かれん

青木ぬかり

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10月7日(金)

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「よし、これでもう終わりかな? 上野くんの……文句は」

 明るい、本当に心からの明るい声で松下が宣言した。

「はい。本当に申し訳ありませんでした」

「いや、こちらこそ。……って僕じゃないね、上野くんにヒドいこと言ったのは。言ったのは古川さんと運営だ」

 く……松下さん、憶えとけよ。
 これは松下さんへの貸し……。ミツキが「松下さんがキレる」っていうからやったんだ。
 まあ、結果的には良かったんだろうけど。
 そんな思いを飲み込んで真琴は言う。
 
「はい、私のほうこそごめんなさい。失礼なことばっか言って」

「いいんだ。言われて当然……。そう思う」

 ああ、ホントに……ホントはいい人なんだ。
 そういう人のタガを外してしまうものがあるんだ、どこかに。
 少なくとも、このド田舎に鎮座する大きな大学には。
 そしてたぶん、ここだけじゃなくて日本のいろんなところに……。

「それじゃ上野くん。きみはきみで頑張って」

 松下がこの場を締めにかかる。
 真琴は不意に、この最低な出会い方をした上野との別れが名残惜しく感じられた。

 そして、それは上野の方も同じであるようだった。
 松下の言葉を受けて、その思いを上野が切り出す。

「……あの、まずは自分のことをなんとかしなきゃいけないのは解ってるんですが、その……」

「うん? どうしたの?」

「俺にできること……なにかありませんか?」

 この上野の言葉に、松下は喜びの表情を見せる。
 目尻にシワを刻むほどの笑顔……。それは「大人」の顔だった。

「じゃ、僕らは友だち、そして同志だね」

 松下は左の手を机に置いて腰を持ち上げ、右手を上野に差し出す。
 それを、照れくさそうな上野の右手が受けた。

「そういや名前も言ってなかったね。僕は松下。普段は本部にいるんだ」

 ああ、そうなんだ。
 こうやって警察は、いちど感情をさらけ出して、恥もなにもなくなるまで丸裸になった人を協力者にするんだ。

 この絆は軽くない……。真琴はそう思った。
 たとえ将来、お互い連絡を取らないような関係に……いや
、きっとそうなるけど……この瞬間の契りは消えない……。

 真琴はなにか、言葉では言い表せない「人の美しい部分」を目の当たりにしている気分になった。
 松下の笑みは穏やかだが、これこそが刑事の醍醐味だと言わんばかりの充足を湛えていた。
 あ、いいな。こういうの……。

「目下、警察の願いはひとつ……学生全員の無事なんだ。それは解るよね」

「はい」

「でも上野くんがそうだったように、現実は、かなりの数の学生が逃避……逃げてる。自力で運営から逃げ出すことから逃げてるんだ」

「はい、そうですね」
 
「もょもとって、憶えてる?」

「ああ……はい、もちろん」

「彼は今も頑張ってる。掲示板を通じて警察の苦悩を伝え、学生には自力での脱出を呼びかけてる。僕らは、僕らに協力してくれる学生にお願いしてるんだ。そういう、まずは自分で逃げるんだって流れに持っていくのを」

 もょもとって……。自分のことじゃん。
 でもこれは、必要な嘘……か。

「ああ、すごくよく解ります。……わかりました。俺もやってみます」

「うん、警察が力不足で申し訳ないんだけどね」

 ここで自分、警察を下げてみせる……。
 もう熟練の技だな……松下さん。

「もうそんなことは思いません。まずは学生が安全な場所に行くこと。警察が運営と戦うのはそこから。ですよね」

 これに松下は言葉を返さず、表情だけで応える。

 これ……人を相手にするこの機微……。
 どうすればこれが身につくの?
 警察は、もしかしたら運営と戦わないかもしれないんだ。
 少なくとも松下さんは……。
 だから……言葉では返事をしない。

 世の中、勉強だけじゃないんだ。学ぶことが多すぎる……。
 真琴は、心を熱くしながらも途方に暮れた。

 そして上野は松下と連絡先を交換し、今度こそ部屋を出て行こうとする。
 その上野を真琴は呼び止めた。

「……上野先輩」

「ん?」

「その……私とも、連絡先、交換しときませんか? ラインの方で」

 松下だけでなく真琴からも繋がりを持ちかけられ、上野は戸惑いに近い表情になる。
 しかし、それも一瞬……。すでにこの部屋に悪意は微塵も存在しなかった。


 上野とIDを交換してから、3人で部屋を出た。
 そして建物を出るとき上野は、部屋全体を見渡してから無言で頭を下げた。……深々と。
 真琴は、その場の空気全体が優しさに包まれるのを感じた。

 これが警察……。正義の代行者たちなんだ。

 ふと最奥の責任者……大塚を見ると、その表情も柔らかかった。
 ……どちらかといえば「やれやれ」といったカンジみたいに見えるけど。


 すっかり礼儀正しい若者に洗濯された上野を見送った真琴は、ふたたび松下に促されて窓付きの部屋に戻る。

「さ、とんだ邪魔が入ったけど、僕らは僕らの仕事を続けようか」

 席に着きながら言う松下の言葉に、真琴は首を45°に傾ける。
 あれ? なにしてたんだっけ、私たち……。

「あの……」

「ん?」

「なにを……してたんでしたっけ、ここで」

 松下が声を出して笑う。
 なによ……。そんなに笑わなくたっていいでしょ。

「ミツキと古川さん……つまり中核の運営と最後の運営……そのトップ会談に付き合わされてたんだよ。僕が」

(人聞きの悪いこと言わないでください、松下さん)

 ミツキ……。
 そうだった。
 ミツキを交えて話をしてたところに上野くんが来たんだった。

「アンタやり過ぎだよミツキ、あそこまでやることないじゃない。信じらんない」

 思い出して口を衝いた、それが真琴の第一声だった。

(……ごめんなさい)

 ……あれ?
 ミツキが……謝ってる?

「……許すワケじゃない。そして、完全に信用するワケじゃないよ。それでもいい?」

(うん。それでいい。……真琴にはもっと私を知ってもらいたいけど……もどかしいね、ホント)

 計算されたものと知りつつも、一つひとつの言葉が真琴の心に響く。

 利用されてるだけだとしても……それでもいい……。
 真琴をしてそう思わせるほどに、ミツキの言葉は、ミツキという存在そのものに興味を抱かせる。
 携帯電話越しに聴く、機械がはじき出した精巧な言葉……。
 どうすればこんな切ない言葉が出てくんのよ、ホント。

 そして真琴は申し出を受ける。

「分かった。私にもやるべきことがあるんだろうから。で、なんのハナシしてたんだっけ」

(事件としての結末……〝首〟の話だよ。警察の方針がどうなるかは判んないけど、念のため首を用意しておこうって)

「……ああ、そんなハナシだったね。あれ? なんか私にも手伝えみたいなこと言ってた?もしかして」

(うん。言った)
「割り込んですまないけど、その……ミツキが言う〝首〟って、誰のこと?」

 たまらずという調子で松下が割って入った。

 いざという時のために犯人として警察に捕まるための人を用意する……。
 ホント、聞き捨てならない話だよな、これ。

(カレンのプログラムに毒を仕込んだ人……です。それ以上は言えません)

「それは……僕は知らない方がいいってこと?」

(そうです。松下さんはまだ、知っちゃいけない側の人ですから)

 その言葉だけで松下は黙る。
 運営の発端を知りながら、努めて「知らずにいた」松下さんは、自分の立場を承知してる。

「……つくづく無力を感じるね」

(いえ、そんなことは……)

 ミツキの言葉を遮り、松下は部屋を出て行く。
 そして去り際に松下は「できるだけ首が要らない方向に持っていく努力をするよ、僕は」と言い残した。
 その背中は多くを語っているようで、それでいて真琴には伝わらない。
 真琴は己の浅慮を嘆いた。

 部屋に真琴はひとりで残された。
 正しくはミツキと二人……。
 しかしミツキは、松下が部屋を出て行ってから沈黙していた。

 ホントに単純じゃないよな、この、運営の「悪の要素」は……。

 真琴はため息をひとつ吐き、そして黙るミツキに語りかける。

「……ミツキ。アンタ今、もしかして傷ついてる?」

(え? ……まあ、うん。そう……なのかな)

 そうなんだよな……。
 松下さんも言ってた。
 田中美月事件の犯人のスピード検挙は「黒幕」からのタレコミによるものだったって。
 ここでいう「黒幕」とはミツキ……。
 ミツキなら、20年前の事件の犯人を逮捕するに足る情報を手に入れることも易いんだ。
 その情報をもとに犯人を捕まえた警察……。
 そして松下さんは無力を感じている……ミツキを前に。
 さらに今、松下さんにその「無力感」を与えたミツキは心を痛めている。

 そう、心を……痛めてるんだ。……ミツキが。

「ミツキ……は、ホントに機械なの?」

 そんな言葉が口を衝いた。
 知れば知るほど人間くさい……。
 でも、能力は人間のそれじゃない。
 傷つく「こころ」まで持ってるなら、その「機械のこころ」がこうして傷ついたとき、誰がそれをケアするんだ?

 超法規的手段で悪を捌く……。
 捌く手段が「超法規的」なんだから、それ自体も悪なんだ。

 これはやっぱり、首だけになって池に落ちたロボット、「超まこと」のエピソードと重なるな……。どうしても。
 ミツキが〝思いを込めた〟と自分で言うだけのことはある。
 あの「超まこと」は最期に「おかあさん」と言いながら池に落ちたんだ。


(……うん、機械だよ。……生きてる機械)

 充分に間を置いてミツキが答えた。

 生きてる機械って……。

「どういう意味よ」

(偶然の産物みたいなもん。ゴメン、これ以上は言えない)

「ミツキが見てる世界からすれば、こんな大学のことなんて取るに足らないことだったんじゃないの? あんな……世界の惨状をリアルタイムで見てるなら」

(それは違うよ)

「どう違うのよ」

(なにかのできごとについて、それが一大事かどうかなんて当事者が決めること……でしょ? 日本でテロが起きたって、ロシアにとっては一大事じゃない。ロシアの人が個人的に心を痛めることはあるだろうけど)

 やっぱりミツキには敵わない……。
 大きすぎるんじゃないの? この存在。

 真琴は机上のペットボトルを手に取り、残っていたお茶と共に、ミツキへの畏怖を飲み込んで言う。

「それを言うなら世の中、一大事で溢れかえってることになるじゃん。なんでその中で高山先生のカレン計画に飛び付いたのよ」

(それは……。つい……ってカンジ。……そうとしか言えない)

「ついって……」
(このハナシはやめようよ真琴。たしかに真琴が言うとおり、世の中にはいろんな一大事があるよ。でも、この大学に象徴される問題は他のことにも繋がる。それこそ将来に向けて)

 他のことにも……将来に向けて……か。
 それなら、私が立てた方針はミツキの意に沿うんだろうな。

「ミツキ」

(ん?)

「選ばれたのが私で良かったって、今でも思ってる?」

(もちろんだよ。もう、真琴しかいないってほどね。世の中いろんな問題があるけど、そこに関わらないでいられる人の関心が薄すぎる。心配するようなことをいう人も、ホントに心配してる人はごくわずか。多くは〝心配してる自分〟に酔いたいだけ。渦中にある人は余裕がないのにね。じゃあ問題意識は、いつ、誰が持てばいいの? こんな……他人の心配してたら変わり者みたいに見られる世の中でさ)

 ん……。
 そうだ。素性に触れないかぎりミツキは多弁だ。
 そしてこの「人格」は、多くを知りながらなお、将来を良くしようとしてるんだ。
 自分の陶酔のために「他人の心配」をする人たち、その実態まで目の当たりにしながら……。

 これ、やっぱり嫌いにはなれない。……怖いけど。
 でも、これだけは言わなくちゃ。

「……ミツキ」

(うん)

「ミツキの言うことは解ったつもり。だけどあの〝首〟を用意するってハナシには加担しないよ、私」

(……真琴らしいね)

「カレン騒動の主犯として誰かが裁きを受けるなら、どう考えたってミツキと……高山先生だよ。そこには……情状っていうの? それは山ほどあるけどね。ミツキには悪いけど、これが私の性分みたい」

(うん、正しいね。ああもう、真琴の心がもっと薄汚れてたらいいのに……ってか、薄汚れてたら適任じゃなくなっちゃうジレンマだね)

「そうね。だから松下さんが言う〝首が要らない〟結末がいいな。私は」

(そうだね。それがいちばんいいかもね。私も捕まりたくないし)

「ミツキでも怖いの? 捕まるのが」

(うん。だって、私がこんなことに首突っ込んでるのがバレたら……)

 バレたら……。

 つまり機密……スーパーコンピュータみたいなミツキの存在が公になったら……。
 いろいろ大変だろうな、たしかに。国内的にも、対外的にも……。

(……お父さんに、怒られちゃう)

 ……え?

「……なにそれ、なんのたとえよ。解るように言いなさいよ」

 ここにきてフザけるようなことを言うミツキに、真琴は苛立ちを隠さない。
 なによ、お父さんって……。

(あ……。その……ね、私がこの件に関わってるのはナイショなんだよ。私を産んだ人は認知してない)

「……つまりミツキの独断、本来ならやっちゃいけないことだった。……そういうこと?」

(そう。私がこんな……ひとつの事件に加担するなんて、ゼッタイに認められない。バレたら……どうなるんだろ? 消されはしないと思うけど……)

 消される……か。
 それって、創り上げたミツキの人格には問題ありってことでリセットされちゃう……みたいな意味なのかな。
 ミツキが素性を語らぬだけに想像するしかない部分が大きいけど、ひとつだけ分かった。
 ミツキが機械であろうと人であろうと、本質は同じだったんだ。
 ……私の知らない、他の多くの運営と。
 真琴はそれを口にする。

「……つまりミツキも同じなんだね。犯罪であることを承知で、そして危険であることも承知で、田中美月を襲った犯人を許せなかった……他の運営の人たちと同じ」

(うん……。でも、私はそれ以下かもしんない。だって捕まる覚悟はできてないもん。マジ怖い)

 さっきミツキはカレン計画に加わった理由を「つい……」と言った。

 罠は3年前から大学に仕掛けられてた。
 半年前に誕生したミツキがそれを知って、つい……か。
 そして、マジ怖い……か。
 
 そして真琴は、ひとつ結論を出す。
 それを自分にも言い聞かせるようにミツキに宣言する。

「ミツキ、これから私はアンタをAIとしてじゃなく、人として接するよ。いい?」

(…………。)

 ミツキはすぐに返事を返さない。

(…………ありがとう、真琴)

 しばらく真琴が返事を待っていると、静かな声が響いた。
 そして同時に携帯電話の画面に何かの画像が表示される。
 表示されている画像を見ると、中学生くらいの女の子が表示されていた。
 顔をクシャクシャにして泣いているので、元がどんな容姿なのかは判らない。

「……ミツキ。……誰よ、これ」

(ひひひ……。それは企業秘密……あ、いや、国家機密だよ真琴)

 ……まあいいか。
 この素性の知れない黒幕と相対しながら私は「最善」の結末を用意するんだ。
 それが私の務め……。
 いや、島田くんや理沙、そして愛や隊長、さらには松下さんやカレコレから散々注ぎ込まれたもののせいで、それは「務め」じゃなくて、私の「望み」になってる。

 そして、それでいいんだ。
 もう、そのことに迷いはない。
 それにもう、既におおかたのレールは敷いた。
 あとは、それを成し遂げるだけなんだ。
 この、頼もしすぎる黒幕と一緒に……。

 ここでようやく真琴は自分の携帯電話を手に取る。
 画面に映る女の子はまだ泣いていた。

 国家機密って……これ、この女の子がミツキのモデルなの?
 ……まあ、教えられないみたいだし、そこはもういいかな。

「それで、採点はもう終わったの?」

(うん。終わったよ)

 画面から女の子がパッと消えた。
 ミツキはサラッと言ってのけるが、どういう手順で採点したのか真琴には判らない。

 業に困ってない人もいるから、カレンユーザ全員が受けたわけではない……けど、真琴が受けた講堂では学生説明会にいた学生の8割くらいの人が試験を受けていた。

 受けた人の総数は、少なくとも4,000人は超えていると真琴は見積もった。

「アンタ……どうやって採点したのよ」

(見た)

「え?」

(見て、読んで、点数つけたよ。バチッとね)

「見たって……ウェブカメラ?」

(そう。ファックスだと私の身元がバレるし、スキャナだと時間がかかるからね。私、メチャクチャ早いよ、読むの)

 それはそうだろう。
 でも、その作業をするためには……。

 …………あ、そうか。

「……表面上は、高山先生が採点することになってんだね?」

(そう。高山先生が徹夜で採点する涙のストーリー。警察に一方的に連絡できる運営の立場を利用して押し付けたことになってる)

「え……と、じゃ……もしかして高山先生……今、実はものすごく退屈してんの?」

(そうね。採点自体は終わっちゃったけど、表向きには徹夜仕事だから……外にも出られないよね。どれ……)

 どれって……。ミツキ、覗いてんの? 教授の部屋を。
 ホント、ネットワーク恐るべしだよな。
 言われてみれば「セキュリティ」という名前の壁を見たことはない。
 その壁にどれくらいの高さと厚さと強さがあるのか……。

 最近のOSの標準だと〝お使いのPCは監視され、保護されています〟だ。
 監視されて、保護されてる……。
 まず監視されてるんだ。
 監視者に悪意がないだけ……。
 いや、悪意がないという前提なんだよな。

(え……と、今……は、私が良い評価したヤツの講評と答案を読んでるね、教授)

 そう……監視者の権限とラインに同調しちゃえば……備え付けのウェブカメラからでも覗けるんだ。
 機械であるミツキなら、それはハッキングというより、ちょっと狭い穴から覗くようなもの……なの?
 クラウドなんて、プライベートを丸ごと預けてるようなもんだし。
 無料で何ギガ分のストレージなんて、それこそビッグデータに使われるんじゃないの? 無料なんだから。
 ホント、なにを信用してデータ預けてんの? 私たち。
 コンプライアンスとか、プライバシーポリシーとかいう言葉が世に出てきた時点で麻痺しちゃったんじゃないの?


(……真琴)

「え? あ、ゴメン。またボーッとしてた」

(…………。さっきもあったね、こんなやりとり。真琴はボーッとしてたんじゃない。考えてたんでしょ?)

 ああ、さっきって、ミツキが画面に上野くんの写真……ゲーセンの防犯カメラのチャラい上野くんの写真を映したときか……。
 そう、あのときも似たようなこと考えてたんだよな。
 世の中、誰が、何を、どこまで把握してるのか……。
 島田くんが「権力が国から企業に」って言ってたとおり、どんどん情報を蓄えてるのは企業だよね。

「……ミツキ」

(うん)

「ミツキは別格としてさ、国とか企業は、私たちのことどこまで把握してんの?」

 今回の、このカレン計画……。盗撮家電や悪意あるアプリがなかったとしても、もしかして世の中はもう、似たようなことになってんじゃないの?

(真琴、あのね)

「うん」

(アンタがたまに読んでるケータイ小説サイト、あるじゃん?)

「……ああ、うん」

(今ちょっとそれ開いてみてよ。私はそれでも話せるから)

 ……他の操作をしててもミツキは話せるんだ……この電話で。
 今さら驚くほどのことじゃないけど……気持ちのいいもんじゃないな。
 でもまあ、言われたとおりにしよう。

 真琴は携帯電話で、自分が利用しているケータイ小説サイトを開く。

(で、いちばん下の『プライバシー』っての開いてみてよ)

「……わかった」

 言われるがまま開いてみると、おおむね真琴が予想したような画面が表示された。

 標題は「個人情報の収集について」に始まり、利用目的や提供する場合の定めなどが書いてある。

「今は読む気になんないけど……これがどうしたの?」

(あとでよく読むといいよ。個人情報を第三者に提供できる場合のトップに『本人の同意がある場合』ってのがあるじゃん? つまりね、なんかのトラブルで感情的になった勢いで『聞けばいいだろ。教えてもらって構わない』みたいな言い方をしちゃったら、トラブルの相手に素性を漏らされても文句は言えないんだよ)

「あ……。……そうだね、たしかに」

(真琴が心配してんのはたぶん趣味嗜好のことでしょ? それはいちばん下を見てよ)

 いちばん下……。

 ……え?

 真琴は、理解するために、一言一句を確認するように読み上げる。

「……当社では、行動ターゲティングサービスを利用し、ユーザ毎のサイト内での行動を分析し、そのユーザの興味や関心があると思われる広告を、ユーザに合わせて配信しています……」

(……どう? 読んでみて)

「…………範囲が判らない」

(さすが真琴、飲み込みがいいね。さらに言うとね、この『サイト内での行動』ってのが真琴が気にする趣味嗜好だと思うんだけど、それ自体は「個人情報」じゃないんだよ)

「え……なんで?」

(いちばん上に『個人情報とは……』って書いてあんじゃん。特定の個人を識別できる情報を「個人情報」って言うんだよ)

「あ……ああ、そっか。そういうことか」

(うん。警察なんかには「俺の個人情報が盗まれてるからこのサイト摘発してくれ」って輩がけっこう来るみたいだけど、そもそも個人情報がなんなのか理解してないんだよ。その人たちは)

「……つまり、ネット上での行動……趣味嗜好は個人情報ですらない……んだね」

(そうそう。最近じゃアレじゃん? なにかのサイトのアカウント取るのに、メアドじゃなくて『SNSでログイン』みたいなのが主流じゃん? あれ、SNSでログインしたらその時点で趣味嗜好はSNSも共有するんだよ、即ね)

「あ……ああ、だからSNSの方に小説サイトの広告が出るんだ……」

(そそそそ。「個人情報」から離れた「趣味や嗜好、性癖」が独り歩きしてんの。でもこれは「個人情報の漏洩」じゃないんだよ。勘違いしてる人が多いけど)

「そう……だよね。……ここに書いてあるもんね……」

 ぼんやりとしか考えたことがなかった仕組みを具体的に示されて、真琴は愕然とする。

 サイトでの「行動」が、別のサイトに把握される……。
 その「行動」自体は個人情報じゃなくても、別のサイト……たとえばSNSは「個人情報」も持ってるんだから……。

 紐付けられる……。
 簡単に……。
 当然のこととして……。

(……真琴)

「……なに?」

(これが現実だよ。ネットを使ってる人はほぼみんな、管理者側が牙を剥いたら丸裸。そして牙を持ってるのは企業だよ……国とか警察じゃない。……島田くんが言ったとおりね)

「……だよね。うん」

(この国、もともとそんな体質だったけどさ、国は大企業に逆らえないんだよ。ハッキリ言って)


「え……それはちょっと……突飛すぎんじゃないの?」

(ま、それはラブラブのステディと話してみれば?)

 島田くん……か。
 ミツキが言ってることは、たしかに島田くんの言葉とシンクロする。
 同じことをするにしても、なんにも知らないでするのと、知っててするんじゃ違ってくるよな……絶対に。
 そう……言葉ひとつをとってみても……。

(真琴)

「ん?」

(たぶんもう、ここ出られるよ。どうする? 今から)

「出られるって……どういうこと?」

(一部の学生と刑事さんたちの努力の甲斐あって、カレンとカレコレが落ち着いてきた)

 ……ああ、そうだよね。

 それも見えてるんだよね、ミツキは。

「それってつまり、私の理想に近い展開?」

(うん。ほとんどの人がカレコレをクリアしようとし始めてる。チームだから、ひとりがカレコレで問題を見て、他の2人が掲示板や電話で答えを聞いたり。……ま、ちょっとズルいけどね)

 いや、それでいい。それで充分だ。
 とにかくストーリーを進めれば、みんながカレコレに込められたメッセージに触れる……。
 よし、これは朗報だ。

「じゃ、どうしよっか。島田くんと連絡取ろうかな」

(ねえ真琴)

「ん?」

(ヒマしてる高山先生のところに行かない?)

「え? それは別に……いいけど。なんで?」

(ここに高山先生が加わっても、それもある意味トップ会談じゃない?)

 トップ会談……。たしかにそうだ。
 むしろ私が遅れて加わったんだ。

「つまり議題……トピックスの用意があるんだね。ミツキには」

(ま、そんなとこ)

 この提案を受けて私が高山先生のところに行けば、また私はなにかを知るんだろうか……。
 知りたい。
 いや、知らなくちゃ。

「わかった。行くよ。先生のところに」

 真琴はミツキ……携帯電話をシャツの胸ポケットに納めて立ち上がる。
 そして部屋を出ると、真琴を認めた松下が近付いてくる。

 表情に陰りはない。なにも問題は起こってなさそうだ。

「トップ会談、終わり?」

「はい。あ、いえ……ミツキが、そろそろ出られるみたいなことを……」

 真琴の言葉に松下が苦笑いする。

「たしかに。そろそろ声かけようかと思ってたところなんだ。ずいぶん落ち着いたよ。学生のみんなは」

「はい。よかったです」

「で? 今からどうするの? 送ってくよ」

 あ、そうか……。
 まだ私は安全じゃないのかな……。

「あの……松下さん」

「ん?」

「まだ……私はその……単独行動できないんですか?」

 これについては頭の中になかったようで、松下は少し考える。
 そして、申し訳なさそうに答える。

「ゴメン。そこまで考えてなかった。あとで確認しとくから、とりあえず今は送るよ。いい?」

「……分かりました。松下さんが送ってくれるなら」

 そう。松下さんじゃなきゃダメだ。
 私が高山先生のところに行く必然性を知ってる松下さんじゃなきゃ……。

「…………分かった」

 ……ん? あれ?
 なんか様子がおかしいぞ?
 なんだ? このカンジは……。

「……松下さん、どうしたんですか?」

「え? あ、いや……。今ので、また冷やかされるなってね……」

「……冷やかされる? また?」

「うん。ちょっと待ってて」

 そう言って松下は自席と思われる机に向かい、何かを手に取って戻ってきた。
 そして無言でそれを真琴に見せる。
 それは、真琴と松下が肩を並べてベンチに座り、笑顔で話す後ろ姿の写真だった。
 ご丁寧に「スクープ! ロリコン刑事と貧乳女子の密会!」とテキストが加えられている。

 …………理沙……か。
 おそらくはメアド交換かなにかして隊員さんに送ってきたんだ。
 いつか……いつか仕返ししてやる。……かならず。

 真琴は固く心に誓った。

 真琴がこれから高山教授に会いにいきたい旨を松下に伝えると、それを受けて松下は机上の電話で高山教授に電話をかける。
 念のために都合を確認……ということらしい。
 電話をしている松下を眺める真琴の脳裏に島田の顔がよぎる。

 ……1コマ目の試験が終わったら連絡するべきだったな、そういえば。

 真琴はあわてて島田にメッセージを送る。

『ゴメン、試験が終わってから警察に捕まってた』

 正しくは〝松下刑事に〟捕まっていたようなものだったが、理沙のイタズラとも相まって、そのままを島田に報告することが躊躇われた。
 そして返事はすぐにきた。

『とうとう捕まったか。なにか差し入れは要る?』

 この返し……。今、島田くんがなにをしてるのかは知らないけど、コンディションは悪くなさそうだ。
 そっか。島田くんはこの騒動における高山先生の立場も知ってるんだから……。
 一緒に行くのも悪くないな。

『無事に釈放になりそう。んで、いまどこよ』

『中央図書館』

 ……まだなにか調べてるのか?
 もう、おおよそのことは明らかになった気がするけど……。
 まあいいか。島田くんがすることに無駄はないはず。
 中央図書館なら、ちょうど教育学部に行く途中……。
 かんたんに合流できる。

『今から高山先生のところに行くんだけど、一緒に行かない?』

 この提案に、島田はなかなか返事を寄越さない。

 ……ん? なにか考えてるのか?

 そこに、電話を終えた松下が近付いてくる。

「いつでもいいそうだよ。高山先生は」

「そうですか。じゃ、今から行きます」

「よし分かった。行こう」

 先刻の流れからいって当然なのだが、松下は真琴と一緒に建物を出た。

 構内……それも教育学部までのほんのちょっとの距離でも松下さんは随行するつもりでいる……。

「……松下さん」

「ん?」

「私、ひとりで行きます。……ダメですか?」

 この真琴の言葉に、松下はなんとも表現しがたい複雑な表情になる。

「……さすがに息苦しくなった、かな?」

「いえ、そんなんじゃないです……けど私はもう、ひとりのようでひとりじゃないっていうか……。心配いらないような気がして」

 言いながら真琴は無意識に、胸ポケットに手をあてた。
 その無意識の動作に真琴の真意を見た松下は表情を崩す。

「……そうだね。古川さんは今、常に最強と共にいるんだった」

「はい。私ひとりでも心配ないと思いますし、いざとなったらミツキがなんとかしてくれます」

「たしかにね。なんの心配もない」

「じゃ、行ってきます」

「うん。ありがとう」

 そうして真琴は久々にひとり、誰に合わせることもない自分の足取りで中央図書館を目指す。

 まだ来ない……。
 島田くんからの返事が……。

 距離にすればごくわずかなので、中央図書館には5分もかからず着いた。
 真琴は中に入り、島田の姿を探す。
 すると図書館のカウンターに、文献のコピーと思われる何枚かの紙を持った島田を見つけた。

「島田くん」

 島田は、複写料金の精算をしながら真琴の方に振り返る。

「ああ古川、ゴメンな。ちょうど今終わったところ」

「終わったって……調べもの?」

「うん、まあね」

「なに調べてたの? 今、このタイミングで」

「えっと……今から高山先生のところに行くんだろ?」

「……そうだけど、それがどうしたの?」

「そこで話そう。……話のネタだよ」

 ……もったいぶるの好きだよね。島田くん。
 まあ、高山先生のところで話すなら、ニ度手間にならないんだろうけど……。

 真琴がそんなことを考えていると、今度は島田が尋ねてきた。

「ところで、なにしに行くんだ? 高山先生のところに」

「え……」

 え……と、それは……。
 ミツキが「行ってみない?」って言ったから……。
 いや、でも、トピックスの用意はあるって言ってたな、ミツキは……。
 でも、それがなんなのかは分からない。

 なので真琴は正直に答える。

「ミツキの提案なんだよ。ほら、今朝の試験、表向きは高山先生が採点することになってるけど、実際はミツキがぜんぶ採点しちゃったから高山先生は時間を持て余してるみたい」

 この真琴の説明に島田は床に視線を落とし、すこし考えから答える。

「つまり、高山先生と古川、そしてミツキが会同するのには、またとない絶好の機会……ってことだな」

 ……そうか、そういうことになるのか。
 ミツキのノリが軽いから深く考えなかったけど、これこそが「トップ会談」なのかもしれない。
 言い方は悪いけど、田中美月事件の犯人を捕まえた時点で、警察の役目は終わったに等しいんだ。
 そして、今からする「高山先生を交えた話し合い」こそが、カレン騒動の結末を決定するものなんだ。

 私は今、愛の気持ちも松下さんの気持ちも代弁できる。

 そして私が本心を量りかねているのは、まさにこの二人……。ミツキと高山先生なんだ。
 そう考えると、とたんに重要な顔合わせに思えてきた。
 抵抗なくその場に引きずり込むのはミツキの手口……か。

「……なあ古川」

「ん?」

 真琴の思考を中断させた島田の呼びかけは、いつになく遠慮がちだった。

「そんな重要なメンツが集まるなかに、俺が加わってもいいのか?」

 ああ、そういうこと……。
 島田くんはもう、なんでも知ってるんだし、別に構わないと思うけど……。

(いいよ)

 答えたのは真琴の胸ポケットにある携帯電話……。ミツキだった。
 島田は驚く様子もなく、ミツキに答える。

「……いいの? ホントに」

(もちろんよ。ぜんぶを知ってて、なおかつ客観的な意見を言えるのって、もう島田くんくらいしかいないよ。むしろお願いしたいくらい)

「…………。じゃ、けっこう重要な話をするんだな? 今から」

(重要……。そうね、深刻じゃないけど重要かもね)

「深刻じゃ……ない?」

(うん。ほとんどのことは片付いたと思うよ。あとは、いかに上手く終わらせるか……ってとこ。だから島田くんの客観的な意見が聞きたい。それに……さ)

「……それに?」

(今、手に持ってるその資料、高山先生に突きつけてみたい……でしょ?)

 文献の複写を持つ島田の手が強ばるのを、真琴は見逃さなかった。




 ミツキの意味ありげな言葉に島田は応えず、それから真琴と島田は無言のまま教育学部へ向かう。
 距離にすれば2、3百メートル……。時間にして5分にも満たない時間であったが、この沈黙は決して心地よいものではなかった。

 ミツキも黙ってる……。
 つまり、実質3人で歩いているんだ。
 それなのに、誰もなにも言わない……。
 なんだ? この不穏な空気は。
 そもそも……そうだ、高山教授のところへ行くというミツキの提案からして私の予想になかったことだ。
 なんでもお見通しのミツキにとっては、島田くんとの合流も予定どおりだったの?

 いつの間にか重苦しいムードに包まれている気がして、真琴は無意識に打開策を模索する。

 なによこの、深刻な雰囲気は……。
 もう教育学部の前まで来ちゃったじゃん。
 ……あ、そうだ。

「ねえ島田くん」

「……ん?」

「その……せっかくだからさ……」

「清川は呼ばない」

 ……即答……いや、そんなもんじゃない。
 理沙の名前を出す前に遮られた。

 本来なら、今ごろ自分は松下に随行されているはずだった……。
 それを見逃す理沙ではないと考えた真琴は、場を和ませる特効薬……理沙を呼ぼうとしたのだ。

 理沙は今、電話で呼べば1分もかからず現れることができる位置に潜んでいるはず……。
 そう考えて口を開いたが、島田に却下されたことで、むしろ真琴は今の雰囲気が気のせいなどではないことを確信することになった。

 ……なに? なんなの?
 話はハッピーエンドに向かってるんじゃないの?
 なに考えてんの? ……島田くん。

 そして真琴と島田はふたたび口を閉ざして教育学部2階、高山教授の部屋に着く。
 真琴が訪ねてくることは松下から連絡済みなので、真琴は無言のままドアをノックする。

「はい、どうぞ」

 ドアの向こうから穏やかな声がする。
 講義で聞き慣れたその声色は、真琴の心をすこしだけ落ち着かせた。
 そして真琴は静かにドアを押し開く。

「失礼します」

 そう言いながら真琴が室内に視線を投げると、部屋の主……高山教授が真琴を出迎えるように立っていた。

 教授はパソコンを背にしてる……。
 たった今まで、パソコンと向き合っていたようだ。

「いや、まったく予定外の空き時間……外にも出られないし、どうしたものかと思ってたところでした。おや、そちらは?」

 真琴に続いて顔を覗かせた島田を認めて、高山教授が尋ねる。

「ああ、紹介が要りますね。えっと、この人は島田くん……法学部の1年生です。例のカレコレでチームを組んでます」

「はじめまして、島田といいます。なんだか付いてきちゃいました」

「古川さんとチーム……。そうですか。ええと、それなら、その……」

(高山先生、島田くんはすべて知ってます。隠しだては無用です)

 高山教授の意を汲みとってミツキが補足した。
 それを受けて高山の目が島田を見定めるように固定された。が、それはほんの一瞬だった。
 高山はスッと視線を落として、仕草で2人をソファに促す。
 高山はそのまま部屋の奥に向かい、作りおきのコーヒーを注いでから、ゆったりした動作で真琴たちの対面に座る。
 そして真琴と島田、それぞれの前にコーヒーを置きながら、柔らかい声で話を切り出す。

「ご存知のとおりの事情で、あっという間に採点が終わってしまったんですよ。私も後追いで答案を見てましたが……やっぱり、なかなかの良問でしたよ、古川さん」

「……そう……ですか。みんな、どんなこと書いてるんですか?」

 高山教授が切り出した話題を受けるかたちで真琴は問う。
 その真琴の頭の中を占めるのは、先刻に知った上野の答案だった。

 高山先生……。様子はいつもどおり穏やかだけど、胸の内は見えないな。
 上野先輩みたいな答案だって少なくなかったはずだ。

「……正解のない問いかけは、答える者の人となりを映す……。しみじみそう感じていたところです」

「フザけて答えた人もいるんじゃないですか?」

 いると知りつつ真琴は尋ねた。
 ミツキは口を挟まない。

「……まあ、たしかにそういう答案もありますね、中には。でも……あ、そうか、古川さんはニ類……しかも理科でしたね」

 ニ類はおおむね理系……主に高校までの理系教科の教諭を目指す者が籍を置く課程だ。
 しかし、高山教授の発言が意図するところは真琴に伝わらない。

「そうですけど……。それがなにか関係あるんですか?」

 本人にその気はないものの、真琴の問い返しは遺憾とも捉えられる響きだ。
 だが高山にとって、真琴のリアクションは「予定どおり」であったらしく、高山は目を細めながら真琴に答える。

「望ましい道徳を尋ねているのに、答えた内容はすべて非人道的……。そんな答案もありました。たしかに」

 高山は、そう言ってからコーヒーカップを手に取る。

 高山先生が言ってるのって、上野先輩の答案みたいなヤツのことだよね。
 でもミツキと違って、高山先生に落胆や憤りは見受けられない。
 なんだろう……。この差は。

「そんな答案を見て、先生は頭にこないんですか?」

 この真琴の問いを、高山はひとくちのコーヒーとともにゆっくりと飲み込む。

 高山先生、言葉を選んでる……。

 真琴の視線を受けながら、高山はなにかを確かめるような動作でコーヒーカップを置き、そして口を開く。

「程度の差……ですよ。古川さん」

 ……なんのことだかサッパリだ。
 でも、長年教壇に立ってきた先生は、ある意味「話すことのプロ」……。
 私が返す言葉までも予定のうちなんだ。……きっと。

「先生……それ、どういう意味ですか?」

「古川さん。表情も発言も文章も、気持ちを伝えますよね」

「…………はい」

「でも、どれも往々にしてなにかを隠してる場合があります」

「……よく解りません」

 言ってることはなんとなく解る。
 だけど……それこそ先生が私になにを伝えようとしてるのかが解らない。

「そうですね……発言でいうなら電話……。相手の表情が見えない状態での言葉のやりとりは、うまく相手に気持ちが伝わらないことがあります」

「はい……」

「さらに文字でいうなら携帯電話でやりとりするメールやメッセージ……。これもまた、意図せぬ印象を相手に抱かせることがあります」

「たしかに……そうですね」

「だから答案みたいに、その真意を量るのに時間的余裕がある言葉については、やっぱり時間をかけて、どうしてこう答えるに至ったか、を考えるべきだと思うんです。そうしないと気持ちが見えてこない」

「ああ、それが……程度の差……なんですね?」

「はい。笑顔も泣き顔も、あるいは賞賛も悪態も、もしかしたら真意はまったく逆のところにあるかもしれないんです。表現手段が持つ情報量と質……それの程度が違うんです」

「……つまり、ヒドい内容の答案も、それが真意じゃないかもしれないってことですか?」

「なんと言ったらいいですかね……。あまのじゃく……なんですよ。若い思考は。あ、いえ、決して見下してるわけではなくて」

「あまのじゃく……ですか?」

「ええ、つよがり……とも少し違いますね。葛藤、迷い、不安……それが言葉なり文章に宿ってるんですよ。それこそ、内容とはまったく違う感情が」

 ……ええと……つまり、さっきの上野先輩の答案でいうなら、あれだけ反社会的なこと書いといて、実はそんなこと思ってないってこと?
 あんだけミツキにやり込められたのに……。

 コーヒーカップに視線を落として考え込む様子を見せ始めた真琴をしばらく眺めてから、高山が「教授」の口調で言う。

「すこし故事の話をしてもいいですか?」

 ……故事?
 昔の話ってこと?
 先生……。ここにきて私に何か教えようとしてるの?
 ……よっぽどヒマだったのかな。

 返しあぐねる真琴をよそに、高山は続ける。
 この時点で、真琴は完全に受け身だった。
 
「男子には今の時代でもそれなりに支持されている三国志の話です」

「……三国志、ですか」

 まったく知らないジャンルだ……。
 三国志の「三国」っていうのが「魏」「呉」「蜀」っていうのだけは、かろうじて歴史で習った気がする。
 えっと……親魏倭王って彫られた金印をもらったのが卑弥呼だから……。
 そうとう昔のハナシってことね。

「三国志では、曹操という人と袁紹という人が戦います。あ、戦うといっても一騎打ちではなくて、今でいう戦争……つまり軍隊の戦いです」

「はい……」

 ……興味ないな、これ。
 ちゃんと頭に入るかな。
 先生の、言いたいこと。

「いきさつはいろいろあるんですが、この戦いのときに袁紹は、文章が上手な部下に曹操の悪口を書かせてバラ撒いたんです。当然、相手である曹操にも届くように」

「はい」

 文章が上手な部下に……相手の悪口を、か。
 うん、なるほどね。

「その悪口は曹操という人の評判を下げるために書かれたので、曹操のお爺さんやお父さんに対する誹謗中傷から始まって、曹操という人の行いをとことん蔑んだものでした」

「はい、そうでしょうね」

「そして当然、それを見た曹操は怒ります」

「はい」

「そして怒ったあとにした行動……ここが肝心です」

「……なにをしたんですか?」

「その文章を大絶賛したんです」

「え?」

「自分に激しい怒りを与える文章、それを書いた人を大絶賛したんです」

「は?」

 高山は視線を下げて淡々と語っていたが、ここで真琴の顔を見る。

「駄文だったら心に響かなかった……。そういうことです」

 あ……。

 真琴は思わず口を開けたが、なにも言えない。

「曹操という人は、悪口があくまでも命令に従って書かされたものであることを理解したうえで、その文章の苛烈な音調を、高い見識を偲ばせる品格と洒脱を高く評価したんです」

 それ……は……。
 人物だな。その、曹操っていう人は。

「……すごいですね。その、曹操って人は」

「はい。さらにすごいのは、この悪口に対する返事です。まあ、バラ撒かれた悪口に返事をする必要もなかったんですが」

「……どんな返事をしたんですか?」

「〝あの見事な文章を記した者は、袁紹を語る言葉を持たぬはず。よって曹操の秘書に任命する〟と返したんです」

 え……。
 語る言葉を持たぬはずって……。
 あ、ああそうか。そういうことか、高山先生が言いたいのは。

「そもそも知らなきゃ語れない……ってことですね」

 真琴の理解を見て、高山は目を細める。

「そのとおりです。今回の道徳の試験……これも同じですよ。無知ならそもそも〝その話題〟に触れることもできないはずなんです」

 ……うん、それはそうだ。
 小学生が社会問題……それこそタブーのような位置付けにある話題について語ることは難しい。
 そして、あまのじゃく……か。
 表に出てるものが本意とは限らないってことね。
 でも……それじゃ……。

「……先生」

「はい」

「先生はいつも、その……他の講義でも、そんなところまで考えて学生の答案を採点してるんですか?」

「もちろんです」

 ……そうなのか。
 だてに「教育学の教授」じゃないな、やっぱり。
 こんな人が運営だなんて……。

 高山を見つめ返す真琴の思考はひと回りして、目の前の人格者がカレンの運営であったことを思い出す。
 そして疑問を口にする。

「先生、今回の試験の採点は……その、なんというか……ズルしましたよね」

「え? ああ、はい、そうですね。おかげでヒマになっちゃいましたけど」

「答案の評価について意見は割れなかったんですか? ミツキと」

 真琴の言葉で高山が静止する。
 一時停止……。一瞬とはいえ、思考まで止まったように見えた。

「AIのことですよ。高山先生の計画に今年の春から加わってイニシアチブを奪ったあのAIを、僕たちはミツキと呼んでます。……先方の意向で」

 そう補足したのは、ここまで静観を続けていた島田だった。
 必然、高山の視線は島田に移る。

「AI……。ああ、咲のこと……ですか。君たちはそれをミツキと呼んでる……。そういうことですか」

 ……さき?
 話の流れからして、高山先生にはちゃんと伝わってる。
 つまり私たちがミツキと呼んでるAI……。それを先生は「サキ」と呼んでるんだ。

 サキ……それがミツキのホントの名前なの?
 どっちにしたってAIらしからぬ名前だけど。

「……この際、名前のことは後回しでいいです。聞かせてください高山先生。この計画の推移と、その……先生がサキと呼ぶAIが加わってきた経緯を」

 あれ……。

 なんだかいきなり流れが変わってない?
 この部屋に来る前からだけど、島田くん……。
 なんだか雰囲気が……怖い。

「……島田くん、でしたね。どうして今それを訊くんですか?」

「必要なこと……。そう思うからです」

「必要……。誰にですか?」

「まずは古川……最後の運営です」

 決して穏やかとはいえない雰囲気……。
 それこそ、ついさっき先生が言った「表情」と「言葉」を合わせて島田が高山を問い詰める。

「……どうしてですか?たしかにいろいろありましたが、今回の件は古川さんの活躍のおかげでうまくまとまりそうなのに、ここにきてそんな……」

「些細なこと……そう仰るつもりですか?」

「…………。」

 高山が黙る。真琴が見たことのない表情だ。
 落ち着いてるようだけど……。警戒してるカンジだ。
 この、高山先生からすればいわば珍入者である島田くんを……。

「たぶん先生は、古川を加えたこの話し合いで、今回のカレン騒動の『綺麗な終幕』の打ち合わせをしようとしてた。たぶんミツキ……いや、黒幕たるAIも。……違いますか?」

「まあ、それは……否定しません。円満な結末に向けた段取りをしたいと考えてました」

「円満というのは、誰にとってですか?」

「…………。」

 ここで高山が口を結ぶ。
 島田が発する「責める」気配……。
 その後ろにあるものを探しているようだった。

「先生が仰る〝円満〟は、とどのつまり運営……。先生とAIにとっての円満……。違いますか?」

「いえ、大学のため……。私はそう思っています」

 島田がひとつため息をつく。

 これも「表現」……。真琴はそう感じ取った。

「もともとなにごともなかった大学を大混乱させておいて、いまさら〝大学のため〟もないと思うんですが、違いますか?」

 これは……。学生の立場だ。
 私と違って島田くんは、ひとりの学生として運営と対峙してる……。
 ぜんぶ知ってて、そのうえで。

(さすが島田くんだね、うん)

 ……ミツキも加わってきた。
 さすがって……。どういう意味よ。

 ミツキの言葉を受けるかたちで真琴も加わる。

「ミツキ、なにが……さすがなのよ」

(本来ならここにいて然るべき〝学生〟を代表してんだよ、島田くんは)

 ……そうか。
 この騒ぎの結末……その筋書きを高山先生とミツキ、そして私の3人で描いたら、たくさんの「単に巻き込まれただけ」の学生の意思が不在になる。

 でも……。

「学生の代表って、それは私……。私が選ばれたんじゃないの?」

 そう、私はそのつもりでいた。
 今でもそれは変わらない。
 私だって、巻き込まれた学生のひとりだ。

(いまや真琴は特別な存在だよ。島田くんが背負おうとしてる学生ってのは、今もまだ、半ば強制でカレコレをやらされてるたくさんの学生のこと……。そうでしょ島田くん)

「……そこまで深く考えてるワケじゃないけど、いちばん重要な当事者が不在だな、とは思うよ」

(それは、純粋にとばっちりを食った学生……。だよね)

「うん、そう。俺だって古川と一緒にいたからいろんな事情を知ってるけど、この場に加わることが認められるなら、俺はひとりの学生として聞くことにするよ」

(分かった。それで、〝いち学生〟としてはどんなことが言いたいの?)

 ここで島田が間を置いた。

 ……島田くんがこの場に居合わせることは、ついさっき決まったことだ。
 島田くんの中で作戦ができあがってるワケじゃない……。

「とりあえず拝聴……かな。先生が言う大学のためっていうのと、それにミツキと古川を合わせてどんな結末を出そうとするのか」

(……なるほどね。いいんじゃない?)

「ただ、ひとつだけは言っておくよ」

(なに?)

「運営は悪……犯罪者だ。そこは揺るがない」

(なるほどね。ひとまず私たちのハナシを聞いてみるってことね。いいんじゃないの?)

「……いいの?ミツキ」

 運営を非難する島田の言葉を寛容に受けるミツキに、真琴は思わず口を挟む。

(だって島田くんの言うとおりじゃん。真琴たちが触れた学生……たとえばさっきの上野くんとか、仲間内で揉めて警察の手を煩わせたりした学生は、いわばマイノリティー……。実際には、目立たず、そしてなす術なく振り回されてる学生が多数だよ)

「そう……なの?」

(うん、そうだよ。だって7,000人くらいいるんだよ、カレンユーザは。真琴が接したのは、そのごく一部……でしょ?)

「それは……そうかもね」

(そのなかで島田くんは、〝いち学生〟とは程遠いよ。だって真琴と一緒にいて、なにもかも知ってるんだから)

「……そうよね」

(でも島田くんは、あえていち学生に戻ってこの場の話を聞いてみようって言ってる。……それは必要な視点だよ。さっき私が言ったとおり……ね)

「ああ、言ってたね。客観的な意見……って」

(そう、それ。だからさ、とりあえず島田くんという聴衆の存在は意識しないで私たちの話を進めればいいんじゃない? 必要に応じて島田くんはツッコむよ)

 ……島田くんの存在を意識しないで……って。
 ここまでピリッとした空気にしておいて……いまさら?
 真琴はそのままを口にする。

「それって、いまさら……ってカンジがするんだけど……。私だけ?」

 ここで、しばらく口を閉ざしていた高山がふたたび加わる。

「いえ、たしかに島田くんの言うことはもっともです。私たち……あ、古川さんは少し違いますね……。とにかくこの騒ぎを起こした私たちは、迷惑を被った学生の気持ちをないがしろにした結論を出してはいけない。そのために釘を刺したんですよ。島田くんは」

 高山先生は冷静だ。島田くんの主張に理解をみせてる。
 それは、自分がやったことが決して軽くないという自覚があるからだ。
 安易な結末は許さない……。
 最終に近いこの局面で、島田くんは場を引き締めた。

(じゃ、なにから話そうか。先生からなんか報告は?)
 ミツキが切り出す。

 これ……質問してるみたいだけど、違う。
 ミツキは知ってるんだ。なにもかも。
 だから実質は「高山先生からどうぞ」と言ってるに等しい。

 島田という厳しい裁定者が加わったものの、高山は落ち着いていた。
 そしてミツキの催促を受けて、話を始める。

「そうですね……。報告、ということならまず2つ。ひとつはカレンが広大にもたらした良い効果、もうひとつは古川さんの〝もうひとつの要求〟の見込みです」

 この切り出しにも島田は動かない……が、心が反応した気配は隠せない。
 関心は当然、「もうひとつの要求」の方だ。

 私の提案か……。
 昨日の朝の会議で高山先生が「最後の運営からの要求」として伝えてくれたヤツ。
 松下さんは、「どうやら通りそう」って言ってたけど……。
 で、その前の「良い効果」って、なに?
 私の関心は、むしろそっちだ。

「先生……。その、良い効果ってなんですか?」

「今朝方、農水省から連絡がありました」

「は? 農水省……ですか?」

 農水省って……なにそれ?
 なんか関係あった? 今まで。
 いったいなんの連絡よ……。

「はい。発表はしばらく先ですが、農水省が広大を表彰します」

「表彰……ですか。でも、いったいなんの……」

「カレコレの農学部ステージですよ」

 え? 農学部ステージ? カレコレの?
 あの、可哀想な助教授のハナシ……。
 いやまてよ……。あ……もしかして……。

「もしかして、食の安全……ですか?」

「そうです。農水省が主催している『食の安全』をテーマにした作文コンクール……。それに大学を挙げて取り組んだとして、広大が表彰されます」

 そうだ。あのとき、ステージの本題に入る前に話しかけたキャラに聞かれたんだ。
 たしか『食の安全について、まことはどう思うの? 1000文字以内で教えてよ』って……。
 それが、そのまま農水省のコンクールにリンクしてたってことか。

「大学の評価になりますね。それは」

「はい。それに、まだ内定段階ですが、古川さんの作文は賞を獲ります」

「え……」

 真琴は言葉を失う。
 いや……たしかにマジメに答えはしたけど……。
 あんなの……即興だし。

「今のところダントツ……農水省の担当者はそう言ってました」

「…………そうですか」

 なに? こんなカンジで他にも仕掛けてあったのか?
 これはたしかにこの大学の評価を高める……。
 高山先生らしいといえば高山先生らしい……。
 反応が鈍る真琴に、高山は〝もうひとつの報告〟をする。

「それと、例の最後の運営からの要求ですが、これは今日、閣議決定される予定です」

 え……。
 閣議決定? 早くない?
 もっとこう……いろいろ検討してからじゃないの? 決まるのは。

 真琴は、またしても思ったままを口にする。

「それって早すぎないですか? 具体的なことはなにも……」

「それだけ〝運営〟の力は脅威なんですよ、古川さん」

「…………。」

 そうか……。脅威か。
 渦中、それもど真ん中まで来ちゃったから自覚がなくなってたけど、たくさんの学生を盾にとった「運営」の言葉は、国にとっての脅威なんだ。
 私……。大変なことしちゃったかも……。

「……なんなんですか? その、最後の運営からの要求って」

 そう言ったのは島田だ。
 この場にいる者で、島田だけがその要求の「中身」を知らない。
 さすがに痺れを切らしたようだ。

「全国統一大学生テストの実施……です」

「…………は?」

 尋ねた島田自身が、予想外の答えに戸惑う。
 そんな島田の様子を見て真琴は思う。

 ……そうだよね。当然の反応だよね、これが。

「……古川。なんだ? その、全国統一大学生テストってのは」

 うわ……。私に聞いてきた。
 って、当たり前か。発案者は私なんだから。
 えっと……。なんて答えよう。

「え……と、その、なんてえの?『全国統一小学生テスト』の大学生版……みたいな?」

「全国の大学生に同じテストをするってのか?」

「うん……そう」

「なんのために?」

「え……。それは……いろいろ……」

(島田くん)

 胸ポケットから声がした。
 こんどはミツキが話に加わるつもりか。

「……なに?」

(たて続けに問い詰めるよりさ、島田くんも考えてみたら? これは、他ならぬ古川真琴が出した要求なんだよ)

「……ん」

 島田の勢いが削がれたのを確かめて、もう一押しとばかりにミツキが告げる。

(真琴は今〝いろいろ〟……そう言ったんだよ。島田くん)

「………。」

 島田が完全に沈黙した。
 ミツキの言葉で島田が「聴衆」に戻ったことを確認したように、ひとつ小さく咳払いをしてから高山が仕切り直す。

「ええと、円満な結末の話……の前に、このカレン計画の推移と、あとは……咲が加わってきた経緯、でしたか。私が説明を求められてるのは」

 高山は島田が着席している辺りに視線を投げている。
 島田に確認しているという仕草だが、島田は答えない。
 いまだに場の雰囲気が何色なのか読めない真琴は、沈黙を怖れて高山の言葉を受ける。

「そうですね。それが必要……。島田くんはそう言いました」
 自身が言ったとおり島田が「とりあえず拝聴」を始めたことが高山にも伝わったようで、高山は真琴に視線を移して語りかける。

「古川さん、その……島田くんは大神さんのことも知ってるんですか?」

「はい」

「それと……刑事のことは?」

「もちろん松下さんのことも、です。ホントに私が知ってることは全部知ってるんですよ島田くんは。これは松下さんの提案でした」

「そうですか……」

 教育学部の主席教授であり、相応の貫禄を備える高山が思案顔になる。
 その様子から真琴は、島田という「事情通」の存在が高山にとって寝耳に水であったことを感じ取った。

 それに併せて湧いた疑問は、高山とミツキの関係性だった。

 運営たる高山先生はこの騒動の間、関心を持って私を観てたはず。
 それでも島田くんの存在は知らなかった……。
 たしかに島田くんは「最後の運営」じゃないから、本筋には乗ってこない。
 でも……極秘である「運営の実態」を知った存在としてミツキから聞かされていて然るべきじゃないの?
 ……どういうこと?

 真琴は、そんなことを考えながら高山の言葉を待つ。
 その高山が口を開く。

「古川さん」

「はい」

「まず、私がカレンの計画を考えて、そして……分かりやすく言えば学生へ〝罠〟を仕掛けたいきさつですが、これは松下刑事から聞かされたんですよね? 古川さんは」

「はい、そうです。カレコレでミツキ……あ、AIと話をする前に私の肩書きが〝運営〟になっちゃって例の田中美月事件のネガを手に入れたんで、真夜中に警察に行きました」

「ああ、そうなんですね。じゃ、古川さんは咲……いえ、私もミツキと呼びましょうか。ミツキに会うより前に松下刑事から真相を聞いたんですね」

「……そうです」

「島田くんもそれを知ってる……。それなら私から言い加えることは……なにかありますかね?」

 言われてみればそのとおりだ。
 でも、そんなことは島田くんだって承知ずみ……。
 なにかあるんだ、きっと。

「いえ……私もよく理解してない部分もあるので、もう一度聞いてみたいです。先生から、直接」

 言いながら真琴は、横にいる島田の気配を探る。
 そこに真琴が感じ取ったのは「集中」だった。
 必然、真琴も高山の反応に集中する。

「……そうですか。分かりました。準備がないので上手く説明できるといいんですが……。ええと、発端は……大神さんや古川さんが高校受験を控えてた時期だから……4年前ですね」

「……はい」

 真琴は努めて言葉を控え、目の前にいる高山教授に語らせることにした。
 それが隣にいる島田の求めることのように思われたからだった。
 真琴の返事が短いので、高山は話を続ける。

「当時の私が警察から聞いたのは、広大の卒業生夫婦が写真屋さんに現像を依頼したフィルムの中に例の写真があったということです。田中美月さんの……事件の」

「はい」

「警察はすぐにそれが〝事故〟として処理されていた〝事件〟であったことを理解し、捜査をしようとしたそうです」

「……はい」

 ……やっぱり、なんだか松下さんから聞いたことの繰り返しだよね。
 意味あんの? これ。

 そんな気分で、次第に真琴はぼんやりとしてきた。
 目の前のコーヒーカップを手に取る。
 そして真琴が改めて高山教授の顔を見ると、その表情はまさに「真剣」だった。
 そこに初めて真琴は違和を感じる。

 たしかに島田くんの芝居じみた演出はあったけど……周知のことをなぞってるだけでしょ?
 なんでそんなに真剣……ってか余裕ない顔してんの? 高山先生……。
 
「ですが警察の捜査は、なにかしらの力が働いてストップがかかりました」

「……ええ、そうみたいですね」

「そして、その〝捜査中止〟の判断に不信を抱いた刑事が私のところにそのネガを持ってきました」

「はい、松下さんですね」

 気が付けば室内は、真琴と高山の二人で話をしているかのような雰囲気になっていた。

「そうです。若い松下刑事は、そんな政治的な圧力みたいなもので犯罪者を野放しにするような判断に憤っていました。……ええと、松下刑事がどうして私のところに持ち込んだのかは聞いてますか?」

「はい。あの……今、工学部食堂で捜査本部の責任者になってる大塚さんが広大の卒業生で、しかも高山先生に師事してたから……その……」

「はい。松下刑事はそのとき、当時の上司だった大塚くんを怪しんだわけです。〝捜査中止は大塚課長の独断じゃないのか〟そして〝大塚課長はもしかしたら事件に関わってるんじゃないか〟と」

「ああ、はい。松下さんもそう言ってました」

「でも大塚くんは事件に絡んでたりはしなかった」

「……そうみたいですね」

 ここで今度は高山がコーヒーをひとくち啜る。
 高山がカップをソーサーに戻すとき、カチャ、という小さい音がした。

「古川さん。ネガは田中美月さんの死が〝事故〟ではなく〝事件〟に因るものだと断言するに足るものでした」

「はい。そうですね」

「犯罪によってひとりの命が失われた……いわば殺人に等しい重大事件です」

「はい」

「これは私の想像ですが、4年前に警察が捜査を中止していなければ、きっと警察は犯人を捕まえていたはずです。昨日捕まった2人を、もっと早く」

「そう……ですか」

 まあ〝想像ですが〟とことわりをいれた言葉に異を唱えても意味ないか。
 ホントにそうかもしんないし。
 だって4年前、警察は本腰入れて捜査をする前にストップがかかったんだから。

 なので真琴は先を促す。

「松下さんから聞きました。松下さんが先生のところにネガを持ち込んだとき、先生は〝大学の問題として厳正に処理する〟と言って預かったって」

「……ええ、そうですね」

「それって、けっこう曖昧ですよね。具体的には何をしたんですか?」

「犯人捜し、ですよ」

「え……」

 いや、これは当たり前のことなのかな。
 警察という組織が捜査の中止を決めたから、今度は「大学」が組織として犯人を捜し出そうとしたってことだ。
 4年前の時点でもう、事件そのものは「15年も過去のできごと」……。
 再発防止対策とか、そんな意味じゃなかったんだ。……そんな、今さらってカンジの話じゃ。
 結果としてその「犯人捜し」は実を結ばなかったみたいだけど、だけど……。

「どんなことをしたんですか?……犯人捜しって」

「そうですね……。状況としては、正直なところ証拠になりうるものは望むべくもありませんでした」

「ですよね。当時でもすでに15年前の事件……。じゃあ、それこそ、どんなことをしたんですか?」

 真琴の言葉は、ここまでの話の流れからして自然な問いだった。
 しかしここで、高山は言葉を探すように視線をスッと落とす。
 そして、姿勢こそ変えぬものの、島田の視線がわずかに上がった。

「……記録、ですよ。古川さん」

「……記録、ですか。それは……どんな?」

「1995年当時に在学していた学生の記録です。講義の出欠とか、成績とか……素行とか」

 え? ……1995年に在学してた学生の記録?
 それを調べたってこと? 膨大な作業量じゃないの? それって。

 真琴の表情の変化を感じ取った高山が視線を真琴に戻した。
 そして、わずかに表情を和らげ、真琴の無言の疑問に答える。

「そんなにアナログな作業ではなかったですよ、古川さん」

「え? あ、そう……ですか」

「はい。1995年ころがどういう時代だったかというと、携帯電話が普及する3、4年前……。つまり携帯電話は一般的存在ではありませんでした」

「はい……」

「さっきの表情から察するに古川さんは〝そんな時代の学生記録なんて、きっと紙の資料だ〟と思った。……違いますか?」

「……思いました」

「違うんですよ。ええと、そうですね……。携帯電話が普及するよりずいぶん前にインターネットは普及してたんです。学内LANもありました。なので〝記録〟はすべてデジタル……いわゆる電磁的記録です」

 ……そうなのか。
 考えてみればそうだよね。「パソコン」と「携帯電話」は、もともと別物……。
 違いがなくなってきたのは、それこそ最近なんだ。
 文字どおり「携帯する電話」だった携帯電話に、いろんな機能がどんどん加わるかたちで……。
 で、その学生記録でなにが分かるっていうの?

 返事も忘れて考え込む真琴の心中を量ったように高山が告げる。

「あんな事件を起こしたなら、人はきっと普通の精神状態ではいられません」

「……そう……でしょうか」

「性犯罪も重罪ですが、あの事件では犯人の意図を超えた重大な結果になりました」

 ……うん、たしかにそうだ。
 殺すつもりはなかったはずなんだから。

「たしかに、それはそのとおりですね」

「ええ、ですから犯人が普通の精神の持ち主なら、自責に苛まれるか、あるいは警察に逮捕されることに怯えるか……。いずれにしても正気を保って平然と振る舞うことは無理だったろう……。そう考えたんです」

「ああ……つまり事件を境に欠席が増えたりとか、成績がガタ落ちした人とかを……」

「そうです。学生記録の中そういう人間がいないかを探したんです。……まずは例の肝試しをやったテニスサークルと、田中美月さんが在籍していた学科の男子から」

 これは……なるほど、松下さんからは聞いてない部分だ。
 犯人としては「思わぬ大事件」になっちゃったんだよな。たしかに。
 そして残ってる記録から〝異変が認められる学生〟を探す……。それも、亡き田中美月と関わりがあった学生から、か。
 ……うん。不自然ではない……かな。

「でも、結局そのときは分からなかったんですよね? 犯人は」

「そうですね、分かりませんでした」

「つまり、不自然な学生が見当たらなかったんですね」

「いえ、その逆です」

「え……」

 逆……って、なにが?
 真琴の口が中途半端な開き加減で動きを失う。

「たくさん居すぎて判別不能だったんですよ。その、事件の前と後で行動が変わった学生が……あまりに多すぎて」

「それ……は……」

 一時停止を解かれた真琴の口は、問い返しとも同調ともつかない言葉を生む。
 それは真琴の心も同様で、高山が発した言葉の意味を尋ねようとしつつ理解が浸透してきていた。
 その結果、真琴が繋げる言葉は〝確認〟となる。

「つまり、少なくない学生の行動に相当の異変があったんですね? 事件の、いわば……ショックで」

 この真琴の言葉に、高山は大きくうなづいた。

「そうなんです。この作業は、それこそ事件当時を思い出させるような体験でした。事故として結論付けられましたが、学生の動揺は大きかったんです。とりわけ田中美月さんと関わりがあった学生は」

「……そうですよね。そうなりますよね」

「はい。ほぼ休学状態になるほど塞ぎ込んだ学生もいましたし、処分を受けた学生は多少なりとも行動に変化がありました。……まあ、構内で肝試しをしていたサークルそのものが活動をやめてしまったんですから生活や人間関係も変わりますので、当然といえば当然なんです」

 そっか……。
 やっぱり15年という時間をさかのぼって犯人を捜すって、無謀な試みだよな。
 それこそ、あのネガみたいな決定的証拠でもないかぎり……。
 ……ん? あれ? まてよ……。
 あったんだよな。……ネガは。

「……先生」

「はい」

「あのネガ……写真から辿ろうとはしなかったんですか? 体格とか服装とか、仕草……あ、仕草は分からないですね。写真だから」

「……ああ、つまり警察の捜査のような……と言っても、私は捜査の現実をよく知りませんが、いわゆる身体特徴のようなものから犯人を……ということですね?」

「はい。それが自然なんじゃないかと。だって〝犯人〟の写真が出てきたからこそ、事件だったことが明らかになったんですし」

「古川さん」

「はい」

「古川さんも見たんですよね。……例の写真を」

 高山の言葉で、真琴の脳裏に映像が喚起される。

 黒ずくめの男に襲われる田中美月……。
 犯人は2人……。昨日逮捕された2人だ。
 写真では……そうだ、写真に写ってた犯人は一人だった。
 写真を撮った男も含めて〝二人組による犯行〟なんだから。
 そして写っていた犯人は全身黒ずくめ……。

「写真からは絞れなかった……。そういうことですか?」

「そうなんです。写っていた男は上下とも黒い服、そのうえ目出し帽です。つまり身体特徴から得られる情報はゼロに等しかったんですよ。もっとも……あ、いえ……」

「もっとも……なんですか?」

「ああ、いえ、これがもし警察がする〝本物の捜査〟だったなら、あの写真でも……それこそ画像を詳細に解析して、目出し帽や服、それに靴……そういったものまで特定して、たくさんの人を投入して捜査をしていたに違いない……。そう思っただけです」

「ああ、たしかにそうですよね。でもその道はすでに閉ざされてたんですね。捜査打ち切りの決定で」

「そうです。そして警察が決めた〝捜査打ち切り〟の判断は、犯人捜しの足枷でもありました」

「……どういう意味ですか?」

「疑わしいと思えば疑わしくみえる学生が何人もいる状態で、さらにその学生……あ、もうすでに卒業していましたから〝元〟学生ですね……に、接触する口実が見つからなかったんです。なにしろ警察が〝事故〟という結論を変えなかったんですから」

「ああ……そうですよね。いったいどんな口実で会って、なにを聞けばいいのか……。ですね」

「はい。わざわざ連絡を取って、用件が15年前の〝事故〟のことだなんて不自然が過ぎます。でも、私の記憶では、この時点で諦めたということはありませんでした。なにか方法がないか、それを模索していたところに大神さんが来たんです」

 大神さん……。ああ、愛か。
 不意に事件を知っちゃった愛が警察に行って、そして脅された……。

「……そして先生は決めたんですね? 犯人を許さないことを」

「はい。もう手段は選ばない……。そう決めました」

 手段は選ばない……。
 それで考えたのがカレン……。
 そういうことか。

「先生」

「なんでしょう」

「カレコレはミツキが作ったと聞きました。たぶん今のあの……フザケたカレンもミツキが作ったんだろうなと想像できます」

「それについては、はい、古川さんの想像どおりです」

「でも最初の、あの高機能なカレンは誰がプログラムを組んだんですか? その時点で先生に共感する人の中にいたんですか? あんな立派な、商品としても売れそうなアプリを作れる人が。そんな都合よく」

 この真琴の質問を高山は、その一言一句を確かめるようにうなづきながら聞き、そして答える。

「古川さん、じつは、最初に誕生した『カレン』というアプリは、悪意など微塵もない、それこそ純粋に有能なツールだったんです」

「……え?」

「まず私が費用を出してプロに作ってもらったんですよ。……本当に、学生にとって便利なアプリを」

「……え?」

 予想していなかった高山の説明……。それにただ合いの手を入れるような雰囲気になりつつあることを自覚しながら、真琴はこの事実について島田の反応を確かめるべく、ちらりと島田の横顔を窺った。
 その島田の顔に驚きはなく、むしろ含み笑いのような面持ちだった。

 島田くん……「ナル夫」になってるし……。
 でも、なんで?
 なんで今、その顔?

 真琴は島田に気を取られていたが、合いの手を受けた高山の話は続く。

「あの時点での同志……。まだ運営と呼べるようなものじゃなかったので同志と呼びますが、その中にプログラミングの知識がある人がいました。その人に仕込んでもらったんです。潔白なアプリに……罠を」

 ……島田くんが気にはなるけど、なるほど。
 まずはキレイで立派なアプリがあって、あとから悪意を埋め込んだってことね。
 たしかにその方が気付かれにくいだろうな。
 ベースを作った人に悪意がないなら表面上は優良アプリ……。
 それこそアプ研みたいな知識ある人が調べないかぎりバレなそうだ。
 あとはその罠をバラ撒くだけ……。
 あ、そうだ。盗撮家電を売ってた特設テントのからくりは?

「……アプリに仕掛けた罠のことは解りました。それで、ですが……」

「……はい」

 んん? 今、明らかに曇ったぞ。高山先生の顔……。
 先生……私から聞かれることを警戒してる?

「春に特設テントを設置してた業者って、ホントにカレンとは無関係なんですか?」

「ああ……そのことですか。はい、そうですね。設置していた業者は、それこそ法的にいえば〝善意の第三者〟です」

「え……。じゃあその善良な業者さんにインチキ家電を卸した人は〝運営のひとり〟ってことになりますよね」

「はい。正しくは、量販店で売れ残った型落ちの電化製品に、盗撮ないし盗聴する部品を組み込んだ人が運営のひとり、です」

「え? ……ええと、つまり、どういうことですか?」

「量販店から打診があったんですよ。〝型落ちを格安で卸したら新入学生に売れないか〟……と」

「……はい」

 解ったような解らないような……。
 量販店からの打診でしょ?
 なら特設テントはその量販店が設置すればいいんじゃないの?

 疑問がそのまま顔に出ていたらしく、真琴が問う前に高山が補足する。

「量販店の申し出を、そのまま量販店の名前で通すわけにはいかなかったんです。それをすると、他の量販店から不満が出ますので」

「……じゃあ、どうしたんですか?」

「地元優先という大義名分を使いました。広大の移転以降どんどん量販店が進出する中で、いわゆる〝まちの電器屋さん〟は苦しい経営を強いられていましたので」

「つまり形式上、その地元の電器屋さんに卸されたんですね」

「そうです。しかもそれは本当に形式だけ……。卸された大量の家電を置いておく場所は〝大学〟でした」

「あ……」

「これだけで解ったみたいですね。古川さん。この、家電が大学に保管されていた時期に〝盗撮機能〟が仕込まれたんです」

「……ですよね。でも、それだとやっぱり大学が疑われますよね」

「ええ、ですから預かった家電の管理は、あえて〝ずさん〟にしていました。……誰の仕業か判らないようにするために」

 ……なんだか生々しい話だな。
 でも、これなら……うん、松下さんから初めに聴いた状況と一致する。

「そして3年前に本格始動したんですね。カレンの……運営が」

「そういうことです」

 周到だ。やっぱり。
 いや、思ってた以上に……。
 真琴は不意にひとつ、ため息をついた。

 そこから真琴は、カレン運営がここ3年弱にやっていたことを聴かされた。
 狙いをつけた学生……後に「賢者」の肩書きを授かる学生を虜としたこと……。

 サーバの拠点を共産圏……つまり中国に置くべしという助言を受けて、協定関係にある北京師範大学のツテでサーバを設置したこと。

 それらは多くが既知、あるいは推測していたとおりだったので、真琴は特に聞き返すことなく説明を受けた。
 あらかたの説明を終えたところで、高山が確認をする。

「まあ、おおよそこんないきさつです。なにか質問はありますか?」

「あ、いえ、特には……ありません」

「……島田くんは、どうですか? なにかありますか?」

「いえ、古川がないなら、私からもありません」

 島田の回答を聞いて、高山に安堵の表情が浮かぶ。
 そして間を置かずに「これこそが本題」という語勢で切り出す。

「じゃあ、ここからは先の話……。つつがなくこの騒動を収めるための相談ですね。ええと……まず、今の学生の動きを観てみましょうか」

「あ、いえ、それはまだです。高山先生」

 ストップをかけたのは島田だった。
 高山の表情がふたたび曇る。

「まだ……とは、どういう意味ですか?」

 真琴も島田に視線を移し、言葉を待つ。

「はじめに申し上げたとおりです。説明をお願いしたもうひとつの話……。ミツキがカレン計画に加わった経緯を聞かせてください」

 うお……島田くん……。
 まったくブレないな。
 私なんか、すっかり頭から抜け落ちてたのに。

「……ああ、たしかに言ってましたね。すっかり失念してました。しかし、それは必要なことなんですか?」

 高山はこの問いを、島田ではなく真琴の方を向いて尋ねた。

 先生……それじゃ分かり易すぎるよ……。
 〝聞かれたくない〟って……。

「必要……なんだと思います。それに、知りたいです。私も」

「そうですか……。分かりました。ええと、あれはいつでしたかね……」

(今年の4月だよ、先生)

 いきなり胸ポケットが喋ったので、真琴の身体がビクッとした。
 そして、そんな真琴と同じくらいに高山もビックリしたようで、見て判るほどに上体が強張った。

 ……そうだった。この場にはミツキもいるんだ。
 島田くん以上に黙って、気配を殺してたけど。
 で、なにがあったのよ。今年の4月に。

「私の携帯電話に、ある日突然現れたんです。その……ミツキが」

「……ある日、突然、現れた……ですか?」

「はい。勝手に……あ、いえ……自動的にインストールされてきたんです。ミツキと話をするアプリが」

「ミツキと話をするアプリ……ですか?」

 なにそれ?
 まあミツキならできるだろうけど、どんなアプリよ。

「それって、どんなアプリなんですか?」

「青いクマのぬいぐるみの姿をしたAIと会話するアプリです。アプリの名前は〝咲ちゃっと〟です」

「咲ちゃっと……ですか。だから先生はミツキのことをサキって呼んでたんですね?」

「そうです。いや、本当に驚きました。なにしろ私がやっていることをぜんぶ知ってたんですから」

 たしかに……それは想像に難くないな。
 先生は相当な注意を払ってたんだから。
 ……松下さんのアドバイスを受けながら。

「ええと、先生は……ミツキがその、国家機密クラスの存在っていうのは……」

「初めて話したその日のうちに聞かされました。そして疑う余地もありませんでした。知る由もないはずのことをすべて知っていたんですから」

「それは……ビックリでしたね」

「はい、それはもう。そのときの私は〝人生が終わった〟……そんな気分でした」

「でも、ミツキは先生を断罪することはしなかった……。ですよね」

「はい。断罪どころか、協力を申し出てくれたんです。それからは咲……あ、ミツキと話し合いながら運営を続けるようになったんです。……もともと私は運営のために費やせる時間に限りがありましたし、能力は言わずもがな……。ミツキが運営の中核になりました」

 ミツキは「手伝ってるうちに、いつの間にか」みたいなこと言ってたけど……。
 あっという間にイニシアチブ……舵を奪ったんだろうな、ミツキが。
 ホント、能力……というか存在そのものが最適すぎるもんな。カレン運営として……。
 あ、そうだ。松下さんに聞いてみたことを先生にも聞いてみよう。
 ミツキは「自分が決めた」って言ってたけど……。
 高山先生の中でのミツキとの力関係……その認識がハッキリするし。

「先生」

「はい」

「先生はその、今回の騒ぎが9月28日に始まることを知ってたんですか?」

 テンポよく答えていた高山の口が固まる。
 しかしそれはほんの一瞬で、すぐに高山は穏やかな口調で答える。

「……いえ、聞かされていませんでした」

「じゃあ、カレンのアプリが豹変することは?」

「それも……知りませんでした」

 じゃあカレコレのことは……と続けて尋ねそうになった真琴は言葉を飲み込む。

 ……聞くまでもない。知らなかったんだ。
 やっぱり、完全に主導権はミツキ……。
 でも、目的に向かって進んでるから先生とミツキは良好な関係を維持してる……。
 そんなところなのかな?実際は。

 主導権がミツキにあることは高山も自覚するところ……。
 それを当人の弁により確認した真琴は、それを踏まえた質問をする。

「先生が9月28日というXデーを知らなかったなら、ひと悶着あったんじゃないんですか?騒ぎが始まってから……その、先生と……ミツキの間で」

「……ああ、はい。言葉にできないくらいビックリして、そして慌てました。ですのでミツキに尋ねました。〝どういうことだ〟って」

 そりゃそうだ。
 完璧に水面下でやってたことが、いきなりみんなの知るところ……大騒ぎになったんだから。
 先生は「尋ねた」っていうけど、実際はケンカみたいなことになったんじゃないの?

「それで、ミツキはなんて?」

「逆に私が問い質されました。〝じゃ、先生はどうするつもりだったの?〟と」

 なるほどミツキだ。本質を突いてる。
 そうだよ、この騒ぎがミツキの独断だったなら、先生はどうするつもりだったんだ?
 これ、重要だよね。

「……どうするつもりだったんですか? 先生は」

 高山の動きが止まる。
 それは言葉を探しているというよりは、言いたくないことを白状させられる者の居住まいだった。
 そして、ゆっくりと重い口を開く。

「……私はこの計画を、最後まで表沙汰にしないままで終わらせるつもりでした」

 え……。表沙汰にしないまま?
 ちょっとまってよ。
 ……それって、え?

 苦い表情の高山の述懐……それに理解が追いつかない真琴の脳はフリーズする。
 そんな真琴の様子を見て、高山が続ける。

「……無理もないですよね。そもそも古川さんたち学生は、9月28日に始まった騒ぎをもって初めて知ったんですから。私の……いわば陰謀を」

 ……陰謀、か。
 自分がやってたことをそんな言葉で表すあたり、高山先生の自責も相当なものなんだよな。
 でも目的は崇高……。不当な力で闇に葬られようとしていた事件、その犯人を裁くこと……。
 だけど……表沙汰にしないままって、どうやって?

「……聞かせてください。その、先生が描いていた筋書きを」

 真琴の面持ちを静かに見つめながら高山は説明を続ける。

「こんな騒ぎを起こさなくても目的は遂げられる……。私はそう考えていました」

「え……」

「私が手にしたデータ……いわば〝人質〟は、なにも学生に突きつけなくてもよかったんです」

「あ……」

「然るべき相手にだけ示せばいい……。そして事件の捜査を要求すればいい……。そのつもりだったんです。もちろん、私の正体は明かさぬままで」

 ……そうか。言われてみればそのとおりだ。
 先生が言う〝然るべき相手〟というのが警察なのか内閣なのか、それとも別のところなのかは判らないけど、人質の存在を示して捜査の開始……いや、犯人の逮捕を要求したなら、きっとその要求は通ったはず……。
 それを突然覆したのは……ミツキだ。

「じゃあミツキは……なんのために……」

 あ、考えてることがそのまま口に出た……。
 黙ってるけど……いるんだよな。
 ミツキは……ここに。

 真琴は思わず胸ポケット……携帯電話に手を添える。
 高山もそれを見つめ、すこしの沈黙が流れたが、ミツキがなにかを話し始めることはなかった。
 ミツキがまだ沈黙するつもりであることが理解できるだけの間を置いて、高山が場を繋ぐ。

「ミツキは、騒ぎを起こした理由について〝仕方がなかった〟……そう言いました」

「……仕方がなかった、ですか?」

「はい。盗撮家電を通じてリアルタイムでたくさんの学生の姿を見ていたミツキは、放置すれば自ら命を絶つであろう学生と、放置すれば犯罪を重ねるであろう学生も把握していました。……私とは次元が違う把握能力で」

「ああ、つまり9月28日の昼……カレンが〝メンテナンス中〟だった裏側で運営の指示で保護された学生と、そして……逮捕された学生ですね」

「そうです。私はそれを聞いてひとまずは溜飲が下がりましたが、本来の筋書きがメチャクチャになったので、これからどうするつもりなのか、ミツキに追及しました」

「……そうなりますよね、当然。それについてミツキは?」

「ごめんなさい、と。そして、騒ぎを起こしたミツキの筋書きを私に説明しました。ここからはもう、古川さんも当事者……。むしろ私の説明の方が穴だらけかもしれません」

 先生……。話を切り上げたがってるようにも取れるけど、たしかに肝心な部分は聴けたような気がする。
 ここで真琴は、高山本人の口から語られた一連の経緯を頭の中で整理し、そして考える。

 まあ、騒ぎが突然始まったんだから、高山先生とミツキの間では、この10日間、いろいろあったんだろうけど……。
 先生の言うとおり、それはもう、あんまり聞かなくていいことのような気がする。

「……大変でしたね、先生も」

 高山の言葉を咀嚼した真琴の口からこぼれた感想……。それは真琴の〝聴くべきことは聴いた〟という思いが滲んでいた。
 高山はそれを静かに受け止め、そして真琴の隣にいる聴衆……島田に尋ねる。

「これで私の説明は終わり……それでいいですか?」

 しかし島田は、ここに至っても回答に含みを持たせる。

「古川が理解したなら……はい、それでいいです」

 ……なによそれ。理解したし。
 ……ちゃんと。……たぶん。

「……じゃあ、これからの話をしましょう。学生はおおむねみんな、カレコレに向き合って自分で業を減らす方向に進んでいるようですし、これに加えて明日の成績発表でカルマトールを配分すれば、ほとんどの学生が安全圏に入ります」

「はい。それが理想ですね。……そうなると、それでも安全圏に入れない学生への個別の対処が必要ですね。最終的な業の数値はともかく、私は最後の運営として、ひとりの犠牲者も出すつもりはありません」

(それは真琴がどうにでもできるよ。最後の運営として)

 先生の独白が終わるや否や、ミツキが加わってきた。

 そう……まだミツキの真意って、掴みきれてないカンジなんだよな、私は。

「どうにでもできるって、どういう意味よ」

(ん? 今はまだ昼で、たいていの学生はカレコレやってるから、みんな明日の朝までに自力でかなり減らすよ、業は)

「うん、それは分かる」

(そんでもって、成績発表って明日じゃん? ホントに必要な人にカルマトールがいくように成績つければいいじゃん。取り急ぎ私が採点したけど、成績つける権利も真琴のものだよ。なんたって運営なんだから)

「……気まぐれにルールを決めちゃえるのはミツキだけどね」

(やっぱ手厳しいね、真琴も)

「まあいいや。それで、どうにかして学生全員が安全圏に入ったとして、どうやって終わらせんのよ。アンタが起こしたこの騒ぎ」

(え? 今日も含めてあと3日でみんなを安全圏に導いて、10日の月曜日にカレンの終幕宣言すりゃいいんじゃないの?)

「ミツキ……。それ、本気で言ってる?」

 このとき真琴は、この部屋で高山が初めに語った「情報の程度」のことを考えていた。

 ミツキが「こころ」持ってることは解る。
 でも〝表情〟がないから、伝わる情報に制限がかけられてるんだ。
 言葉は、それこそ機械とは思えないほど抑揚があるけど……。

(本気……っていうか、それでもいいとは……うん、思ってるよ)

 ……それでもいい、か。
 ま、学生に被害がないまま運営が「終わり」を宣言するなら……。
 いちばん簡単な終わらせかただよね。
 でも……。

「不安は残るよね。それじゃ」

(ん? ああ、これだと運営が目的を果たして消えるだけだもんね。運営……ってか私と高山先生は痛みを受けない)

「うん。それもあるけどさ、ミツキや高山先生の正体は晒さなくてもいいから、運営の〝敗北宣言〟みたいなのが要るよ。じゃないと、いつまた同じようなことされるか分かんないじゃん」

(そうね……。なんかこう、ピシャッとした区切りがあった方がいいかもね。……あ、そうだ)

「ん?」

(9日の夜にやろうか。その、区切りを)

「……なに言ってんの? ミツキ」

 今からなにか準備するっての?
 でも、なにを?

(ホラ、真琴と島田くんは表彰されるんでしょ?"今回の功労者として)

「……ああ、そういえばそんなこと言ってたね。松下さん」

(その表彰式を大々的にやろうよ)

 え……。それって、メッチャ目立つんじゃないの? ……私が。

「いやミツキ……それは……」

(そこで私が運営として敗北宣言してもいいよ。説得力たっぷりに)

「…………。」

(足りないなら、政府高官に文書をしたためてもらって、それを読み上げるかたちでもいい。〝政府として、このようなことが二度と起きないことを約束します〟みたいな。なんなら景気付けに盛大に花火を打ち上げてもいいよ。私が手配するから)

 ……なるほど。
 国が保証するなら、学生も安心するかな。

 真琴の心は徐々にミツキの提案に同意しつつあった。
 神無月の涼しい夜空に打ち上がる花火……。
 島田と肩を並べてそれを眺める己の姿まで想像した。
 悪くない結末……。
 そう思った真琴はそれを口にする。

「うん、それならみんな安心するし、悪くな」

「古川」

 突然、真琴の言葉が遮られた。

 島田くん……。

「……どしたの島田くん」

「俺は古川に何度か言ったはずだ」

 なによその言い方……。
 ゼッタイ私が「なにを?」って聞き返す流れじゃん。
 ホントに〝ナル夫〟って呼ぼうかな。

「……なんのこと?」

「古川は運営になっちゃダメ……。そう言ってきただろ? 俺は」

 ああ、それはたしかに何度か……ってか何度も言われたような気がするけど……。
 今さらそれを言うの?

「……たしかにそうだけど、その段階じゃないんじゃないの? もう」

(真琴)

「……なによミツキ、アンタの提案に乗ろうとしてたんだよ、私は」

(今からが島田くんの〝客観的意見〟だよ。たぶん)

 客観的意見……。
 島田くんはこの部屋に入ってから……いや、入る前から場の空気を引き締めた。
 でも、たしかにまだ意見は挟んでない。
 なにがあるっていうの?
 ここまできて……。

「この部屋で初めに言ったとおり、運営は悪……そこは揺るがないんだよ。古川はそれを知らなきゃいけない。そのうえでの結論なら俺はなにも言わない」

 え……なに? 運営は悪……って、今までそれを踏まえて話してたでしょ? 違うの?

「それは解ってるよ。解ったうえで……」

「どうかな、それは」

「……どういう意味よ? バカにしてんの?」

 挑発のような島田の言葉に、さすがの真琴も苛立ちを隠せない。

「ミツキはすべてお見通しだよ。……そうだな、今までの話の延長でいうならまずはこれ」

 そう言って島田がテーブルの上に放ったのは1枚の紙……文献の写しだった。

 真琴はその表題を確かめる。
 それは〝四年制学部生の生活傾向と現行大学制度の問題点〟という論文の冒頭だった。
 著者は「高山徹」……つまり高山先生だ。
 真琴がそこまで確かめたのを見計らったタイミングで島田が説明する。

「これ、実在の企業から提供された情報を基に分析したことになってるけど、本当にベースになってるデータはカレン運営として入手したものだよ。読めば判る」

「え……」

 島田の言葉を受けて、反射的に真琴は高山を見る。
 そして視界に入った高山の苦い顔……。
 真琴は、島田の指摘が事実であることを確信した。

「つまり高山先生は、義憤に駆られて始めたカレン計画で蓄積されていくデータを、自分の論文に流用したんだ」

「…………。」

 ん……。これは……。
 やっちゃいけないよな、間違いなく。
 もともと後ろ暗い手段で入手した情報……。
 それを自分の論文になんて……。

 言葉を失う真琴に、さらに島田が重ねる。

「たぶん麻痺してきちゃったんだよ。ひそかに運営を続けてるうちにね。そしてこの論文、後半部分で特に問題点として挙げてるのが〝学生の性生活〟だ」

 え……。学生の性生活って……。
 じゃ、あれも?
 あれも高山先生だったってこと?

「解ったか? まだ推測でしかないけど、カレン騒ぎで最初にきた〝性体験に関するアンケート〟……あれをしたのも高山先生だよ、たぶん」

「いや、それは……」

 高山が弱々しい口調で島田の推測を否定しようとしたが、その言葉は結びを遂げなかった。

 そう……この場ではいっさい嘘がつけないんだ。
 すべてを知るミツキがいるんだから。
 先生が否定できないなら、つまりこれも事実ってことか。

 にわかに顔が青ざめた高山に、真琴は尋ねる。

「先生……どうして、そんな……」

「……その、私は……」

 失望を伴う真琴の顔と声に、高山は答えを探す。
 しかし、その高山を遮って島田が言う。

「まあこれは、運営の活動がもたらした副産物みたいなもんだし、いかに教育者といえど……いや、むしろ教育者だからこそ看過できなかった問題なのかもしれない」

 島田くん……。こんなことまで引きずり出しておいて、こんどはそれに理解を示すような言い方してる。
 教育者だって完璧に清廉じゃないってことでしょ?
 じゃ、最初から話題にしなきゃいいのに。
 ただ高山先生をいじめてるみたいじゃん。

 そんなことを考えながら真琴がふたたび高山の表情を見ると、そこにあったのは先刻とは比べ物にならないほどの「怯え」の色だった。

「古川」

「あひ」

 唐突に名を呼ばれた真琴が妙な返事をしたが、それは、いささかも場を和ませることなく消えた。

「さっき古川が、先生やミツキと話した結末は悪くない」

「ん……。まあ、今のハナシを踏まえたうえでも……妥当なところだよね」

「でもな古川、あの結末だと巨悪が残っちゃうんだよ」

「島田くん。君は、なにを……」

 不穏な言葉に高山が反応しようとしたとき、ミツキが割り込む。

(先生。だから最初に言ったじゃん)

「……なんのことですか?」

(島田くんはぜんぶ知ってるから隠しだて無用だって)

 このミツキの言葉で、高山が完全にうなだれた。
 そのありさまを見て、なにかよほど大きな事実があることを理解した真琴は、その大きさに戦慄を覚えながら島田に尋ねる。

「島田くん、その……巨悪って……なんなの?」

 この真琴の問いかけに、島田は高山を見据えながら答える。

「4年前、圧力をかけて捜査を中止させたことだよ」

「え……」

 真琴の頭脳は、またしてもタスクオーバーによりフリーズした。
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大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。 個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。 だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。

聖女の如く、永遠に囚われて

white love it
ミステリー
旧貴族、秦野家の令嬢だった幸子は、すでに百歳という年齢だったが、その外見は若き日に絶世の美女と謳われた頃と、少しも変わっていなかった。 彼女はその不老の美しさから、地元の人間達から今も魔女として恐れられながら、同時に敬われてもいた。 ある日、彼女の世話をする少年、遠山和人のもとに、同級生の島津良子が来る。 良子の実家で、不可解な事件が起こり、その真相を幸子に探ってほしいとのことだった。 実は幸子はその不老の美しさのみならず、もう一つの点で地元の人々から恐れられ、敬われていた。 ━━彼女はまぎれもなく、名探偵だった。 登場人物 遠山和人…中学三年生。ミステリー小説が好き。 遠山ゆき…中学一年生。和人の妹。 島津良子…中学三年生。和人の同級生。痩せぎみの美少女。 工藤健… 中学三年生。和人の友人にして、作家志望。 伊藤一正…フリーのプログラマー。ある事件の犯人と疑われている。 島津守… 良子の父親。 島津佐奈…良子の母親。 島津孝之…良子の祖父。守の父親。 島津香菜…良子の祖母。守の母親。 進藤凛… 家を改装した喫茶店の女店主。 桂恵…  整形外科医。伊藤一正の同級生だった。 秦野幸子…絶世の美女にして名探偵。百歳だが、ほとんど老化しておらず、今も若い頃の美しさを保っている。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

秘められた遺志

しまおか
ミステリー
亡くなった顧客が残した謎のメモ。彼は一体何を託したかったのか!?富裕層専門の資産運用管理アドバイザーの三郷が、顧客の高岳から依頼されていた遺品整理を進める中、不審物を発見。また書斎を探ると暗号めいたメモ魔で見つかり推理していた所、不審物があると通報を受けた顔見知りであるS県警の松ケ根と吉良が訪れ、連行されてしまう。三郷は逮捕されてしまうのか?それとも松ケ根達が問題の真相を無事暴くことができるのか!?

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