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episode6:レダ・ハーケン救出作戦

第31話 Into the danger Zone (危地へ)

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(クソ……まだ動けねえ……)

 被弾して墜落したモーターグリフ「ネオンドール」のコクピットで、レダは再び目を覚ました。
 墜ちてからそろそろ三日。多重エアバッグシステムと、装甲に設けた破壊許容部位クラッシャブル・パートのおかげで怪我はごく軽いが、それでも肋骨数本を折っているし、大腿骨と骨盤にも恐らく数か所のヒビが入っている。

 体を動かそうとすると、めまいがするほどの激痛が走る。仕方なくコクピットのシートをベッド代わりに極力安楽な姿勢を取っているが――状況は悪くなるばかりだ。
 食糧と水があと一日もすると切れる。排便はまだ我慢ができるが、パイロットスーツに内蔵された採尿パックの容量はそろそろ限界だ。

 それに、ネブラスカの荒野は秋口とはいえ、夜になると恐ろしく寒かった。コクピットに照明や冷暖房のための電力を供給するのはメイン動力とは別系統のバッテリーだが、そろそろ残量が心もとない。こちらもまあもってあと一晩。日中の暑さはスーツの中にいる限りまだ何とかなるが、先を考えると気休めにもならない。

 ネオンドールも惨憺たるありさまだった。内部から確認できるだけでも――
 背部スラスターは被弾の際に推進剤もろとも吹っ飛んだ。マルチ・アンテナは墜落時に折れたと見えて、一切の通信ができない。脚部は左足が人間の太ももにあたる部分からごっそり失われ、残った右足も着陸時に膝関節が逆方向にへし曲がっている。

 腕は何とか動く――おかげで墜落後に機体の姿勢を現在の状態に出来ているが、燃料電池がどこかへ脱落していて、使える電力は二次的なコンデンサのプール分だけだ。

 
(……やっぱり罠だったんだろうなぁ、あの依頼は)

 おのれの迂闊さに涙が出る。スコッツ・ブラフ周辺をどんなに飛び回っても、それらしい輸送機は影も形もなかった。襲って来た機体の正体は分からないが、襲って来そうな経緯、怨恨を抱く相手の心当たりはいくつかあった。

(焼きが廻った、なんてつもりはねえけど……)

 ランキング五位に上った実績と、厳選されたパーツで組み上げた高級機。量産品のランベルトなら一蹴できるほどのその性能ちからに、慢心がなかったと言えば、嘘になる。

 さてどうするか。いや、ここからどうにかなるものか?

 幸い、あの敵は墜落したレダの機体に対して更なる追い打ちをかけるようなことはしなかった。機体の状態を監視するセンサーの記録は、あの攻撃が大きな熱エネルギーを伴うビームであったことを示唆している。同様の兵器であと数発も追撃を受けていたら、レダは蒸発していただろう。

 被弾して墜落が確実になった時点から、一計を案じてド派手な発煙筒スモークを焚いたのが功を奏したのかもしれない。本来なら救難要請のために黄色やオレンジの煙を出すものだが、レダはかねてから黒煙を出すように詰め替えたものを数本用意していた。 

 この辺りに徘徊するという野盗も、今のところは現れていない。管制室から警告された通り、レダの墜落後しばらくこの地域は大規模な雷雨に見舞われた。そのため、連中もなりを潜めていたのだろうが――

「運がいいっちゃあいいんだろうけど……肝心のあたしと、ネオンドールがこの状態じゃ、意味がねえ……」

 最終的に全部奪っていくためにささやかな幸運を用意するのなら、神とやらはずいぶんと意地が悪い――そんなことを考えたレダの耳に、どこからか重い金属製の足音が聞こえたように思われた。


(あちゃあ……とうとう来たか……)

 トレッド・リグの駆動音のようだった。レーダーはアンテナ喪失で機能しないが、音響センサーはまだ生きている。検出されたその数は――ただ一機。

「くそ……どこかのはぐれ野盗か……パーツでも拾いに来たんだろうが、こりゃあ、間違いなく見つかるなぁ。そしたら缶詰開けるみたいにこのハッチをこじ開けて……」

 ミートパテみたいに美味しく頂かれちまうんだろうな――

 ぞっとするような未来予測が脳裏に浮かぶ。この場でヤリ殺されるのか、ねぐらに運ばれていいように弄ばれるのか――いずれにしても、凌辱は避けられそうにない。

「ちくしょう……嫌だぜ、そんな目に合うのは……だけどさあ、死ぬのも怖ぇよなあ……」

 コクピット内に、一応PDW個人防御火器は用意してある。だが、この体では自決の役くらいにしか立ちそうにない――レダはこの災難に巻き込まれて以来、初めて涙を流した。

 
(助けて……姉ちゃん。サルワタリのおっさん。トマツリ。誰でもいいから……助けて――)

 
        * * *


〈すまない、サルワタリさん。俺はしがない契約社員で、あんまり自由が利かないんだ……このフライトも会社には内緒だし燃料費は自腹、帰ったらすぐに仕事の予定が入ってる。あんたを運べるのは片道だけ。現場に着陸はできないし、あんたがレダさんを探す間、待ってやることもできない……〉

 モニターの向こうで申し訳なさそうに頭を下げるマッケイ飛行士に、俺は笑ってうなずいた。まあ、いいからまっすぐ前を見て飛びやがれ。

「構わん、輸送を引き受けてくれただけで十分だ……さっき説明した通り、『スコッツ・ブラフ』から七キロの地点で降ろしてくれ。帰り道も気をつけてな」

〈ああ。あんがとな……そのパラシュートは俺からのサービスだ。ちゃんとリモコンで開くと思うが、上手く行かない時はそのリグの手でな、赤いコードを引っ張ってくれ〉

 なにげに難易度の高そうなアクションを要求してくる。やめろやめろ、ホントにやらなきゃならなくなったらどうすんだ。

「こっちこそすまないな。こんな仕事、25000Aur@mじゃ引き合わなかったろうに」

〈いいんだ。あんたには命を助けてもらったし、レダさんにはひいきにしてもらってたからな……ああ、やっぱ次の仕事が終わったら、しばらくCC-37こいつともどもフライトは入れないでおくよ。危険地帯から脱出できたら、連絡をよこしてくれ……いけたら迎えに行く〉

 ずいぶん譲歩してくれるものだ。それで職を失ったりしたらこっちが申しわけないんだが。

 やがて、輸送機は問題の危険地帯の境界付近に差し掛かった。

〈ここだ。貨物室のハッチを開くから、乱流に巻き込まれないように、注意して降りてくれ〉

「ああ。じゃあ、またな」

幸運をグッド・ラック!〉

 マッケイの祈りの言葉と共に、俺はケイビシを空中に踏み出させた。高所恐怖からくる肉体の反射が襲い掛かり、例によって会陰部の筋肉がギリギリと引きつった。

「んギひィイイー!!」

 クソ汚らしい悲鳴を漏らしながら、俺は眼下の荒野にレダの機体を求めてモニター画面を凝視し続けた。

(死ぬなよ……! こんなところで死ぬんじゃねえ……!! 俺がランキングを上がっていったら寝てくれるって言っただろうが……)

 レダのたちの悪い冗談を、俺は何かのよすがのように反芻した。

(あの世なんかに、逃がさねえからな!!)

 やがて高度計が所定の数値に達してアラートを吐き、くぐもった破裂音と共にパラシュートが射出された――
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