上 下
7 / 11
本編

第7話 理由

しおりを挟む
 ミーナが追い出された聖堂に朝が訪れた。

 コリンが目覚めると、共に眠ったはずのカミラの姿が見えないことに気付く。
 気ままな彼女のことだ……やっと手に入れたこの聖堂の散歩でもしているのだろうと、コリンは思った。
 情熱的な一晩を過ごしたためか、やや体が重い。

 ここは元々、ミーナが生活していた部屋だ。
 天蓋があるものの装飾があまりない作りのベッド。
 部屋の中はほとんど何も無い。ミーナは何も望まなかったのだ。
 一日中癒やしやら悪魔払いをしたあと、ここで眠るだけの生活をしていたことが分かる。

「ミーナ……私は追い出してしまったのか」

 自分の口から出て行けと言ったのにも関わらず、コリンは強烈な喪失感を抱いていた——。


 初めてミーナに会ったときはとても可愛らしい女の子だと思った。この子が妻になるなら悪くない。
 婚約破棄をされた傷物だと聞いていたが、その予想を覆す美貌にコリンの心は躍ったものだ。
 覇気が無く、両親やコリンが言うことに殆ど刃向かわない。
 そんな従順な性格であることが分かると、今度はミーナを都合のいい女だと思い始める。

 コリンは、王家に婚約破棄されたとは言え、聖女であるため王家の監視があるのではと考えていた。
 案の定、彼女を近くに呼び寄せるために聖堂を建てると、そこに王家付きの侍女を派遣すると口を出してきた。
 ぞんざいな扱いはできない。結婚前に手を出すことも叶わず、悶々と過ごす日々が続く。
 
 そんな時に現れたのがカミラだ。
 清楚なミーナと違い、カミラは妖艶な美しさを放っていた。
 身寄りがなく遠い親戚であるコリンの両親を頼って、伯爵家の館にやってきたという。
 調べると血筋も確からしいし、不思議と両親と打ち解けるのも早かった。そのため彼女を養女として館に住まわせることになる。

 その数日後の夜。コリンの部屋に肌着のみを身につけたカミラがやって来た。

「こんばんは。私はコリン様を慕っております」
「そんな格好で……それに、私には、ミーナが——」

 言いかけたコリンの唇を、カミラの唇が塞ぐ。
 驚くコリンを前に、カミラは胸元を大きくはだけ、薄黒い聖女の証を見せた。

「私にも……ほら、聖女の証が」

 なんだ、ミーナ以外にも聖女がいるではないか。コリンは思う。
 義妹ではなく、女として見ていたカミラが目の前に現れると、コリンは自らの欲望を彼女にぶつけた。
 嬲るようにカミラを抱く。まるで、それができないミーナの代わりというように。

「わ……私はいったい何を……」

 結局、行為の後に出た言葉は、後悔をしたフリに過ぎない。自らの欲望を、まるで過ちだったとしたいだけの、勝手な振る舞い。

「後悔などしてはいけませんわ。私が正妻でいいではありませんか。どうせ、あの女は抵抗しないでしょう?」
「ああ……そうだな……」

 カミラの瞳が青から金色に変化して輝いた。
 その目に吸い寄せられるように、再び二つの影が一つになる。



 聖堂の中央の部屋にある聖女の座。
 そこにカミラがふんぞり返って座っている。まるで、ようやく手にした場所だと誇示するかのように。
 コリンは彼女の姿を見つけ、足早に近づいていく。

「おはよう……ここにいたんだね。聖女の衣には着替えないのかい?」
「うん、そうね……この格好の方が布が少なくて動きやすいし」
「そうか……でも着替えた方が……」
「いいえ、この服の方が、聖女の証がよく見えるわ」

 鮮やかな赤色で肌の露出が多い、まるでパーティーに出席するようなドレス。大きく胸元が見えるデザインのため、聖女の証と呼ばれる痣がよく見えた。
 薄黒色の聖女の証は、コリンが初めて夜を共にしたときに見たものより濃くなっている。

 聖女は同時期に複数存在し得ることは、古い歴史書にも記されている。
 ただ、最終的に、本当の聖女の力を得る者はただ一人であること、そしてどうやら「白の聖女」と「黒の聖女」なるものがあるらしいことが分かっている。
 しかし、それらがどんな役割を持つのか、どの歴史書にも記されていなかった。まるで何者かが削除したかのように、どこにも残ってはいないのだ。

「そ……うだな……じゃあ……そのまま……の格好で」

 コリンの思考になにか別の者が入り込んでいるのか、言葉がおぼつかないことがあった。
 カミラはその様子を見ても動じず、口元の笑みを絶やさなかった。

「ええ」
「……今日から本格的に聖女としての務めを……果たしてもらうわけだが……平気かな?」

 聖堂の前には複数の馬車が並び、その日の「客」を連れてきていた。目当ては聖女による癒やしや悪魔払いだ。
 今まではミーナが応対してきたことである。

「もちろん」

 カミラは顔を上げ、自信たっぷりにコリンに言ったのだった。


「聖女殿はどちらかな?」
「いらっしゃいませ。こちらです」

 太った中年の男が、入り口に控えている侍女に聞く。
 その指にはたくさんの指輪が輝き、服もキラキラとやや下品な光を放っていた。

 癒やしの間に案内されると、そこにいた女の顔を見て、その男は首をかしげる。

「おや、初めて見る顔だが、これはまた……。今日は君が癒やしてくれるのかね?」
「はじめまして。先代に代わり今日から私が担当させて頂きます。カミラと申します。お見知りおきを」
「……ふむ。まあ、病気が癒えるのであれば、誰でも良いが……。早く、癒やしておくれ」
「分かりました。どこが痛みますか?」
「腹が、少々張っておるのだ」

 中年の男に見えないようにして、しかめっ面をするカミラ。
 醜い肉塊を直視できない。仕方なく、目を背けながら腹に触れ、呪文を唱える。

「【傷治癒キュアライトワンズ】!」

 しかし……何も変化がない。それは当然のことだった。
 太った中年男性の症状は、単純に不摂生による体調不良なのだから。
 病気ではなく、単に食事の管理が出来ていないだけだ。

 もちろん、ミーナはこういう事例も把握していた。
 こんな場合は気分を落ち着かせるために香を焚き、食事に気をつけてくださいと伝え、治療は行っていなかった。
 気分が落ち着くように話をし、時には歌を歌って心を癒やす。
 それだけで、男は満足し、聖堂に多額の寄付をしていたのだ。

「……何も変わらないではないか……」

 新聖女の治療を受けて、太った中年男性は不満を漏らした。


 治療を受けたはずの男は、帰り際にコリンに詰め寄る。

「前の聖女殿はどこか? 新しい聖女ではまったく癒やされぬ。手際も雑で……会話も及ばず、かえってストレスが溜まったわ!」
「ま、まだ慣れておりませぬゆえ」
「御託はいい。前の聖女殿を呼んでくれ!」
「もうおりませぬ。罪を犯したため、追放いたしました」
「なんと……あれほどの力を持った聖女殿を追い出したのか。愚かなことを」

 その日の「客」の感想は、どれも同じようなものだった。寄付額も当然少なくなっていた。
 散財が続く両親の小遣いを稼ぐためにも、客は減らしたくない。
 にもかかわらず、誰も彼も、まともに金を置いていかず、ミーナを出せとの不満をコリンにぶつけてくる。

 会話だけが目的でやってきた者もいた。
 精神の癒やしをもミーナは司っていたのだった。
 彼女の笑顔を見て会話を交わすだけで救われた気分になる者も多くいた。

 それは、決して聖女の力だけではない、ミーナ特有の真の力。
 聖女の務めにまったく興味が無かったコリンが知る由も無かった。


「カミラ、クレームが結構……来ていて……丁寧に務めを果たすことは……できないかい?」

 もう少しなんとかならないかカミラに聞くコリンだったが……。

「そんな……一生懸命やっているのに。私だって聖女ですわ」

 カミラも心身共に疲れていて、どうにもならない様子だった。
 二人とも、どうしてこうなったのか理解が出来ない。


 散々な一日が終わり、肩を落とし一人で自室に戻るコリンの姿があった。
 ミーナを追い出したときに比べ覇気が無く、顔も青ざめている。

「クソっ。なぜこんなことに……。ミーナがいた時はこんな事なかったのに、なぜ……。いったい、どうしたらいいんだ……?」

 逃げ出したい。コリンは、今の状況が辛くて、涙を流す。
 しかし、自身の因果応報などと考えはしなかった。

 もちろん、事態はこの程度で収まるわけがない。
 破滅への足音が近づいていることを、コリンが知る由も無かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「次点の聖女」

手嶋ゆき
恋愛
 何でもかんでも中途半端。万年二番手。どんなに努力しても一位には決してなれない存在。  私は「次点の聖女」と呼ばれていた。  約一万文字強で完結します。  小説家になろう様にも掲載しています。

自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?

長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。 王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、 「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」 あることないこと言われて、我慢の限界! 絶対にあなたなんかに王子様は渡さない! これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー! *旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。 *小説家になろうでも掲載しています。

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

【完結】聖女を害した公爵令嬢の私は国外追放をされ宿屋で住み込み女中をしております。え、偽聖女だった? ごめんなさい知りません。

藍生蕗
恋愛
 かれこれ五年ほど前、公爵令嬢だった私───オリランダは、王太子の婚約者と実家の娘の立場の両方を聖女であるメイルティン様に奪われた事を許せずに、彼女を害してしまいました。しかしそれが王太子と実家から不興を買い、私は国外追放をされてしまいます。  そうして私は自らの罪と向き合い、平民となり宿屋で住み込み女中として過ごしていたのですが……  偽聖女だった? 更にどうして偽聖女の償いを今更私がしなければならないのでしょうか? とりあえず今幸せなので帰って下さい。 ※ 設定は甘めです ※ 他のサイトにも投稿しています

貴方が選んだのは全てを捧げて貴方を愛した私ではありませんでした

ましゅぺちーの
恋愛
王国の名門公爵家の出身であるエレンは幼い頃から婚約者候補である第一王子殿下に全てを捧げて生きてきた。 彼を数々の悪意から守り、彼の敵を排除した。それも全ては愛する彼のため。 しかし、王太子となった彼が最終的には選んだのはエレンではない平民の女だった。 悲しみに暮れたエレンだったが、家族や幼馴染の公爵令息に支えられて元気を取り戻していく。 その一方エレンを捨てた王太子は着々と破滅への道を進んでいた・・・

聖女の代役の私がなぜか追放宣言されました。今まで全部私に仕事を任せていたけど大丈夫なんですか?

水垣するめ
恋愛
伯爵家のオリヴィア・エバンスは『聖女』の代理をしてきた。 理由は本物の聖女であるセレナ・デブリーズ公爵令嬢が聖女の仕事を面倒臭がったためだ。 本物と言っても、家の権力をたてにして無理やり押し通した聖女だが。 無理やりセレナが押し込まれる前は、本来ならオリヴィアが聖女に選ばれるはずだった。 そういうこともあって、オリヴィアが聖女の代理として選ばれた。 セレナは最初は公務などにはきちんと出ていたが、次第に私に全て任せるようになった。 幸い、オリヴィアとセレナはそこそこ似ていたので、聖女のベールを被ってしまえば顔はあまり確認できず、バレる心配は無かった。 こうしてセレナは名誉と富だけを取り、オリヴィアには働かさせて自分は毎晩パーティーへ出席していた。 そして、ある日突然セレナからこう言われた。 「あー、あんた、もうクビにするから」 「え?」 「それと教会から追放するわ。理由はもう分かってるでしょ?」 「いえ、全くわかりませんけど……」 「私に成り代わって聖女になろうとしたでしょ?」 「いえ、してないんですけど……」 「馬鹿ねぇ。理由なんてどうでもいいのよ。私がそういう気分だからそうするのよ。私の偽物で伯爵家のあんたは大人しく聞いとけばいいの」 「……わかりました」 オリヴィアは一礼して部屋を出ようとする。 その時後ろから馬鹿にしたような笑い声が聞こえた。 「あはは! 本当に無様ね! ここまで頑張って成果も何もかも奪われるなんて! けど伯爵家のあんたは何の仕返しも出来ないのよ!」 セレナがオリヴィアを馬鹿にしている。 しかしオリヴィアは特に気にすることなく部屋出た。 (馬鹿ね、今まで聖女の仕事をしていたのは私なのよ? 後悔するのはどちらなんでしょうね?)

【完結】婚約破棄された悪役令嬢は、元婚約者と略奪聖女をお似合いだと応援する事にした

藍生蕗
恋愛
公爵令嬢のリリーシアは王太子の婚約者の立場を危ぶまれていた。 というのも国の伝承の聖女の出現による。 伝説の生物ユニコーンを従えた彼女は王宮に召し上げられ、国宝の扱いを受けるようになる。 やがて近くなる王太子との距離を次第に周囲は応援しだした。 けれど幼い頃から未来の王妃として育てられたリリーシアは今の状況を受け入れられず、どんどん立場を悪くする。 そして、もしユニコーンに受け入れられれば、自分も聖女になれるかもしれないとリリーシアは思い立つ。けれど待っていたのは婚約者からの断罪と投獄の指示だった。 ……どうして私がこんな目に? 国の為の今迄の努力を軽く見られた挙句の一方的な断罪劇に、リリーシアはようやく婚約者を身限って── ※ 本編は4万字くらいです ※ 暴力的な表現が含まれますので、苦手な方はご注意下さい

ふしだらな悪役令嬢として公開処刑される直前に聖女覚醒、婚約破棄の破棄?ご冗談でしょ(笑)

青の雀
恋愛
病弱な公爵令嬢ビクトリアは、卒業式の日にロバート王太子殿下から婚約破棄されてしまう。病弱なためあまり学園に行っていなかったことを男と浮気していたせいだ。おまけに王太子の浮気相手の令嬢を虐めていたとさえも、と勝手に冤罪を吹っかけられ、断罪されてしまいます。 父のストロベリー公爵は、王家に冤罪だと掛け合うものの、公開処刑の日時が決まる。 断頭台に引きずり出されたビクトリアは、最後に神に祈りを捧げます。 ビクトリアの身体から突然、黄金色の光が放たれ、苛立っていた観衆は穏やかな気持ちに変わっていく。 慌てた王家は、処刑を取りやめにするが……という話にする予定です。 お気づきになられている方もいらっしゃるかと存じますが この小説は、同じ世界観で 1.みなしごだからと婚約破棄された聖女は実は女神の化身だった件について 2.婚約破棄された悪役令嬢は女神様!? 開国の祖を追放した国は滅びの道まっしぐら 3.転生者のヒロインを虐めた悪役令嬢は聖女様!? 国外追放の罪を許してやるからと言っても後の祭りです。 全部、話として続いています。ひとつずつ読んでいただいても、わかるようにはしています。 続編というのか?スピンオフというのかは、わかりません。 本来は、章として区切るべきだったとは、思います。 コンテンツを分けずに章として連載することにしました。

処理中です...