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ACT1:闘技場都市の支配者
挑戦
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俺は単独行を装って闘技場へ向かった。
昨日と同じく入場門をくぐる。時間的にまだ開場前で、辺りに観客の姿は見当たらず、ただ掃除係や警備の戦士がいるばかり。そのうちの一人に、わざと挑発的に声をかけた。
「おい。デモスに伝えろ。『謎を追う者』コンラッドが来たと」
「なっ……!」
その男は血相を変えて奥へ走り込んだ。辺りがざわめきだし、棘のついた攻撃的な防具を身に着けた男たちが俺を取り囲んだ。
「貴様の方から来るとはな」
両脇から二人係で俺の腕をとって連行しようとする。俺はその腕をはねのけ、一人の男の顔面に裏拳を見舞った。
「気安く触るな。案内だけの方が楽だろう?」
よくあるシーンそのままだ。殺気だった男たちのねめつける視線を受けながら、例の暗い廊下を進む。俺は――井手川准は、実のところ内心では冷や汗だらだらだが、芯の部分に灯った修道僧ヴォルターの怒りだけを見据えて、表面上は平静を保っていた。
「逃げ出したかと思ったが、さすがにこいつは想像できなかったぞ、コンラッド。いったい何をするつもりだ」
回廊の先でドアをくぐると、昨日の朝と同じ部屋でデモスが書類仕事をしていた。俺が部屋に入ってもペンを動かし続けている。
粗い植物繊維の紙に青い顔料で書かれる文字。以前マリオンが俺宛に書きつけたメモと同じ組み合わせだ。
「やれやれ……ちょっと待っててくれ。こいつはな、お前を助けに来たあの女が殺してくれた部下の、死亡通知だ……家族がいるやつにはこういうものをきちんと出してやらねばならん。見舞金もだ」
「そいつは……ご苦労なことだ」
俺はこのデモスという男が、それほど嫌いではなかった。俺がおかしな誤解をロランドから受けなければ、いい付き合いができたかもしれない。
だが、それはそれ。俺はやつの頭上に容赦なく爆弾を落とした。
「……デモス。俺をロランド・ナジに挑戦させろ」
「何だと?」
書記の顔が麻痺したようにゆがんだまま固まった。
「お前、何を言ってる……そんな試合が組めるわけがあるか」
「騎士姫アースラと同じ、余興試合ならどうだ? 対戦の条件はそっちに任せてもいいぞ」
俺自身は少し狼狽していた。ヴォルターの方に任せるとここまでひどいことを言い出すのか!
だが表面上はデモスをにらみつけながら居丈高に要求して見せる。
彼は書類から顔を上げると首を左右に振った。
「ああ……勝ったらあの娘を返せと、でもいうつもりか? あいにくだがあの件はもう俺の手を離れたし、少なくとも彼女はここにはいない。そして、来てしまった以上お前を帰すわけにもいかん。あの後、ロランド様にお前を殺せと命令されたからな」
少し驚いた。デモスは、ロランドから現在の最新の状況を知らされていないのだ。あるいは、神殿での出来事をそもそもロランドが把握していないのか? まさか。
「パキラならもう取り戻した」
「……与太をぬかすな。だったらなおのこと、なぜそのまま出ていかない」
「どうしてもロランドを殺したくなったんでな。向こうもそう思ってるんだ、試合は成立するだろう?」
「ああ……もう。本当にお前ら、メレグの修道僧ってやつはどうかしている。そんな因縁があるなら三年は客を熱狂させられる興行のネタになるというのに。まあいい、夏が終わった来期には、また面白いやつが登録に来てくれると期待しよう……ついて来い」
デモスとともに部屋を出た。先に立ってとぼとぼと歩く彼の後ろをついていく。
やがて廊下が途切れ、俺は前に使ったのとよく似た控室の一つに通された。反対側のドアを開ければ、その先はアリーナだ。
「俺はロランド様にお伺いを立ててくる。しばらく待っていろ」
施錠された様子はない。さて、計画では今頃、アースラたちがやや早い客として入場し、都合のいい観覧席に陣取っているはずだ。
やがてデモスが戻ってきた。
「……ロランド様はお前と試合をなさるそうだ。俺にはさっぱり理解できん……だがどのみちお前、死ぬぞ。お前はロランド様と戦う前に、まず五人の高弟を破らねばならんのだからな」
「何だって」
アリーナへのドアが開かれ、昇りゆく太陽の輝きが俺の目を射た。五人抜きはさすがに自信がない。アースラが良いタイミングで割り込んでくれることを祈るしかなさそうだ。
「来たか」
アリーナより奥の、まだ光の届かない場所から叫ぶ声。そしてゆっくりと進み出てくる人影が見えた。
輪郭から次第に細部へとその姿が明らかになっていく。そこにいたのは騎士ガラヴェインによく似たタイプの、逆三角形の体躯をした男だった。
違うところといえばこっちは禿頭で、俺のものによく似た革帯装束をつけ、腰の部分に金属製の大きな目立つバックルがついたベルト――ちょうど、プロレスやボクシングのチャンピオンベルトのようなものを締めていることだ。
「私が、ロランド・ナジ。ブルゼンの領主だ」
領主は自分から名のった。どこか疲れを感じさせる、低い声だ。
「俺は修道僧コンラッド……いや、ヴォルターだ。メレグの修道僧――に、見えるらしいな、世間では」
偉丈夫がピクリと眉を上げ、俺を見つめた。
「ほお。まさかこの期に及んで、本山からの刺客ではないといい抜けるつもりではあるまいな」
「いい抜けるも何も、俺はメレグ山など知らん。闘技場への登録内容はデタラメなんだ。あんたがそこから人を殺しておん出たことも、つい昨晩まで知らなかった」
不意に心の奥底で、自分の言葉を否定するわけのわからない感情がマグマのように噴き上がる。
――知っている!
――メレグ山にいた。俺はそこにいた!
三千の石段を日々往復し、水がめを指の力だけで支え、高さ5mの柱の上で半日、片足立ちのままで過ごす自分のイメージ。俺は軽く眩暈を覚え、首を振って足に力を入れ、踏みしめた。
ロランド・ナジはすこし困惑したような顔になった。
「知らんと? ではその装束は何だ? 寸分のぜい肉もない鍛え上げられた体は? 武術は各々その流派、習熟する技に合わせて千差万別の肉体を作り出すものだ……そんな言い訳は通らんぞ。お前の体は私と同門であることを示している。ならば疑う余地はない。お前は本山の長老たちの誰か――おそらくはボズボース老師あたりに命を受け、私を討ち取りに来たのだろう?」
「……知らん。そもそも俺には、十日前より以前の記憶がないんだ……だがお前のやっていることが邪悪だということは確信できる。だから――お前を倒す!」
ロランドはつまらなそうに首を振った。
「よかろう。いずれにしてもお前にはここで死んでもらう。私はこれでも慎重なたちでな。不安要素はどんな小さなものでも排除する。そうやってこの町の領主にまでなったのだ、いまさらやり方を変える気はない」
一瞬、左右をうかがうようなそぶりを見せ、ロランドは指をピシッと鳴らした。
背後の壁に穿たれた通路のドアが開き、その向こうにうずくまっていたらしい男たちが身を起こした。
陽光に照らされて見事な肉体を誇示する――その数、五人。
「……高弟ってのはこいつらか」
「お前にはまずこの五人と戦ってもらう。お前が偽物なら彼らになぶり殺されて終わるだろう。それで懸念はなくなる」
「ゲスなことをよくも堂々と。俺が勝ったら?」
「直々に私がお前と戦う。五人と戦って疲弊したお前になら、私が負けることはまずあるまい。年齢相応にいささか衰えてはいるが、有利なのは変わらんよ」
五人の男たちが俺とロランドとの間に進み出てきた。それぞれの流儀で臨戦の構えをとる――
「ちょっと待て! まさか、五人と戦うというのは……」
「お察しの通りだ! 五人全員が一度にお前の相手をする」
「連戦じゃなくて一度に五人かよ! 汚いぞ、恥を知れよ恥を!!」
「不満か?」
ロランドは数歩退いて対面の観覧先へ跳びあがった。
やられた。もうこいつらを突破しない限り手が出せない。邪神に魂を売るような男に、フェアな決闘試合など期待できるわけがなかった!
思わず一歩進み出た俺を、『高弟』とやらの一人が殴りつけた。分厚く平べったい体型をした、重量級の男だ。
俺はとっさに腕を目の前で組み、頭部へのダメージを防いでいた。
2mほど吹き飛んだ俺を、長棍を携えた別の男が追撃する。足元へ立て続けに襲う鋭い点撃。食らえばすね当ての上からでも骨が砕けるだろう。
とんぼを切ってそれを避ける。
立ち上がったところに、五人の中でも比較的目立たない感じの平凡な体型の男が俺の膝めがけてタックルしてきた。
考えるより早く体が動く。俺は一切の攻撃を放棄し、ジャンプして空中に逃れた。あれは恐らく、押し倒して寝技へつなぐ連携の初動だ。胸中に噴きだす強い警戒感――『修道僧ヴォルター』にとって、寝技は不得意な分野なのかもしれない。
そこへ、再び長棍が伸びてくる。間抜けにも鳩尾をしたたかに突かれ、落下した俺は悶絶してアリーナの砂を掴んだ。その脇腹に鋭い蹴りが見舞われる。切れ目なく、二発。
「がはッ……!」
バッタを連想させるような、すらりとした長い脚を持つ男が俺の頭上にそびえていた。振り上げた足が認識できないほどの速度で踵が、いや、殺気が降って来る。砂の上を転がるようにして逃れたが、わき腹がみしりと悲鳴を上げて俺の動きを妨げた。
(まずい……肋骨をやられたか?)
左側。肝臓にダメージを受けてないだけまだましだが、これは分が悪いなどという生易しいものではなかった。屠殺だ。
この男たちは確かに強い。パラゴーンなどとも格が違う。攻撃の一つ一つに、精緻な技術とすさまじい破壊力が宿っていた。それが、各個撃破を許さない連携のもと波状攻撃をかけてくる。
荒い息をつきながら立ち上がった俺の前に、『門弟』の五人目、発達した上半身を持つ俊敏な男が立ちふさがり、軽やかなステップから立て続けにジャブを二発。三発目には重いフックを俺のこめかみに打ちこんだ。意識が一瞬消し飛ぶ。
(くッ……)
頬にざらざらした固いものが当たっているのがかろうじてわかる。たぶん地面の砂だ。
意識が朦朧として周囲の状況がよくつかめない。足が誰かの手でつかまれて、押さえつけられた。何か重いものが腰の上に載せられ、顔面に硬いものが繰り返しぶつけられている。
(ああ、拳か……殴られているんだな……)
痛みは感じていなかった。恐怖もない。ただ、衝撃が伝わるたびに、自分の肉体が破壊されていくのがわかる。
(足を絡めて投げ返せないように、掴んで押さえてるのか……ご苦労なこった)
おそらく、俺はこめかみを殴られてアリーナの砂に転がり、寄ってたかって押さえこまれ、激しい殴打にさらされているのだ。
昨日と同じく入場門をくぐる。時間的にまだ開場前で、辺りに観客の姿は見当たらず、ただ掃除係や警備の戦士がいるばかり。そのうちの一人に、わざと挑発的に声をかけた。
「おい。デモスに伝えろ。『謎を追う者』コンラッドが来たと」
「なっ……!」
その男は血相を変えて奥へ走り込んだ。辺りがざわめきだし、棘のついた攻撃的な防具を身に着けた男たちが俺を取り囲んだ。
「貴様の方から来るとはな」
両脇から二人係で俺の腕をとって連行しようとする。俺はその腕をはねのけ、一人の男の顔面に裏拳を見舞った。
「気安く触るな。案内だけの方が楽だろう?」
よくあるシーンそのままだ。殺気だった男たちのねめつける視線を受けながら、例の暗い廊下を進む。俺は――井手川准は、実のところ内心では冷や汗だらだらだが、芯の部分に灯った修道僧ヴォルターの怒りだけを見据えて、表面上は平静を保っていた。
「逃げ出したかと思ったが、さすがにこいつは想像できなかったぞ、コンラッド。いったい何をするつもりだ」
回廊の先でドアをくぐると、昨日の朝と同じ部屋でデモスが書類仕事をしていた。俺が部屋に入ってもペンを動かし続けている。
粗い植物繊維の紙に青い顔料で書かれる文字。以前マリオンが俺宛に書きつけたメモと同じ組み合わせだ。
「やれやれ……ちょっと待っててくれ。こいつはな、お前を助けに来たあの女が殺してくれた部下の、死亡通知だ……家族がいるやつにはこういうものをきちんと出してやらねばならん。見舞金もだ」
「そいつは……ご苦労なことだ」
俺はこのデモスという男が、それほど嫌いではなかった。俺がおかしな誤解をロランドから受けなければ、いい付き合いができたかもしれない。
だが、それはそれ。俺はやつの頭上に容赦なく爆弾を落とした。
「……デモス。俺をロランド・ナジに挑戦させろ」
「何だと?」
書記の顔が麻痺したようにゆがんだまま固まった。
「お前、何を言ってる……そんな試合が組めるわけがあるか」
「騎士姫アースラと同じ、余興試合ならどうだ? 対戦の条件はそっちに任せてもいいぞ」
俺自身は少し狼狽していた。ヴォルターの方に任せるとここまでひどいことを言い出すのか!
だが表面上はデモスをにらみつけながら居丈高に要求して見せる。
彼は書類から顔を上げると首を左右に振った。
「ああ……勝ったらあの娘を返せと、でもいうつもりか? あいにくだがあの件はもう俺の手を離れたし、少なくとも彼女はここにはいない。そして、来てしまった以上お前を帰すわけにもいかん。あの後、ロランド様にお前を殺せと命令されたからな」
少し驚いた。デモスは、ロランドから現在の最新の状況を知らされていないのだ。あるいは、神殿での出来事をそもそもロランドが把握していないのか? まさか。
「パキラならもう取り戻した」
「……与太をぬかすな。だったらなおのこと、なぜそのまま出ていかない」
「どうしてもロランドを殺したくなったんでな。向こうもそう思ってるんだ、試合は成立するだろう?」
「ああ……もう。本当にお前ら、メレグの修道僧ってやつはどうかしている。そんな因縁があるなら三年は客を熱狂させられる興行のネタになるというのに。まあいい、夏が終わった来期には、また面白いやつが登録に来てくれると期待しよう……ついて来い」
デモスとともに部屋を出た。先に立ってとぼとぼと歩く彼の後ろをついていく。
やがて廊下が途切れ、俺は前に使ったのとよく似た控室の一つに通された。反対側のドアを開ければ、その先はアリーナだ。
「俺はロランド様にお伺いを立ててくる。しばらく待っていろ」
施錠された様子はない。さて、計画では今頃、アースラたちがやや早い客として入場し、都合のいい観覧席に陣取っているはずだ。
やがてデモスが戻ってきた。
「……ロランド様はお前と試合をなさるそうだ。俺にはさっぱり理解できん……だがどのみちお前、死ぬぞ。お前はロランド様と戦う前に、まず五人の高弟を破らねばならんのだからな」
「何だって」
アリーナへのドアが開かれ、昇りゆく太陽の輝きが俺の目を射た。五人抜きはさすがに自信がない。アースラが良いタイミングで割り込んでくれることを祈るしかなさそうだ。
「来たか」
アリーナより奥の、まだ光の届かない場所から叫ぶ声。そしてゆっくりと進み出てくる人影が見えた。
輪郭から次第に細部へとその姿が明らかになっていく。そこにいたのは騎士ガラヴェインによく似たタイプの、逆三角形の体躯をした男だった。
違うところといえばこっちは禿頭で、俺のものによく似た革帯装束をつけ、腰の部分に金属製の大きな目立つバックルがついたベルト――ちょうど、プロレスやボクシングのチャンピオンベルトのようなものを締めていることだ。
「私が、ロランド・ナジ。ブルゼンの領主だ」
領主は自分から名のった。どこか疲れを感じさせる、低い声だ。
「俺は修道僧コンラッド……いや、ヴォルターだ。メレグの修道僧――に、見えるらしいな、世間では」
偉丈夫がピクリと眉を上げ、俺を見つめた。
「ほお。まさかこの期に及んで、本山からの刺客ではないといい抜けるつもりではあるまいな」
「いい抜けるも何も、俺はメレグ山など知らん。闘技場への登録内容はデタラメなんだ。あんたがそこから人を殺しておん出たことも、つい昨晩まで知らなかった」
不意に心の奥底で、自分の言葉を否定するわけのわからない感情がマグマのように噴き上がる。
――知っている!
――メレグ山にいた。俺はそこにいた!
三千の石段を日々往復し、水がめを指の力だけで支え、高さ5mの柱の上で半日、片足立ちのままで過ごす自分のイメージ。俺は軽く眩暈を覚え、首を振って足に力を入れ、踏みしめた。
ロランド・ナジはすこし困惑したような顔になった。
「知らんと? ではその装束は何だ? 寸分のぜい肉もない鍛え上げられた体は? 武術は各々その流派、習熟する技に合わせて千差万別の肉体を作り出すものだ……そんな言い訳は通らんぞ。お前の体は私と同門であることを示している。ならば疑う余地はない。お前は本山の長老たちの誰か――おそらくはボズボース老師あたりに命を受け、私を討ち取りに来たのだろう?」
「……知らん。そもそも俺には、十日前より以前の記憶がないんだ……だがお前のやっていることが邪悪だということは確信できる。だから――お前を倒す!」
ロランドはつまらなそうに首を振った。
「よかろう。いずれにしてもお前にはここで死んでもらう。私はこれでも慎重なたちでな。不安要素はどんな小さなものでも排除する。そうやってこの町の領主にまでなったのだ、いまさらやり方を変える気はない」
一瞬、左右をうかがうようなそぶりを見せ、ロランドは指をピシッと鳴らした。
背後の壁に穿たれた通路のドアが開き、その向こうにうずくまっていたらしい男たちが身を起こした。
陽光に照らされて見事な肉体を誇示する――その数、五人。
「……高弟ってのはこいつらか」
「お前にはまずこの五人と戦ってもらう。お前が偽物なら彼らになぶり殺されて終わるだろう。それで懸念はなくなる」
「ゲスなことをよくも堂々と。俺が勝ったら?」
「直々に私がお前と戦う。五人と戦って疲弊したお前になら、私が負けることはまずあるまい。年齢相応にいささか衰えてはいるが、有利なのは変わらんよ」
五人の男たちが俺とロランドとの間に進み出てきた。それぞれの流儀で臨戦の構えをとる――
「ちょっと待て! まさか、五人と戦うというのは……」
「お察しの通りだ! 五人全員が一度にお前の相手をする」
「連戦じゃなくて一度に五人かよ! 汚いぞ、恥を知れよ恥を!!」
「不満か?」
ロランドは数歩退いて対面の観覧先へ跳びあがった。
やられた。もうこいつらを突破しない限り手が出せない。邪神に魂を売るような男に、フェアな決闘試合など期待できるわけがなかった!
思わず一歩進み出た俺を、『高弟』とやらの一人が殴りつけた。分厚く平べったい体型をした、重量級の男だ。
俺はとっさに腕を目の前で組み、頭部へのダメージを防いでいた。
2mほど吹き飛んだ俺を、長棍を携えた別の男が追撃する。足元へ立て続けに襲う鋭い点撃。食らえばすね当ての上からでも骨が砕けるだろう。
とんぼを切ってそれを避ける。
立ち上がったところに、五人の中でも比較的目立たない感じの平凡な体型の男が俺の膝めがけてタックルしてきた。
考えるより早く体が動く。俺は一切の攻撃を放棄し、ジャンプして空中に逃れた。あれは恐らく、押し倒して寝技へつなぐ連携の初動だ。胸中に噴きだす強い警戒感――『修道僧ヴォルター』にとって、寝技は不得意な分野なのかもしれない。
そこへ、再び長棍が伸びてくる。間抜けにも鳩尾をしたたかに突かれ、落下した俺は悶絶してアリーナの砂を掴んだ。その脇腹に鋭い蹴りが見舞われる。切れ目なく、二発。
「がはッ……!」
バッタを連想させるような、すらりとした長い脚を持つ男が俺の頭上にそびえていた。振り上げた足が認識できないほどの速度で踵が、いや、殺気が降って来る。砂の上を転がるようにして逃れたが、わき腹がみしりと悲鳴を上げて俺の動きを妨げた。
(まずい……肋骨をやられたか?)
左側。肝臓にダメージを受けてないだけまだましだが、これは分が悪いなどという生易しいものではなかった。屠殺だ。
この男たちは確かに強い。パラゴーンなどとも格が違う。攻撃の一つ一つに、精緻な技術とすさまじい破壊力が宿っていた。それが、各個撃破を許さない連携のもと波状攻撃をかけてくる。
荒い息をつきながら立ち上がった俺の前に、『門弟』の五人目、発達した上半身を持つ俊敏な男が立ちふさがり、軽やかなステップから立て続けにジャブを二発。三発目には重いフックを俺のこめかみに打ちこんだ。意識が一瞬消し飛ぶ。
(くッ……)
頬にざらざらした固いものが当たっているのがかろうじてわかる。たぶん地面の砂だ。
意識が朦朧として周囲の状況がよくつかめない。足が誰かの手でつかまれて、押さえつけられた。何か重いものが腰の上に載せられ、顔面に硬いものが繰り返しぶつけられている。
(ああ、拳か……殴られているんだな……)
痛みは感じていなかった。恐怖もない。ただ、衝撃が伝わるたびに、自分の肉体が破壊されていくのがわかる。
(足を絡めて投げ返せないように、掴んで押さえてるのか……ご苦労なこった)
おそらく、俺はこめかみを殴られてアリーナの砂に転がり、寄ってたかって押さえこまれ、激しい殴打にさらされているのだ。
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