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episode1:ここは現実――止しといて欲しかった
第4話 ギムナン・シティの自警団
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どうやらここで間違いないようだ。
センチネルの機体に乗降に適した姿勢を取らせハッチを開けると、男がこちらへ近づいてきた。
「やあ、さっき通信に出てくれたのはあんたか? 俺はアンゴ・トマツリ。ここの自警団、R.A.T.sの戦闘班長をやってる」
三十代半ばらしい男の顔は、明らかなアジア系のそれだった。今まで意識していなかったが、言葉もおおよそ日本語。道理で自然に意思疎通できていたのだと、今さらながら思い当たる。
「どうも。俺は猿渡幹夫だ……ここの流儀だとミキオ・サルワタリかな?」
差し出された手を握――ろうとして、俺は自分の手のひらがまだ血で汚れていることに気が付いた。
「――すまん。俺が見つけたときは、お仲間はもうこと切れてたんだ」
「ああ。気にしないでくれ、あんたが生き延びて、センチネルを野ざらしにせずここに持ち込んでくれただけでも十分……んっ?」
俺と握手の距離まで近づいたトマツリの顔が、鼻孔を狭めた奇妙な表情になった。
「何だ、この匂い……」
「あー、ニンニクだろ。さっきまでラーメンを食いかけてたところだったんだ」
「ラーメン!? 待て、あんた何処から来たんだ?」
一瞬きょとんとした顔から一テンポ遅れて、あからさまな猜疑心に表情が染め上がる。
「ラーメンって……聞き間違えでなけりゃ、確か中華風有機麺のモデルになった大昔の料理だろ。ギムナン・シティにそんなものを出す店はないぞ。あるとすりゃ、最高クラスの環境制御都市くらいだ。管理複合体のお偉いさんとかなら……」
「オーガニック……何だって? 環境制御都市? 待った、待ってくれ。何もわからん!」
どうやら、想像以上におかしなことになっているようだ。
――ちょっと、あんたたちさ! 初対面の挨拶が大事なのは分かるけど、女の子こんなとこにほったらかしにして盛り上がってるのはどうよ?
「あ……」
「女の子? そういやさっき」
振り向くとセンチネルの開け放ったコクピットハッチの下で、先ほどのボロ着の少女が、車道に放り出された仔猫のように心細げな顔で固まっていた。
* * *
「あんたの言ってることはおおむね理解できた。だが納得は全く無理だ……その話、他所ではするなよ。絶対にややこしくなる」
駐機場の片隅にあるプレハブ建築めいたガレージの中。
目高屋でラーメンを食っていた時から現在に至るまでの、俺の事情に関するかい摘まんだ説明を聞いて、トマツリはさらに微妙な表情になった。
「だよなあ」
俺としても共感しかない。おたがいの常識が違い過ぎるのだ。
トマツリからの説明を聞く限り、ここは長期にわたる泥沼のような戦争と環境破壊をくぐり抜けた後の、途方もなく未来の地球らしいと判断できた。
生き延びた人類は世界各地の地殻が安定した楯状地の地下に、人工的に制御された環境を内包する環境制御都市を建設。
それぞれの運営にあたるのは、建設に資金や資材、技術を提供した複数の企業からなる管理複合体、という構図。まあ、想像力の範疇内だろう。
だが業深いことにそれぞれの環境制御都市とその管理複合体は、残された限りある資源や設備をめぐって未だに陰に日向に争いを繰り広げているという――
「ギムナンはもともとここを仕切ってた企業連中が、勝手に事業を打ち切って何もかんも置き去りに出て行った跡地でな」
トマツリが、彼の前に置かれた食事パックのトレーをフォークの先で意味ありげにつついた。
「仕方ないから住人から代表を選んで合議制で運営してる。で、ありがたいことに、ここには水の精製及び再処理ができるプラントと、何世代もかけて住人の手で涵養、改良してきた有機土壌があるんだ」
「そそ。野菜が美味いんだよ、野菜がさ!」
バン、と音を立てて、テーブルに新たなトレーが載せられた。俺の横に座ったのは、ハスキーな声の小柄な若い女――彼女が先ほどの、ピンクと黒の機体を操っていたパイロットだ。
「ここは他所の地下にある企業の都市と違って、それほどせまっ苦しい管理体制はないし、候補地の取り合いに負けて地表近くに作ったのが逆に幸いしてさ、細々とだけど太陽光を浴びられるんだよね」
「ああ。ま、そのせいで接収や市場拡大を狙った他所の企業から、果ては地表に迷い出た無法者にまで、何かというと狙われるわけだが」
なるほど。よくある話だが、ひどい。
俺と、少し離れたテーブルに一人で座っている少女の前にも、彼らと同じ食事パックが置かれていた。
トレイのくぼみには何かの穀物の粉を水で溶いて煮たものらしい、粥めいた主食のペーストが盛り付けられ、濃いめの味付けをした肉っぽい食感のキューブが六個ばかり、デミグラスソースに色だけはそっくりな液体をかぶって転がっている。
その横に載せられた、鮮やかな緑色のズッキーニとまだすこし未熟な感じのするトマトだけが異様にそぐわなかったが、今の解説ですっかり納得がいった。
「さて、そういうわけで……俺としてはあんたに一つ提案をしたい」
トマツリが真っ直ぐ俺の目を見て来た。あぁ、これは何か逃げ道のない契約を迫られるときによくある、あの雰囲気だ。
「俺たちR.A.T.sは、そういうクソ野郎から街を守ってる。非力ながら何とか野盗くらいは追い返せてきたわけだが、今日はメンバーのサクラギを失った。あんたさえ良ければ、うちで採用したい。機体はそのまま使ってくれていいし、食料や物品の配給枠はサクラギの分をそのままスライドできる」
ははあ。これはまあ、考慮に値すると言っていいのだろう。俺にはそもそも、この街で何のつてもなければ身分証明もないのだ。
「少々危険ではあるが、飯と仕事、それに寝床くらいは保証できるって訳だ……どうかな?」
調子を合わせるように、隣の席の女がひどくなれなれしく俺の肩に肘を載せてきた。
「なぁに、ヤバい奴らが来たときは、『天秤』を通してあたしら『グライフ』を呼んでくれりゃいい。少なくともあたしはすぐ駆けつけるぜ、ギムナンは古巣だからな」
センチネルの機体に乗降に適した姿勢を取らせハッチを開けると、男がこちらへ近づいてきた。
「やあ、さっき通信に出てくれたのはあんたか? 俺はアンゴ・トマツリ。ここの自警団、R.A.T.sの戦闘班長をやってる」
三十代半ばらしい男の顔は、明らかなアジア系のそれだった。今まで意識していなかったが、言葉もおおよそ日本語。道理で自然に意思疎通できていたのだと、今さらながら思い当たる。
「どうも。俺は猿渡幹夫だ……ここの流儀だとミキオ・サルワタリかな?」
差し出された手を握――ろうとして、俺は自分の手のひらがまだ血で汚れていることに気が付いた。
「――すまん。俺が見つけたときは、お仲間はもうこと切れてたんだ」
「ああ。気にしないでくれ、あんたが生き延びて、センチネルを野ざらしにせずここに持ち込んでくれただけでも十分……んっ?」
俺と握手の距離まで近づいたトマツリの顔が、鼻孔を狭めた奇妙な表情になった。
「何だ、この匂い……」
「あー、ニンニクだろ。さっきまでラーメンを食いかけてたところだったんだ」
「ラーメン!? 待て、あんた何処から来たんだ?」
一瞬きょとんとした顔から一テンポ遅れて、あからさまな猜疑心に表情が染め上がる。
「ラーメンって……聞き間違えでなけりゃ、確か中華風有機麺のモデルになった大昔の料理だろ。ギムナン・シティにそんなものを出す店はないぞ。あるとすりゃ、最高クラスの環境制御都市くらいだ。管理複合体のお偉いさんとかなら……」
「オーガニック……何だって? 環境制御都市? 待った、待ってくれ。何もわからん!」
どうやら、想像以上におかしなことになっているようだ。
――ちょっと、あんたたちさ! 初対面の挨拶が大事なのは分かるけど、女の子こんなとこにほったらかしにして盛り上がってるのはどうよ?
「あ……」
「女の子? そういやさっき」
振り向くとセンチネルの開け放ったコクピットハッチの下で、先ほどのボロ着の少女が、車道に放り出された仔猫のように心細げな顔で固まっていた。
* * *
「あんたの言ってることはおおむね理解できた。だが納得は全く無理だ……その話、他所ではするなよ。絶対にややこしくなる」
駐機場の片隅にあるプレハブ建築めいたガレージの中。
目高屋でラーメンを食っていた時から現在に至るまでの、俺の事情に関するかい摘まんだ説明を聞いて、トマツリはさらに微妙な表情になった。
「だよなあ」
俺としても共感しかない。おたがいの常識が違い過ぎるのだ。
トマツリからの説明を聞く限り、ここは長期にわたる泥沼のような戦争と環境破壊をくぐり抜けた後の、途方もなく未来の地球らしいと判断できた。
生き延びた人類は世界各地の地殻が安定した楯状地の地下に、人工的に制御された環境を内包する環境制御都市を建設。
それぞれの運営にあたるのは、建設に資金や資材、技術を提供した複数の企業からなる管理複合体、という構図。まあ、想像力の範疇内だろう。
だが業深いことにそれぞれの環境制御都市とその管理複合体は、残された限りある資源や設備をめぐって未だに陰に日向に争いを繰り広げているという――
「ギムナンはもともとここを仕切ってた企業連中が、勝手に事業を打ち切って何もかんも置き去りに出て行った跡地でな」
トマツリが、彼の前に置かれた食事パックのトレーをフォークの先で意味ありげにつついた。
「仕方ないから住人から代表を選んで合議制で運営してる。で、ありがたいことに、ここには水の精製及び再処理ができるプラントと、何世代もかけて住人の手で涵養、改良してきた有機土壌があるんだ」
「そそ。野菜が美味いんだよ、野菜がさ!」
バン、と音を立てて、テーブルに新たなトレーが載せられた。俺の横に座ったのは、ハスキーな声の小柄な若い女――彼女が先ほどの、ピンクと黒の機体を操っていたパイロットだ。
「ここは他所の地下にある企業の都市と違って、それほどせまっ苦しい管理体制はないし、候補地の取り合いに負けて地表近くに作ったのが逆に幸いしてさ、細々とだけど太陽光を浴びられるんだよね」
「ああ。ま、そのせいで接収や市場拡大を狙った他所の企業から、果ては地表に迷い出た無法者にまで、何かというと狙われるわけだが」
なるほど。よくある話だが、ひどい。
俺と、少し離れたテーブルに一人で座っている少女の前にも、彼らと同じ食事パックが置かれていた。
トレイのくぼみには何かの穀物の粉を水で溶いて煮たものらしい、粥めいた主食のペーストが盛り付けられ、濃いめの味付けをした肉っぽい食感のキューブが六個ばかり、デミグラスソースに色だけはそっくりな液体をかぶって転がっている。
その横に載せられた、鮮やかな緑色のズッキーニとまだすこし未熟な感じのするトマトだけが異様にそぐわなかったが、今の解説ですっかり納得がいった。
「さて、そういうわけで……俺としてはあんたに一つ提案をしたい」
トマツリが真っ直ぐ俺の目を見て来た。あぁ、これは何か逃げ道のない契約を迫られるときによくある、あの雰囲気だ。
「俺たちR.A.T.sは、そういうクソ野郎から街を守ってる。非力ながら何とか野盗くらいは追い返せてきたわけだが、今日はメンバーのサクラギを失った。あんたさえ良ければ、うちで採用したい。機体はそのまま使ってくれていいし、食料や物品の配給枠はサクラギの分をそのままスライドできる」
ははあ。これはまあ、考慮に値すると言っていいのだろう。俺にはそもそも、この街で何のつてもなければ身分証明もないのだ。
「少々危険ではあるが、飯と仕事、それに寝床くらいは保証できるって訳だ……どうかな?」
調子を合わせるように、隣の席の女がひどくなれなれしく俺の肩に肘を載せてきた。
「なぁに、ヤバい奴らが来たときは、『天秤』を通してあたしら『グライフ』を呼んでくれりゃいい。少なくともあたしはすぐ駆けつけるぜ、ギムナンは古巣だからな」
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