神滅の翼カイルダイン

冴吹稔

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ACT1:闘技場都市の支配者

初戦

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 時間が来た。軽いウォーミングアップを我流でこなした後、入場門の間近まで歩いていく。

 アーチ状になっている通路の出口、外光が差し込んで明るいその方向からは、ひそやかなざわめきと女の笑い声が聞こえてきた。
 観客席はちょうど開放されたところらしかった。朝から少数の物好きな金持ちたちが、思い思いの席を占めて待ち時間をつぶしているのだ。

――おはようございます。間もなく季節は焦熱期の夏、『大夏』。暑さを避けていち早く旅立たれる方も多い中、本日も闘技場にお運びいただきまして、感謝の念に堪えません。

 よくわからない原理で増幅された音声が、開場を告げる。

――闘技場が閉鎖されるまであと一カ月余り、短い間ではありますが存分にお楽しみください。さて、本日の第一試合は『鉄の荊冠』への新たなる挑戦者の登場です……東の入場門、『修道僧』コンラッド!
 
 俺のリングネームが呼ばれた。眩しさで視力を奪われないよう注意しつつ、門をくぐる。パキラは既に俺と別行動をとり、関係者用の目立たない観覧席に移動しているはずだ。

――迎え撃つは、すでに皆様おなじみ――西の入場門、年間三百勝の男、『試金石』パラゴーン! 今日も新参者の挑戦を打ち砕くのか!?

 アナウンスが対戦相手を紹介した。対面の入場門に現れたのは、およそ2mの長身に煮革鎧を装備した、石炭のような肌色の男だった。棘の生えた鉄箍たがをはめた、短い棍棒を両手に構えている。

 彼が登場した瞬間、観客席の所々から不満そうなブーイングが上がった。

(人気がないらしいな。そりゃまあ、当然か)

 多分この男は、登録したての出場者をつぶすのが専門なのだろう。

 彼の腕は身長を考えてもいささかバランスを欠いたレベルで長い。そのリーチで振り回される棍棒は生身の体に当たれば必殺。
 債務や軽犯罪などで送り込まれた、戦闘経験など皆無の貧民であれば、おおかた棍棒を避けて逃げ回る間に致命傷を受けるに違いない。

 懐に飛び込めば恐らくチャンスがある。
 ああいう武器は振り回しているときの先端部分以外は、中途半端な攻撃力しか持たないからだ。だがそれに気づけるのはある程度ケンカ慣れした人間だけ。飛び込んでチャンスを拾えるのはさらに少数。

 そして彼の年間勝利数の多さを考えると、恐らく超接近戦においてもなにか隠し持った切り札があると考えるのがよさそうだ。
 
(こいつ、今までに何人、素人同然の連中をつぶしてきたんだろうか)

 そう考えた瞬間、心の中で――あるいは腹の底で、何かがぶるりと身震いをしたようだった。パキラに出会い、流賊たちに取り巻かれたときに味わったあの感覚だ。

 俺の中にある修道僧ヴォルターの残存部分が、義憤とか正義感とかそういうウェットな感情に基づいて俺を突き動かそうとしている。

(またか……つくづく因果な奴なんだな、お前さん。いや、もう『俺』か)

 深く一呼吸。体のどこからか、普段の生活で使うものとは別種のエネルギーが吹き出してくるような感じだった。

 パラゴーンはアリーナの中央に進み出ると俺を指差し、ひどく訛りのある言葉で傲然と言い放った。

「貴様ノヨウナ小僧ヲ殴リ殺スノハ、飽キ飽キダ。ハイツクバッテ、許シヲ請エ。生キテ出テイク方ガイイダロウ?」

 またブーイングが上がる。なるほど。あまりに貧弱に見える相手にはこうやって不戦敗を促すわけだ。意外な寛容さにちょっとおかしくなったが、これはまた別の意味で嫌われる。観客の嗜虐心サディズムがこれでは満足しない。

「ソノカワリ、不戦敗ニハ50でぃあすハ無しダ。俺ガトル事ニナッテイル」

「……なるほど、悪辣だな。生還の希望を餌に50ディアスをあきらめさせるか、それでも挑戦してくる追い詰められたものには、容赦くなくその棍棒をふるうというわけか」

 ヴォルターのスイッチが入ってしまった。意識の主体、主導権はあくまで井手川准にあるが、この状態はつまり、一種の変身だ。

 人差し指を伸ばしてパラゴーンへ向ける。

「ならば、これまでにお前が殺した新参者たちの代わりに俺が終わらせてやろう――お前の、ちっぽけな伝説を」

 うわ、なんだこのセリフ。想像するに修道僧ヴォルターというのは、とんでもない性格破綻者だったんじゃないだろうか。だがもう後には引けない。

――おおっと、挑戦者コンラッド、大胆にもパラゴーンに対して抹殺宣言か?! これは意外な展開で始まったァ!

 闘技場のアナウンスが無責任に煽ってくれる中、俺とパラゴーンは同時に動いて彼我の間合いを詰めた。


 基本的に――

 素人の俺が格闘において思いつく類のことは、この体はほぼ例外なくこなせる。できないのはせいぜい手からビームはどーけん的なものを出すことと、空を飛ぶことくらいだ。

(あとは……何ができる?)

 この世界で目覚めてすぐに体験した戦闘と、カイルダインに接触する前の、渉猟械ストラトヴァンダーとの攻防を思い出す。
 察するに、俺の体には馬鹿げたレベルのバランス能力と瞬発力が備わっているのだ。10日前まで肥満気味の体を抱えて、近所のコンビニへ行くにも息を切らせていたはずなのに。

(まずは、やつの足を殺すべきだ)

 そんな考えが浮かぶ。移動と踏み込みができなくなれば、あの棍棒の威力も大きく減少するだろう。

 身を低くかがめて走り、パラゴーンの膝をうかがう。足を止めて側面からの突き蹴りを放とうとしたとき、棍棒が上から降ってきた。

「うぉ!」

 鉄棘が肩当てに引っかかり、上体が引っ張られて軸がぶれる。危ないところでダメージは避けられたが、俺はバランスを崩して砂の上に転がった。視界に差し込む陽射しが一瞬陰る。体を横転させて逃れたところを、さらに追いうちが見舞われた。かわす。

「俺ノ伝説ガ終ワル? 違ウナ、コレカラ始マルノダ!」

 パラゴーンが吼えた。それはどこか、客の目を意識した演出と感じられた。命を奪い合う戦いを常としていてもつまりは興行、これはエンターテインメントなのだ。それが俺に立て直しの貴重な時間を与えた。
 
――コンラッド、立ちましたッ! 間断ない有棘棍棒の嵐から抜け出し、勝機をうかがう!

「コレカラ休業マデ、アト100人ハ殺シテヤル!」

 実況が行われている――つまり、俺たちの戦いはまだ、人目に何が起きているか判断できる。そういうことだ。アースラたちの見せた試合のすさまじさが実感された。あの試合にはほとんど解説やあおりの入る余地がなかった。

(高みは遠い、ってか――)

 やれることをやるしかない。俺はもう一度パラゴーンの足元へ駆け寄った。ただし、膝は見ない。相手の全身に漠然と目を配り、動作の発生を待ち受ける。
 わざと浅い間合いに左足を踏み込み、それを軸にとどかない蹴りをパラゴーンの左膝へ叩き込むと見せた。

「間合イガ浅イワ!」

 迎撃の棍棒が左から俺を襲う。これを待っていた!

「知ってるさ!」

 蹴りを空振りして戻った足を軸に踏みかえ、小さくジャンプ。空中で体を回転させ足を上に振り上げる。
 パラゴーンの振り切った左腕に、ちょうど俺の足が交差した。左足を上腕部、腕を前腕部に絡める。
 肘の外側から右膝を押し当て、渾身の力を込めて左足と両腕を自分の体に引き付けた。

 メギッ。

 形容しがたい音が響く。パラゴーンの左手から棍棒が滑り落ち、俺は急いで手を放して彼の体から飛び降りた。コンマ2秒ほど遅れて右の棍棒が空中を薙ぐ。俺のふくらはぎに鉄棘の一つがかすって大きな裂傷を作った。

「くっ!」

 一瞬遅れて血液が噴きだし、激痛が脳を苛んだ。だが、俺はまだ動ける。

――ああっと、コンラッド、足から出血です! だ、だがパラゴーンの様子もおかしいぞ!?

「グワァアアアアアアアッ!!」

 我に返ったパラゴーンの獣じみた悲鳴が上がる。その左腕はあるべきでない方向へと曲がり、肘から先が力なくぶら下がっていた。

貴様ギザマッ! 俺ノ腕ヲオオオッ!!」

 まだパラゴーンは戦意を失っていない。

「腕一本奪ッタトコロデ、俺ヲトメラレルモノカ! 叩キ潰シテヤル!!」

「そうかい」

 言うなり、俺はパラゴーンを中心に、右回りに走った。俺から見れば左手の方向へ。つまり彼がテニスでいうフォアハンドで棍棒を振ろうとすれば、彼はどんどん後ろ向きに体を回さなければならない、そういう位置関係だ。

(それにしてもこの体、どこまでも走れるな!)

 砂の上には点々と俺の血が滴り、アリーナに黒い破線が円を描いた。ふくらはぎからの出血は止まっていない。早く決着をつけなければ、たとえパラゴーンを殺したところで俺が失血死しかねない。

――挑戦者コンラッド、予想に反して優勢な試合運びを見せています、だが足からの出血がひどいッ。そして、この点々と描かれる血の螺旋はいったい! 何かの策か、それとも恐るべき秘術を隠しているのかーッ!?

(何もねえよ!)

 アナウンスの滾りっぷりに舌打ちし、俺は苦笑いした。こんなのはブザマもいいところだ。だが、そろそろ俺の動きは功を奏したはずだ。

 ここまでの攻防で、パラゴーンの目と脳は俺の円運動に追従しようとして、『慣れ』を生じた状態になっているはずだ。
 そこに縦の動きをくわえたら、その瞬間は対応できないのではないか。そういう計算だった。

 円の動きを彼の体の後ろで直線に変え、一気に左側に走り抜ける。ぶらりと下がった左腕の斜め後ろで体をひねり、パラゴーンではなく自分の体の後ろに中心をおいた、逆ループの動きで鋭角に曲がる。これは昨日、傭兵隊長ガイスが見せていた動きのほんの一部を不細工に真似たものだ。ぶっつけ本番だったが何とか再現できている。

 パラゴーンのがら空きになった膝が見えた。これを踏み砕きながらジャンプし、顔面に蹴りを見舞おうというもくろみだ。踏み切って振り上げた足をその右ひざの上に落とそうとしたとき、そこに装備された革製のひざ当てが俺の目を射た。

 その瞬間。

 何か背筋にぞくりとするものを感じて、俺は膝への攻撃を思いとどまった。空中で足を踏みかえ、ややずれた腿の中ほどに飛び乗る。こちらの足が曲がった状態で、ダメージは与えられていないが、俺はそのまま身を捻って空中蹴りを放った。

 軸足が相手の体に近づいた分、こちらの打点もずれる。遠心力を活かした脛での蹴りになるはずだったその一撃は、ちょうどパラゴーンの顔面に突き刺さる膝蹴りに変化していた。
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