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ACT2:妖魔王の旌旗
悪寒
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数時間後。どうにか話ができるまでに回復したエルゴンを引き据えて、足を折った前後のいきさつを訊いた。その長く込み入った話を聞くうちに、アースラの顔色は赤に青にとめまぐるしく変化した。
「護令械が空を飛んだ!? ばかな、寝言も休み休み――」
愚弄するか、と思わず右手が上がりかけ、はたと止まる。怒声に怯えたエルゴンは、悲鳴を上げて額をひたすらに地面にこすりつけた。
「まこほ、真実でごらいまふ! あの銀色の護令械は手から光の投槍を撃ち出ひ、背から輝く翼を広えへ宙に舞い上がひ、私の乗っへおりました渉猟械を粉砕したのれごらいまふ! ほれも、無手ぇれ!」
まだ腫れが残った口で、エルゴンは必死にその戦いを描写し語った。
(光の槍……)
実のところ同様の報告は、周辺へ走らせた数名の部下からも上がってきていた。土地の者の目撃談だという。
だが、光の槍を撃ち出し宙を舞う護令械といえば、即座に想起されるものがある。
カイルダイン。
モルテンバラの最果てから修行のために旅立った、と称する田舎騎士にしてその実はメレグの修道僧である男、ヴォルター・カイルダインと、その佩用する械体の双方が冠する名。
「――あの護令械、なんろ地中から現れたのれごらいまふ! 地面の中から! ああ、なれわだわだ、よりにもよっれ地面の!」
膝の前の地面を拳で叩きながら、エルゴンが罵る。
「もう良いエルゴン、少し黙れ」
アースラの語気に剣呑なものを嗅ぎ取り、エルゴンはぴたりと固まって身を竦ませた。
(はて、してみると姉上が召喚した者というのは……)
自分はもしや、モルテンバラに足を伸ばすまでも無く任務を成し遂げかけていたのではあるまいか?
あまりに楽天的な想像よと自嘲しながらも、裏腹にこみ上げてくる薄気味の悪さと不安とを、アースラは振り払うことができずにいた。
「訊くほどのことは訊いた。下がらせよ。食事でもさせてやれ」
顔を背け、掃き出すように手を振って退席を命じる。エルゴンは両脇を兵士に支えられ、引きずられるようにしてアースラの前から去った。その背中へ向って声をかける。
「エルゴン、貴様の処遇はダンバーでゆっくり吟味する事にする。今は休め」
すっぱりと処断してしまうほうが早く、面倒も無いのは分かっている。だが渉猟械はというものは、たとえ戦線へ移動させるだけでも一械に一人騎士がいなくては始まらない。
王国は早急に総力を上げて妖魔王の侵攻に対処しなければならない。エルゴンのような男ですらも、やはり今は惜しいのだ。
「ふん……!」
鼻から鋭く息を抜き、地面を勢いよく蹴って立ち上がる。そのままきびすを返して歩き出す彼女の後ろから、ガイスが呼びとめた。
「殿下、どちらへ?」
「少し一人になりたい……サーガラックで軽く哨戒に出る。そうだな、くだんの廃墟とやらも見て来るか」
「お一人で、大丈夫なので?」
「ばかなことを。妾がサーガラックとともに出て危険があるとしたら、誰がついてきたところで役に立つものか」
「――確かに」
一呼吸おいて、ガイスは胸に落ちた風にうなずいた。
乗械壇代わりに配置された輜重械から操縦籠へ上がり、アースラは起動詠唱を行う。
「――サーガラック、顕現!」
咆哮をあげる闘将械の中で、彼女は上位者の孤独とでも言うべきものを味わっていた。
指揮官に独断、独善は禁物だ。だが、誰にも相談することのできない問題は数多くある。
いま最も間近にいる男、ガイス・ラフマーンは有能ではあるが登用して日が浅い。
叩き上げの傭兵らしく歯に衣着せぬ遠慮の無い物言いをする、そのことをアースラは肯定的に評価していた。
だが政治向きの話を彼と共有する事は、まだ無理だ。
(姉上はもはや『ヤムサロの』王家に属する人間じゃ。いかに両国を想っての行動でも、その結果が戦の帰趨を決定的に動かすようでは困る……勝利したとしても、それが姉上の手柄になってはいかん)
寿命を削っての勇者召喚――明るみに出れば、国論がゆれる事もあろう。さらに厄介な事に、エメロディナは一人で亡命してきたわけではなく、少数の廷臣や貴族を伴って帰国している。そして、ヤムサロの王太子の胤(たね)を宿している可能性もいまだ消えていない。
(むろん、国民を鼓舞するには悪くない。亡国の王太子妃が召喚した勇者を旗印に魔軍に立ち向かう――士気が上がることであろうな。そうじゃ、卜占に現れた『力』とやらが、たまさか起動したカイルダインを指し示したものである可能性は高い。もろもろ言い含めた上でヴォルターをその神輿に据えれば良かろう。だが……)
「姉上には、召喚は失敗、あるいは本人の妄想であったと、言い渡さねばなるまいよ!」
言葉とともに鋭く息を吐き、操縦桿を思い切り前方に倒して令呪錦に一連の卦を送り込む。サーガラックの重戦斧があたかもそこに対手がいるかのように一閃し、大気を切り裂いて唸りを上げた。
(斧で断ち割れるものならいくらでも断とうが……)
断ちがたき物は血縁のしがらみ、恩愛の情。残心をとった械体の操縦籠に抱かれながら、アースラは心中でうめいた。
廃墟は月明かりを受けて静まり返っていた。いつの時代のものか定かでない、灰白色の石材で築かれた列柱と石畳。
その周囲に入り組んで連なる彩色レンガの壁は、神殿の周りに建て込んだ無数の民家や神官の庵を連想させる。
問題は、やや離れた小高い丘陵に広がるものだった。壺か何かの破片を積み上げたように見えたその黒ずんだ物体は、遠目に見る印象よりも遥かに巨大だ。サーガラックが近づくにつれて、その正体は明らかになった。
「何じゃこれは! 護令械ではないか……それも恐ろしく古いものじゃ」
アースラは驚愕の叫びを抑えられなかった。彼女の頭の中には、有史以来クィル=ヤスで勧請されたあらゆる護令械の姿と名称、能力が網羅されているのだ。
うずたかく堆積した数知れぬ残骸と破片を、細心に観察するにつれ、その錆びて黒ずんだ金属塊の間から幾種類もの護令械が立ち上がってくるように錯覚された。
(あれはハリサイド帝国末期のものであろう……こちらの脛裏に三本のリブを持つ装甲は、恐らくヤムサロ建国期の『ラディウス』の系譜上のものか)
それらの護令械が同時に存在した時期は限られる。アースラにはそれがほぼ推定できた。
(八百年ほど前のものじゃな。これだけの数の護令械がここで残骸をさらす――何があった?)
奇しくもそれは、ひと月近く前に井出川准がこの場所で抱きかけたものと同じ疑問だった。
「戦争か……いや、その時期にここでこの規模の会戦が行われた、という記録はない。これほど数多くの護令械が動員された戦いなら、妾が知らぬはずがない」
(あるいは、妾ですら知らないような記録があるのか? いや……まさか『消されて』おるのか?)
ぞっとして周囲を見回すアースラの目に、丘の斜面に口を開けた火口のような孔と、その傍らの半ば土に埋まった、首のない護令械が映った。それは明らかに他のものより大きく、分厚い装甲を備えていた。
表面に施された防錆処理のためか、まだ中に令呪錦が眠っているのではないかと思わせるほどに堅牢さを保って見える。
「……闘将械まで」
絶句するほかはなかった。ここで、複数の国が貴重な闘将械を出さねばならないような何事かが行われ――そして、その記録は消し去られたのだ。
そこから六十タラットほど離れた場所には、エルゴンが使ったという渉猟械の真新しい残骸があった。それもまた、アースラを呆然とさせるものだった。
「あのバカ者め! 渉猟械をこうもズタズタに粉砕されるなどと……!」
操縦籠を粉砕して背部へ突き抜ける巨大な破孔と、頭部から股間ブロックまで及ぶ裂け目。露出した熱晶石があったと思しきあたりでは、熱で溶けた砂がガラス質の塊となっている。
「さすがに、これは回収しても直るまいな……」
ため息をついて残骸をみつめるうちに、ぞくり、と胸騒ぎを覚えた。目の前の破孔と同じものを、つい先ほど別の場所で見たような気がするのだ。
振り返る。八百年前に破壊された首無しの闘将械が、先ほどのままそこにあった。腹のあたり、ちょうど熱晶石を収めた心臓部の位置に、これもほぼ同じ大きさの破孔がある。
破孔に露出した装甲の断面は、残骸の表面と同じく黒く錆びて朽ちていた。雨の少ないこの地方で、このように金属が腐蝕するにはそれなりの時間がかかるはず――
(何じゃ……何なのじゃこれは……)
我知らず膝が、手が、ガクガクと震えた。意識の底から不気味な黒い影がせりあがってくる。なにか途方もない結論が頭の中で出ようとしていた。それをはっきりと言葉にして認識するのが恐ろしい。
闘将械の側の、地面が爆ぜたような孔。エルゴンは自分を撃破した護令械が地中から現れたと語った。そして八百年をまたいで二つの械体につけられた、ほぼ同じ破孔。暗い水面から姿を現した黒い影が、霧を吹き払われたように鮮明な像を結んで、こちらへ振り向いた気がした。
カイルダイン――
「何じゃこれは……冗談ではないぞ!!」
操縦籠正面の映像面を手のひらで叩き、叫ぶ。カイルダインが八百年前にここで戦ったというのか? それも、複数の国の、闘将械を含む大軍を相手に。
「勇者とやらの事などもうどうでもいい! 一刻も早くダンバーであやつらと落ち合わねば!」
震える手を必死に動かし、サーガラックを泉へ走らせる。械体の各部から蒸気が噴き出し、絹糸束筒が軋んだ。
(ヴォルターは辺境の田舎騎士などではない! そしてカイルダインはあそこにあったのだ――八百年間!)
姉が召喚したと思っているものは、どうやらお伽話めいた勇者などではない。なにか別のものだ。
アースラたちが泉を離れ、街道に出るまでにはさらに二日を要した。遠方まで『勇者』探索に出した騎雉隊が戻るのを待たなければならなかったからだ。
騎雉隊の持ち帰った報告にはそれらしい人物、あるいは不審者の存在を匂わせるものは皆無だった。
「護令械が空を飛んだ!? ばかな、寝言も休み休み――」
愚弄するか、と思わず右手が上がりかけ、はたと止まる。怒声に怯えたエルゴンは、悲鳴を上げて額をひたすらに地面にこすりつけた。
「まこほ、真実でごらいまふ! あの銀色の護令械は手から光の投槍を撃ち出ひ、背から輝く翼を広えへ宙に舞い上がひ、私の乗っへおりました渉猟械を粉砕したのれごらいまふ! ほれも、無手ぇれ!」
まだ腫れが残った口で、エルゴンは必死にその戦いを描写し語った。
(光の槍……)
実のところ同様の報告は、周辺へ走らせた数名の部下からも上がってきていた。土地の者の目撃談だという。
だが、光の槍を撃ち出し宙を舞う護令械といえば、即座に想起されるものがある。
カイルダイン。
モルテンバラの最果てから修行のために旅立った、と称する田舎騎士にしてその実はメレグの修道僧である男、ヴォルター・カイルダインと、その佩用する械体の双方が冠する名。
「――あの護令械、なんろ地中から現れたのれごらいまふ! 地面の中から! ああ、なれわだわだ、よりにもよっれ地面の!」
膝の前の地面を拳で叩きながら、エルゴンが罵る。
「もう良いエルゴン、少し黙れ」
アースラの語気に剣呑なものを嗅ぎ取り、エルゴンはぴたりと固まって身を竦ませた。
(はて、してみると姉上が召喚した者というのは……)
自分はもしや、モルテンバラに足を伸ばすまでも無く任務を成し遂げかけていたのではあるまいか?
あまりに楽天的な想像よと自嘲しながらも、裏腹にこみ上げてくる薄気味の悪さと不安とを、アースラは振り払うことができずにいた。
「訊くほどのことは訊いた。下がらせよ。食事でもさせてやれ」
顔を背け、掃き出すように手を振って退席を命じる。エルゴンは両脇を兵士に支えられ、引きずられるようにしてアースラの前から去った。その背中へ向って声をかける。
「エルゴン、貴様の処遇はダンバーでゆっくり吟味する事にする。今は休め」
すっぱりと処断してしまうほうが早く、面倒も無いのは分かっている。だが渉猟械はというものは、たとえ戦線へ移動させるだけでも一械に一人騎士がいなくては始まらない。
王国は早急に総力を上げて妖魔王の侵攻に対処しなければならない。エルゴンのような男ですらも、やはり今は惜しいのだ。
「ふん……!」
鼻から鋭く息を抜き、地面を勢いよく蹴って立ち上がる。そのままきびすを返して歩き出す彼女の後ろから、ガイスが呼びとめた。
「殿下、どちらへ?」
「少し一人になりたい……サーガラックで軽く哨戒に出る。そうだな、くだんの廃墟とやらも見て来るか」
「お一人で、大丈夫なので?」
「ばかなことを。妾がサーガラックとともに出て危険があるとしたら、誰がついてきたところで役に立つものか」
「――確かに」
一呼吸おいて、ガイスは胸に落ちた風にうなずいた。
乗械壇代わりに配置された輜重械から操縦籠へ上がり、アースラは起動詠唱を行う。
「――サーガラック、顕現!」
咆哮をあげる闘将械の中で、彼女は上位者の孤独とでも言うべきものを味わっていた。
指揮官に独断、独善は禁物だ。だが、誰にも相談することのできない問題は数多くある。
いま最も間近にいる男、ガイス・ラフマーンは有能ではあるが登用して日が浅い。
叩き上げの傭兵らしく歯に衣着せぬ遠慮の無い物言いをする、そのことをアースラは肯定的に評価していた。
だが政治向きの話を彼と共有する事は、まだ無理だ。
(姉上はもはや『ヤムサロの』王家に属する人間じゃ。いかに両国を想っての行動でも、その結果が戦の帰趨を決定的に動かすようでは困る……勝利したとしても、それが姉上の手柄になってはいかん)
寿命を削っての勇者召喚――明るみに出れば、国論がゆれる事もあろう。さらに厄介な事に、エメロディナは一人で亡命してきたわけではなく、少数の廷臣や貴族を伴って帰国している。そして、ヤムサロの王太子の胤(たね)を宿している可能性もいまだ消えていない。
(むろん、国民を鼓舞するには悪くない。亡国の王太子妃が召喚した勇者を旗印に魔軍に立ち向かう――士気が上がることであろうな。そうじゃ、卜占に現れた『力』とやらが、たまさか起動したカイルダインを指し示したものである可能性は高い。もろもろ言い含めた上でヴォルターをその神輿に据えれば良かろう。だが……)
「姉上には、召喚は失敗、あるいは本人の妄想であったと、言い渡さねばなるまいよ!」
言葉とともに鋭く息を吐き、操縦桿を思い切り前方に倒して令呪錦に一連の卦を送り込む。サーガラックの重戦斧があたかもそこに対手がいるかのように一閃し、大気を切り裂いて唸りを上げた。
(斧で断ち割れるものならいくらでも断とうが……)
断ちがたき物は血縁のしがらみ、恩愛の情。残心をとった械体の操縦籠に抱かれながら、アースラは心中でうめいた。
廃墟は月明かりを受けて静まり返っていた。いつの時代のものか定かでない、灰白色の石材で築かれた列柱と石畳。
その周囲に入り組んで連なる彩色レンガの壁は、神殿の周りに建て込んだ無数の民家や神官の庵を連想させる。
問題は、やや離れた小高い丘陵に広がるものだった。壺か何かの破片を積み上げたように見えたその黒ずんだ物体は、遠目に見る印象よりも遥かに巨大だ。サーガラックが近づくにつれて、その正体は明らかになった。
「何じゃこれは! 護令械ではないか……それも恐ろしく古いものじゃ」
アースラは驚愕の叫びを抑えられなかった。彼女の頭の中には、有史以来クィル=ヤスで勧請されたあらゆる護令械の姿と名称、能力が網羅されているのだ。
うずたかく堆積した数知れぬ残骸と破片を、細心に観察するにつれ、その錆びて黒ずんだ金属塊の間から幾種類もの護令械が立ち上がってくるように錯覚された。
(あれはハリサイド帝国末期のものであろう……こちらの脛裏に三本のリブを持つ装甲は、恐らくヤムサロ建国期の『ラディウス』の系譜上のものか)
それらの護令械が同時に存在した時期は限られる。アースラにはそれがほぼ推定できた。
(八百年ほど前のものじゃな。これだけの数の護令械がここで残骸をさらす――何があった?)
奇しくもそれは、ひと月近く前に井出川准がこの場所で抱きかけたものと同じ疑問だった。
「戦争か……いや、その時期にここでこの規模の会戦が行われた、という記録はない。これほど数多くの護令械が動員された戦いなら、妾が知らぬはずがない」
(あるいは、妾ですら知らないような記録があるのか? いや……まさか『消されて』おるのか?)
ぞっとして周囲を見回すアースラの目に、丘の斜面に口を開けた火口のような孔と、その傍らの半ば土に埋まった、首のない護令械が映った。それは明らかに他のものより大きく、分厚い装甲を備えていた。
表面に施された防錆処理のためか、まだ中に令呪錦が眠っているのではないかと思わせるほどに堅牢さを保って見える。
「……闘将械まで」
絶句するほかはなかった。ここで、複数の国が貴重な闘将械を出さねばならないような何事かが行われ――そして、その記録は消し去られたのだ。
そこから六十タラットほど離れた場所には、エルゴンが使ったという渉猟械の真新しい残骸があった。それもまた、アースラを呆然とさせるものだった。
「あのバカ者め! 渉猟械をこうもズタズタに粉砕されるなどと……!」
操縦籠を粉砕して背部へ突き抜ける巨大な破孔と、頭部から股間ブロックまで及ぶ裂け目。露出した熱晶石があったと思しきあたりでは、熱で溶けた砂がガラス質の塊となっている。
「さすがに、これは回収しても直るまいな……」
ため息をついて残骸をみつめるうちに、ぞくり、と胸騒ぎを覚えた。目の前の破孔と同じものを、つい先ほど別の場所で見たような気がするのだ。
振り返る。八百年前に破壊された首無しの闘将械が、先ほどのままそこにあった。腹のあたり、ちょうど熱晶石を収めた心臓部の位置に、これもほぼ同じ大きさの破孔がある。
破孔に露出した装甲の断面は、残骸の表面と同じく黒く錆びて朽ちていた。雨の少ないこの地方で、このように金属が腐蝕するにはそれなりの時間がかかるはず――
(何じゃ……何なのじゃこれは……)
我知らず膝が、手が、ガクガクと震えた。意識の底から不気味な黒い影がせりあがってくる。なにか途方もない結論が頭の中で出ようとしていた。それをはっきりと言葉にして認識するのが恐ろしい。
闘将械の側の、地面が爆ぜたような孔。エルゴンは自分を撃破した護令械が地中から現れたと語った。そして八百年をまたいで二つの械体につけられた、ほぼ同じ破孔。暗い水面から姿を現した黒い影が、霧を吹き払われたように鮮明な像を結んで、こちらへ振り向いた気がした。
カイルダイン――
「何じゃこれは……冗談ではないぞ!!」
操縦籠正面の映像面を手のひらで叩き、叫ぶ。カイルダインが八百年前にここで戦ったというのか? それも、複数の国の、闘将械を含む大軍を相手に。
「勇者とやらの事などもうどうでもいい! 一刻も早くダンバーであやつらと落ち合わねば!」
震える手を必死に動かし、サーガラックを泉へ走らせる。械体の各部から蒸気が噴き出し、絹糸束筒が軋んだ。
(ヴォルターは辺境の田舎騎士などではない! そしてカイルダインはあそこにあったのだ――八百年間!)
姉が召喚したと思っているものは、どうやらお伽話めいた勇者などではない。なにか別のものだ。
アースラたちが泉を離れ、街道に出るまでにはさらに二日を要した。遠方まで『勇者』探索に出した騎雉隊が戻るのを待たなければならなかったからだ。
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