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episode6:レダ・ハーケン救出作戦
第29話 虚空の悪意
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市長には気の毒だが、ここで泣きわめいていても時間の無駄だ。俺はトマツリに向き直った。
「前後の状況とか、捜索の手配状況とか、分かる限り教えてくれ。『天秤』の対応がどうなっているか、とかも」
「わかった。順を追って話そう」
「とりあえず、ギムナンに戻ろう。ここじゃ落ち着かん」
俺たちはゲート内側すぐにある、センテンスの格納庫に付属の指揮所へ向かった。本当は一度宿舎に戻りたかったのだが、市長が首を縦に振らなかった。
余計な移動などで一秒でも無駄にしたくないらしい。泣いてるだけならその時間は結局無駄なのだが、理屈は通じなさそうだ。
――レダが簡単に死ぬはずはない……絶対に生きてるわ。ネブラスカの地獄みたいな荒野で、救助を待ってるはずよ。
ソファに深々と身を沈めて、市長は両のこぶしを握り締めた。
まあ俺も同意見だ。あの元気のいい山猫のような娘が荒野の土に還るところなど、ちょっと想像がつかない――楽観もいいところだが、おかしな確信があった。
* * *
記録によれば、レダが自分の住居を置く「天秤」管理下の環境制御都市、「ディヴァイン・グレイス」を出たのが二日前。ちょうど俺がホグマイトの一件で例の地下シェルターを出て、ファームが落ち着くまで現地の警備に移行した頃合いだ。
天秤を通さず民間の個人からの依頼で、「貴重な鉱物サンプルを輸送中に墜落した、長距離輸送機の所在を突き止めて欲しい」とかいう内容だったらしい。
「まあ、おそらくどこかの企業のカバーなんだろう。そういうことはよくあるんだ……だが、場所が悪い」
ネブラスカ州はもともと、アメリカ大陸のど真ん中にある広大な大平原の一部だ。今の季節だと、しばしば大きな竜巻や激しい雷雨が発生するという。
「で、そんなところに……古戦場といったか? 昔の戦争の激戦地があると……?」
「ああ。今から百年くらい前らしいが、まだ企業が自前の工場で、完全な新品のモーターグリフを生産してた最後の時期だ。いくつかの企業同士が連合を組んで、現地へ大部隊を送り出した。目的はどうも、それよりずっと以前の時代に置かれてた、軍事基地の確保だったらしいが」
トマツリは指揮所のターミナルを操作して、奇妙な形の崖というか、岩山を画面に映し出した。
「この辺りだ。この岩の名は『スコッツ・ブラフ』。元は有名な観光名所だったらしいが、今は立ち入り禁止の危険区域、というわけだ」
「ん、ちょっと待て。古戦場なのはわかるが、そこがいまだに、というのはどういう話だ?」
トマツリの口ぶりだと、雷雨や竜巻といった自然現象のせいだけではなさそうだ。
「この間戦った野盗みたいな、表立って企業の保護を受けてない武装組織――それも大規模な奴がこの辺りを根城にしているらしくて、実際に、周辺地域に被害も出ている。おまけに」
トマツリの表情が何とも微妙な感じに歪んだ。
「こっちはやや眉唾な話だが、軍事基地に配備されてた強力な無人の戦闘用トレッド・リグが、機能を維持したままその基地に残ってる、なんて話もある」
「まさか……ガセだろ」
こっちに来てから何種類か、この時代の重機ともいうべきリグやその他の機械類を見たが、それらが完全なメンテナンス・フリーを達成しているとは見えなかった。
機械というのは丈夫なようでいて、不稼働状態で保管されると意外なほどもろい。
自重によるひずみや、ゴムなど対候性の低い部品の経年劣化に対応するには、人間の手による絶え間ない整備と管理が必要になるのだ。
現場に一年も放置すれば、ブルドーザーなどあっという間に動かなくなる。
「いや、そうとばかりも言えない。現に、モーターグリフもトレッド・リグも、回収したスクラップからパーツを再生できるくらいだ。長期間単独で稼働する機械が、過去に作られてても不思議じゃない」
「ふむ……」
何かが頭に引っかかる気がしたが、はっきりしない。そのまま話は再びレダの行動記録の精査に移った。
「順番が逆になった気がするが、『天秤』からは、彼女との交信の記録が音声ファイルで届けられている。聞いてみてくれ」
「ああ、そりゃありがたい、が……市長は、その……大丈夫かな?」
市長がどんよりとした表情で顔を上げた。
「もう、十回くらい再生したわ。構わずに、しっかり聞いてちょうだい」
妙なところで気丈だった。そろそろ実際的な方面に頭を動かして欲しいところだが……まあ酷か。
音声ファイルはごく短いものだった。タイムスタンプは昨日の午後一時。俺がそろそろファームから引き揚げの準備にかかったころだ。
=================
レダ: Swan's Mrs.より天秤管制室へ定時連絡。墜落機の痕跡は依然発見できず。探査飛行を継続する。
管制室: Swan's Mrs、現在地を報告してくれ。旧ネブラスカ州には現在、大きな低気圧の発生が予報されている。無理をせず一度帰還を。
レダ: 現在、スコッツ・ブラフの北西5キロ地点上空を飛行――待て、レーダーに感! 識別……所属不明機!
管制室: 所属不明機? Swan's Mrs、交戦は避け空域を離脱せよ。
レダ: クソッ、なんだこいつは! ケツにつかれた、速い!
管制室: Swan's Mrs!?
レダ: あんなやつ、見たことない―― (大きな破砕音)
管制室: Swan's Mrs、どうした!? 状況を知らせてくれ。Swan's Mrs !?
レダ: スラスターに被弾、撃ってきやがった! ダメだ、推力を維持できない……! 緊急着陸を試みる……クソ、脚が片方……!
管制室: Swan's Mrs、応答を――
レダ: (雑音)
=================
「以上だ」
トマツリの言葉と共に、ファイルの再生が終わった。
「こりゃあ……航空機かモーターグリフか、何か未知の機体に襲われた……そういうことか。天秤は捜索を出してくれないのか?」
「それなんだが、断られた」
「なにぃ?」
思わず、トマツリにつかみかかりそうになる。上着の袖をそれぞれ反対の手で握ってどうにか自分を落ち着かせたが――何だ、「天秤」というのは、弱い都市にも隔てなく、法と理に基づいて味方してくれて、巨大な管理複合体の横暴も掣肘してくれるようなご立派な組織じゃなかったのか?
「……ランキング上位の傭兵がみんな『天秤』に所属してるわけじゃない。レダはランキング五位だが、『天秤』のグライフの中ではナンバー2だ。その彼女が帰還できないような危険地帯に、それ以下の傭兵を出す危険は侵せないと言われたよ。ナンバー1は出たがったらしいが、そいつは『天秤の』最高責任者でもある。周りが総出で止めた、とさ」
「ああ、クソ。そりゃあまあ、仕方ねえなあ……」
傭兵ユニオンの連中も、あらかた尻込みして断ったらしい。してみると――まさか、俺が行くしかないということだろうか?
「前後の状況とか、捜索の手配状況とか、分かる限り教えてくれ。『天秤』の対応がどうなっているか、とかも」
「わかった。順を追って話そう」
「とりあえず、ギムナンに戻ろう。ここじゃ落ち着かん」
俺たちはゲート内側すぐにある、センテンスの格納庫に付属の指揮所へ向かった。本当は一度宿舎に戻りたかったのだが、市長が首を縦に振らなかった。
余計な移動などで一秒でも無駄にしたくないらしい。泣いてるだけならその時間は結局無駄なのだが、理屈は通じなさそうだ。
――レダが簡単に死ぬはずはない……絶対に生きてるわ。ネブラスカの地獄みたいな荒野で、救助を待ってるはずよ。
ソファに深々と身を沈めて、市長は両のこぶしを握り締めた。
まあ俺も同意見だ。あの元気のいい山猫のような娘が荒野の土に還るところなど、ちょっと想像がつかない――楽観もいいところだが、おかしな確信があった。
* * *
記録によれば、レダが自分の住居を置く「天秤」管理下の環境制御都市、「ディヴァイン・グレイス」を出たのが二日前。ちょうど俺がホグマイトの一件で例の地下シェルターを出て、ファームが落ち着くまで現地の警備に移行した頃合いだ。
天秤を通さず民間の個人からの依頼で、「貴重な鉱物サンプルを輸送中に墜落した、長距離輸送機の所在を突き止めて欲しい」とかいう内容だったらしい。
「まあ、おそらくどこかの企業のカバーなんだろう。そういうことはよくあるんだ……だが、場所が悪い」
ネブラスカ州はもともと、アメリカ大陸のど真ん中にある広大な大平原の一部だ。今の季節だと、しばしば大きな竜巻や激しい雷雨が発生するという。
「で、そんなところに……古戦場といったか? 昔の戦争の激戦地があると……?」
「ああ。今から百年くらい前らしいが、まだ企業が自前の工場で、完全な新品のモーターグリフを生産してた最後の時期だ。いくつかの企業同士が連合を組んで、現地へ大部隊を送り出した。目的はどうも、それよりずっと以前の時代に置かれてた、軍事基地の確保だったらしいが」
トマツリは指揮所のターミナルを操作して、奇妙な形の崖というか、岩山を画面に映し出した。
「この辺りだ。この岩の名は『スコッツ・ブラフ』。元は有名な観光名所だったらしいが、今は立ち入り禁止の危険区域、というわけだ」
「ん、ちょっと待て。古戦場なのはわかるが、そこがいまだに、というのはどういう話だ?」
トマツリの口ぶりだと、雷雨や竜巻といった自然現象のせいだけではなさそうだ。
「この間戦った野盗みたいな、表立って企業の保護を受けてない武装組織――それも大規模な奴がこの辺りを根城にしているらしくて、実際に、周辺地域に被害も出ている。おまけに」
トマツリの表情が何とも微妙な感じに歪んだ。
「こっちはやや眉唾な話だが、軍事基地に配備されてた強力な無人の戦闘用トレッド・リグが、機能を維持したままその基地に残ってる、なんて話もある」
「まさか……ガセだろ」
こっちに来てから何種類か、この時代の重機ともいうべきリグやその他の機械類を見たが、それらが完全なメンテナンス・フリーを達成しているとは見えなかった。
機械というのは丈夫なようでいて、不稼働状態で保管されると意外なほどもろい。
自重によるひずみや、ゴムなど対候性の低い部品の経年劣化に対応するには、人間の手による絶え間ない整備と管理が必要になるのだ。
現場に一年も放置すれば、ブルドーザーなどあっという間に動かなくなる。
「いや、そうとばかりも言えない。現に、モーターグリフもトレッド・リグも、回収したスクラップからパーツを再生できるくらいだ。長期間単独で稼働する機械が、過去に作られてても不思議じゃない」
「ふむ……」
何かが頭に引っかかる気がしたが、はっきりしない。そのまま話は再びレダの行動記録の精査に移った。
「順番が逆になった気がするが、『天秤』からは、彼女との交信の記録が音声ファイルで届けられている。聞いてみてくれ」
「ああ、そりゃありがたい、が……市長は、その……大丈夫かな?」
市長がどんよりとした表情で顔を上げた。
「もう、十回くらい再生したわ。構わずに、しっかり聞いてちょうだい」
妙なところで気丈だった。そろそろ実際的な方面に頭を動かして欲しいところだが……まあ酷か。
音声ファイルはごく短いものだった。タイムスタンプは昨日の午後一時。俺がそろそろファームから引き揚げの準備にかかったころだ。
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レダ: Swan's Mrs.より天秤管制室へ定時連絡。墜落機の痕跡は依然発見できず。探査飛行を継続する。
管制室: Swan's Mrs、現在地を報告してくれ。旧ネブラスカ州には現在、大きな低気圧の発生が予報されている。無理をせず一度帰還を。
レダ: 現在、スコッツ・ブラフの北西5キロ地点上空を飛行――待て、レーダーに感! 識別……所属不明機!
管制室: 所属不明機? Swan's Mrs、交戦は避け空域を離脱せよ。
レダ: クソッ、なんだこいつは! ケツにつかれた、速い!
管制室: Swan's Mrs!?
レダ: あんなやつ、見たことない―― (大きな破砕音)
管制室: Swan's Mrs、どうした!? 状況を知らせてくれ。Swan's Mrs !?
レダ: スラスターに被弾、撃ってきやがった! ダメだ、推力を維持できない……! 緊急着陸を試みる……クソ、脚が片方……!
管制室: Swan's Mrs、応答を――
レダ: (雑音)
=================
「以上だ」
トマツリの言葉と共に、ファイルの再生が終わった。
「こりゃあ……航空機かモーターグリフか、何か未知の機体に襲われた……そういうことか。天秤は捜索を出してくれないのか?」
「それなんだが、断られた」
「なにぃ?」
思わず、トマツリにつかみかかりそうになる。上着の袖をそれぞれ反対の手で握ってどうにか自分を落ち着かせたが――何だ、「天秤」というのは、弱い都市にも隔てなく、法と理に基づいて味方してくれて、巨大な管理複合体の横暴も掣肘してくれるようなご立派な組織じゃなかったのか?
「……ランキング上位の傭兵がみんな『天秤』に所属してるわけじゃない。レダはランキング五位だが、『天秤』のグライフの中ではナンバー2だ。その彼女が帰還できないような危険地帯に、それ以下の傭兵を出す危険は侵せないと言われたよ。ナンバー1は出たがったらしいが、そいつは『天秤の』最高責任者でもある。周りが総出で止めた、とさ」
「ああ、クソ。そりゃあまあ、仕方ねえなあ……」
傭兵ユニオンの連中も、あらかた尻込みして断ったらしい。してみると――まさか、俺が行くしかないということだろうか?
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