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episode1:ここは現実――止しといて欲しかった

第6話 厄ネタとフラグと、臭いおじさん

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「ニコル、です」

 少女はぽつりと一言答えた。

「そっか、ニコルちゃんね。どこからどうやってここに来たか、説明できる?」

 ニコルは俺たちをぐるりと見廻すと、ぶるっと身を震わせてうつむいた。

「よくわからない……です。壁に囲まれたところで、白い服を着たおじさんやおばさん、それに同じくらいの齢の子たちと一緒にいたの。白い服の人たちは私たちに食べ物や着るものをくれて、読み書きとかも教えてくれてた……でも、少し前に、見たことのない人たちが大きな音と光の出るものを持って私たちのところに」

(大きな音と光。武器かな……たぶん銃だよな。なにかの施設にいて、そこに武装した連中が来た?)

 何やら不穏な想像が広がる。現実には幸いにしてそんな目に遭ったことはなかったが、SFアニメの中とか、治安の悪い国のニュースなんかでは、それに類することは結構見聞きしている――学校が武装組織に占拠されたりとか。

「……続き、話せる? 無理だったらいいけど」

 何ごとか察した風で、レダが声のトーンをひときわ柔らかいものに変えた。

「だいじょうぶ……話せる。私たちは大きな乗り物に乗せられて移動したの。それで、見たことのない硬いパンみたいなものを二回か三回もらって食べた。乗り物には窓が無くて、外は見えなかった。急に乗り物がガクン、って揺れて……みんな横倒しになった。明かりが消えて何も見えなくなって……」

(どこかに移送される途中で、輸送車両が襲われた、とかかな……)

 レダの言う天秤リーブラというのがどういう組織かは、今のところ彼女の話から判断するしかない。だが、地上での移動や輸送に彼女たちが護衛につく、というようなことがあるのなら、逆のことをする個人や組織もいないわけではないだろう。

「それで?」

 トマツリが先を促す。ややデリカシーに欠ける気がするので評価をマイナス1だ。営業マンは査定が厳しいのだ。

「乗り物のドアが開けられて、『もう大丈夫だ、帰ろう』って声がしたわ。また違う、別の人たちが三人くらいいたと思う。私は怖くなって隅っこに隠れてたの。見つからずに済んだから少したってから外に出てみたけど、もう誰もいなくて、乗り物の前半分が壊れてた。あと、箱を二つ重ねたような形の少し小さな乗り物が三台くらい、煙を上げて燃えてた」

「……トマツリ。これちょっとかなりキナ臭いよ。ここ一週間くらいのニュースを検索して、なにか関連ありそうな動きがなかったか確認した方がいい」

「……そうだな」

「あたしも調べてみるわ。現場がどこか分からないけど、この子の足でここまで来られそうな距離……そうね、多めに見積もって半径20km圏内で、最近なにか組織間の衝突や、野盗の襲撃がなかったか……天秤リーブラのデータベースなら、そこそこの精度で調べられる……それで、ニコル? あなたはその輸送車がつぶされた現場から、ここまで歩いてきたってこと?」

「はい。食べ物貰った時のパウチに、トイレの洗浄用の水を詰めて、それから、ゴミ箱に捨てた食べ残しを――ぱさぱさして美味しくなかったから食べない子もいたから。それを拾い集めて」

「……たくましい子だね、よく頑張った」

 レダがニコルの肩を後ろから包み込むようにして抱きしめた。

「その先も頼める?」

「はい……ずっと歩いてたら、四角い小さな建物が見えて……壁の破れ目があったから、そこから中に入って、梯子を下りて、地下道を歩いてたら……目の前の天井が崩れて光がさしてきたの。それで上に上がってみたら――」

 ニコルはそう言いさして俺の方を見た。

「その臭いおじさんがいて、あの黒い大きなロボットが立ってたんです」

「……『臭いおじさん』は勘弁してくれよなぁ」

 くっそう。人に会う予定なんかないと安心しきって、角煮入り豚骨ラーメンと餃子を注文したのに。まさかこんなことになるとは。

「ニコルが言ってるのは多分、あそこだな……放棄エリアN-24Bに、そんな感じの監視所があったはずだ。まさか、まだ繋がってる経路があったのか」

 人をやって塞がせなきゃならん、とトマツリが頭を抱えた。

「よし、わかった。ニコルちゃん、話してくれてありがとうな。ギムナン・シティは君を歓迎する。そこのおっさんと同じく配給枠を用意するから、安心して暮らしてくれ」

 トマツリがまたヘッドセットのマイクに向かって、ニコルの分の申請手続きを指示する。割と広範な権限を持たされているらしい。

「大丈夫なの、トマツリ。厄ネタだよこの子、どう考えても……」

「そりゃそうだが、だからってどこか押し付ける当てがあるか?」

「ないよねぇ。迂闊にどっかに預けて、それが彼女たちをさらおうとした連中ならだし」

 そんな言い回し、まだ残ってるのか――というかつまりここは明らかに未来の地球だってことだ。なんてひどい話だ。
 俺はどうやら、どこかの病院で昏睡してて夢を見てるわけでもなく、なにかの拍子に目を覚まして包帯とチューブまみれの自分に気づくこともあり得ない、というわけか。

        * * *

 ニコルの申請が受理されるには少し間があるということで、俺たちはレダの帰りを見送る流れになった。駐機場に立て膝をついた姿勢で控えるポーズをとった、彼女の愛機を改めて見上げる――無茶苦茶カッコいい。

「おおぅ。凄いキラキラした目してるね。やっぱり好き? こういうの」

「そりゃ、まあ」

「これが『モーターグリフ』。あたしたちみたいな傭兵や、企業にやとわれた戦闘要員が使う、最先端兵器ってわけ――つってもこれ、今じゃ新規製造とか難しくて、パーツ含めてレストア品が普通なんだけどね。あたしの『ネオンドール』は70%新造品のフレームに、厳選したレストア品のパーツを使って組み上げてあるんだ」

「そりゃあ、豪儀だな……」

「へへっ。これでも傭兵評価ランキング五位の上澄みだからね。こいつら電動の鷲獅子モーターグリフを操る傭兵だけが『グライフ』って呼ばれるのさ。ああ、でもあんたがさっき使ったセンチネルみたいなトレッド・リグも馬鹿にしたもんじゃないぜ……安いから数揃えられるし、飛んだり跳ねたりしないぶん丈夫に作れるんだ。天井のあるところで囲まれたら、ネオンドールだって無事じゃすまない」

 なるほど。役割分担や使いようがあるってことか。

「上澄み、か。ちょいと聞きたいが、例えば――評価ランキングの上の方に行けば、俺でもニンニクとか……ラーメンとか、食える機会があるか?」

「うーん。まあ私もそこそこのもん食ってるけど、そういう特定の食い物はランキングより運とか縁じゃないかって思うなあ……まあ、頑張りなよおっさん。あたしも元はR.A.T.sの隊員で、トレッド・リグ使いリガーだったんだ」

 そして最後に、機体に乗り込みコクピットのハッチを閉めながら彼女はニカっと笑ってこう言った――

 ――そんなささやかな夢で満足すんなよ! ランキング登ってきてあたしと組めるくらいになったらさ……そんくらいの男となら、寝てもいいんだぜ!

 ネオン・ドールはホバー走行めいた機動で駐機場を離れ、距離をとると、不意に推進器をふかして空中へ上がった。ギムナンの上空に広がる採光用の窓の――そこには先の襲撃者が半透明な屋根材を破ってぽっかりと穴が開いていたが――すぐ横を抜けて、正規の出入りに使うものらしいゲートへ向かって進入していった。
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