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ACT1:闘技場都市の支配者
鏡の中の顔
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食事のあと、俺たちはアースラからの紹介でブルゼン市内の比較的安価、かつサービスの良い旅館に宿をとった。
小さいながら輜重械用の駐械場もあり、管理が行き届いていて申し分ない。
泉水のある中庭に面した窓際で、運ばれてきた冷茶を味わう。
さすがにもう、外は薄暗い。半透明な石を彫って作られたシェードの中で、『石蝋』と呼ばれている鉱物性の油脂を固めたものが燃え、窓辺をぼんやりと照らし出していた。
「何だかいろいろあった一日だったわね」
籐細工の椅子の上でパキラが足を組み替えた。
「目まぐるしかったな……あのお姫さんはなかなか面白い人だったが」
とにかく、これからのことを考えなければならなかった。なんだかんだで予定よりも収入は少なく、試合を観戦した分懐は軽いのだ。
「流賊からの分捕り品を売れれば早いんだが、故買屋を見つけるにはやはり時間がかかるだろう。おおっぴらには営業してないだろうし」
「そうね。私はこの町には知り合いもいないし……械匠ギルドでは教えてくれないでしょうね、きっと」
械匠ギルドはどちらかといえば騎士をはじめ、社会の上位階層とのかかわりが強そうだった。故買屋を探すなら、恐らく別のルートだ。
「案外闘技場に集まる連中からたどれそうだけどな。木札売ってたあたりのとか」
「ああ、気さくな感じだけど、ガラは悪かったわねえ」
パキラをあまり後ろ暗い連中とつきあわせるのも、気が進まなかった。ここまでの道中見聞きしてみたことを考えるに、アースラのような特殊なケースはともかく、ここはやはり女性には安全とはいいがたい世界なのだ。
「明日、闘技場に登録して参戦してみよう」
驚いたことに俺はごく自然にそう決めていた。
「本当に? あの試合観た後でよくそんな気になるわね」
「それなんだが……なあ、パキラ。君には姫さんと隊長の攻防は見えてたか?」
彼女はゆっくりと首を横に振った。
「正直なところ、さっぱりだったわ。あなたとあの覆面の人との話を聞いてて、やっと何が起きてるかわかったくらいよ」
「やはり、そうか。だが、俺にはあの二人の動きがちゃんと見えた……これは肯定的に考えていいと思うんだ」
「うーん……ヴォルターがそういうんなら無理には止めないけど……でも、『騎士』で出るの? アースラがやったようなのが騎士の戦い方なら、あなたにできるとは思えない」
パキラの言う通りだ。俺には恐らく神からの加護はないし、法術も使えるとは思えない。だが――
「別に騎士で出なきゃいけないということはない。変装を解いて修道僧として登録しよう、昔使った偽名がある」
「『昔使った』、っていうと何か思い出したの?」
「ちょっとだけ、な」
パキラにはそう言いつくろっておこう。
日本にいたときにプレイしていたオンラインゲーム、MMORPG『ルーン・ダイアスパー』。その中で俺が使っていたキャラクターは『格闘家』だった。
奇妙といえば奇妙な符合だ。単発の攻撃力は大きくないが、手数とスピード、自己の能力を向上させるいくつかのスキルと、高レベルで解放される必殺技が魅力だった。
無論、ゲームと同じように戦えるはずはない。ここは殴れば手が痛み、斬られれば血が出る現実だ。
だがあのイメージををこの体で再現しようと試みることは、この体の本来の持ち主である修道僧ヴォルターの記憶と能力を引き出す、きっかけくらいにはなってくれるのではないか。
いや、それともそれはあまりに楽観的だろうか――その判断もまともにつかない、このふわふわした自己意識そのものを、俺は何とかしたかった。
* * * * * * *
翌朝、俺は暗いうちから起きだして輜重械フェルディナンドのキャビンに上がった。
騎士の平服を模したコーディネートの扮装を解き、修道僧の革帯装束を身に着ける。その上から白い日よけ布をすっぽりかぶった。
縄梯子を降りると、そこにパキラが待っていた。
「ついてくる気か。戻るまで待っててもいいんだぞ」
細い体で炎熱酷暑の中を九日間耐えて旅し、昨日ようやくまともに食事と睡眠をとって体を洗ったのだ。パキラは今日一日くらいゆっくり休んでもいい。俺はそう思っていた。
「あなたがためらいもなく路銀のために体を張ろうとしているのに、旅館で寝てるなんてできないわよ。見届けるわ」
パキラは唇を固く引き結んで俺を見つめた。
「ためらいくらいはある。実際、さんざん考えたんだ」
「私が械匠の認可状さえ取れてれば――」
それが彼女を駆り立てて休ませない、口惜しさと後悔らしかった。
「あなたは、私の……命の恩人だっていうのに」
「そういわれても、なあ」
恩を着せるような意識はなかった。それに正確には『命の』ではない。強いて言えば尊厳と自由の、だったはずだ。だがどうやら、それを正確に言い表す言葉はこの世界には――少なくとも彼女の語彙にはないらしい。
「まあ、そんなに思いつめるなよ。俺の試合に少し賭けて、祈っててくれ」
「うん……」
闘技場までのいくばくかの道中、彼女は俺の手をずっとつかんだままだった。
「出場登録をしたい」
入場門の前で掃除をしていた男にそう告げる。掃除係はやや驚いた様子でうなずくと門の中に消えた。しばらくすると、少し良い身なりをした、頭をそり上げ眼帯を付けた中年の戦士がそこへやってきた。
「登録したいというのはお前か……そっちの娘っ子は何だ?」
「付き添いさ。まあ、妹みたいなもんだ」
「ふうん……まあ、よかろう。二人とも俺について来い」
眼帯の男はきびすを返して、来た方向へと歩き出す。俺たちもそのあとを追った。
おそらくは観客席の下に位置する、暗く湿り気を帯びた石組みの回廊。鉄製の籠に入れて天井から吊り下げられた灯火が揺れる。
煙がうっすらと空中に滞留し、むっとするような息苦しさだが、どういう仕組みなのか換気はしっかりと行われているらしかった。床に落ちた俺たちの長い影が灯火の動きにつれてゆらゆらと動いた。
やがて鉄鋲が威嚇的に打ちこまれた分厚いドアの前で、眼帯の男は足を止めた。
「ここだ。中にいる登録係と話せ」
彼はそのまま、腕組みをしてその場にとどまる様子だ。その重いドアを押し開け、俺は中に入った。
石蝋ランプの光に照らされた部屋には、机に向かって書き物をしている痩せた男がいた。
「新参者か。わしは書記のデモスだ。名前と外界での職分、それに得意な武器と、もしあれば武術の流派を申告するがいい――ああ、その格好はどうやら」
話の途中で納得したような表情を見せる書記に、俺は内心で舌を出した。メレグの修道僧というのは、ともかくも外見に関しては画一的な集団らしい。
「名はコンラッド。家名はない。得意は素手だ……流派は多分、心合拳で間違ってないと思うが――」
言いよどんだ俺を、パキラが見た。次の瞬間、小さくうなずくと目の前の男に向かって口を開いた。
「荒野で倒れているところを拾ったのよ。部分的に記憶がないの」
書記デモスが面白そうに顔を上げて俺を見た。
「ほう……なるほど。観客の興味を引き付ける筋書がつけられそうだな。いいぞ、まずは一戦して勝ってこい。悪役ではなく『少年勇者』あたりの線で売り出してやろう」
俺は噴きだしそうになった。まるでプロレス興行のギミックだ。この世界、案外文化水準が高いらしい。
「ところで、その額の刻印は何だ? メレグの修道僧がそんなものを体に刻むという話は聞いたことがないが」
彼が俺を指差して目をすがめた。虚を突かれて一瞬動揺する。そっと額に手をやったが、指先には特に何も感触の変わるところはない。
(そういえば、まだ鏡を見たことがなかった……)
額の刻印、といえば思い出すことはひとつ。カイルダインがあの細い光で焼き付けた、『最終同期処置』とかいうあれだ。
「……そういえば彼女に拾われてから、鏡を見たことがなかった。ここにあるか?」
「ふむ、調子の狂うやつめ。これを貸してやろう」
デモスが机の引き出しから手のひらサイズの円いものを取り出した。磨いた金属を使った鏡だ。のぞき込むと、そこには全く見知らぬ顔があった。
(これが『俺』か……!)
パキラと同様の、小麦色に日焼けした皮膚。目鼻立ちはセム・ハム系を思わせる、かなり端正な部類の顔だ。細く通った鼻筋に切れ長でくっきりした二重まぶた。とび色の瞳。
そして、5㎝ほどの長さに伸びた髪をはじめ、体毛は暗いブロンド。顎の先端部だけに濃いひげが密生していた。
問題の『刻印』は直径2㎝ほどの円にエジプト十字に二本の角をつけたようなマークと、一筆書きに変形された六芒星を組み合わせたような物だった。そこだけ色素が抜き取られたように、白い線で描かれている。
「何なのか、さっぱりわからない。だが、俺の記憶がないことと関係あるかもしれないな」
「……薄気味悪い代物だな。そいつはなにか悪いものに違いないぞ。まあいい、二時間後にさっそく試合だ。さっきの男について行って控室に入っておくのだ。食事はやめておけ」
「分かった。賭けはどうなる?」
「初回から賭けの対象になるわけがなかろう。だが領主ロランド様のお計らいで、新参者には銀50ディアスが用意される。勝ったら今後この闘技場に出て稼ぐための最低限の支度金として。負けた場合は葬式代、あるいは治療費として支払われる――二度と登録はできなくなるがな」
俺は喉の奥にすっぱいものがこみ上げるのを感じた。日本円にしてざっと13万円足らず。それが敗者の値段か。
「親切なのか無慈悲なのか、評価に迷う制度だな、それは」
「まあ、下らん罪を犯して賠償のためにここへ放り込まれ、一戦で終わらせられる者も少なくない。無論、みな必死であがく。せいぜい気を付けることだ」
皮肉な笑みを浮かべる書記に別れを告げ、俺たちは再び眼帯の男に連れられて、下級選手のための狭苦しい控室へ向かった。
小さいながら輜重械用の駐械場もあり、管理が行き届いていて申し分ない。
泉水のある中庭に面した窓際で、運ばれてきた冷茶を味わう。
さすがにもう、外は薄暗い。半透明な石を彫って作られたシェードの中で、『石蝋』と呼ばれている鉱物性の油脂を固めたものが燃え、窓辺をぼんやりと照らし出していた。
「何だかいろいろあった一日だったわね」
籐細工の椅子の上でパキラが足を組み替えた。
「目まぐるしかったな……あのお姫さんはなかなか面白い人だったが」
とにかく、これからのことを考えなければならなかった。なんだかんだで予定よりも収入は少なく、試合を観戦した分懐は軽いのだ。
「流賊からの分捕り品を売れれば早いんだが、故買屋を見つけるにはやはり時間がかかるだろう。おおっぴらには営業してないだろうし」
「そうね。私はこの町には知り合いもいないし……械匠ギルドでは教えてくれないでしょうね、きっと」
械匠ギルドはどちらかといえば騎士をはじめ、社会の上位階層とのかかわりが強そうだった。故買屋を探すなら、恐らく別のルートだ。
「案外闘技場に集まる連中からたどれそうだけどな。木札売ってたあたりのとか」
「ああ、気さくな感じだけど、ガラは悪かったわねえ」
パキラをあまり後ろ暗い連中とつきあわせるのも、気が進まなかった。ここまでの道中見聞きしてみたことを考えるに、アースラのような特殊なケースはともかく、ここはやはり女性には安全とはいいがたい世界なのだ。
「明日、闘技場に登録して参戦してみよう」
驚いたことに俺はごく自然にそう決めていた。
「本当に? あの試合観た後でよくそんな気になるわね」
「それなんだが……なあ、パキラ。君には姫さんと隊長の攻防は見えてたか?」
彼女はゆっくりと首を横に振った。
「正直なところ、さっぱりだったわ。あなたとあの覆面の人との話を聞いてて、やっと何が起きてるかわかったくらいよ」
「やはり、そうか。だが、俺にはあの二人の動きがちゃんと見えた……これは肯定的に考えていいと思うんだ」
「うーん……ヴォルターがそういうんなら無理には止めないけど……でも、『騎士』で出るの? アースラがやったようなのが騎士の戦い方なら、あなたにできるとは思えない」
パキラの言う通りだ。俺には恐らく神からの加護はないし、法術も使えるとは思えない。だが――
「別に騎士で出なきゃいけないということはない。変装を解いて修道僧として登録しよう、昔使った偽名がある」
「『昔使った』、っていうと何か思い出したの?」
「ちょっとだけ、な」
パキラにはそう言いつくろっておこう。
日本にいたときにプレイしていたオンラインゲーム、MMORPG『ルーン・ダイアスパー』。その中で俺が使っていたキャラクターは『格闘家』だった。
奇妙といえば奇妙な符合だ。単発の攻撃力は大きくないが、手数とスピード、自己の能力を向上させるいくつかのスキルと、高レベルで解放される必殺技が魅力だった。
無論、ゲームと同じように戦えるはずはない。ここは殴れば手が痛み、斬られれば血が出る現実だ。
だがあのイメージををこの体で再現しようと試みることは、この体の本来の持ち主である修道僧ヴォルターの記憶と能力を引き出す、きっかけくらいにはなってくれるのではないか。
いや、それともそれはあまりに楽観的だろうか――その判断もまともにつかない、このふわふわした自己意識そのものを、俺は何とかしたかった。
* * * * * * *
翌朝、俺は暗いうちから起きだして輜重械フェルディナンドのキャビンに上がった。
騎士の平服を模したコーディネートの扮装を解き、修道僧の革帯装束を身に着ける。その上から白い日よけ布をすっぽりかぶった。
縄梯子を降りると、そこにパキラが待っていた。
「ついてくる気か。戻るまで待っててもいいんだぞ」
細い体で炎熱酷暑の中を九日間耐えて旅し、昨日ようやくまともに食事と睡眠をとって体を洗ったのだ。パキラは今日一日くらいゆっくり休んでもいい。俺はそう思っていた。
「あなたがためらいもなく路銀のために体を張ろうとしているのに、旅館で寝てるなんてできないわよ。見届けるわ」
パキラは唇を固く引き結んで俺を見つめた。
「ためらいくらいはある。実際、さんざん考えたんだ」
「私が械匠の認可状さえ取れてれば――」
それが彼女を駆り立てて休ませない、口惜しさと後悔らしかった。
「あなたは、私の……命の恩人だっていうのに」
「そういわれても、なあ」
恩を着せるような意識はなかった。それに正確には『命の』ではない。強いて言えば尊厳と自由の、だったはずだ。だがどうやら、それを正確に言い表す言葉はこの世界には――少なくとも彼女の語彙にはないらしい。
「まあ、そんなに思いつめるなよ。俺の試合に少し賭けて、祈っててくれ」
「うん……」
闘技場までのいくばくかの道中、彼女は俺の手をずっとつかんだままだった。
「出場登録をしたい」
入場門の前で掃除をしていた男にそう告げる。掃除係はやや驚いた様子でうなずくと門の中に消えた。しばらくすると、少し良い身なりをした、頭をそり上げ眼帯を付けた中年の戦士がそこへやってきた。
「登録したいというのはお前か……そっちの娘っ子は何だ?」
「付き添いさ。まあ、妹みたいなもんだ」
「ふうん……まあ、よかろう。二人とも俺について来い」
眼帯の男はきびすを返して、来た方向へと歩き出す。俺たちもそのあとを追った。
おそらくは観客席の下に位置する、暗く湿り気を帯びた石組みの回廊。鉄製の籠に入れて天井から吊り下げられた灯火が揺れる。
煙がうっすらと空中に滞留し、むっとするような息苦しさだが、どういう仕組みなのか換気はしっかりと行われているらしかった。床に落ちた俺たちの長い影が灯火の動きにつれてゆらゆらと動いた。
やがて鉄鋲が威嚇的に打ちこまれた分厚いドアの前で、眼帯の男は足を止めた。
「ここだ。中にいる登録係と話せ」
彼はそのまま、腕組みをしてその場にとどまる様子だ。その重いドアを押し開け、俺は中に入った。
石蝋ランプの光に照らされた部屋には、机に向かって書き物をしている痩せた男がいた。
「新参者か。わしは書記のデモスだ。名前と外界での職分、それに得意な武器と、もしあれば武術の流派を申告するがいい――ああ、その格好はどうやら」
話の途中で納得したような表情を見せる書記に、俺は内心で舌を出した。メレグの修道僧というのは、ともかくも外見に関しては画一的な集団らしい。
「名はコンラッド。家名はない。得意は素手だ……流派は多分、心合拳で間違ってないと思うが――」
言いよどんだ俺を、パキラが見た。次の瞬間、小さくうなずくと目の前の男に向かって口を開いた。
「荒野で倒れているところを拾ったのよ。部分的に記憶がないの」
書記デモスが面白そうに顔を上げて俺を見た。
「ほう……なるほど。観客の興味を引き付ける筋書がつけられそうだな。いいぞ、まずは一戦して勝ってこい。悪役ではなく『少年勇者』あたりの線で売り出してやろう」
俺は噴きだしそうになった。まるでプロレス興行のギミックだ。この世界、案外文化水準が高いらしい。
「ところで、その額の刻印は何だ? メレグの修道僧がそんなものを体に刻むという話は聞いたことがないが」
彼が俺を指差して目をすがめた。虚を突かれて一瞬動揺する。そっと額に手をやったが、指先には特に何も感触の変わるところはない。
(そういえば、まだ鏡を見たことがなかった……)
額の刻印、といえば思い出すことはひとつ。カイルダインがあの細い光で焼き付けた、『最終同期処置』とかいうあれだ。
「……そういえば彼女に拾われてから、鏡を見たことがなかった。ここにあるか?」
「ふむ、調子の狂うやつめ。これを貸してやろう」
デモスが机の引き出しから手のひらサイズの円いものを取り出した。磨いた金属を使った鏡だ。のぞき込むと、そこには全く見知らぬ顔があった。
(これが『俺』か……!)
パキラと同様の、小麦色に日焼けした皮膚。目鼻立ちはセム・ハム系を思わせる、かなり端正な部類の顔だ。細く通った鼻筋に切れ長でくっきりした二重まぶた。とび色の瞳。
そして、5㎝ほどの長さに伸びた髪をはじめ、体毛は暗いブロンド。顎の先端部だけに濃いひげが密生していた。
問題の『刻印』は直径2㎝ほどの円にエジプト十字に二本の角をつけたようなマークと、一筆書きに変形された六芒星を組み合わせたような物だった。そこだけ色素が抜き取られたように、白い線で描かれている。
「何なのか、さっぱりわからない。だが、俺の記憶がないことと関係あるかもしれないな」
「……薄気味悪い代物だな。そいつはなにか悪いものに違いないぞ。まあいい、二時間後にさっそく試合だ。さっきの男について行って控室に入っておくのだ。食事はやめておけ」
「分かった。賭けはどうなる?」
「初回から賭けの対象になるわけがなかろう。だが領主ロランド様のお計らいで、新参者には銀50ディアスが用意される。勝ったら今後この闘技場に出て稼ぐための最低限の支度金として。負けた場合は葬式代、あるいは治療費として支払われる――二度と登録はできなくなるがな」
俺は喉の奥にすっぱいものがこみ上げるのを感じた。日本円にしてざっと13万円足らず。それが敗者の値段か。
「親切なのか無慈悲なのか、評価に迷う制度だな、それは」
「まあ、下らん罪を犯して賠償のためにここへ放り込まれ、一戦で終わらせられる者も少なくない。無論、みな必死であがく。せいぜい気を付けることだ」
皮肉な笑みを浮かべる書記に別れを告げ、俺たちは再び眼帯の男に連れられて、下級選手のための狭苦しい控室へ向かった。
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