退廃の未来に飛ばされたおっさん、ロボ乗り傭兵になる

冴吹稔

文字の大きさ
上 下
29 / 37
episode6:レダ・ハーケン救出作戦

第29話 虚空の悪意

しおりを挟む
 市長には気の毒だが、ここで泣きわめいていても時間の無駄だ。俺はトマツリに向き直った。

「前後の状況とか、捜索の手配状況とか、分かる限り教えてくれ。『天秤リーブラ』の対応がどうなっているか、とかも」

「わかった。順を追って話そう」

「とりあえず、ギムナンに戻ろう。ここじゃ落ち着かん」

 俺たちはゲート内側すぐにある、センテンスの格納庫に付属の指揮所へ向かった。本当は一度宿舎に戻りたかったのだが、市長が首を縦に振らなかった。
 余計な移動などで一秒でも無駄にしたくないらしい。泣いてるだけならその時間は結局無駄なのだが、理屈は通じなさそうだ。

 ――レダが簡単に死ぬはずはない……絶対に生きてるわ。ネブラスカの地獄みたいな荒野で、救助を待ってるはずよ。

 ソファに深々と身を沈めて、市長は両のこぶしを握り締めた。

 まあ俺も同意見だ。あの元気のいい山猫のような娘が荒野の土に還るところなど、ちょっと想像がつかない――楽観もいいところだが、おかしな確信があった。


        * * *

 記録によれば、レダが自分の住居を置く「天秤リーブラ」管理下の環境制御都市ヴィラ、「ディヴァイン・グレイス」を出たのが二日前。ちょうど俺がホグマイトの一件で例の地下シェルターを出て、ファームが落ち着くまで現地の警備に移行した頃合いだ。

 天秤を通さず民間の個人からの依頼で、「貴重な鉱物サンプルを輸送中に墜落した、長距離輸送機の所在を突き止めて欲しい」とかいう内容だったらしい。

「まあ、おそらくどこかの企業のカバーなんだろう。そういうことはよくあるんだ……だが、場所が悪い」

 ネブラスカ州はもともと、アメリカ大陸のど真ん中にある広大な大平原グレートプレーンズの一部だ。今の季節だと、しばしば大きな竜巻トルネードや激しい雷雨が発生するという。

「で、そんなところに……古戦場といったか? 昔の戦争の激戦地があると……?」

「ああ。今から百年くらい前らしいが、まだ企業が自前の工場で、完全な新品のモーターグリフを生産してた最後の時期だ。いくつかの企業同士が連合を組んで、現地へ大部隊を送り出した。目的はどうも、それよりずっと以前の時代に置かれてた、軍事基地の確保だったらしいが」

 トマツリは指揮所のターミナルを操作して、奇妙な形の崖というか、岩山を画面に映し出した。

「この辺りだ。この岩の名は『スコッツ・ブラフ』。元は有名な観光名所だったらしいが、今は立ち入り禁止の危険区域、というわけだ」

「ん、ちょっと待て。古戦場なのはわかるが、そこがいまだに、というのはどういう話だ?」

 トマツリの口ぶりだと、雷雨や竜巻といった自然現象のせいだけではなさそうだ。

「この間戦った野盗みたいな、表立って企業の保護を受けてない武装組織――それも大規模な奴がこの辺りを根城にしているらしくて、実際に、周辺地域に被害も出ている。おまけに」

 トマツリの表情が何とも微妙な感じに歪んだ。

「こっちはやや眉唾な話だが、軍事基地に配備されてた強力な無人の戦闘用トレッド・リグが、機能を維持したままその基地に残ってる、なんて話もある」

「まさか……ガセだろ」

 こっちに来てから何種類か、この時代の重機ともいうべきリグやその他の機械類を見たが、それらが完全なメンテナンス・フリーを達成しているとは見えなかった。
 機械というのは丈夫なようでいて、不稼働状態で保管されると意外なほどもろい。
 自重によるひずみや、ゴムなど対候性の低い部品の経年劣化に対応するには、人間の手による絶え間ない整備と管理が必要になるのだ。

 現場に一年も放置すれば、ブルドーザーなどあっという間に動かなくなる。

「いや、そうとばかりも言えない。現に、モーターグリフもトレッド・リグも、回収したスクラップからパーツを再生できるくらいだ。長期間単独で稼働する機械が、過去に作られてても不思議じゃない」

「ふむ……」

 何かが頭に引っかかる気がしたが、はっきりしない。そのまま話は再びレダの行動記録の精査に移った。

「順番が逆になった気がするが、『天秤リーブラ』からは、彼女との交信の記録が音声ファイルで届けられている。聞いてみてくれ」

「ああ、そりゃありがたい、が……市長は、その……大丈夫かな?」

 市長がどんよりとした表情で顔を上げた。

「もう、十回くらい再生したわ。構わずに、しっかり聞いてちょうだい」

 妙なところで気丈だった。そろそろ実際的な方面に頭を動かして欲しいところだが……まあ酷か。

 音声ファイルはごく短いものだった。タイムスタンプは昨日の午後一時。俺がそろそろファームから引き揚げの準備にかかったころだ。

 
=================

レダ: Swan's Mrs.より天秤管制室リーブラ・コントロールへ定時連絡。墜落機の痕跡は依然発見できず。探査飛行を継続する。

管制室: Swan's Mrs、現在地を報告してくれ。旧ネブラスカ州には現在、大きな低気圧の発生が予報されている。無理をせず一度帰還を。

レダ: 現在、スコッツ・ブラフの北西5キロ地点上空を飛行――待て、レーダーに感! 識別……所属不明機アンノウン

管制室: 所属不明機? Swan's Mrs、交戦は避け空域を離脱せよ。

レダ: クソッ、なんだこいつは! ケツにつかれた、速い! 

管制室: Swan's Mrs!?

レダ: あんなやつ、見たことない―― (大きな破砕音)

管制室: Swan's Mrs、どうした!? 状況を知らせてくれ。Swan's Mrs !?

レダ: スラスターに被弾、撃ってきやがった! ダメだ、推力を維持できない……! 緊急着陸を試みる……クソ、脚が片方……!

管制室: Swan's Mrs、応答を――

レダ: (雑音)


=================

「以上だ」

 トマツリの言葉と共に、ファイルの再生が終わった。

「こりゃあ……航空機かモーターグリフか、何か未知の機体に襲われた……そういうことか。天秤リーブラは捜索を出してくれないのか?」

「それなんだが、断られた」

「なにぃ?」

 思わず、トマツリにつかみかかりそうになる。上着の袖をそれぞれ反対の手で握ってどうにか自分を落ち着かせたが――何だ、「天秤」というのは、弱い都市にも隔てなく、法と理に基づいて味方してくれて、巨大な管理複合体の横暴も掣肘してくれるようなご立派な組織じゃなかったのか?

「……ランキング上位の傭兵がみんな『天秤リーブラ』に所属してるわけじゃない。レダはランキング五位だが、『天秤』のグライフの中ではナンバー2だ。その彼女が帰還できないような危険地帯に、それ以下の傭兵を出す危険は侵せないと言われたよ。ナンバー1は出たがったらしいが、そいつは『天秤の』最高責任者でもある。周りが総出で止めた、とさ」

「ああ、クソ。そりゃあまあ、仕方ねえなあ……」

 傭兵ユニオンの連中も、あらかた尻込みして断ったらしい。してみると――まさか、俺が行くしかないということだろうか?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

メトロポリス社へようこそ! ~「役立たずだ」とクビにされたおっさんの就職先は大企業の宇宙船を守る護衛官でした~

アンジェロ岩井
SF
「えっ、クビですか?」 中企業アナハイニム社の事務課に勤める大津修也(おおつしゅうや)は会社の都合によってクビを切られてしまう。 ろくなスキルも身に付けていない修也にとって再転職は絶望的だと思われたが、大企業『メトロポリス』からの使者が現れた。 『メトロポリス』からの使者によれば自身の商品を宇宙の植民星に運ぶ際に宇宙生物に襲われるという事態が幾度も発生しており、そのための護衛役として会社の顧問役である人工頭脳『マリア』が護衛役を務める適任者として選び出したのだという。 宇宙生物との戦いに用いるロトワングというパワードスーツには適性があり、その適性が見出されたのが大津修也だ。 大津にとっては他に就職の選択肢がなかったので『メトロポリス』からの選択肢を受けざるを得なかった。 『メトロポリス』の宇宙船に乗り込み、宇宙生物との戦いに明け暮れる中で、彼は護衛アンドロイドであるシュウジとサヤカと共に過ごし、絆を育んでいくうちに地球上にてアンドロイドが使用人としての扱いしか受けていないことを思い出す。 修也は戦いの中でアンドロイドと人間が対等な関係を築き、共存を行うことができればいいと考えたが、『メトロポリス』では修也とは対照的に人類との共存ではなく支配という名目で動き出そうとしていた。

ビキニに恋した男

廣瀬純一
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

高校生とUFO

廣瀬純一
SF
UFOと遭遇した高校生の男女の体が入れ替わる話

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...