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ACT1:闘技場都市の支配者
魔手
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――そう遠くへは行ってないはずだ。探せ!
どこかで聞いたようなセリフが飛び交う。走り回る男たちの足音が路地にこだまし、パキラがぎゅっとまぶたを閉じた。
――こっちへ来てくれ、ぬかるみに足跡が。
――いや待て、向こうで何か音がしたぞ!
人数にものをいわせて手当たり次第に捜索しているらしかった。何があったのかわからないが、老婆の悲鳴までが聞こえてくる。耳を手でふさぎたくなったが、あいにくと俺の両手は既にふさがっていた。
(こっちへ来るわ…)
(声を立てるな。ここなら気づかない)
路地裏。廃屋の壁に囲まれた狭い空間を手足を突っ張って昇り、俺たちは床が抜けたバルコニーの根元に残った、わずか10cm幅くらいの狭い足場に身を寄せ合って、つま先立ちで潜んでいた。
数人分の足音がどたどたと通り過ぎていく。
腕を上に伸ばして、パキラはやっとのことで壁土から突き出た梁材の端を掴んでいた。短いジレの裾から、彼女の肉付きのうすい胸に浮き出た肋骨がのぞいている。俺の腕の一本はパキラの腰に回され、そのささやかな体重を支えてこの無謀な潜伏を何とか保たせていた。
(もうだめ……足首と手がもたない)
(あと少しの辛抱だ。耐えろ)
剥がれた壁土の小さなかけらが階下の地面に落ちる。その乾いた響きが消えるまでの、わずか一秒に満たない時間がほとんど永遠のように思われた。
耳を澄ます。だみ声で怒鳴り合う男たちの声が次第に小さくなっていくのがわかった。そろそろ大丈夫そうだ。
俺は先にバルコニーから降り、パキラを下から支えて着地させた。二人ともじっとりと汗をかいて、息を切らしている。ひどく無理な姿勢を30分近く維持したはずだった。
ブルゼンの裏路地はひどく複雑で、土地勘のない俺たちには既に自分たちが今どこにいるのかもわからなかった。
あの覆面の女マリオンは「旅館に帰るな」「カイルダインにも近づくな」といったが、そもそもこれでは旅館も駐械場も、どっちへ行けばいいのかわかりはしない。
「どこかで休もう。このまま路地をうろついてたらまた、連中に見つかる」
「そうね……参ったわ、私、あなたに迷惑かけてばっかり」
「今はそんなこと言ってる場合じゃない」
ふらつくパキラを半分引きずるようにして、入り組んだ壁に囲まれたさらに奥へと入り込む。そのあたりの建物は集合住宅か何からしかった。
視線を上に向けると、緑がかった空を背景に窓から窓へ紐が架けわたされ、何か布きれを干してあるのが見えた。
「くっそぉ……この土地に来てから何かというと女の子にぶつかるし、荒っぽそうな集団に追っかけられる。どうなってんだ」
頭を抱える。そもそもが、なぜ追いかけられているのかがわからない。となると、例えば今のように周囲が静まり返っていたところで、危険が遠ざかったかどうかすらわからない。
「何なのかしらね。あの『試金石』パラゴーンの取り巻きとか、彼に賭けてた人とかに恨まれたのかしら?」
考えないでもなかった。だが、どうも違う気がする。
「パラゴーンは、観客に嫌われてるみたいだった。賭けに勝ちたければ強いやつに乗り換えればいい……それに、あいつは子分や取り巻きをたくさん持ちたがるようなタイプには見えなかったな」
この世界でも明らかに異質な出自と思える肌の色と、あの巨体。言葉もひどい訛りがあって聞き取りにくかった。
どちらかといえばパラゴーンのような男は、自分の強さだけをたのみに孤立した生き方をしそうだ。
「じゃあ、一体……」
手がかりなしだ。空の色から判断すると、もう午後もかなり遅い時間。喉の渇きと空腹をこらえながら歩く俺たちの前に、ぽっかりと小さな広場が姿を現した。
市壁の内側すぐに接するその場所には、小さな古い井戸と、ベッドらしき絵をあしらった看板の建物――旅館があった。
その旅館は昨夜泊まったところよりもさらに小さく、寂れていた。物憂げな表情の老婆がカウンターに腰かけて、何か小さな冊子を唾で湿した指でめくりながら読んでいる。入り口の土間には目の縁を赤くただれさせた陰気な男が立ち、ぼんやりと掃き掃除を続けていた。
老婆が顔を上げて俺たちを一瞥し、鼻を鳴らした。
「若いものときたら、こんな日の高いうちから。せめて暗くなるまで待てないもんかね。それにまだほんの子供じゃないか」
どうも大変な疑いをかけられたものだ。だが老婆は目を半眼に細めると、それでも事務的な口調で説明を始めた。
「一晩2ディアス。シーツは一部屋一枚だからあまり汚さないどくれ。湯は別に桶一杯で1マルドン。衛兵を呼ばなきゃならないようなことは勘弁しとくれ」
パキラが途方に暮れた顔で俺を見上げた。
(ねえ、まさか泊まるの、ここに?)
彼女の問いは一旦おいて、老婆に確認――
「食事はできるかい?」
老婆はそろばんに似た道具をいじりまわしながら答えた。
「食事は日替わりだよ。二人で一食3マルドン、飲み物は1マルドンだ。すぐ持って行くかね?」
「頼む。腹がへった」
ぴったり3ディアスを手渡すと、老婆は手のひらサイズの大きな鍵を俺の手のひらに置いた。
「部屋は上の階にある。一番奥の赤いドアの奥ね。朝は闘技場の開場時刻には部屋を出ておくれ」
パキラは何やら泣き出しそうな顔になっている。俺はため息をつきながら肩を落とした。
(妙な心配をするなよ、泊まるだけだ。外の路地で寝たらネズミか何かにかじられかねない)
俺たちが階段を上がるとき、掃除をしていた男がちょうどドアを開けてその外へ出ていくのを見た。
部屋に落ち着いてしばらくすると、老婆の娘か何かだろうか、年齢のよくわからない痩せた女が蒸篭(せいろ)を四つと蓋のついた金属製の鉢、それにティーポットらしきものを立て続けに運んで来た。
蒸篭の一つは最初の日に廃墟でバッグの中から見つけたのと同じ、蒸した団子――こいつには『ムティ』とか言う名前があるらしい。もう一つは野菜と香草を詰めて蒸し焼きにした鶏を切り分け、米の飯に乗せてタレをかけたものだ。鉢の中身は香辛料を多用した、カレーに似たスープだった。
俺たちはむさぼるようにそれらを口に運んだ。アースラのところでふるまわれたような豪勢なものではなかったが、どれも過不足ない味付けで申し分ない。
疲れた体に満腹感が与えられて、生み出されるものは眠気だった。朝の試合での失血によるダメージもある。
想像したよりもはるかに清潔なシーツは輝くように魅力的で、俺はばったりと仰向けにベッドに倒れ込んだ。
* * * * * * *
「姫様。出立の準備、整いました」
騎士ガラヴェインが進み出て拱手の礼をとった。すでに夕刻、部屋には灯りが点され窓の外は暗い赤に染まっている。
「ガイス・ラフマーン殿は後ほど、避暑に向かう市民の護衛を兼ねてカナンへ参ります。そのように手はずいたしました」
「うむ……ご苦労。しかしどうも心残りじゃ」
アースラは椅子の肘かけを手でつかみ、首を右肩に乗せるように傾けてため息をついた。
「護令械勧請の儀については、致し方ありますまい。これから勧請を行うとして、どんなに急いでも新規配備までに三ヶ月はかかります」
「ああ、いや、そっちではない。あのヴォルターとかいう騎士のことよ。手元に置きたいものじゃが、西方での調査のことがある。本来ならば時間が許さん」
ガラヴェインは無言でうなずいた。
「あの男のものだと思われる渉猟械じゃが……お主、どう見た?」
「一目で分かります。風変わりな械体だ。現在わが国で運用されている、いかなる遊猟械とも異なる」
「その通り。妾のこの頭には――」
アースラは金髪に覆われた自分の頭を指でつついた。
「有史以来このクィル=ヤスで勧請された、既知のあらゆる護令械について、その名と姿、能力が収まっておる。しかし、駐械場にあった物は……」
椅子を離れ、すっくと立ち上がる。
「該当なしじゃ。あれは渉猟械などではない。素人目はともかく、妾は欺けぬ……と言うて、闘将械でもない。械匠見習の娘は『古いものだ』と言っておったが、してみるとブルゼンの『モルドヴォス』以上によく保存された古護令械である可能性もある」
「では……」
「うむ、決めた。今少しの間このブルゼンにとどまろう――皆にも伝えよ」
「ははっ!」
ガラヴェインは一礼すると、アースラの居室を後にした。
(渉猟械『マーガンディ』を擱座させてしまったのは手痛い失策だったが、結果的には得策だったかもしれぬ)
ガラヴェインはここ半月ほどの作戦行動を思いかえしていた。密命を受けて王都カナンを出発し、渉猟械二械と闘将械を駆って南へ。街道を通れば大回りになるため強行軍で山中を突破し、四日前にブルゼンへたどり着いた。
その途上、不案内な山道で脚部を破損し、ガラヴェインの愛械『マーガンディ』はその場に少数の兵と械匠を残してとどめ置かれた。以来乗械なしの歯がゆい立場だったが、もしもモルドヴォスに加えてもう一械を手中にできれば、王国への貢献はそれを補って余りある。
(アースラ様には、軍神の寵愛を受けておられるようだ……あのお方が健在ならば、妖魔王の侵攻を食い止めることも叶おう)
畏怖の念を反芻しつつ、同僚の騎士と兵士たちがいる宿舎へ向かう。庭園に面した屋根付き歩廊を進むガラヴェインの耳に、市街地の喧騒が遠く響いてきた。
どこかで聞いたようなセリフが飛び交う。走り回る男たちの足音が路地にこだまし、パキラがぎゅっとまぶたを閉じた。
――こっちへ来てくれ、ぬかるみに足跡が。
――いや待て、向こうで何か音がしたぞ!
人数にものをいわせて手当たり次第に捜索しているらしかった。何があったのかわからないが、老婆の悲鳴までが聞こえてくる。耳を手でふさぎたくなったが、あいにくと俺の両手は既にふさがっていた。
(こっちへ来るわ…)
(声を立てるな。ここなら気づかない)
路地裏。廃屋の壁に囲まれた狭い空間を手足を突っ張って昇り、俺たちは床が抜けたバルコニーの根元に残った、わずか10cm幅くらいの狭い足場に身を寄せ合って、つま先立ちで潜んでいた。
数人分の足音がどたどたと通り過ぎていく。
腕を上に伸ばして、パキラはやっとのことで壁土から突き出た梁材の端を掴んでいた。短いジレの裾から、彼女の肉付きのうすい胸に浮き出た肋骨がのぞいている。俺の腕の一本はパキラの腰に回され、そのささやかな体重を支えてこの無謀な潜伏を何とか保たせていた。
(もうだめ……足首と手がもたない)
(あと少しの辛抱だ。耐えろ)
剥がれた壁土の小さなかけらが階下の地面に落ちる。その乾いた響きが消えるまでの、わずか一秒に満たない時間がほとんど永遠のように思われた。
耳を澄ます。だみ声で怒鳴り合う男たちの声が次第に小さくなっていくのがわかった。そろそろ大丈夫そうだ。
俺は先にバルコニーから降り、パキラを下から支えて着地させた。二人ともじっとりと汗をかいて、息を切らしている。ひどく無理な姿勢を30分近く維持したはずだった。
ブルゼンの裏路地はひどく複雑で、土地勘のない俺たちには既に自分たちが今どこにいるのかもわからなかった。
あの覆面の女マリオンは「旅館に帰るな」「カイルダインにも近づくな」といったが、そもそもこれでは旅館も駐械場も、どっちへ行けばいいのかわかりはしない。
「どこかで休もう。このまま路地をうろついてたらまた、連中に見つかる」
「そうね……参ったわ、私、あなたに迷惑かけてばっかり」
「今はそんなこと言ってる場合じゃない」
ふらつくパキラを半分引きずるようにして、入り組んだ壁に囲まれたさらに奥へと入り込む。そのあたりの建物は集合住宅か何からしかった。
視線を上に向けると、緑がかった空を背景に窓から窓へ紐が架けわたされ、何か布きれを干してあるのが見えた。
「くっそぉ……この土地に来てから何かというと女の子にぶつかるし、荒っぽそうな集団に追っかけられる。どうなってんだ」
頭を抱える。そもそもが、なぜ追いかけられているのかがわからない。となると、例えば今のように周囲が静まり返っていたところで、危険が遠ざかったかどうかすらわからない。
「何なのかしらね。あの『試金石』パラゴーンの取り巻きとか、彼に賭けてた人とかに恨まれたのかしら?」
考えないでもなかった。だが、どうも違う気がする。
「パラゴーンは、観客に嫌われてるみたいだった。賭けに勝ちたければ強いやつに乗り換えればいい……それに、あいつは子分や取り巻きをたくさん持ちたがるようなタイプには見えなかったな」
この世界でも明らかに異質な出自と思える肌の色と、あの巨体。言葉もひどい訛りがあって聞き取りにくかった。
どちらかといえばパラゴーンのような男は、自分の強さだけをたのみに孤立した生き方をしそうだ。
「じゃあ、一体……」
手がかりなしだ。空の色から判断すると、もう午後もかなり遅い時間。喉の渇きと空腹をこらえながら歩く俺たちの前に、ぽっかりと小さな広場が姿を現した。
市壁の内側すぐに接するその場所には、小さな古い井戸と、ベッドらしき絵をあしらった看板の建物――旅館があった。
その旅館は昨夜泊まったところよりもさらに小さく、寂れていた。物憂げな表情の老婆がカウンターに腰かけて、何か小さな冊子を唾で湿した指でめくりながら読んでいる。入り口の土間には目の縁を赤くただれさせた陰気な男が立ち、ぼんやりと掃き掃除を続けていた。
老婆が顔を上げて俺たちを一瞥し、鼻を鳴らした。
「若いものときたら、こんな日の高いうちから。せめて暗くなるまで待てないもんかね。それにまだほんの子供じゃないか」
どうも大変な疑いをかけられたものだ。だが老婆は目を半眼に細めると、それでも事務的な口調で説明を始めた。
「一晩2ディアス。シーツは一部屋一枚だからあまり汚さないどくれ。湯は別に桶一杯で1マルドン。衛兵を呼ばなきゃならないようなことは勘弁しとくれ」
パキラが途方に暮れた顔で俺を見上げた。
(ねえ、まさか泊まるの、ここに?)
彼女の問いは一旦おいて、老婆に確認――
「食事はできるかい?」
老婆はそろばんに似た道具をいじりまわしながら答えた。
「食事は日替わりだよ。二人で一食3マルドン、飲み物は1マルドンだ。すぐ持って行くかね?」
「頼む。腹がへった」
ぴったり3ディアスを手渡すと、老婆は手のひらサイズの大きな鍵を俺の手のひらに置いた。
「部屋は上の階にある。一番奥の赤いドアの奥ね。朝は闘技場の開場時刻には部屋を出ておくれ」
パキラは何やら泣き出しそうな顔になっている。俺はため息をつきながら肩を落とした。
(妙な心配をするなよ、泊まるだけだ。外の路地で寝たらネズミか何かにかじられかねない)
俺たちが階段を上がるとき、掃除をしていた男がちょうどドアを開けてその外へ出ていくのを見た。
部屋に落ち着いてしばらくすると、老婆の娘か何かだろうか、年齢のよくわからない痩せた女が蒸篭(せいろ)を四つと蓋のついた金属製の鉢、それにティーポットらしきものを立て続けに運んで来た。
蒸篭の一つは最初の日に廃墟でバッグの中から見つけたのと同じ、蒸した団子――こいつには『ムティ』とか言う名前があるらしい。もう一つは野菜と香草を詰めて蒸し焼きにした鶏を切り分け、米の飯に乗せてタレをかけたものだ。鉢の中身は香辛料を多用した、カレーに似たスープだった。
俺たちはむさぼるようにそれらを口に運んだ。アースラのところでふるまわれたような豪勢なものではなかったが、どれも過不足ない味付けで申し分ない。
疲れた体に満腹感が与えられて、生み出されるものは眠気だった。朝の試合での失血によるダメージもある。
想像したよりもはるかに清潔なシーツは輝くように魅力的で、俺はばったりと仰向けにベッドに倒れ込んだ。
* * * * * * *
「姫様。出立の準備、整いました」
騎士ガラヴェインが進み出て拱手の礼をとった。すでに夕刻、部屋には灯りが点され窓の外は暗い赤に染まっている。
「ガイス・ラフマーン殿は後ほど、避暑に向かう市民の護衛を兼ねてカナンへ参ります。そのように手はずいたしました」
「うむ……ご苦労。しかしどうも心残りじゃ」
アースラは椅子の肘かけを手でつかみ、首を右肩に乗せるように傾けてため息をついた。
「護令械勧請の儀については、致し方ありますまい。これから勧請を行うとして、どんなに急いでも新規配備までに三ヶ月はかかります」
「ああ、いや、そっちではない。あのヴォルターとかいう騎士のことよ。手元に置きたいものじゃが、西方での調査のことがある。本来ならば時間が許さん」
ガラヴェインは無言でうなずいた。
「あの男のものだと思われる渉猟械じゃが……お主、どう見た?」
「一目で分かります。風変わりな械体だ。現在わが国で運用されている、いかなる遊猟械とも異なる」
「その通り。妾のこの頭には――」
アースラは金髪に覆われた自分の頭を指でつついた。
「有史以来このクィル=ヤスで勧請された、既知のあらゆる護令械について、その名と姿、能力が収まっておる。しかし、駐械場にあった物は……」
椅子を離れ、すっくと立ち上がる。
「該当なしじゃ。あれは渉猟械などではない。素人目はともかく、妾は欺けぬ……と言うて、闘将械でもない。械匠見習の娘は『古いものだ』と言っておったが、してみるとブルゼンの『モルドヴォス』以上によく保存された古護令械である可能性もある」
「では……」
「うむ、決めた。今少しの間このブルゼンにとどまろう――皆にも伝えよ」
「ははっ!」
ガラヴェインは一礼すると、アースラの居室を後にした。
(渉猟械『マーガンディ』を擱座させてしまったのは手痛い失策だったが、結果的には得策だったかもしれぬ)
ガラヴェインはここ半月ほどの作戦行動を思いかえしていた。密命を受けて王都カナンを出発し、渉猟械二械と闘将械を駆って南へ。街道を通れば大回りになるため強行軍で山中を突破し、四日前にブルゼンへたどり着いた。
その途上、不案内な山道で脚部を破損し、ガラヴェインの愛械『マーガンディ』はその場に少数の兵と械匠を残してとどめ置かれた。以来乗械なしの歯がゆい立場だったが、もしもモルドヴォスに加えてもう一械を手中にできれば、王国への貢献はそれを補って余りある。
(アースラ様には、軍神の寵愛を受けておられるようだ……あのお方が健在ならば、妖魔王の侵攻を食い止めることも叶おう)
畏怖の念を反芻しつつ、同僚の騎士と兵士たちがいる宿舎へ向かう。庭園に面した屋根付き歩廊を進むガラヴェインの耳に、市街地の喧騒が遠く響いてきた。
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