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episode4:さて、来襲のこの時間(とき)は!
第20話 次期採用機種選定コンペ②
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S.P.O.R.T.Sを装着した両社のリグがともに三機づつの横隊を組み、彼我の間に一キロメートルの距離を置いて配置につく。
肉眼でも十分視認できる距離だが、仮設テント内の観覧席に置かれたモニターには、上空を舞う複数の視察無人機から映像が送られていて、チャンネルを移動しながら詳細な観察が可能だった。
「ご執心ね」
開始前からモニターと会場を行き来する俺の目玉の動きに、市長が失笑を漏らす。
「さすがにこれは、つい見入ってしまいますね……」
「そういえばあなた、前職は重機の、ええと、レンタル? そういう業種で営業もやってたって言ってたわね」
「ええ。自分の命に直結することではありますけど、今日はなんというか、役得だなあと」
そう、そもそも機械が好きだから、重機リース屋の社員になったのだ。
テックカワサキ社の提示機体はタタラの発展形のようだったが、全体にぐっと細身で軽快な印象だ。頭部はあのサメの背びれめいた形状を改めて、丸みを帯びた丈の低いものになっている。
特徴的なのはその頭部側面から後方やや下へ伸びる、左右一対のアンテナ様のもの。そして各部に貼りつけられた、正面からの射線に対して大きな傾斜を取ったモジュール式の追加装甲だ。その姿はどこか、平安時代の水干衣装を連想させる。
コードネームは「ドウジ」――なるほど。露骨な日本文化アピールが見て取れるのはともかく、これは軽量化によって機動性を確保し、敵を翻弄して隙をつく、そういうコンセプトらしい。
対するウォーリック・シェアード・アーモリーの機体は、やはり逆関節のダチョウのような脚部を持つシンプルな構造だ。ただしコクピットを内包する胴部中央には尖鋭な形状をもつ装甲ブロックが追加装備され、脚部の形状からは衝撃吸収機構が強化されていると推測された。
そして機体側面には腕ではなく、大口径の多目的グレネード・ランチャーを装備。機体後方には緊急加速用のスラスターが追加されている。コードネームは「スピアヘッド」。
これはつまり、装甲と加速力を頼りにごり押しで接近し、至近距離から重火器の重い一撃を叩きこむ突撃機だ。
「なるほど、やっぱり各社のカラーが出ますね」
「そうね。テックカワサキには、熟練した操縦者が機体を器用に使いこなして戦う、そういうイメージがあるんでしょう」
市長と小声でそんな話を交わした。実はさっきから、隣の観覧ブースにいるキムラと個人的に話してみたくてたまらないのだが、この状況ではそうもいかない。
テックカワサキは元をたどれば日本企業――文化が、ことに食文化が受け継がれている可能性はある。中華風有機麺なる代用品は今でも存在するようだし、トマツリも知っているぐらいのもの。となれば。
向こうの拠点になっている環境制御都市になら万に一つ、ラーメンもあるのでは?
だが模擬戦開始のホイッスルはそんな俺の思いをよそに無情に鳴り響き――実際には各機体で同期された時計が、セットされた時刻を迎えてアラームが鳴るわけだが、とにかく。
模擬戦が、スタートした。
* * *
緒戦はウォーリック社が有利に進めていると見えた。初期位置の相対距離1キロ、これはスピアヘッドにとってほぼ指呼の間と言っていい短距離だ。スラスターで一機に距離を詰められ囲まれて、ドウジ一機が瞬く間に撃破判定を受ける。
しかし、その間に残るドウジ二機は軽快にホバー移動で距離を取り、垂直発射式の誘導ミサイルで圧を掛け――という状況が、コクピットに座るパイロットたちがモニター越しに認識する世界では起きていた……
起きていた、らしい。
あいにく観戦するこちらに見えるのは、双方のS.P.O.R.T.Sが発するレーザー光による信号そのものですらなく、送受信状態を示す赤ないし緑のランプの光だけ。そこにコクピットで交わされる音声の情報だけ聞かされて首をひねっていると、キムラが俺と市長にゴーグルを差し出してくれた。
「どうぞ、これを掛けるとモニターでも肉眼でも、彼らが受け取っているのと同じ情報が再現されます」
「そりゃあいい!」
早速装着。スリムなデザインのARゴーグル越しに戦闘を見ると、そこには爆炎が上がりリグの外装パーツが削れて火花を散らす、迫力満点の戦場絵図が展開されていた。
思わず中腰になって両手を握りしめていると、キムラが嬉しそうに俺の横に腰を下ろした。
「そのゴーグルは差し上げましょう。リグのコンソールに繋げばそのまま戦闘にも使える、うちの最新型です。規格は『天秤』の公開フォーマットと合わせてありますので、他社のリグにも使えます。まあ、一部対応できない機能も出てくると思いますが――」
「本当ですか! やったぁ!」
「ちょっと、サルワタリ?」
市長のたしなめる声も何やら変換されて、天使の歌声のようだ。そうだ、今この距離なら聞ける。
「あの、ついでにつかぬ事をうかがいますが、そちらの都市で――」
ラーメン食えます? という質問は完成させることはできなかった。突然、その場にあった全ての通信機や音声出力装置に、アラートが鳴り響いたからだ。
レダのひきつった声がそれにかぶさった。
〈演習場の防空圏外から、高速の飛来物! 総員退避して!!〉
「飛来物だぁ!?」
瞬間、この時代に飛ばされたときの記憶がフラッシュバックする。脳内にこだまする、不快に音程が降下するサイレン音――
〈ターゲット識別! GEOGRAAF社製モーターグリフ、『モルワイデ』だ! エンブレムは……傭兵ランキング6位、コンラート・ゴルトバッハ!〉
数秒を待たず、レダの警告をかき消さんばかりの音量で耳の痛くなるような金属音が響いた。
明るいパープルグレーとシャインレッドで塗り分けられた、ややマッシブなシルエットの人型機体が演習場へ向かって降下してくる――
肉眼でも十分視認できる距離だが、仮設テント内の観覧席に置かれたモニターには、上空を舞う複数の視察無人機から映像が送られていて、チャンネルを移動しながら詳細な観察が可能だった。
「ご執心ね」
開始前からモニターと会場を行き来する俺の目玉の動きに、市長が失笑を漏らす。
「さすがにこれは、つい見入ってしまいますね……」
「そういえばあなた、前職は重機の、ええと、レンタル? そういう業種で営業もやってたって言ってたわね」
「ええ。自分の命に直結することではありますけど、今日はなんというか、役得だなあと」
そう、そもそも機械が好きだから、重機リース屋の社員になったのだ。
テックカワサキ社の提示機体はタタラの発展形のようだったが、全体にぐっと細身で軽快な印象だ。頭部はあのサメの背びれめいた形状を改めて、丸みを帯びた丈の低いものになっている。
特徴的なのはその頭部側面から後方やや下へ伸びる、左右一対のアンテナ様のもの。そして各部に貼りつけられた、正面からの射線に対して大きな傾斜を取ったモジュール式の追加装甲だ。その姿はどこか、平安時代の水干衣装を連想させる。
コードネームは「ドウジ」――なるほど。露骨な日本文化アピールが見て取れるのはともかく、これは軽量化によって機動性を確保し、敵を翻弄して隙をつく、そういうコンセプトらしい。
対するウォーリック・シェアード・アーモリーの機体は、やはり逆関節のダチョウのような脚部を持つシンプルな構造だ。ただしコクピットを内包する胴部中央には尖鋭な形状をもつ装甲ブロックが追加装備され、脚部の形状からは衝撃吸収機構が強化されていると推測された。
そして機体側面には腕ではなく、大口径の多目的グレネード・ランチャーを装備。機体後方には緊急加速用のスラスターが追加されている。コードネームは「スピアヘッド」。
これはつまり、装甲と加速力を頼りにごり押しで接近し、至近距離から重火器の重い一撃を叩きこむ突撃機だ。
「なるほど、やっぱり各社のカラーが出ますね」
「そうね。テックカワサキには、熟練した操縦者が機体を器用に使いこなして戦う、そういうイメージがあるんでしょう」
市長と小声でそんな話を交わした。実はさっきから、隣の観覧ブースにいるキムラと個人的に話してみたくてたまらないのだが、この状況ではそうもいかない。
テックカワサキは元をたどれば日本企業――文化が、ことに食文化が受け継がれている可能性はある。中華風有機麺なる代用品は今でも存在するようだし、トマツリも知っているぐらいのもの。となれば。
向こうの拠点になっている環境制御都市になら万に一つ、ラーメンもあるのでは?
だが模擬戦開始のホイッスルはそんな俺の思いをよそに無情に鳴り響き――実際には各機体で同期された時計が、セットされた時刻を迎えてアラームが鳴るわけだが、とにかく。
模擬戦が、スタートした。
* * *
緒戦はウォーリック社が有利に進めていると見えた。初期位置の相対距離1キロ、これはスピアヘッドにとってほぼ指呼の間と言っていい短距離だ。スラスターで一機に距離を詰められ囲まれて、ドウジ一機が瞬く間に撃破判定を受ける。
しかし、その間に残るドウジ二機は軽快にホバー移動で距離を取り、垂直発射式の誘導ミサイルで圧を掛け――という状況が、コクピットに座るパイロットたちがモニター越しに認識する世界では起きていた……
起きていた、らしい。
あいにく観戦するこちらに見えるのは、双方のS.P.O.R.T.Sが発するレーザー光による信号そのものですらなく、送受信状態を示す赤ないし緑のランプの光だけ。そこにコクピットで交わされる音声の情報だけ聞かされて首をひねっていると、キムラが俺と市長にゴーグルを差し出してくれた。
「どうぞ、これを掛けるとモニターでも肉眼でも、彼らが受け取っているのと同じ情報が再現されます」
「そりゃあいい!」
早速装着。スリムなデザインのARゴーグル越しに戦闘を見ると、そこには爆炎が上がりリグの外装パーツが削れて火花を散らす、迫力満点の戦場絵図が展開されていた。
思わず中腰になって両手を握りしめていると、キムラが嬉しそうに俺の横に腰を下ろした。
「そのゴーグルは差し上げましょう。リグのコンソールに繋げばそのまま戦闘にも使える、うちの最新型です。規格は『天秤』の公開フォーマットと合わせてありますので、他社のリグにも使えます。まあ、一部対応できない機能も出てくると思いますが――」
「本当ですか! やったぁ!」
「ちょっと、サルワタリ?」
市長のたしなめる声も何やら変換されて、天使の歌声のようだ。そうだ、今この距離なら聞ける。
「あの、ついでにつかぬ事をうかがいますが、そちらの都市で――」
ラーメン食えます? という質問は完成させることはできなかった。突然、その場にあった全ての通信機や音声出力装置に、アラートが鳴り響いたからだ。
レダのひきつった声がそれにかぶさった。
〈演習場の防空圏外から、高速の飛来物! 総員退避して!!〉
「飛来物だぁ!?」
瞬間、この時代に飛ばされたときの記憶がフラッシュバックする。脳内にこだまする、不快に音程が降下するサイレン音――
〈ターゲット識別! GEOGRAAF社製モーターグリフ、『モルワイデ』だ! エンブレムは……傭兵ランキング6位、コンラート・ゴルトバッハ!〉
数秒を待たず、レダの警告をかき消さんばかりの音量で耳の痛くなるような金属音が響いた。
明るいパープルグレーとシャインレッドで塗り分けられた、ややマッシブなシルエットの人型機体が演習場へ向かって降下してくる――
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