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ACT1:闘技場都市の支配者
入浴
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「くっ……殺せ……!!」
静まり返った闘技場に、ガイスの血の絡まった喉声が響いた。
「莫迦め! お主にはまだこの先に人生が残っておるわ」
うつぶせに倒れたガイスのかたわらに膝をつき、アースラが両手を合わせる。
――スカンダルガの大悲、施薬の霊験を顕したまえ。
静かな詠唱の一声。彼女の両手がガイスの背中にかざされ、薄桃色の光が広がった。それが倒れ伏した男の体にゆっくりと吸い込まれていく。彼は苦しげに起き上がりかけ、そこから再び崩れてごろりと仰向けに横たわった。
「なぜ殺さん……小娘に負けた俺は、もはやここで食ってはいけんのだ。楽にしてくれ」
「自暴自棄になるでない。今は優れた戦士は一人でも無駄にできぬ。体を治して王都に来るのじゃ。さすれば帝国騎士団の指南役に推薦してやろう」
「これは、悪夢か――」
ガイスは絶句して目を閉じた。
南側の貴賓席へと向き直り、騎士姫は高々と右手を突き上げる。
――試合終了! 勝者、アースラ・ゲイルウィン。 両者、素晴らしい戦いを見せてくれましたァッ!
観衆が総立ちになり、嵐のように沸いた。
「ゲイルウィンか……なんとも懐かしい家名だ――いい試合だった。勝負には負けたとはいえ、あの傭兵隊長ガイスとやらもなかなか見事な戦いぶりだったな。さて、私はこれで失礼しよう」
覆面の女がすっと立ち上がった。
「もう見ないのか?」
思わず声をかけ、そう尋ねた。席料半ディアス、日本円にして約1250円。映画観覧料などと比較すれば特に高くもないが、わずか10分にも満たない試合を一つ見て帰るというのはいささかもったいなくはないか。
「ほかにも用事がある。それに配当をさっさと受け取りたい――4倍だからな。ではまた」
「あ……」
気づいて然るべきだった! 闘技場の出場者がローマの剣闘士のような奴隷身分でないのなら、彼らの生活はどうやって成り立つのか――当然、賭けが行われているのだ。
「賭けておけばよかったな。まるで頭になかった」
「私も」
パキラと顔を合わせ、もう一度振り返ると、覆面の女はすでにその場にいなかった。
「何だったのかしら、あの人」
「『ではまた』と、言ったな……」
男のような口ぶり。特にそういった風習もないと思われるこの地にあって、目元以外をさらさないその姿。妙な女だった。
控室を訪問してみると、アースラは負傷した額に膏薬を貼り付け、脱いだ鎧をかたわらに置いてくつろいでいた。里芋の葉っぱのような形の扇子をバタバタと動かして顎の下やシャツの中をあおいでいる。
「なんじゃなんじゃ、賭けを忘れたじゃと!? お主ら、妾が何のために観戦に誘ったと――」
儲かったか、と訊かれ率直に事実を伝えると、畳んだ扇子でべしべしと卓を叩いて罵倒された。
「まったく、何という奴らじゃ……ぶつかって突き飛ばした償いに、儲けさせてやろうと思うたのに」
「……何だか、すみません」
なんで俺は謝っているのだろう。
「すこしわからないところがあったんですが。結局どういう試合だったんですか、あれ。よく考えてみれば、無差別級王者にいきなり挑戦できるってのも変だし……」
パキラが尋ねた。アースラは卓を叩く手を止めてにやりと笑う。
「なかなか良いところに気が付いたのう。そちの言う通り、本来ならこの闘技場でその座をかけて王者に挑戦するには、最下位から始めて勝ち上がるしかない。だがそれではつまらんし、時間もない。妾は、王座を争わぬ余興試合という名目で、あの男の代理人に話を持ち掛けたのよ」
「なんで、そんなにしてまで……」
「あの男はの、あまりに強すぎた。圧倒的に勝ち過ぎたのじゃ。試合を組もうとしてももはや対戦相手がおらぬありさま。だがこうでもせねば自分で闘技場から退くことはなかったであろう……今回の出張は一に戦闘用護令械の新規勧請、二に王国の戦力を補いうる優れた戦士の登用、そして最も重要な三つめは――」
「姫様」
側に控えていたあの美丈夫、ガラヴェインがアースラに目配せしてあからさまに釘を刺した。彼には悪いがこれだけではっきりした――三つめとはなにか極秘のことらしい。
「む――っふん。つまり、どうあってもあの男、傭兵隊長ガイス・ラフマーンを下さねばならなかったというわけなのじゃ。護令械の勧請はちと骨が折れるようであるしのぅ……」
「闘技場では、指南役にと仰せだったようでしたが」
「うむ。あれだけの腕なら若い騎士を鍛えるに不足なしじゃ。法術を覚える素養があれば、渉猟械か、場合によっては闘将械を佩用させてもよいな」
「姫様、さすがに闘将械は」
「わかっておる、わかっておる。だからこそこのブルゼン訪問を妾も当てにしておったのじゃ! 保存護令械『モルドヴォス』はきわめて古い。闘将械を組み上げるに足る『令呪錦』を複製できる可能性もある。なのに領主めは何を考えておるのじゃ……」
(いうなれば武将登用に、大型兵器の新造か。これはどうも、きな臭い事情が動いているみたいだな)
ゲームや小説のおかげでこういうことには頭が機敏に反応する。恐らく、戦争が避けられない状況が近づいてきているのだ――それで田舎騎士という触れ込みの俺たちにも、やたらと厚意を示してくれるのかもしれない。
「まあよい、今日の試合は満足した。宿に帰って美味いものでも食い、英気を養おうぞ。お主らも一緒に参れ」
アースラはジャキっと作動音がしそうな動作で立ち上がり、俺たちを見まわしてニカッと笑った。
「は、はあ」
「ありがたき幸せにございます」
パキラがアースラの足元にひざまずいて一礼する。その手を取ってパキラを立たせようとして、アースラがふと、微妙に顔をしかめた。
「……お主ら、ちと臭うの」
* * * * * * *
――わはは! 妾の背丈はお主に及ばぬが、こっちは妾の勝ちじゃな!
――いや、あのっ!勝ち負けとかあるんですか!? これ!
――ひがむなひがむな、聞けばそちはまだ十五になったばかりとな。ならばあと二年、妾と同じ歳にもなればもう少し成長するであろうよ。うむ、ソイ豆を食え。たんとな! そしてあの騎士にちっと揉んでもらえ! わははは!
――そういいながらのその怪しげな手つきはやめてください!
大浴場である。数人で貸し切りにするのは気が引けるほどの広さ。
浴室ふたつは高い壁で隔てられてはいるが、天井のあたりはつながった空間だ。切り出した雪花石膏とタイルで化粧され、白く輝く床と壁。湯気のたなびくその建物の隣のエリアから、若い娘の笑い声と混乱気味の悲鳴が響いてくる。
緑色のタイルで深く見えるように演出された浴槽に身を沈め、俺は湯から出るに出られずにいた。壁の向こうにはアースラとパキラ。水を跳ね飛ばす音がざあざあと響き、何やら大変な活劇が演じられているようだった。
音で想像するしかない。そして、想像すればこちらはさらに身動きが取れなくなる。
「どうしてこうなった」
温泉などで同席した少女たちが胸部装甲の形状や装甲厚を話題にして騒ぐ、などということはフィクションの中だけのこと、ある種のファンタジーだと思っていたのだ。
ところがどっこい、現実はこのありさまである。いろいろと辛い。
吸着性の高い粘土と細かな砂で汚れを大まかに落とした後、蒸し風呂で汗腺や毛穴を開かせ、たっぷりと汗を流してこのローマもしくは日本風の浴槽へ。
体がほぐれて気持ちいいのはいいが、これでは耳からの刺激が強烈過ぎて困る。
おまけに、パキラがアースラと一緒にいるのと同様に、俺の前にはあのきりりとした眉に涼やかな瞳の美丈夫――騎士ガラヴェインがたった今、入ってきたところだった。
「ほほう……これはなかなか、雄渾な。ヴォルター殿はどちらかといえば小柄なほうだと思うが、なかなかどうして」
「なっ……やめてくださいガラヴェイン卿! 入ってくるなりそんな……パキラに聞こえるじゃないですか。だいたい湯を透かしてよく見えますね?」
ざばざばと湯をかきまぜて波をたて、光の進路をかき乱す。
「ん、真っ赤な顔をしているが、湯あたりでもされたか。謙遜することはない、なかなか見事な筋肉ではないか。もう少し脂肪を付けたほうが騎士としては望ましいと思うが……」
……そっちでしたか。
ぐったりと湯船の縁に頭をもたせ掛けて放心。本当に湯あたりしそうだ。
「しかし腰布なしで入るとは、ヴォルター殿はなかなか豪快だな」
ガラヴェインがからからと笑った。彼の腰には入浴用の腰布がきっちり巻かれている。
「うぐぐ……どうにも、ちょっとした慣習の違いに気づきませんで」
それが作法と知っていればこっちだって最初から! 大体、修学旅行などでも水着を着て入るのはご法度だったし、東京の銭湯でも湯船に手拭いを浸けるのはマナー違反だったではないか。
「さて、そろそろ上がるか。この後は入念な按摩で体のコリをほぐすのだ。ヴォルター殿には拙者が施術して進ぜよう」
「え」
浴場の従業員たちが俺たちを囲み、乾いた布でぱたぱたと体を拭いてくれた。そこまではいい。だが、そのまま担ぎ上げられて別室へ――さわやかな香りの香油が背中から全身へ塗り拡げられ、しっとりと温かなガラヴェインの指で、俺の全身がくまなく揉みほぐされていった。
「うわ、あのっ、ちょっと、そんなところも!? いや待って」
マッサージはたっぷり一時間半近く続けられた。ゆったりした部屋着に着替えたあと通された宴席は、それは素晴らしいものだった。
だがそこで再会したパキラと俺は、まさに脳天から煙を吹いているような心持ち。体の疲れをほぐした代わりに精神に大ダメージを負ったまま、ぐったりしながら食事をしたのだった。
時折、どちらからともなく「ぷしゅー」と気の抜けるような吐息が漏れた。何度も。
静まり返った闘技場に、ガイスの血の絡まった喉声が響いた。
「莫迦め! お主にはまだこの先に人生が残っておるわ」
うつぶせに倒れたガイスのかたわらに膝をつき、アースラが両手を合わせる。
――スカンダルガの大悲、施薬の霊験を顕したまえ。
静かな詠唱の一声。彼女の両手がガイスの背中にかざされ、薄桃色の光が広がった。それが倒れ伏した男の体にゆっくりと吸い込まれていく。彼は苦しげに起き上がりかけ、そこから再び崩れてごろりと仰向けに横たわった。
「なぜ殺さん……小娘に負けた俺は、もはやここで食ってはいけんのだ。楽にしてくれ」
「自暴自棄になるでない。今は優れた戦士は一人でも無駄にできぬ。体を治して王都に来るのじゃ。さすれば帝国騎士団の指南役に推薦してやろう」
「これは、悪夢か――」
ガイスは絶句して目を閉じた。
南側の貴賓席へと向き直り、騎士姫は高々と右手を突き上げる。
――試合終了! 勝者、アースラ・ゲイルウィン。 両者、素晴らしい戦いを見せてくれましたァッ!
観衆が総立ちになり、嵐のように沸いた。
「ゲイルウィンか……なんとも懐かしい家名だ――いい試合だった。勝負には負けたとはいえ、あの傭兵隊長ガイスとやらもなかなか見事な戦いぶりだったな。さて、私はこれで失礼しよう」
覆面の女がすっと立ち上がった。
「もう見ないのか?」
思わず声をかけ、そう尋ねた。席料半ディアス、日本円にして約1250円。映画観覧料などと比較すれば特に高くもないが、わずか10分にも満たない試合を一つ見て帰るというのはいささかもったいなくはないか。
「ほかにも用事がある。それに配当をさっさと受け取りたい――4倍だからな。ではまた」
「あ……」
気づいて然るべきだった! 闘技場の出場者がローマの剣闘士のような奴隷身分でないのなら、彼らの生活はどうやって成り立つのか――当然、賭けが行われているのだ。
「賭けておけばよかったな。まるで頭になかった」
「私も」
パキラと顔を合わせ、もう一度振り返ると、覆面の女はすでにその場にいなかった。
「何だったのかしら、あの人」
「『ではまた』と、言ったな……」
男のような口ぶり。特にそういった風習もないと思われるこの地にあって、目元以外をさらさないその姿。妙な女だった。
控室を訪問してみると、アースラは負傷した額に膏薬を貼り付け、脱いだ鎧をかたわらに置いてくつろいでいた。里芋の葉っぱのような形の扇子をバタバタと動かして顎の下やシャツの中をあおいでいる。
「なんじゃなんじゃ、賭けを忘れたじゃと!? お主ら、妾が何のために観戦に誘ったと――」
儲かったか、と訊かれ率直に事実を伝えると、畳んだ扇子でべしべしと卓を叩いて罵倒された。
「まったく、何という奴らじゃ……ぶつかって突き飛ばした償いに、儲けさせてやろうと思うたのに」
「……何だか、すみません」
なんで俺は謝っているのだろう。
「すこしわからないところがあったんですが。結局どういう試合だったんですか、あれ。よく考えてみれば、無差別級王者にいきなり挑戦できるってのも変だし……」
パキラが尋ねた。アースラは卓を叩く手を止めてにやりと笑う。
「なかなか良いところに気が付いたのう。そちの言う通り、本来ならこの闘技場でその座をかけて王者に挑戦するには、最下位から始めて勝ち上がるしかない。だがそれではつまらんし、時間もない。妾は、王座を争わぬ余興試合という名目で、あの男の代理人に話を持ち掛けたのよ」
「なんで、そんなにしてまで……」
「あの男はの、あまりに強すぎた。圧倒的に勝ち過ぎたのじゃ。試合を組もうとしてももはや対戦相手がおらぬありさま。だがこうでもせねば自分で闘技場から退くことはなかったであろう……今回の出張は一に戦闘用護令械の新規勧請、二に王国の戦力を補いうる優れた戦士の登用、そして最も重要な三つめは――」
「姫様」
側に控えていたあの美丈夫、ガラヴェインがアースラに目配せしてあからさまに釘を刺した。彼には悪いがこれだけではっきりした――三つめとはなにか極秘のことらしい。
「む――っふん。つまり、どうあってもあの男、傭兵隊長ガイス・ラフマーンを下さねばならなかったというわけなのじゃ。護令械の勧請はちと骨が折れるようであるしのぅ……」
「闘技場では、指南役にと仰せだったようでしたが」
「うむ。あれだけの腕なら若い騎士を鍛えるに不足なしじゃ。法術を覚える素養があれば、渉猟械か、場合によっては闘将械を佩用させてもよいな」
「姫様、さすがに闘将械は」
「わかっておる、わかっておる。だからこそこのブルゼン訪問を妾も当てにしておったのじゃ! 保存護令械『モルドヴォス』はきわめて古い。闘将械を組み上げるに足る『令呪錦』を複製できる可能性もある。なのに領主めは何を考えておるのじゃ……」
(いうなれば武将登用に、大型兵器の新造か。これはどうも、きな臭い事情が動いているみたいだな)
ゲームや小説のおかげでこういうことには頭が機敏に反応する。恐らく、戦争が避けられない状況が近づいてきているのだ――それで田舎騎士という触れ込みの俺たちにも、やたらと厚意を示してくれるのかもしれない。
「まあよい、今日の試合は満足した。宿に帰って美味いものでも食い、英気を養おうぞ。お主らも一緒に参れ」
アースラはジャキっと作動音がしそうな動作で立ち上がり、俺たちを見まわしてニカッと笑った。
「は、はあ」
「ありがたき幸せにございます」
パキラがアースラの足元にひざまずいて一礼する。その手を取ってパキラを立たせようとして、アースラがふと、微妙に顔をしかめた。
「……お主ら、ちと臭うの」
* * * * * * *
――わはは! 妾の背丈はお主に及ばぬが、こっちは妾の勝ちじゃな!
――いや、あのっ!勝ち負けとかあるんですか!? これ!
――ひがむなひがむな、聞けばそちはまだ十五になったばかりとな。ならばあと二年、妾と同じ歳にもなればもう少し成長するであろうよ。うむ、ソイ豆を食え。たんとな! そしてあの騎士にちっと揉んでもらえ! わははは!
――そういいながらのその怪しげな手つきはやめてください!
大浴場である。数人で貸し切りにするのは気が引けるほどの広さ。
浴室ふたつは高い壁で隔てられてはいるが、天井のあたりはつながった空間だ。切り出した雪花石膏とタイルで化粧され、白く輝く床と壁。湯気のたなびくその建物の隣のエリアから、若い娘の笑い声と混乱気味の悲鳴が響いてくる。
緑色のタイルで深く見えるように演出された浴槽に身を沈め、俺は湯から出るに出られずにいた。壁の向こうにはアースラとパキラ。水を跳ね飛ばす音がざあざあと響き、何やら大変な活劇が演じられているようだった。
音で想像するしかない。そして、想像すればこちらはさらに身動きが取れなくなる。
「どうしてこうなった」
温泉などで同席した少女たちが胸部装甲の形状や装甲厚を話題にして騒ぐ、などということはフィクションの中だけのこと、ある種のファンタジーだと思っていたのだ。
ところがどっこい、現実はこのありさまである。いろいろと辛い。
吸着性の高い粘土と細かな砂で汚れを大まかに落とした後、蒸し風呂で汗腺や毛穴を開かせ、たっぷりと汗を流してこのローマもしくは日本風の浴槽へ。
体がほぐれて気持ちいいのはいいが、これでは耳からの刺激が強烈過ぎて困る。
おまけに、パキラがアースラと一緒にいるのと同様に、俺の前にはあのきりりとした眉に涼やかな瞳の美丈夫――騎士ガラヴェインがたった今、入ってきたところだった。
「ほほう……これはなかなか、雄渾な。ヴォルター殿はどちらかといえば小柄なほうだと思うが、なかなかどうして」
「なっ……やめてくださいガラヴェイン卿! 入ってくるなりそんな……パキラに聞こえるじゃないですか。だいたい湯を透かしてよく見えますね?」
ざばざばと湯をかきまぜて波をたて、光の進路をかき乱す。
「ん、真っ赤な顔をしているが、湯あたりでもされたか。謙遜することはない、なかなか見事な筋肉ではないか。もう少し脂肪を付けたほうが騎士としては望ましいと思うが……」
……そっちでしたか。
ぐったりと湯船の縁に頭をもたせ掛けて放心。本当に湯あたりしそうだ。
「しかし腰布なしで入るとは、ヴォルター殿はなかなか豪快だな」
ガラヴェインがからからと笑った。彼の腰には入浴用の腰布がきっちり巻かれている。
「うぐぐ……どうにも、ちょっとした慣習の違いに気づきませんで」
それが作法と知っていればこっちだって最初から! 大体、修学旅行などでも水着を着て入るのはご法度だったし、東京の銭湯でも湯船に手拭いを浸けるのはマナー違反だったではないか。
「さて、そろそろ上がるか。この後は入念な按摩で体のコリをほぐすのだ。ヴォルター殿には拙者が施術して進ぜよう」
「え」
浴場の従業員たちが俺たちを囲み、乾いた布でぱたぱたと体を拭いてくれた。そこまではいい。だが、そのまま担ぎ上げられて別室へ――さわやかな香りの香油が背中から全身へ塗り拡げられ、しっとりと温かなガラヴェインの指で、俺の全身がくまなく揉みほぐされていった。
「うわ、あのっ、ちょっと、そんなところも!? いや待って」
マッサージはたっぷり一時間半近く続けられた。ゆったりした部屋着に着替えたあと通された宴席は、それは素晴らしいものだった。
だがそこで再会したパキラと俺は、まさに脳天から煙を吹いているような心持ち。体の疲れをほぐした代わりに精神に大ダメージを負ったまま、ぐったりしながら食事をしたのだった。
時折、どちらからともなく「ぷしゅー」と気の抜けるような吐息が漏れた。何度も。
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