上 下
5 / 5

最終話 魔を払う聖水と魔道具

しおりを挟む
「いいえ」


 即答する。


「よかった……。私は、転生前に大切な人を流行り病……いいえ、呪いで失いました。その過ちを、この世界で繰り返したくなかったのです」
「お辛い経験があったのですね……」


 頭を垂れたベルナール殿下を私はそっと腕の中に包んだ。
 彼が体重を預けてくる。


「もっとも転生前の記憶はもう霧の向こうにあって、あまり思い出せませんが。私の本来の性格は社交的なものでした。茶会に参加するうちに、君と出会い……次第に惹かれていったのです」
「そんな……」


 今まで、そのような熱い感情は微塵も感じなかった。
 彼はいつも紳士的で、優しく丁寧だった。


「だけど、もちろん君には婚約者がいて……。私の想いを告げたら、戦争にでもなったかもしれない。今では逆転してしまったけど、国力も負けていましたし」


 彼はゆっくりと話をしてくれる。
 まるで二人の記憶を紡ぐように。


「あの婚約破棄の現場に立ち会えたのは運命だと思いました。勝手に体が動き、君を抱えていました。呪いのことなんか正直二の次でした。君と二人きりで話すのが楽しくて仕方ありませんでした」
「あら、私は本気で呪いのことを話していたのに?」
「もちろん、呪いの解決こそ大切なことだったけど、一番大切なのは……君です」
「……わ、私……」
「できれば、将来もずっと、私の隣にいてくれませんか?」


 ああ。
 そうだ。
 呪いに対することより何より。
 私はこの言葉が欲しかったのだ。

 私も、下心ありきで呪いのことを話していた……のかもしれない。


「爵位などいろいろ問題がありそうですが」
「そう考えてくださるって事は、OKだと考えても良いですか? 大丈夫、ウチはで小回りがききます」
「じゃあ、一つお願いがあります」
「何でしょう?」
「あの時のように、もう一度、抱えてもらえたら」


 私の体が宙に浮く。
 その力強さは前と変わらず、今はたまらず愛おしい。
 あの運命の日に思いを馳せ、私はうっとりとしてしまう。

 願いをあっという間に叶えてくださった王子に、私はキスをした。
 その晩の星空は格段に美しかった——。




 それからしばらく後のこと。
 ふと、思い出したように夫となったベルナール殿下が仰る。


「ありがとう。君のおかげで世界が、国が、私が救われた」
「ふふ。何度目ですか、それ?」
「これからも何度も言うさ」
「私には、あなたの……あなたの知識と、この国に来てすぐ見せてくださった魔道具が、聖水と同じくらいの効果があったのではと思っています」
「二人の力。それと、そうか、あの道具か」
「はい。口を覆ってしまう魔法の道具」
「ああ、それは——」



 やがて、その島国の特産物として二つの魔法的道具が有名になったという。
 名実ともに聖女となった者が生成する「魔を払う聖水」と、「ますく」という名の薄くヘンテコな形をした魔道具が——。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(2件)

おゆう
2021.05.05 おゆう
ネタバレ含む
解除
dragon.9
2021.05.04 dragon.9

いいなぁ、腹黒優男王子!
すきだなぁ!
このままやっておしまい!(笑)

解除

あなたにおすすめの小説

嘘を信じ私を切り落とした者とその国の末路は……。

四季
恋愛
「レミリア・レモネード! 君との婚約を今ここで破棄する!」 第一王子ブランジズ・ブブロ・ブロロブアは晩餐会の最中突然宣言した。

【完結】婚約破棄にて奴隷生活から解放されたので、もう貴方の面倒は見ませんよ?

かのん
恋愛
 ℌot ランキング乗ることができました! ありがとうございます!  婚約相手から奴隷のような扱いを受けていた伯爵令嬢のミリー。第二王子の婚約破棄の流れで、大嫌いな婚約者のエレンから婚約破棄を言い渡される。  婚約者という奴隷生活からの解放に、ミリーは歓喜した。その上、憧れの存在であるトーマス公爵に助けられて~。  婚約破棄によって奴隷生活から解放されたミリーはもう、元婚約者の面倒はみません!  4月1日より毎日更新していきます。およそ、十何話で完結予定。内容はないので、それでも良い方は読んでいただけたら嬉しいです。   作者 かのん

素顔を知らない

基本二度寝
恋愛
王太子はたいして美しくもない聖女に婚約破棄を突きつけた。 聖女より多少力の劣る、聖女補佐の貴族令嬢の方が、見目もよく気もきく。 ならば、美しくもない聖女より、美しい聖女補佐のほうが良い。 王太子は考え、国王夫妻の居ぬ間に聖女との婚約破棄を企て、国外に放り出した。 王太子はすぐ様、聖女補佐の令嬢を部屋に呼び、新たな婚約者だと皆に紹介して回った。 国王たちが戻った頃には、地鳴りと水害で、国が半壊していた。

あと一週間で、聖女の夫になることができたのに……。残念でしたね。

冬吹せいら
恋愛
オーデンバム学園の卒業式の後、首席のリアム・ベルリンドを祝うパーティが行われた。 リアムは壇上で、自分はルイーザ・サンセットに虐めを受けていた。などと言い始める。 さらにそこへ、ルイーザの婚約者であるはずのトレバー・シルバードが現れ、彼女を庇うどころか、ルイーザとの婚約を破棄すると言い出した。 一週間後、誕生日を迎えるルイーザが、聖女に認定されるとも知らずに……。

契約破棄された聖女は帰りますけど

基本二度寝
恋愛
「聖女エルディーナ!あなたとの婚約を破棄する」 「…かしこまりました」 王太子から婚約破棄を宣言され、聖女は自身の従者と目を合わせ、頷く。 では、と身を翻す聖女を訝しげに王太子は見つめた。 「…何故理由を聞かない」 ※短編(勢い)

精霊の愛し子が濡れ衣を着せられ、婚約破棄された結果

あーもんど
恋愛
「アリス!私は真実の愛に目覚めたんだ!君との婚約を白紙に戻して欲しい!」 ある日の朝、突然家に押し掛けてきた婚約者───ノア・アレクサンダー公爵令息に婚約解消を申し込まれたアリス・ベネット伯爵令嬢。 婚約解消に同意したアリスだったが、ノアに『解消理由をそちらに非があるように偽装して欲しい』と頼まれる。 当然ながら、アリスはそれを拒否。 他に女を作って、婚約解消を申し込まれただけでも屈辱なのに、そのうえ解消理由を偽装するなど有り得ない。 『そこをなんとか······』と食い下がるノアをアリスは叱咤し、屋敷から追い出した。 その数日後、アカデミーの卒業パーティーへ出席したアリスはノアと再会する。 彼の隣には想い人と思われる女性の姿が·····。 『まだ正式に婚約解消した訳でもないのに、他の女とパーティーに出席するだなんて·····』と呆れ返るアリスに、ノアは大声で叫んだ。 「アリス・ベネット伯爵令嬢!君との婚約を破棄させてもらう!婚約者が居ながら、他の男と寝た君とは結婚出来ない!」 濡れ衣を着せられたアリスはノアを冷めた目で見つめる。 ······もう我慢の限界です。この男にはほとほと愛想が尽きました。 復讐を誓ったアリスは────精霊王の名を呼んだ。 ※本作を読んでご気分を害される可能性がありますので、閲覧注意です(詳しくは感想欄の方をご参照してください) ※息抜き作品です。クオリティはそこまで高くありません。 ※本作のざまぁは物理です。社会的制裁などは特にありません。 ※hotランキング一位ありがとうございます(2020/12/01)

死んだ妹そっくりの平民の所為で婚約破棄と勘当を言い渡されたけど片腹痛いわ!

サイコちゃん
恋愛
突然、死んだ妹マリアにそっくりな少女が男爵家を訪れた。男爵夫妻も、姉アメリアの婚約者ロイドも、その少女に惑わされる。しかしアメリアだけが、詐欺師だと見抜いていた。やがて詐欺師はアメリアを陥れ、婚約破棄と勘当へ導く。これでアメリアは後ろ盾もなく平民へ落ちるはずだった。しかし彼女は圧倒的な切り札を持っていたのだ――

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。