〈え、えー、いえいえいえ! 決してそんなことはっ!〉
何となくカイルダインのこめかみのあたりに、でっかい汗の玉が浮かんでそうな雰囲気。まさか図星ではあるまいな。
〈ほう……芋の大切さがわかるか。私にとっての芋の大切さを尊重する心が、少しはあるようだな、お前には。人間にしては見どころがある〉
少し感心したようなモールヴァックの思念が流れてきた。しめた。これはもしかすると、何とか交渉できるパターンかもしれない。
〈そりゃあもう、この私の佩用者ですからね! この世に正義と平和をもたらし邪神を封じる英雄ですからね!〉
〈む、何かと思えばこれは。ホムタラが作り出したからくり仕掛けの一体か。まだこんな完全な形で残っていたとはな〉
モールヴァックが首を持ち上げて、カイルダインを見つめた。何となく、面白がっているような雰囲気。
〈なるほど。道理で最近我が住まいの近隣が妙に騒がしいと思った。邪神を奉じる妖魔どもが人間の真似ごとをして、戦の準備をしておるのはそういうことか……〉
その瞬間、カイルダインがモールヴァックの喉元にその鉄の指を食い込ませた。
〈こっ、こら! なにをする! 吐くぞ、炎吐くぞ!!〉
〈……確かにガラ=ザダンの封印は失敗しました。ですが今妖魔が暴れてるのは私の――私たちのせいではありません。余計なことを吹き込まないでくださいねぇ、この芋ドラゴン! 奴らと同じに私たちをののしるのなら……〉
「や、やめろカイルダイン! 俺たちはともかく周りを見ろ!」
芋群生地の周囲には、この時すでに芋探しの兵士たちが思念波を手掛かりに集まってきてしまっていた。巨大ロボット対超巨大ドラゴンの対峙を前に、芋も掘らずに呆然と見守っている。
彼らに向かって炎など吐かれては大惨事だ。
「収めてくれ、“蔵書多き”モールヴァックよ! カイルダインが失礼をしたな、あんたにとってその芋が得難い美味で、この上なく貴重なものであることはわかった。だが、俺たちもこの山中で食に事欠きかけているし、このあたりにはほかに食えそうなものも見当たらない。どうだ、一つ取引などできないか? 俺たちにはその芋が10個かそこらもあれば、それで街道に出るまで何とか食い延ばせるだろう。代わりになにか、こちらから提供できるものはないかな?」
誠意をこめて呼びかけてみた。蔵書多きと冠するからにはこのドラゴン、もしや人間の書物に興味があるのでないか――
〈……面白いやつだな、お前は。ふむ、もしや今、そこに何か書物を持っているか? もし私がこれまでに読んだことがないものなら、それと芋10個を交換してやってもいいな。つまらんものならダメだが〉
おお、食いついてきた。問題は、俺のこっちでのボディ素体である修道僧ヴォルターが、私物をほとんど持たない生活を旨としてきたということだ。今となっては我が事ながら、この清貧クソ野郎のミニマリストめ(やかましいわ)。
「というわけで誰か、書物を持ってないか……? どんなものでもいい」
――書物はありませんが……子供のころから聞かされて諳んじてる物語がひとつあります。
兵士の一人が、おずおずと手を挙げた。
* * * * * * *
人の頭ほどの、大きな塊。地中から掘り出したそれには粘土質の赤い土がこびりついていて、根塊そのものは重なり合ったうろこ状の皮に覆われていた。水気は少ないようだがずっしりと重い。
「これは見事なドゥル芋だ。こいつの皮をむいて薄く切り、鉄板で焼くとな……実に美味いのだ」
ガラヴェインが相好を崩した。ドラゴンを魅了するほどのものだ、人間にとっても相当に味わい深いに違いない。
さっそく鉄板が熱され、芋が人数分切り分けられる。脂を引いて熱した鉄板の上に厚さ1cm少々にスライスされた芋を載せると、バターの焦げるような芳香とともに、芋そのものの独特の香りが立ちのぼった。
「もっと小さく切ったものを食べたことはあったけど、こんな風に山の中で取れるものだったのね」
しみじみとそういいながら、パキラが芋を両手で支えてかじりついた。
俺も芋を手に取る。指を火傷しそうに熱いが、香ばしく焼けた表面の歯ごたえと、その内側のホクホク感がなんとも言えない。里芋によく似ている。
そしてやや粘りが薄く、甘みが強い。そろそろ薄焼きの粉物には食傷しかけたところで、これはなかなか新鮮な味覚だった。
「も、もっとないのか?」
芋を食べ終わったユルルドニュッネが、灰緑色の顔をわずかに紅潮させてそういった。兵士たちから失笑が漏れ、沼妖精はうつむいて情けなさそうな表情になった。よほど美味かったらしい。
――図々しい捕虜だな、おい。
そんな声がだれからともなく上がる
モールヴァックは、先ほど名乗り出た兵士の前で地面に頭を横たえ、彼の語る古い物語を聞いていた。
物語の大筋としては、少しエロティックに脚色された「長靴をはいた猫」といったところか。
相続から遠ざけられ不遇の身をかこつ、うら若い公子パミロのために、彼の飼い猫が旅芸人の美少女シャジャルに化けて様々な冒険をともにし、やがてめでたく立身を成し遂げたパミロと結ばれ子をなすまでに至る、というのが前半の内容だ。
〈ううむ……シャジャルちゃん可愛い……パミロ公子けなげ……もう無理、しんどい。無理〉
語彙力の低下しきった様子で首を左右にひねるモールヴァック。かなり満足してくれたらしい。なおカイルダインは俺たちの食料にする分の芋を手で掘らされて、ちょっとむくれていた。
〈はあ……良い物語だった……だが書籍になっておらんのがじつに惜しいな。どこかで書物を扱う商人にでも会ったら、今の物語を書き留めさせたいものだ〉
「あ、商人とは違うが、そういう話に乗ってきそうなやつを一人知ってるぞ。南東の方にある渓谷の、ブルゼンって街に書記がいる。デモスって名前だがこいつがなかなか気の利いた話を作れそうなやつで」
〈ほう。それは興味を惹かれるな。一度訪ねてみるか〉
「ちょっとごたごたがあってそのあと会えてないんで、生きてるかどうかが怪しいけどな」
いろいろとあったが、デモスは実のところそんなに悪いやつじゃなかった。生きていれば案外、現地に残ったペイリス卿に取り入って、うまみのある仕事をしているかもしれない。
〈感謝するぞ、人間。私もよい助言をしてやろう。火の神ホムタラの神殿があったら注意するがいい……あのからくり仕掛けが封印し損ねた邪神、おそらく各地のホムタラ神殿に、部位ごとに分けて封印されたはずだ。場所までは特定できんがな」
「へえ……!」
〈……言われてみれば確かに、それが一番確実かもしれませんね〉
カイルダインも相槌を打つ。どうやらホムタラは神械を生み出した存在で、邪神との戦いで重要な役割を負っていたらしい。
はて、するとカイルダインは、そのホムタラ神殿への封印にはかかわってないのか?
〈私と先代佩用者が眠りについた後のことみたいですね。おそらく〉
「そうか」
ダンバーでマリオンと再会したときにでも、詳しく聞いてみるか。
焚火のそばではパミロ公子と猫の物語が後段に入っていた。夜が深々と更けていく。
モールヴァックは翌日、俺たちが出発した後もドゥル芋の群生地で楽しそうに芋を焼き続けていた。
物騒な思念波がいきなり脳に飛び込んできた。見上げればエメラルドグリーンの空を切り裂いて、巨大な黒い人型の影がまっしぐらに降下してくる。その背中からは花開くような光の翼――
「カイルダイン! 魂跡華使ったのか……」
あんなに消費を渋ってたのに。だが、その降りてくる軌跡に非常に危険なものを感じて、俺は叫んだ。
「ストーップ! だめだカイルダイン、空中で止まれ! 着地禁止!」
《何ですとぉ!?》
「そのまま降りると――芋がつぶれる!」
《あっ》
一瞬空中で止まった後、カイルダインは後方へ20m程ずれて、俺の近くに着地した。
〈くっ、何という締まらない。正拳突きで吹っ飛ばそうと思ったんですが〉
「そこまでやるのかよ。お前一応搭乗型ロボットだろ。それとも何か、俺は操縦籠に居ればいいだけか、実は?」
〈え、えー、いえいえいえ! 決してそんなことはっ!〉
何となくカイルダインのこめかみのあたりに、でっかい汗の玉が浮かんでそうな雰囲気。まさか図星ではあるまいな。
〈ほう……芋の大切さがわかるか。私にとっての芋の大切さを尊重する心が、少しはあるようだな、お前には。人間にしては見どころがある〉
少し感心したようなモールヴァックの思念が流れてきた。しめた。これはもしかすると、何とか交渉できるパターンかもしれない。
〈そりゃあもう、この私の佩用者ですからね! この世に正義と平和をもたらし邪神を封じる英雄ですからね!〉
〈む、何かと思えばこれは。ホムタラが作り出したからくり仕掛けの一体か。まだこんな完全な形で残っていたとはな〉
モールヴァックが首を持ち上げて、カイルダインを見つめた。何となく、面白がっているような雰囲気。
〈なるほど。道理で最近我が住まいの近隣が妙に騒がしいと思った。邪神を奉じる妖魔どもが人間の真似ごとをして、戦の準備をしておるのはそういうことか……〉
その瞬間、カイルダインがモールヴァックの喉元にその鉄の指を食い込ませた。
〈こっ、こら! なにをする! 吐くぞ、炎吐くぞ!!〉
〈……確かにガラ=ザダンの封印は失敗しました。ですが今妖魔が暴れてるのは私の――私たちのせいではありません。余計なことを吹き込まないでくださいねぇ、この芋ドラゴン! 奴らと同じに私たちをののしるのなら……〉
「や、やめろカイルダイン! 俺たちはともかく周りを見ろ!」
芋群生地の周囲には、この時すでに芋探しの兵士たちが思念波を手掛かりに集まってきてしまっていた。巨大ロボット対超巨大ドラゴンの対峙を前に、芋も掘らずに呆然と見守っている。
彼らに向かって炎など吐かれては大惨事だ。
「収めてくれ、“蔵書多き”モールヴァックよ! カイルダインが失礼をしたな、あんたにとってその芋が得難い美味で、この上なく貴重なものであることはわかった。だが、俺たちもこの山中で食に事欠きかけているし、このあたりにはほかに食えそうなものも見当たらない。どうだ、一つ取引などできないか? 俺たちにはその芋が10個かそこらもあれば、それで街道に出るまで何とか食い延ばせるだろう。代わりになにか、こちらから提供できるものはないかな?」
誠意をこめて呼びかけてみた。蔵書多きと冠するからにはこのドラゴン、もしや人間の書物に興味があるのでないか――
〈……面白いやつだな、お前は。ふむ、もしや今、そこに何か書物を持っているか? もし私がこれまでに読んだことがないものなら、それと芋10個を交換してやってもいいな。つまらんものならダメだが〉
おお、食いついてきた。問題は、俺のこっちでのボディ素体である修道僧ヴォルターが、私物をほとんど持たない生活を旨としてきたということだ。今となっては我が事ながら、この清貧クソ野郎のミニマリストめ(やかましいわ)。
「というわけで誰か、書物を持ってないか……? どんなものでもいい」
――書物はありませんが……子供のころから聞かされて諳んじてる物語がひとつあります。
兵士の一人が、おずおずと手を挙げた。
* * * * * * *
人の頭ほどの、大きな塊。地中から掘り出したそれには粘土質の赤い土がこびりついていて、根塊そのものは重なり合ったうろこ状の皮に覆われていた。水気は少ないようだがずっしりと重い。
「これは見事なドゥル芋だ。こいつの皮をむいて薄く切り、鉄板で焼くとな……実に美味いのだ」
ガラヴェインが相好を崩した。ドラゴンを魅了するほどのものだ、人間にとっても相当に味わい深いに違いない。
さっそく鉄板が熱され、芋が人数分切り分けられる。脂を引いて熱した鉄板の上に厚さ1cm少々にスライスされた芋を載せると、バターの焦げるような芳香とともに、芋そのものの独特の香りが立ちのぼった。
「もっと小さく切ったものを食べたことはあったけど、こんな風に山の中で取れるものだったのね」
しみじみとそういいながら、パキラが芋を両手で支えてかじりついた。
俺も芋を手に取る。指を火傷しそうに熱いが、香ばしく焼けた表面の歯ごたえと、その内側のホクホク感がなんとも言えない。里芋によく似ている。
そしてやや粘りが薄く、甘みが強い。そろそろ薄焼きの粉物には食傷しかけたところで、これはなかなか新鮮な味覚だった。
「も、もっとないのか?」
芋を食べ終わったユルルドニュッネが、灰緑色の顔をわずかに紅潮させてそういった。兵士たちから失笑が漏れ、沼妖精はうつむいて情けなさそうな表情になった。よほど美味かったらしい。
――図々しい捕虜だな、おい。
そんな声がだれからともなく上がる
モールヴァックは、先ほど名乗り出た兵士の前で地面に頭を横たえ、彼の語る古い物語を聞いていた。
物語の大筋としては、少しエロティックに脚色された「長靴をはいた猫」といったところか。
相続から遠ざけられ不遇の身をかこつ、うら若い公子パミロのために、彼の飼い猫が旅芸人の美少女シャジャルに化けて様々な冒険をともにし、やがてめでたく立身を成し遂げたパミロと結ばれ子をなすまでに至る、というのが前半の内容だ。
〈ううむ……シャジャルちゃん可愛い……パミロ公子けなげ……もう無理、しんどい。無理〉
語彙力の低下しきった様子で首を左右にひねるモールヴァック。かなり満足してくれたらしい。なおカイルダインは俺たちの食料にする分の芋を手で掘らされて、ちょっとむくれていた。
〈はあ……良い物語だった……だが書籍になっておらんのがじつに惜しいな。どこかで書物を扱う商人にでも会ったら、今の物語を書き留めさせたいものだ〉
「あ、商人とは違うが、そういう話に乗ってきそうなやつを一人知ってるぞ。南東の方にある渓谷の、ブルゼンって街に書記がいる。デモスって名前だがこいつがなかなか気の利いた話を作れそうなやつで」
〈ほう。それは興味を惹かれるな。一度訪ねてみるか〉
「ちょっとごたごたがあってそのあと会えてないんで、生きてるかどうかが怪しいけどな」
いろいろとあったが、デモスは実のところそんなに悪いやつじゃなかった。生きていれば案外、現地に残ったペイリス卿に取り入って、うまみのある仕事をしているかもしれない。
〈感謝するぞ、人間。私もよい助言をしてやろう。火の神ホムタラの神殿があったら注意するがいい……あのからくり仕掛けが封印し損ねた邪神、おそらく各地のホムタラ神殿に、部位ごとに分けて封印されたはずだ。場所までは特定できんがな」
「へえ……!」
〈……言われてみれば確かに、それが一番確実かもしれませんね〉
カイルダインも相槌を打つ。どうやらホムタラは神械を生み出した存在で、邪神との戦いで重要な役割を負っていたらしい。
はて、するとカイルダインは、そのホムタラ神殿への封印にはかかわってないのか?
〈私と先代佩用者が眠りについた後のことみたいですね。おそらく〉
「そうか」
ダンバーでマリオンと再会したときにでも、詳しく聞いてみるか。
焚火のそばではパミロ公子と猫の物語が後段に入っていた。夜が深々と更けていく。
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