神滅の翼カイルダイン

冴吹稔

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ACT1:闘技場都市の支配者

Calling KYLEDYNE!

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「と、飛んだ!?」

 アースラ配下の騎士、兵士たちから驚愕の声が上がる。

「弩弓じゃ! 弩弓で射落とせ!」

 アースラの命令で数人の兵士たちが弩弓を射かけ始めた。
 ロランドは触手を伸ばし、飛来する矢を叩き落そうとした。だが接触した瞬間、炸裂音とともに光がはじけ触手が焼き切られる。

「ぬぅッ!?」

 焦熱角矢ヒートクォレルとはどうやら、マリオンが使ったのと同様の技術で熱晶石を利用するものらしい。

「よし、効いておるぞ……!」

 アースラが兵士たちを鼓舞する。だがロランドは一声うなると、さらに高度を上げてアリーナから離れた。そのまま神殿の方角、東へ向かって空を飛んでいく。
 兵士たちがはあわてて次の角矢をつがえたが、装填が終わった時化け物は既に彼らの弓の射程を脱していた。

 パキラが観客席の手すりから身を乗り出し、東をふり仰ぎ声を振り絞って叫んだ。

「ふざけないでよ! 神械アロイは……あんたのような化け物が、保存護令械を――私たち械匠の何より大切な宝物を奪い汚して、その名を騙っていいものじゃない! 騙らせない!」

 血の気の引いた蒼白な顔。目に怒りの涙を浮かべ唇を引き結んで空をにらむ。

「パキラ……!」

「ヴォルター、私悔しい……おやっ……親方がっ! 親方がここにいてくれたら……ッ!」

 そのあとは言葉にならない。多分、どんな腕利きの械匠がいたとしても、汚された護令械ルーティンブラスをどうにかすることは難しいのではないか。俺にはそう思えた。
 だがそれでもきっと、パキラは『親方』を求めずにいられないのだ。

「大変だ! 神殿が!」

 ロランドが飛び去った方角を目で追っていた、兵士の一人が叫んだ。

「どうしたのじゃ!」

 アースラが報告を求めて怒鳴り返す。だが、俺には何が起きたかの見当はついていた。多分、アースラにも。東の方角で何かが崩れる恐ろしい音が響き、夕方でもないのに空が赤紫色に染まり始めた。

「神殿から……モルドヴォスが! 護令械モルドヴォスが出てきました!」

(これは、ひどいことになってきた……)

 まさに最悪な事態だ。あの巨体が町を暴れまわれば、市民に対するアースラたちの配慮は消し飛んでしまう。

「おのれ……ペイリス、ついてまいれ! 渉猟械ストラトヴァンダーを出すぞ!」

 アースラが配下の騎士に号令をかけた。
 
「し、しかし護令械モルドヴォスを破壊してしまっては……」
 ペイリスが苦しげにつぶやくのを、アースラが唇をきつく噛みしめながらはねつける。
「あれはもう護令械ルーティンブラスではない! 屍鬼械マッハ・ヴェータラ、さもなくば邪神モルドヴォスとでも呼ぶべきか。以後記録からは抹消する、破壊して構わん」

「ははっ…!」

「妾も『サーガラック』で出よう。兵士ども、お主らはヴォルターとパキラを守っておれ」

 アースラが入場門のほうへと駆けだしていく。

 パキラが大きく目を見開き、まっすぐにこちらを見て叫んだ。

「ヴォルター、お願い! あなたも……カイルダインで戦って。あいつをあなたの手で滅ぼして!」

「ああ……ここで守られてるなんて我慢できるか。やってやる」

 言っては見たものの、俺はここから駐械場までの距離を思って暗澹とした気分になった。アースラたちも同じことだが、戻って来て神殿方面へ向かうまでにどれだけの被害が出るのか――とにかく、走るしか。

 その時だった。

 ――頭の中に響く、中性的な印象を与えるその思念こえ

〈佩用者ヴォルター。街の東に私と同規模、護令械ルーティンブラス類似の構造物を感知しました。神殿で走査できなかった領域にあったという保存護令械『モルドヴォス』だと思われます〉

「カイルダイン!?」

〈ですが、『令呪錦』の反応がありません――最優先殲滅目標と判断します〉

「ああ。あれが暴れたらひどいことになる。何としても……よし、今からそっちまで――」

〈その必要はありません〉

 えっ?

 一瞬いぶかしむ俺の頭の中で、カイルダインが答える。

〈佩用者なしで動く能力は、モルドヴォスだけのものにあらず。さあ、お呼び下さい佩用者。高らかに我が名を。我らの名を。さすれば私は一瞬にしてそちらへ参ります!〉

「一瞬で来れるのか。そりゃあ好都合だ……よし」

 カイルダインの能力を世間に隠そう、などという発想はこの時俺の中から消え失せていた。

 ――我ここに呼ぶ! 来たれ、カイルダイン!!

 思いっきりヒロイックに叫ぶ。次の瞬間、ビル建設現場でコンクリートパイルを打ち込むときの騒音を数倍にしたような轟音がブルゼン市全域に響きわたった。

 日が陰ったかのようにあたりが暗くなる。頭上に飛来したのは、走り幅跳びで踏み切った直後の陸上選手のような、力感溢れるポーズをとった銀の巨体。それが、ひどくゆっくりと落ちてくるように感じられた。

 腹にこたえる重い響きとともに、闘技場の外壁の向こうに立ち上がる。武者兜の面頬を抽象化したような銀色の顔。頭の中に響くこの中性的な思念波を連想しにくい、いかつい表情の意匠。

 その、「こちらへ」という声とともに、あの太い腕が差し出される。

「な、なんとッ!? 動いておる? だがあの遊猟械はヴォルターの……いったい誰が!?」
 
 駐械場へ走りだしかけていたアースラが、足を止めて振り返り、凍り付いた。

 走り寄って腕の上へ飛び乗る。カイルダインはそこから自分で俺を操縦籠クレイドルへと運んだ。開いていくハッチの隙間から光が溢れる。

〈というわけで、この前のあれをお願いします〉

「あれ?」

〈……名前。かっこよく呼んでください〉

 うわめんどくせえ。だがまあ、こうも都合よくここまで来てくれたのだ。名前くらい幾らでも呼んでやる。

完全械態マキシマ! カ イ ル ダ イ ン !」

 ハッチが勢いよく全開になり、俺は操縦籠に駆け込んだ。

完全械態マキシマはまだ当分使えませんが、なんですか、催促でしょうか?〉

「いいじゃないか! 気分だよ、気分!」

〈ああ、いいですね。そういうのは好きです〉

 操縦籠の映像面が、2kmほど先の『モルドヴォス』を映し出す。肩にめり込んで一体化した頭部。上方へ突き出た二本角、あるいはマスト。なかなか個性的な姿だ。

〈邪神の肉体組織に同化されていなければ、存在を許容できる程度にはよくできた、古い世代のもののようです。ですが、あれはダメです。ダメダメ。私の存在理由と真っ向から抵触します〉

「お前の存在理由――」

〈ええ。お連れ様からお聞き及びの通り、この私をはじめ、彼女のいうところの――『原型アルケ』もしくは『神械アロイ』と呼びならわされるものは、世界の外側からくるああした敵対的存在を滅するために作られたのです〉

「そういう説明だったな」

〈ろくでもないものを滅ぼさなければならない以上、私に組み込まれたからくり――違いますね、佩用者の語彙で適切なものを当てはめるならば『システム』。それもまたかなりろくでもないものである、ということをあらかじめお伝えしておきます。覚悟はよろしいですね?〉

「なんとなく理解できた」

 マリオンが――つまり、柚島さつきが残した言葉。「カイルダインは危険なものだ」というのは、そういう意味なのだろう。だが、それがどうした?

「カイルダイン! 俺はもうとっくに、この世界で生きていくと決めた! ヴォルターと井出川は俺の中で一つになった。世界の外から敵が来るというなら、お前にその力があるというなら、一緒に闘おう。世界を守るなんて大層なことを言うつもりはない。だがこの世界で初めて会った人間、俺に生きる手掛かりをくれた女の子が、心の中で大切にしてきたものを汚されて泣いているなら!」

〈おお! それでこそ佩用者! 私もあなたと共鳴したことを誇ります。やりましょう!〉

「ああ。その涙を拭うために、俺は戦うぞ!」

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