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episode4:さて、来襲のこの時間(とき)は!

第21話 鷲獅子の争う陰で

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 着地するか、と見えた直後、ゴルトバッハの機体は地面すれすれを水平に移動し、大きな半径で旋回しつつ演習場を横切る。

 戦闘機を思わせる巨大なエンジンナセルを背面に背負った「モルワイデ」は、同じGEOGRAAFゲオ・グラーフのランベルト以上に飛行性能を重視していると思われた。

 左腕に小ぶりなひし形のシールド、右腕に上下から挟み込むような形で装備しているのは火器らしいが、見たことのない形状に俺の中で危機感が膨れ上がる。

「モルワイデ!? なぜここに……」

 キムラが親指以外の四指を口に突っ込んだ、妙な身振りでそう漏らした。
 俺たちの席を挟んでカワサキのそれと反対側の観覧ブースでは、マクルーハン女史が首をかしげていた。

「あれはGEOGRAAF製の機体……まさかこの商談に横槍を入れようとでも?」

「それはおかしい! 今日の演習、情報の拡散を防ぐために極力秘密にしていたはず……まあ、シェアを奪われるくらいなら、とばかりにどこぞの企業がリークしたとしても不思議ではないですがね」

「何ですって!」

 マクルーハン女史の怒号とほぼ同時。モルワイデの右腕装備から一条の光がほとばしり、模擬戦の最中だったリグの一機、スピアヘッドの二番機が吹っ飛ぶ。

「ああっ、うちのテストパイロットが……!」

(こいつぁ……!)

 レーザーか荷電粒子かプラズマか、21世紀前半ではまだ実験段階だったような何らかのエネルギー兵器だ。さすがは未来の戦闘ロボ――冗談じゃねえ!

「せっ、詮索も悲嘆も後に廻しましょう! ここから逃げて頂かないと――」

 ――伏せて!

 俺は両人に退避を促そうとしたが、その瞬間市長に腕を掴まれて思いっきり引き倒された。直後、背中に感じた焼けつくような熱。そして何かが焼け焦げる嗅ぎ慣れない匂い。
 胸板の辺りに市長の吐息と、彼女の胸のふくらみを感じてちょっとドキッとしたが、それどころではない――後ろは多分酷いことになっているに違いない。見たくない。

「し、市長、お怪我は……」

「う……ちょっと左手首をくじいたみたい。軽く痺れてる」

 彼女の左腕は俺の体の下でいささかおかしな具合に折りたたまれていた。やべえ。

「だぁっ、すみません! 俺の体重のせいだ!」

「い、いいから早く安全なところへ!」

 燃えるテントの下から二人で何とか這い出す。外ではレダがネオンドールで飛び回り、懸命にモルワイデを牽制してあのビームを俺たちや模擬戦のメンバーからそらそうと、躍起になっていた。
 動きが速すぎて目で追うのも一苦労だが、どうも守るものがある分レダの方が分が悪そうに見える。おまけに彼女の機体はより洗練、特化された高機動タイプではあるが、恐らくその分装甲も薄いはずなのだ。

 ――トンコツ! 市長は無事か!?

 センチネルで警備中だったマンセル・アレジ組がバタバタと駆け寄ってきて、機体越しに俺たちに声をかけた。

「ゴードン、いいところへ! ここはもう警備しても意味がない、市長を乗せて退避してくれ」

 ――トンコツはどうすんだよ?

「俺は……」

 少し迷う。正直一緒に逃げ出したいし、そうしても誰も責めることはあるまい。レダだって、俺たちがさっさと安全圏へ逃げた方が、戦いやすいはず――だが、その瞬間良くないものが目に入ってしまった。それも、二つ。

 模擬戦の序盤で最初の撃墜判定を食らって擱座を模した姿勢をとっている、テックカワサキ社の「ドウジ」。コクピットハッチが開いたままで、おそらく動力がオフラインになっている。パイロットはどこへ行ったか不明。
 そしてもう一つは、レダ機とS.P.O.R.T.S訓練デバイスを積んでここへやってきた三機目の輸送機、CC-37のパイロットだ。荷下ろしのあと仮設テントのところへ来て、便乗気味にドリンクサーバーからコーヒーを取っていたのだが。

 彼は今、テントから輸送機へと向かう演習場外周の通路上で、両腕で頭を守るようにしてうずくまっていた。座り込んではいるが要するに立ち往生だ。

(あのままじゃあの若いの、遠からず巻き添え食って吹っ飛ぶな……)

「……俺、ちょっとレダを手伝ってくるわ、あと、人命救助な」

 ――トンコツ!?

「ちょっと、サルワタリ!?」

 ゴードンにセンチネルのコクピットへ押し込まれながら、市長が悲鳴に近い声を上げる。

「すみません! 必ず戻ります!」

 俺はまっすぐに走った。自分で考えてもどうかしているが、たぶん俺はもうあのミサイル直撃を受けて飛ばされたときから既にどうかしてしまっているのだろう。
 
 さて、恐らくだが撃墜判定を受けた時点でS.P.O.R.T.Sは機能を停止している。再起動を掛ければあのドウジは普通に動かせるのではないか?
 別にマニュアルを読んだわけではないのでいい加減な勘でしかないが、この状況なら試さないよりはましだ。
 初めての機体ではあるが、俺の顔にはまだキムラからもらったARゴーグルが装着されたまま。なにがしかの助けにはなってくれるだろう。

 ドウジに走り寄り、コクピットによじ登る。幸い、ゴルトバッハはこちらにはまだ注意を払っていないらしい。ゴーグルを制御卓に接続すると、親切にも視野内に番号マーキングを表示して、ドウジの再起動手順を教えてくれた。

(武器も使えりゃいいんだが……まあ、気をそらせるだけでもレダの有利に働くだろうさ!)

 もちろん死にたくはない。死にたくはないが、だからこそ――目の前で誰かが死ぬのをほっとくのも我慢ならないのだ。
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