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episode6:レダ・ハーケン救出作戦
第30話 他人(ひと)の為ならず
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俺は軽く目を閉じた。
(帰るなり、休む間もそこそこにまた出撃か……さて、俺のコンディションはどうだ?)
全身に意識を巡らせる。長距離の陸送があるときはいつも入念にセルフチェックが必要だった。今回も同じだ。
肩の凝りはあるか? 肘に痛みは? 腰は? 下腹に、何かが抜け出たような空疎感はないか? 目のかすみやちらつきはないか。
――悪くない。全体にすこしくたびれてはいるが、まあ運動した後のような心地よい疲労感、その範疇だ。睡眠もそれなりにとれている。
イリディセント社ファームからギムナンまで、帰りの道中は輸送機とトレーラーの中で他人任せだったのが幸いだった――
「よし、じゃあ俺が出る」
言った途端に、市長とトマツリが口をぽかんと開けて俺を見た。
「お前が!?」
「あなたが!?」
驚くのはこっちだ。これだけ現在の状況と情報を共有させ、愁嘆場を見せておいて、あとは手をこまねいていろとでも?
「傭兵たちは出てくれない、天秤もダメ、となりゃあ出られるやつが出るしかない。ならギムナンの専属傭兵で、自警団員でもある俺が行くのが次善の成り行きってもんでしょう。正直いって、万全の自信とはとてもいかないが……」
一瞬考えこんでからまた口を開く。
「行かなけりゃ、俺はきっとこの先ずっと後悔する。それにレダが生きてるなら、たぶん生還できる方法はあるはずだ――試してみないと何とも言えませんが。あと、もし今回の件が何かの陰謀だとしたら――」
突飛だが、ありえない話でもない。ギムナンの資産は今もあちこちから狙われているし、所属機関の性質上レダには敵も多いはずなのだ。
「無名の俺がトレッド・リグで出るほうが、敵の目を引かない。あと、野盗どもの食指もそれほどには動かないでしょう」
タタラベースのケイビシなら、野盗どもにとっていくらでもある「予備パーツ」が一機分増えるだけの事であるはずだ。
無言のままの二人に、俺は挙手で挨拶すると指揮所の外に出た。
これからケイビシを軽く整備、必要な装備品をかき集めて、そして何とかネブラスカの現場付近までの足を確保しなければならない。
さあて、大回転だ。時間がねえぞ――
歩き出そうとした俺の後ろで、もう一度指揮所のドアが開く音がした。振り返ると、後ろに市長が――彼女はよろめくように歩を進めて、後ろから俺の腕をつかんだ。
「市長?」
「サルワタリ、私も同行するわ。一緒にセンテンスで出ましょう」
まなじりを決してそう言い放つ。だが俺は彼女の手をやんわりと振りほどいた。
「ダメです。市長には、このギムナンを……そしてニコルを守ってもらわなきゃなりません。責任ある立場ってのはそういうもんですよ」
ここに来るまでの俺にはとんと無縁なものだったが、理屈は知っている。
市長は俺から顔を背けてうつむいた。足元の床に、数滴の雫が落ちる。
「私だって……私は……! 市長である前にあの子の姉よ! 姉でありたいの……!」
「わかってます。その気持ちは、俺が届ける。俺に任せてください」
数秒の無言。
「悔しいけど、それしかないのね……でも、サルワタリ。火力ならセンテンスの方が上よ。向こうで何かあっても障害を排除できる可能性が高いのに……」
「いや。センテンスじゃあ、ダメです。この救出計画に必要な、決定的なものが足りない」
「……何なの、それは?」
にわかに興味を惹かれたように、市長が顔を上げて俺を凝視した。
「手ですよ。マニュピレーターです」
* * *
ケイビシをファクトリーに持ち込んで三時間。ホグマイトの一件で損傷らしい損傷もなく、整備というか機体のチェックはあっという間に終わった。
補給は二十ミリ・セミオートライフルの予備弾薬を多めに積み込み、左肩にセンテンスのロケットランチャーを一基追加。三発分だがゼロよりははるかに頼もしい。
「あとは……救急用医薬品くらいはレダも持ってるだろうが、気は心だ。それに骨折を想定して、固定用ギブスとテープ、包帯。鎮痛剤、解熱剤、抗生物質も」
ケイビシの背部に取り付けたコンテナに、必要品を積み込んでいく。毛布、スコップ、固形燃料に、食事パック用の備蓄食料から温め直しの効くものを三日分。通電テスターに、若干の電子部品――
積み込みはほぼ終わった。だが、あと一つだけ、まだ足りないものがある。
そのために、俺はさっきから何度も何度も、ファクトリーを出たり入ったりうろうろして、携帯端末に着信するメールを待ち受けていた。
メール履歴をまた覗き込む。着信はゼロ。
(ダメか……そりゃそうだ、グライフが未帰還になるようなヤバい地域に、非武装の輸送機を飛ばしてくれる奴なんて、そうそういるはずがない)
傭兵ユニオンの掲示板に、現地までの輸送を頼む公募を出したのだ。冷やかしのような返信がいくつかと、心のこもった慰めがいくつかツリーにぶら下がったが、我こそは、と名乗り出るものは流石にいない。
時間経過で新着の記事に流されて沈むため、何度か表示順のトップへ出すような処理をして返信を行ったが、それも今のところ思わしい効果はなかった。
(まあそりゃ、なあ。傭兵以外の一般人も使えるサービスだから、市長たちだってもう昨日からさんざんやってるはずだわ)
と、その時だった。
――ピンポロリン
携帯端末にメールの着信があった。
「来たのか!?」
いったい誰が――慌てて差出し人を確認する。
=================
カレドニア航空運送社輸送部 契約操縦士 ジョナサン・マッケイ
=================
(……誰だ?)
まるで聞き覚えのない名前だったが、メールを開封して文面に目を走らせると、差出人の正体は内容からすぐに知れた。
テックカワサキとウォーリック・シェアードの次期採用機種選定コンペ――あの時俺が演習場で拾い上げて守った、CC-37輸送機のパイロットだった。
(帰るなり、休む間もそこそこにまた出撃か……さて、俺のコンディションはどうだ?)
全身に意識を巡らせる。長距離の陸送があるときはいつも入念にセルフチェックが必要だった。今回も同じだ。
肩の凝りはあるか? 肘に痛みは? 腰は? 下腹に、何かが抜け出たような空疎感はないか? 目のかすみやちらつきはないか。
――悪くない。全体にすこしくたびれてはいるが、まあ運動した後のような心地よい疲労感、その範疇だ。睡眠もそれなりにとれている。
イリディセント社ファームからギムナンまで、帰りの道中は輸送機とトレーラーの中で他人任せだったのが幸いだった――
「よし、じゃあ俺が出る」
言った途端に、市長とトマツリが口をぽかんと開けて俺を見た。
「お前が!?」
「あなたが!?」
驚くのはこっちだ。これだけ現在の状況と情報を共有させ、愁嘆場を見せておいて、あとは手をこまねいていろとでも?
「傭兵たちは出てくれない、天秤もダメ、となりゃあ出られるやつが出るしかない。ならギムナンの専属傭兵で、自警団員でもある俺が行くのが次善の成り行きってもんでしょう。正直いって、万全の自信とはとてもいかないが……」
一瞬考えこんでからまた口を開く。
「行かなけりゃ、俺はきっとこの先ずっと後悔する。それにレダが生きてるなら、たぶん生還できる方法はあるはずだ――試してみないと何とも言えませんが。あと、もし今回の件が何かの陰謀だとしたら――」
突飛だが、ありえない話でもない。ギムナンの資産は今もあちこちから狙われているし、所属機関の性質上レダには敵も多いはずなのだ。
「無名の俺がトレッド・リグで出るほうが、敵の目を引かない。あと、野盗どもの食指もそれほどには動かないでしょう」
タタラベースのケイビシなら、野盗どもにとっていくらでもある「予備パーツ」が一機分増えるだけの事であるはずだ。
無言のままの二人に、俺は挙手で挨拶すると指揮所の外に出た。
これからケイビシを軽く整備、必要な装備品をかき集めて、そして何とかネブラスカの現場付近までの足を確保しなければならない。
さあて、大回転だ。時間がねえぞ――
歩き出そうとした俺の後ろで、もう一度指揮所のドアが開く音がした。振り返ると、後ろに市長が――彼女はよろめくように歩を進めて、後ろから俺の腕をつかんだ。
「市長?」
「サルワタリ、私も同行するわ。一緒にセンテンスで出ましょう」
まなじりを決してそう言い放つ。だが俺は彼女の手をやんわりと振りほどいた。
「ダメです。市長には、このギムナンを……そしてニコルを守ってもらわなきゃなりません。責任ある立場ってのはそういうもんですよ」
ここに来るまでの俺にはとんと無縁なものだったが、理屈は知っている。
市長は俺から顔を背けてうつむいた。足元の床に、数滴の雫が落ちる。
「私だって……私は……! 市長である前にあの子の姉よ! 姉でありたいの……!」
「わかってます。その気持ちは、俺が届ける。俺に任せてください」
数秒の無言。
「悔しいけど、それしかないのね……でも、サルワタリ。火力ならセンテンスの方が上よ。向こうで何かあっても障害を排除できる可能性が高いのに……」
「いや。センテンスじゃあ、ダメです。この救出計画に必要な、決定的なものが足りない」
「……何なの、それは?」
にわかに興味を惹かれたように、市長が顔を上げて俺を凝視した。
「手ですよ。マニュピレーターです」
* * *
ケイビシをファクトリーに持ち込んで三時間。ホグマイトの一件で損傷らしい損傷もなく、整備というか機体のチェックはあっという間に終わった。
補給は二十ミリ・セミオートライフルの予備弾薬を多めに積み込み、左肩にセンテンスのロケットランチャーを一基追加。三発分だがゼロよりははるかに頼もしい。
「あとは……救急用医薬品くらいはレダも持ってるだろうが、気は心だ。それに骨折を想定して、固定用ギブスとテープ、包帯。鎮痛剤、解熱剤、抗生物質も」
ケイビシの背部に取り付けたコンテナに、必要品を積み込んでいく。毛布、スコップ、固形燃料に、食事パック用の備蓄食料から温め直しの効くものを三日分。通電テスターに、若干の電子部品――
積み込みはほぼ終わった。だが、あと一つだけ、まだ足りないものがある。
そのために、俺はさっきから何度も何度も、ファクトリーを出たり入ったりうろうろして、携帯端末に着信するメールを待ち受けていた。
メール履歴をまた覗き込む。着信はゼロ。
(ダメか……そりゃそうだ、グライフが未帰還になるようなヤバい地域に、非武装の輸送機を飛ばしてくれる奴なんて、そうそういるはずがない)
傭兵ユニオンの掲示板に、現地までの輸送を頼む公募を出したのだ。冷やかしのような返信がいくつかと、心のこもった慰めがいくつかツリーにぶら下がったが、我こそは、と名乗り出るものは流石にいない。
時間経過で新着の記事に流されて沈むため、何度か表示順のトップへ出すような処理をして返信を行ったが、それも今のところ思わしい効果はなかった。
(まあそりゃ、なあ。傭兵以外の一般人も使えるサービスだから、市長たちだってもう昨日からさんざんやってるはずだわ)
と、その時だった。
――ピンポロリン
携帯端末にメールの着信があった。
「来たのか!?」
いったい誰が――慌てて差出し人を確認する。
=================
カレドニア航空運送社輸送部 契約操縦士 ジョナサン・マッケイ
=================
(……誰だ?)
まるで聞き覚えのない名前だったが、メールを開封して文面に目を走らせると、差出人の正体は内容からすぐに知れた。
テックカワサキとウォーリック・シェアードの次期採用機種選定コンペ――あの時俺が演習場で拾い上げて守った、CC-37輸送機のパイロットだった。
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