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episode4:さて、来襲のこの時間(とき)は!
第19話 次期採用機種選定コンペ①
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カナダ中部、旧マニトバ州に点在する、干上がった氷河湖の一つ。
ごく浅い湖だったその場所の、かつての岸辺に俺たちは立っていた。誰がいつ頃の時期に、この荒廃した過酷な土地でそのような工事を行ったのかは、俺が知る由もなかったが――とにかくそこには巨大な飛行場にも似た、丁寧に整備、舗装された人工の平地があった。
そして、そこに三機の大型航空機が翼を休めていた。見たこともないような巨人機が二機、それとやや小ぶりな、箱を飲み込んだヨタカのような姿の垂直離着陸機だ。
「いやはや、盛観ですなぁ!」
明らかな日本語で、目一杯機嫌よく聞こえる第一声を上げた男。彼がテックカワサキ社の総合営業部統括室長、カンジ・フィリップス・キムラだった。
事前にネットワークを通じて資料は読んである。少し後退した額の上に硬い髪質の短いくせ毛を貼りつかせ、二十世紀前半に回帰したような黒いセルフレーム眼鏡越しに鋭い目をのぞかせる、三十代後半の男だ。
大柄で長身。慇懃な物言いで韜晦しているように見受けられるが、さて実力のほどはいかなる物か?
「本日はお日柄もよく……この度は警備用装備品として、わが社のリグに新規採用の機会を与えて下さる、というお話。まことに感謝に耐えません……!」
市長の傍近くに立ち、彼はもみ手をせんばかりの勢いで社交辞令を述べる。
「いえ、どういたしまして」
「今日ご覧に入れる商品は、必ずやギムナン市当局のお眼鏡にかなうものと自負しております――まあ、今日はいささか場違いな方々も同席されておられるようですが」
やや離れた位置で挨拶とアピールの順番を待っている、ウォーリック社の面々を、キムラは軽く一瞥した。
「設計段階でコンセプトの硬直しきったウォーリック社のリグなどに、わが社は決して遅れは取りません」
(そうはいうても、純正パーツの供給とメンテの供与を受けていた、あの野盗集団のタタラはセンテンスに圧殺されてるんだけどな)
冷ややかな気持ちが胸に去来する。まあ奴らの場合はいま一歩、武装の使い方とかそういうのがなってなかったので、人的要因で負けた部分が大きいとは思うが。
「ふっ……ご自信のほどは承りましたが、わが社とギムナン・シティにはここ五十年に及ぶ信頼と、製品運用の実績がありますわ」
横幅のあるがっしりした体型にウェーブのかかったふわふわの金髪、という個性的な美女がやってきて、自信たっぷりな素振りで胸をそらした。その後ろには
眉間にしわを寄せたウォーリックの社員たちが数人並んでいる。
「ギムナンの皆様が安価なセンチネルを少人数で運用しながら、今日に至るまで安全と自立を維持してこられた――それはわが社の製品が持つ、シンプルな機能性と信頼性の証左というものでしょう。汎用性などという胡乱な観念に踊らされて、ともすればデッドウェイトにも等しいマニュピレーターを頑なに組み込み続けるテックカワサキなどには、一顧だに与える必要などないのです」
まくしたてるその横幅金髪こそはウォーリックのリグ開発部主任、ヘザー・マクルーハン女史である。自信家らしいその態度ともの言いからは、会社への忠誠心と、現場で実際の機体に取っ組み合う人間ならではの矜持がうかがわれたが――日本人の感覚から言えば「もう少し競争相手をリスペクトしてもいいのでは」と思わせる苛烈さも鼻についた。
「まあまあ皆さん。言葉でどれだけ主張しても、実際のところは試してみないと分からないでしょう」
市長に用意してもらったビジネススーツに身を包み、俺は営業マンモードに切り替えて彼らの間に立った。
「当市としましても、現有装備に不安を覚えればこそ後継機種選定に踏み切ったわけですし」
しゃしゃり出た中年男の姿に、両企業のビジネスマンたちがじろりと視線を向ける
「あなたは?」
「ああ、皆様には事前の自己紹介がまだできておりませんでした、私はギムナン所属の自警団員で、この度のコンペの立会人を一任されております、ミキオ・サルワタリと申します」
「ああ! ではあなたが……無人で放棄されていたセンチネルで、所属不明部隊のランベルトを撃破したという!?」
マクルーハン女史の目が喜色と昂奮に輝いた。キムラの顔色がすこし青ざめたが、彼はネクタイの結び目をぐい、と引き締めて気持ちを切り替える様子だった。
「……なるほど、ではあなたがハーケン市長との臨時コンビで野盗集団のリグを殲滅し……そして腕の有用性に着目したと!」
「ええ、まあそんな感じです」
「よろしいよろしい! では早速始めようではないですか! 素晴らしいビジネスチャンスを感謝しますよ!」
「そうね、時は金なり、です! ここが今の天候に恵まれるのも、あと数時間という予報でしたしね!」
両社ともに鼻息荒く、自分たちの商品を運んできた輸送機に指示を出す。先日のレダとの電話でも名前が出たCC-45型輸送機の機体側面がぱっくり開き、そのまま内側が積み下ろし用の斜路となって地上へと掛け渡された。
二機の輸送機つからそれぞれ三機づつのトレッド・リグが降りてくる。
もう一機、CC-37型輸送機も機体下面にある貨物庫の前方ハッチを開き、そこからは六個のコンテナと、鮮やかなピンクと黒に塗装されたモーターグリフが姿を現した――もちろん、レダの「ネオンドール」だ。
――今日のコンペで会場警備を担当させていただきます、グライフのレダ・ハーケンです。また、模擬戦の判定の正確性を期すため「天秤」から貸与を受けて、『S.P.O.R.T.S(*)』訓練デバイスをお持ちしました。
レダが会場に運んできたのは、平たく言えば模擬戦用のレーザー発振器とセンサーのセットである。
企業二つの渉外担当チームと小都市の最高責任者が顔を合わせるこの場で、万が一にも事故が起きてはならないし、両社とも場合によっては即決で製品を納入する構えで、破損も極力避けたいという意向だった。
で、この辺り一帯には少数ながら、原住生物の灰色熊から派生した、危険な変異生物が生息している。その対策まで含めた警備をレダだけに任せるのは無理があるため、R.A.T.sからもこの場に、一交代分三機編成のセンチネル分隊を繰り出していた。
* S.P.O.R.T.S: “sufficient precise and optimized reaction - training system”(十分に正確で最適化された反応をする訓練システム)の略。明らかに頭字語として「SPORTS」ありきで作られたアプロニムと思われる( )。
ごく浅い湖だったその場所の、かつての岸辺に俺たちは立っていた。誰がいつ頃の時期に、この荒廃した過酷な土地でそのような工事を行ったのかは、俺が知る由もなかったが――とにかくそこには巨大な飛行場にも似た、丁寧に整備、舗装された人工の平地があった。
そして、そこに三機の大型航空機が翼を休めていた。見たこともないような巨人機が二機、それとやや小ぶりな、箱を飲み込んだヨタカのような姿の垂直離着陸機だ。
「いやはや、盛観ですなぁ!」
明らかな日本語で、目一杯機嫌よく聞こえる第一声を上げた男。彼がテックカワサキ社の総合営業部統括室長、カンジ・フィリップス・キムラだった。
事前にネットワークを通じて資料は読んである。少し後退した額の上に硬い髪質の短いくせ毛を貼りつかせ、二十世紀前半に回帰したような黒いセルフレーム眼鏡越しに鋭い目をのぞかせる、三十代後半の男だ。
大柄で長身。慇懃な物言いで韜晦しているように見受けられるが、さて実力のほどはいかなる物か?
「本日はお日柄もよく……この度は警備用装備品として、わが社のリグに新規採用の機会を与えて下さる、というお話。まことに感謝に耐えません……!」
市長の傍近くに立ち、彼はもみ手をせんばかりの勢いで社交辞令を述べる。
「いえ、どういたしまして」
「今日ご覧に入れる商品は、必ずやギムナン市当局のお眼鏡にかなうものと自負しております――まあ、今日はいささか場違いな方々も同席されておられるようですが」
やや離れた位置で挨拶とアピールの順番を待っている、ウォーリック社の面々を、キムラは軽く一瞥した。
「設計段階でコンセプトの硬直しきったウォーリック社のリグなどに、わが社は決して遅れは取りません」
(そうはいうても、純正パーツの供給とメンテの供与を受けていた、あの野盗集団のタタラはセンテンスに圧殺されてるんだけどな)
冷ややかな気持ちが胸に去来する。まあ奴らの場合はいま一歩、武装の使い方とかそういうのがなってなかったので、人的要因で負けた部分が大きいとは思うが。
「ふっ……ご自信のほどは承りましたが、わが社とギムナン・シティにはここ五十年に及ぶ信頼と、製品運用の実績がありますわ」
横幅のあるがっしりした体型にウェーブのかかったふわふわの金髪、という個性的な美女がやってきて、自信たっぷりな素振りで胸をそらした。その後ろには
眉間にしわを寄せたウォーリックの社員たちが数人並んでいる。
「ギムナンの皆様が安価なセンチネルを少人数で運用しながら、今日に至るまで安全と自立を維持してこられた――それはわが社の製品が持つ、シンプルな機能性と信頼性の証左というものでしょう。汎用性などという胡乱な観念に踊らされて、ともすればデッドウェイトにも等しいマニュピレーターを頑なに組み込み続けるテックカワサキなどには、一顧だに与える必要などないのです」
まくしたてるその横幅金髪こそはウォーリックのリグ開発部主任、ヘザー・マクルーハン女史である。自信家らしいその態度ともの言いからは、会社への忠誠心と、現場で実際の機体に取っ組み合う人間ならではの矜持がうかがわれたが――日本人の感覚から言えば「もう少し競争相手をリスペクトしてもいいのでは」と思わせる苛烈さも鼻についた。
「まあまあ皆さん。言葉でどれだけ主張しても、実際のところは試してみないと分からないでしょう」
市長に用意してもらったビジネススーツに身を包み、俺は営業マンモードに切り替えて彼らの間に立った。
「当市としましても、現有装備に不安を覚えればこそ後継機種選定に踏み切ったわけですし」
しゃしゃり出た中年男の姿に、両企業のビジネスマンたちがじろりと視線を向ける
「あなたは?」
「ああ、皆様には事前の自己紹介がまだできておりませんでした、私はギムナン所属の自警団員で、この度のコンペの立会人を一任されております、ミキオ・サルワタリと申します」
「ああ! ではあなたが……無人で放棄されていたセンチネルで、所属不明部隊のランベルトを撃破したという!?」
マクルーハン女史の目が喜色と昂奮に輝いた。キムラの顔色がすこし青ざめたが、彼はネクタイの結び目をぐい、と引き締めて気持ちを切り替える様子だった。
「……なるほど、ではあなたがハーケン市長との臨時コンビで野盗集団のリグを殲滅し……そして腕の有用性に着目したと!」
「ええ、まあそんな感じです」
「よろしいよろしい! では早速始めようではないですか! 素晴らしいビジネスチャンスを感謝しますよ!」
「そうね、時は金なり、です! ここが今の天候に恵まれるのも、あと数時間という予報でしたしね!」
両社ともに鼻息荒く、自分たちの商品を運んできた輸送機に指示を出す。先日のレダとの電話でも名前が出たCC-45型輸送機の機体側面がぱっくり開き、そのまま内側が積み下ろし用の斜路となって地上へと掛け渡された。
二機の輸送機つからそれぞれ三機づつのトレッド・リグが降りてくる。
もう一機、CC-37型輸送機も機体下面にある貨物庫の前方ハッチを開き、そこからは六個のコンテナと、鮮やかなピンクと黒に塗装されたモーターグリフが姿を現した――もちろん、レダの「ネオンドール」だ。
――今日のコンペで会場警備を担当させていただきます、グライフのレダ・ハーケンです。また、模擬戦の判定の正確性を期すため「天秤」から貸与を受けて、『S.P.O.R.T.S(*)』訓練デバイスをお持ちしました。
レダが会場に運んできたのは、平たく言えば模擬戦用のレーザー発振器とセンサーのセットである。
企業二つの渉外担当チームと小都市の最高責任者が顔を合わせるこの場で、万が一にも事故が起きてはならないし、両社とも場合によっては即決で製品を納入する構えで、破損も極力避けたいという意向だった。
で、この辺り一帯には少数ながら、原住生物の灰色熊から派生した、危険な変異生物が生息している。その対策まで含めた警備をレダだけに任せるのは無理があるため、R.A.T.sからもこの場に、一交代分三機編成のセンチネル分隊を繰り出していた。
* S.P.O.R.T.S: “sufficient precise and optimized reaction - training system”(十分に正確で最適化された反応をする訓練システム)の略。明らかに頭字語として「SPORTS」ありきで作られたアプロニムと思われる( )。
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