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第4話 秘密

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 しかもユリエ様を傷付けたお前らなどに……そんな言葉が聞こえたような気がした。
 気のせいだろうけど。


「ぐ……いくらで譲ってくれる?」


 この声を待っていたというように、ベルナール王子殿下が立ち上がる。
 そして、スタスタと近づいてきて私に耳打ちする。


「ユリエ様。お譲りしてもよろしいですか?」


 私への確認。
 しかし、聖水は全てこの国に納めているつもりだ。
 神官達が生成した聖水もあるだろう。
 私に確認なんて必要ないはずだけど、気にしてくださったのだろうか。


「はい。殿下にお任せします」
「感謝します」


 わざとコソコソ話をするとバッド王子殿下や妹の表情がくるくる変わって興味深い。
 秘密の会話を終えると、ベルナール王子殿下は元の席に戻る。


「そうだな、これくらいでどうでしょう?」


 指で値段を示す殿下。


「そ、それは法外な……」
「そうよ! たかだか姉の作った聖水なんて、その半分でも高いわ!」
 

 ここでベルナール王子殿下の表情が初めて変わった。


「だったら、他の国に卸すだけです。もう帰っていただいて結構です!」
「ひぃぃぃ…………わ、分かりました……」


 彼らは結局、ベルナール王子殿下の要求を丸呑みしたのだった。
 最後まで見送ることはしなかったけど、彼らの館を去るときのしょぼくれた後ろ姿が印象的だった。

 私は妹に問いかける。


「最後に教えて。母さんは元気?」
「……それが、呪いが発症して……一応治したけど体力が戻ってなくて。ねえ、お見舞いにこっちの国に帰って来てくれないかしら? 会えばきっと元気に——」
「いいえ。私は追放された身です。もうお目にかかることもないでしょう」
「…………そんな……」


 さすがに今回のことは堪えたようで、妹ダリラは言葉を失っていた。



 後でベルナール殿下がこっそり教えてくれる。


「あの二人、特にバッド王太子殿下は……もう帰ったら後が無いと思う」
「どういうことですか?」
「君を失い、国家に呪いを蔓延させてしまった。軍にも影響があったという。彼にとって、これが最後の公務となるだろう——」



 数ヶ月後。
 世界中から呪いが一掃され、全て元通りの生活が戻って来た。
 強い効き目のある島国の聖水は、世界中の救世主となったのだ。

 呪いの特効薬として、聖水を直接飲むものもいたとかいなかったとか。



 神殿でいつもの聖水作りをして王宮に戻る。
 あれからというもの、他のどの国よりも強い効果を持つ聖水は、ひっぱりだこになったらしい。
 作れば作るだけ売れるのだけど、殿下は好きなペースで作ってくれれば良いと言ってくださった。
 神官たちもいるし、私は自分のペースで聖水を作り続けている。

 そういえば、私はいつまでここにいていいのだろうと思った矢先のこと。


「ありがとうユリエ。この国はもちろん、世界がすくわれました。君のおかげです」
「いいえ。殿下が、神官の皆さんが頑張ったおかげです」
「そうですか? ちょっとした運命の巡り合わせが無ければ、あなたの意思がなければ……世界は滅んでいたかも知れません」


 神妙な顔をしてベルナール王子殿下が仰った。
 その言葉は、まるで魂から絞り出されるような苦さを感じた。


「あの……?」
「君は、あの呪いが魔法的なものだと思っていますか?」
「はい、そう思っていましたが、違うのですか?」
「私は違うと思っています。ここは魔法がある世界だから多少は影響しているかも知れませんが」


 
 この人は何を言っているのだろう?


「魔法では無い、と?」
「はい。君が提案した呪い蔓延の防止方法は、『私が元いた世界』で流行った病への対処方法と似ていました。聖水の効果が予想より便利で強力だったのは驚きでしたが」
「元いた世界?」
「はい。信じてもらえなくても構いません。私は異世界転生者です」


 ベルナール殿下は、すぐには信じられないことを説明してくださった。
 でも、彼の性格の変遷を思えば、なんとなく分かるような気がする。
 私が茶会に出るようになった頃、彼はひきこもりから積極的に茶会に、外国の茶会にさえ参加するようになった。
 バッド元王太子殿下も、根暗だったと彼のことを評していた。

 ひきこもっていたのに、人が変わったように茶会に参加し、あげく私をさらうように連れ出すなんて。


「今から数年前に、転生前の記憶を思い出したのです。今の私は……嫌いですか?」
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