神滅の翼カイルダイン

冴吹稔

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ACT1:闘技場都市の支配者

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「邪神……?」

 俺はマリオンの口にした言葉を呆然と繰り返した。
 意味はわかる。だが、この世界の言語で発音されたその言葉は、ひどく不穏な響きを持っていた。

「親方に教わったわ。原初の護令械――『神械アロイ』と呼ばれるものは、この世界の外から来た邪悪と戦うために作られた、って――」

〈お連れ様の説明でおおよそ合っていますね。つまり、私はそのために存在していました――おっと、そこの角を右へ!!〉

「二人とも、ここを右へ!」

 カイルダインの思念が頭の中で響く。こいつめ、俺の思考がなぞるパキラの言葉を読み取ってそれに合いの手を入れてやがるのだ。
 俺たちは来た時とはまた別のルートをたどって、モルドヴォスの安置所から速やかに離れ、地上へ戻ろうとしていた。

「私が眠っていたのはそのためだ。邪神ガラ=ザタン……カイルダインによる封印を回避して大陸全土へ散ったあの邪神を、この世に再び顕現するのを待って捕捉する――その筈だった」

「じゃあ、モルドヴォスの体内で動いていたあの肉塊が――」

「うむ。まだ邪神そのものではないだろうが、その依り代を形成しうる魔物の肉だ。熱と水気を好み、人間の体にもぐりこんで乗っ取り、時に食らう――操屍鬼ヴェータラによく似ているな」

「体に、もぐりこむ……」

 パキラの語尾が震えた。

「食事を出されたけど、食べなくて良かった……!」

「ああ、ひょっとすると危なかったかもしれん。とにかく、一刻も早くここを離れるぞ」


 隠し扉をくぐって側廊へ這い出し、入口へ向かって走る。列柱の間を歩いてきた下級神官が、俺たちを見咎めて誰何の声を上げた。

「誰です!? こんな刻限に……」

「ちっ!」

 マリオンが駆け寄って、神官の顎を右掌底で撃ち抜いた。白目をむいてくたっと崩れ落ちるその男を引きずり、柱の陰に転がす。

「殺したのか?」

「まさか。気絶させただけだ。こいつは多分、自分の仕事を黙々とこなしているだけの男だからな」

 良かった。とくに悪事に加担していない相手を殺すのはさすがに気が進まない。俺は自分がまだ井手川准であることを確認出来たような気がして、ひどくホッとした。


「しかし、この後どうする」

 神殿から走り出て、俺たちは夜の大通りを械匠ギルドへ向かっていた。

「モルドヴォスは邪神の器として作り変えられつつあるとみていい。ナブールの情報が正しければ、その目論見の中心にはロランドがいるわけだ……大がかりすぎる。我々だけでは手に余るな」

「カイルダインで叩き潰すのは……」
〈非常に心惹かれますが、現状ではお薦めしません〉
「うん、ダメだな」

「ああ。周辺への被害が大きすぎるし、混乱に乗じてロランド本人や黒幕が逃げおおせる可能性もある。切り札としては申し分ないが、カイルダインを持ち出す前にもう一段階手を打つべきだ……ある程度の人手、それも荒事に対応できる組織を巻き込みたいところだが」

 マリオンの言いたいことはおおよそ理解できた。つまり、警察や軍隊の協力を得ようということだ。となると、械匠ギルドよりも――

あのお姫さんアースラとか……?」

 パキラがはたと手を打った。

「あ、いいかも……ほら、カイルダインを置いてる駐械場に、渉猟械ストラトヴァンダーが二体あったでしょ。あれアースラ姫麾下の部隊のものらしいんだけど。渉猟械を一体運用するには、普通は少なくとも五十人以上の人員が必要なのよ。ってことは、彼女は百人以上の武装した兵士を今ここで動かせるわけ」

「なるほど。そういえばあの旅館はえらくデカかったし、どうも周囲の宿屋にも分宿してる風だったな」

 それに、彼女はここブルゼンへ護令械の新規勧請のために来ている。モルドヴォスが邪神とやらの手に落ちたとなれば、あの性格だし怒り心頭に発した挙句配下の兵を総動員して動いてくれそうだ。まあ、冷静さを失わないでほしいところだが。


         * * * * * * *


「そうか」

 アースラはまず一言そういい放って、膝の上に横たえた大斧を撫でた。

 早朝から旅館に飛び込んだ俺たちを快く迎えてくれた彼女だったが、話を聞くうちに顔色がどんどん青くなり、次いで真っ赤になった。美しい顔が口元から引きゆがんで、そばにいると頭からバリバリ食われそうな迫力だ。

「ええい、どいつもこいつも! わらわのおかれた立場とか苦渋とかに無頓着に好き勝手な真似ばかりしおって! 姉上とか父上とか、義兄上とか! 挙句にロランドの奴め、邪神じゃと!?」

「ひ、姫様。下々のものの前でお家のことまで触れるのは」

 ガラヴェインとは別の、少し年配で思慮深そうな騎士、ペイリスが彼女をたしなめた。

「う、そうじゃったの……ま、まあともかく状況は分かった」

 アースラは咳ばらいをしたあと右手を振り上げ、指揮杖か何かを持っているかのように振り下ろした。

「動くぞ! 兵どもを起こし、装備を整えさせよ! ペイリス、お主は百人を引き連れてわらわと参れ。ガラヴェインは残り四十人を指揮して神殿の出入り口を固めよ。ただし別命あるまで内部に踏み込んではならんぞ。危険すぎるからのう」

「ははっ」

 騎士二人が拱手の礼を取って彼女の命令を受けた。

「それと、ペイリスは渉猟械『ザインガルス』と、妾の『サーガラック』を動かせるよう、担当の兵に準備をさせよ。モルドヴォスが動いたときに備えねばならん」

 アースラはきびきびと指示を飛ばしていく。

「ロランドの予定は調べてある。今日、奴はここしばらく続いた勝ち抜き戦の決勝に立ち会うために闘技場へ詰めるはずじゃ」
 
 矢継ぎ早に命令を下しながら、彼女はあの重そうな全身鎧を独力で身に着けていった。剛力の加護によるものだろうか?

「さて、お主らどうする? ここまでかかわって手を引くわけもあるまいが……」

 マリオンがすっと足を踏みかえて入り口のドアの方へ動いた。

「私は神殿へ。ガラヴェイン卿の手伝いをさせてもらおう。といっても必要な時は独自の判断で動くが」

「よかろう。法術の心得もあるようであるしな。ヴォルター、お主は?」

 それについては、実のところ腹案があった。

「ロランドは俺を本山からの刺客だと警戒している……それを利用させてもらうか」

 知らぬ存ぜぬ我関せずで通すには、もう深入りしすぎていた。それに、あの操屍鬼ヴェータラ――闘技場で殺された人間の死の尊厳までも汚すロランドのやり方に、俺の中の『ヴォルター』が激怒していた。

「俺が行けば何らかの手を打ってくるはずだ。それに乗じて引きずり出してやろう。姫さんたちは、頃合いを見て踏み込んでくれ」
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