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ACT2:妖魔王の旌旗
芋と竜のゲーム・1
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「ガラヴェイン卿。街道に出るまで食料がもちそうにありません」
古参兵メセクの報告に、騎士の表情が困惑で曇った。
「……足らぬか」
「はい」
メセクはなにやらもの言いたげだ。しかし、それを口にすることは彼の、あるいは彼らの矜持とか倫理観とか、そういったものが許さない――そんな風に見えた。
「わかった、何とかしよう。お前は若い兵たちの不満を何とか抑えてくれ。捕虜を取っておいて改めて殺すのは不名誉なことだ」
ガラヴェインが大きなため息を一つついて、俺の方を見る。ああ、思うに騎士姫アースラにはひとつ、大きな判断ミスがあったのだ――そんな考えが頭の中で渦巻いた。
パキラとも意見が一致するところだが、大型護令械にとって運用上の最大の問題は、それ自体が壊れれば他に運ぶ手段がない、ということだ。
アースラとてそれは熟知している。だが彼女は肝心のところで状況を甘く見てしまっていた。
十分な資材と食料を残して、械匠サイードと兵士たちにマーガンディの修理を任せたのは良かった。サイードは騎士見習いの経験があり、渉猟械を歩かせるくらいまでのことは何とかこなせる。だが、マーガンディの損傷は当初の見立てよりも深刻で、それを直すには町の設備が必要――
というわけで、動けなかった時間は無慈悲に経過したのだった。
ここからブルゼンなりダンバーなり、どちらに向かうにしても残された物資はギリギリである。普通に考えれば数日は飲まず食わずでの行軍ができそうなものではあるが、あいにく季節は『大夏』。そんなことをすれば確実に半数が死ぬ――
その状況で隊に加わったのが、俺たち三人と沼妖精ユルルドニュッネ、そして霊術師タラスだった。
ありていに言えば食糧事情がひっ迫しているのである。どうあっても、この山中で何か食用可能なものを手に入れて、物資を補う必要があった。
* * * * * * *
「まったく、ただでさえ植物の乏しいこんな岩山で、そうそう都合よく見つかるのかね……しかも俺はその現物を見たことがないんだぞ」
〈困りましたね。佩用者がイメージできないものは私にも探せません。まあ植物の反応はなんとか拾ってみますが〉
カイルダインも当てになるんだかならないんだか。俺たちが今何をしているかというと――芋を探している。
――ドゥル芋といってな。人の頭ほどの大きな根塊を地中に作る。このような雨の少ない地方で、森が途切れて岩ばかりになる境界ぎりぎりの高さにだけ生えるだけあって、それはそれはしぶとい植物で……とにかく、栄養のあるものなのだ――
ガラヴェインの講釈を頭の中で反芻。多年生植物で茎の太さがしばしば子供の腕ほどにもなり、おおよそ地上部分はヤマイモに、地中の可食部分はサトイモに似たものだと理解されるが。
〈佩用者、ストップ、ストップ! 実際と違う映像イメージをあまり思い浮かべないでください、探知機能に狂いが生じますので。いいですか、ゼロはマイナスよりはましなんです。オーケー?〉
「くっ……わかるけど、何もイメージしないってのは相当難しいぞ」
兵士たちも十人ほどが手分けして、周囲の岩山を森林限界線に沿って走り回っている。だがいまだ何の報告もない様子。
カイルダインはキャンプ地に定めた岩場のそばに降着姿勢をとっているのだが、俺は思念波で連絡を取りながらその探知機能によるサポートを受けていた。
不意に、その思念波に言葉にならない興奮が混ざった。イメージとしては黒バックを背景にカイルダインの顔があって、その周囲に稲妻状にフラッシュ効果が入った感じだ。
「どうした? カイルダイン」
〈は、佩用者。走るのは中止です。忍び足くらいのモードで! そこから数十タラットの場所に非常に大きな生命反応を捉えました。それと、植物の反応が無数に〉
「何だと」
そんな大きな反応があるのなら、なぜ今まで知らせなかったのか。
〈佩用者周辺の情報に集中していたせいです。結果、走査範囲が狭くなっていました〉
「あほか! 何秒かに一回広域でスキャンすりゃ済むことだろ……どんだけ俺に集中してたんだよ。まあいい、それでいったい何がいるって――」
問題の地点を窺うのによさそうな岩場があった。そこに腹ばいになって身を潜め、慎重に岩棚の下方を覗き込む。
光沢のある濃い緑が目に入った。すぐに、それが二種類あることがわかる。一つは心臓型をして先端がほんのりと紫色を帯びた植物の葉。ガラヴェインの説明とも一致する。どうやらこれがドゥル芋だ。
「たくさんある植物ってこれか……すごいぞ、ここいら一帯が群生地なんだ。これだけあれば食料の問題なんて……」
〈佩用者。現実から目をそらさないでください。問題は! もう一種類!〉
「わかってるけどさあ! 心臓に悪いだろこれは!!」
はい、もう一つの緑。一対の皮翼を備えた、小山のような量感たっぷりの姿。うろこに覆われた体はおおむね爬虫類の特長を備えているが、存在感が桁外れだ。生物としての格の違いすら感じる。
「いやあ。この世界にもいるんだなぁ、ドラゴン(いるよ)!」
一瞬、知識の食い違いのせいで井手川とヴォルターの意識が微妙にずれかける。そう、ドラゴンなのだ。でかい。カイルダインが小さく思えるほどでかい。全長にしてだいたい50mの巨体である。そのドラゴンさんがこんなところで何をしているかというのが問題だが。
岩陰から頭を出して三度ほど見直す。何度見ても同じだ。
ドラゴンは前足の爪で器用に地面をほじくり、出てきた根塊を岩の上に並べて、いとおしむように細く細く火を噴いているではないか。やがて芋はうっすらと煙を上げて表面が焦げ、ドラゴンがそれを口に。
「……芋食ってる」
〈食ってますか〉
「たくさんあるけど、あのペースだとすぐなくなりそうだし……そもそもあんなのがいたら芋に近づけないな」
〈困りましたね〉
「えっと……お前、あれに勝てそう?」
〈うーん。全力出して霊力や魂跡華までつぎ込めばまず負けることはないですが……正直そんな芋ごときのために半ば不死の上位生物と戦って消耗するのは〉
「つまりその、我が任にあらず、と」
〈はい。皆さんには申し訳ないですが〉
話してる間も嫌な汗が背筋を伝うのがわかる。これ、芋欲しさに人間が戦いを挑んで何とかなるような相手ではない。
そして、最悪なことにそのドラゴンはふいに俺の方を向いて、まぶたをかっと見開いたのだ。
――人間!? なんということだ、こんなところで……――
カイルダインの思念派が慎ましやかに思えるほどの声量でドラゴンの思考が放射された。辺りに隠れていた鳥が一斉に羽ばたいて空中へ逃れる。兵士たちにも伝わったようで、遠くから混乱した悲鳴が聞こえてきた。
(あ、これは死んだか……?)
カイルダインが先日のような大跳躍を行って駆けつけてくれたにしても、多分その前にあの炎の吐息で黒焦げにされる――そう思ったその時。
――やらんぞ。やらんからな。この芋は、ぜーんぶ私のものだ。これだけの量を一度に見つけたのは10年ぶり……人間よ。お前が何者かは知らぬが、我、“蔵書多き”モールヴァックの至福を妨げるものには死あるのみだ――
なにやら微妙に力の抜ける感じの思考が放射されてきたのだった。
古参兵メセクの報告に、騎士の表情が困惑で曇った。
「……足らぬか」
「はい」
メセクはなにやらもの言いたげだ。しかし、それを口にすることは彼の、あるいは彼らの矜持とか倫理観とか、そういったものが許さない――そんな風に見えた。
「わかった、何とかしよう。お前は若い兵たちの不満を何とか抑えてくれ。捕虜を取っておいて改めて殺すのは不名誉なことだ」
ガラヴェインが大きなため息を一つついて、俺の方を見る。ああ、思うに騎士姫アースラにはひとつ、大きな判断ミスがあったのだ――そんな考えが頭の中で渦巻いた。
パキラとも意見が一致するところだが、大型護令械にとって運用上の最大の問題は、それ自体が壊れれば他に運ぶ手段がない、ということだ。
アースラとてそれは熟知している。だが彼女は肝心のところで状況を甘く見てしまっていた。
十分な資材と食料を残して、械匠サイードと兵士たちにマーガンディの修理を任せたのは良かった。サイードは騎士見習いの経験があり、渉猟械を歩かせるくらいまでのことは何とかこなせる。だが、マーガンディの損傷は当初の見立てよりも深刻で、それを直すには町の設備が必要――
というわけで、動けなかった時間は無慈悲に経過したのだった。
ここからブルゼンなりダンバーなり、どちらに向かうにしても残された物資はギリギリである。普通に考えれば数日は飲まず食わずでの行軍ができそうなものではあるが、あいにく季節は『大夏』。そんなことをすれば確実に半数が死ぬ――
その状況で隊に加わったのが、俺たち三人と沼妖精ユルルドニュッネ、そして霊術師タラスだった。
ありていに言えば食糧事情がひっ迫しているのである。どうあっても、この山中で何か食用可能なものを手に入れて、物資を補う必要があった。
* * * * * * *
「まったく、ただでさえ植物の乏しいこんな岩山で、そうそう都合よく見つかるのかね……しかも俺はその現物を見たことがないんだぞ」
〈困りましたね。佩用者がイメージできないものは私にも探せません。まあ植物の反応はなんとか拾ってみますが〉
カイルダインも当てになるんだかならないんだか。俺たちが今何をしているかというと――芋を探している。
――ドゥル芋といってな。人の頭ほどの大きな根塊を地中に作る。このような雨の少ない地方で、森が途切れて岩ばかりになる境界ぎりぎりの高さにだけ生えるだけあって、それはそれはしぶとい植物で……とにかく、栄養のあるものなのだ――
ガラヴェインの講釈を頭の中で反芻。多年生植物で茎の太さがしばしば子供の腕ほどにもなり、おおよそ地上部分はヤマイモに、地中の可食部分はサトイモに似たものだと理解されるが。
〈佩用者、ストップ、ストップ! 実際と違う映像イメージをあまり思い浮かべないでください、探知機能に狂いが生じますので。いいですか、ゼロはマイナスよりはましなんです。オーケー?〉
「くっ……わかるけど、何もイメージしないってのは相当難しいぞ」
兵士たちも十人ほどが手分けして、周囲の岩山を森林限界線に沿って走り回っている。だがいまだ何の報告もない様子。
カイルダインはキャンプ地に定めた岩場のそばに降着姿勢をとっているのだが、俺は思念波で連絡を取りながらその探知機能によるサポートを受けていた。
不意に、その思念波に言葉にならない興奮が混ざった。イメージとしては黒バックを背景にカイルダインの顔があって、その周囲に稲妻状にフラッシュ効果が入った感じだ。
「どうした? カイルダイン」
〈は、佩用者。走るのは中止です。忍び足くらいのモードで! そこから数十タラットの場所に非常に大きな生命反応を捉えました。それと、植物の反応が無数に〉
「何だと」
そんな大きな反応があるのなら、なぜ今まで知らせなかったのか。
〈佩用者周辺の情報に集中していたせいです。結果、走査範囲が狭くなっていました〉
「あほか! 何秒かに一回広域でスキャンすりゃ済むことだろ……どんだけ俺に集中してたんだよ。まあいい、それでいったい何がいるって――」
問題の地点を窺うのによさそうな岩場があった。そこに腹ばいになって身を潜め、慎重に岩棚の下方を覗き込む。
光沢のある濃い緑が目に入った。すぐに、それが二種類あることがわかる。一つは心臓型をして先端がほんのりと紫色を帯びた植物の葉。ガラヴェインの説明とも一致する。どうやらこれがドゥル芋だ。
「たくさんある植物ってこれか……すごいぞ、ここいら一帯が群生地なんだ。これだけあれば食料の問題なんて……」
〈佩用者。現実から目をそらさないでください。問題は! もう一種類!〉
「わかってるけどさあ! 心臓に悪いだろこれは!!」
はい、もう一つの緑。一対の皮翼を備えた、小山のような量感たっぷりの姿。うろこに覆われた体はおおむね爬虫類の特長を備えているが、存在感が桁外れだ。生物としての格の違いすら感じる。
「いやあ。この世界にもいるんだなぁ、ドラゴン(いるよ)!」
一瞬、知識の食い違いのせいで井手川とヴォルターの意識が微妙にずれかける。そう、ドラゴンなのだ。でかい。カイルダインが小さく思えるほどでかい。全長にしてだいたい50mの巨体である。そのドラゴンさんがこんなところで何をしているかというのが問題だが。
岩陰から頭を出して三度ほど見直す。何度見ても同じだ。
ドラゴンは前足の爪で器用に地面をほじくり、出てきた根塊を岩の上に並べて、いとおしむように細く細く火を噴いているではないか。やがて芋はうっすらと煙を上げて表面が焦げ、ドラゴンがそれを口に。
「……芋食ってる」
〈食ってますか〉
「たくさんあるけど、あのペースだとすぐなくなりそうだし……そもそもあんなのがいたら芋に近づけないな」
〈困りましたね〉
「えっと……お前、あれに勝てそう?」
〈うーん。全力出して霊力や魂跡華までつぎ込めばまず負けることはないですが……正直そんな芋ごときのために半ば不死の上位生物と戦って消耗するのは〉
「つまりその、我が任にあらず、と」
〈はい。皆さんには申し訳ないですが〉
話してる間も嫌な汗が背筋を伝うのがわかる。これ、芋欲しさに人間が戦いを挑んで何とかなるような相手ではない。
そして、最悪なことにそのドラゴンはふいに俺の方を向いて、まぶたをかっと見開いたのだ。
――人間!? なんということだ、こんなところで……――
カイルダインの思念派が慎ましやかに思えるほどの声量でドラゴンの思考が放射された。辺りに隠れていた鳥が一斉に羽ばたいて空中へ逃れる。兵士たちにも伝わったようで、遠くから混乱した悲鳴が聞こえてきた。
(あ、これは死んだか……?)
カイルダインが先日のような大跳躍を行って駆けつけてくれたにしても、多分その前にあの炎の吐息で黒焦げにされる――そう思ったその時。
――やらんぞ。やらんからな。この芋は、ぜーんぶ私のものだ。これだけの量を一度に見つけたのは10年ぶり……人間よ。お前が何者かは知らぬが、我、“蔵書多き”モールヴァックの至福を妨げるものには死あるのみだ――
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