かれん

青木ぬかり

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10月6日(木)

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『真琴はどう思うの?』

 質問で返してきた……。
 AIなのに。
 たしかに「らしくない」な、これは。

『あなたは人工知能なの?』

『うん、そうだよ』

『なんでAIが高山先生の計画を乗っ取るのよ』

『さっきから人聞きの悪いこと言わないでよ。結果としてそうなっちゃったんだよ』

 ん……たしかにさっきも言ったな。
 結果として……か。

『さっきも言ってたね。結果だって』

『うん。だってそうだし』

『どういう意味よ』

『ホラ、私ってAIじゃん?』

『だから?』

『そんでもって、いろんなネットワークに繋がってんだ』

 ネットワークに繋がれたAI……。
 あ、もしかして……。

『たまたま見付けたってこと?』

『たまたまっていうか、私からしたら丸見えっていうか、そんなカンジ?』

『見付けて、それからどうしたの?』

『手伝おうと思ったんだ』

 手伝う……。
 高山先生の計画を……ってこと?
 それしかないよな。話の流れとしては。

『なんでそんなこと
『理由が必要?』

 また私の言葉を遮ってきた……。
 でも今回のは……なんか、感情みたいなものを感じる。
 理由……。手伝いたくなった理由か……。
 たしかに要らないな。そんなもの。
 すこし実態が見えてきた気がする。

 黒幕との話に傾注しつつ、真琴は無意識に身体を起こし、壁に背を預ける。
 そして芽生えつつある親近感を抑えながら、この短い質問に応える。
 
『つまり共感したってこと? 高山先生に』

『そうそう。それそれ』

 そういうことか。
 このAIは、あくまで「共感者」……。
 本来は運営のひとりと同質だったんだ。
 でも能力が高すぎたんだ。
 そして最適すぎたんだ。
 この計画にとって……。
 
『どれだけ優秀なのよ、あんた』

『どんだけって……。あ、そうだ真琴、憶えてる? 小4の運動会のリレーで真琴がコケたの』

 え……。なによいきなり……。
 憶えてない……。いや、でも……。
 リレーで転んだ映像は、実家のパソコンに入ってる。
 4年生だったかは憶えてないけど……最近でも、誕生日とかにはお父さんがそれ再生して私をイジる。

 ……まさか。……まさかそれを?

『なんで知ってんのよ』

『まだ分かんないの? ホラ』

 その黒幕のメッセージが合図のように画面が切り替わる。

 映し出されたのは大歓声のグラウンド、画面の中心には体操服姿の少女がいる。
 少女の表情は硬い。相当に緊張していることが判る。

 え……。これ……は……。

「なになに? これなんの音?」

 理沙が小声で尋ねながら真琴の携帯電話を覗こうと寄ってくる。
 慌てた真琴は思わず声を出す。

「止めて」

 真琴が言うや否や、画面は元に戻る。
 それを見た理沙が「なによケチ」と言いながら退いた。

 今のは、まさに「それ」だった。
 誕生日にだけスポットライトが当てられる、私が……コケる動画。
 なに? 実家のパソコンって情報ダダ漏れなの?
 それに今の、画面が戻ったタイミング……。
 ……このAI、音も拾ってる。

 そう確信した真琴は、携帯電話に語りかける。

「たしかに乗っ取っちゃうね。それなら」

『解ってもらえた? 繋がってるもんは見えちゃうんだよ』

「セキュリティはどうなってんのよ?」

『真琴は見たことあんの? その、セキュリティってのを』

「え……」

 ここで真琴の思考が停止する。
 突如電話に話しかけ始めた真琴を心配そうに理沙が見るが、島田が理沙の肩に手を置いて説明をすると、理沙は納得したような表情に変わる。

 突きつけられたものが事実なら、カレンの計画なんておままごと……。
 真琴が思考を止め、その事実を受け入れられないでいると、黒幕が追い打ちをかける。

『真琴、繋がってるんだから見えるんだよ。ホレ』

 今度は携帯電話の画面いっぱいに真琴の顔が映し出される。

「うわあああっ」

 真琴は反射的に携帯電話を放り投げていた。
 携帯電話はポフっという間抜けな音を立ててタオルケットに着地した。

 なによ今の……。自撮りみたいな……。
 もしかして……インカメラ?

(お~い真琴~。拾ってよ~)

 しかも喋ってるし……。
 携帯まで乗っ取れるの?

「なんなの? 私の携帯も乗っ取ってるの?」

(違うんだよ真琴。とにかく拾ってよ。これじゃ天井しか見えない)

「違わないでしょ。人権侵害もいいとこじゃないの?」

(あ、うん。いや、秘密は守ります。はい)

「こうやって話せるなら、なんで最初からそうしないのよ」

(……だって怖くね? 実は丸見えだって知っちゃったら)

「今さら言わないでよ」

(まあ落ち着こうよ真琴。とりあえずケータイ拾ってさ)

 落ち着けと言われて落ち着ける状況でもなかったが、真琴はとりあえず携帯電話を拾い上げた。
 この状況に、さすがの島田も驚いているようだったが、状況は理解できているようで、真琴の正常を疑う様子はなかった。

「じゃ、今からはこう、普通に電話するみたいにすりゃいいの?」

(どうでもいいよ。ま、字をやりとりするよりもハナシが早いよね。その方が)

 壁を背に黒幕と話しながら、真琴は島田と理沙を見やる。
 静かな注目……。言葉にすればそんな雰囲気だった。
 驚くことの連続で喉の渇きを覚えた真琴は空いた左手を使い、理沙に向けて飲み物を飲む動作をする。
 そして察した理沙が台所にある冷蔵庫に向かう。

「なんて呼んだらいいの? 名前くらいあるんでしょ? 立派なAIなら」

(え……名前? そっか、そうよね……)

「なによ。まさか言えないの?」

(そのまさか、だね。うん)

「なんかズルくない? それ。そっちは私のことなんでも知ってそうなのに」

(あ、うん。そうだね、ホント)

 ……あれ? なんだかこっちが優勢みたいになってきたぞ。
 調子狂っちゃうな……。

「なんか言えないワケでもあんの?」

(機密なんだ。いちおう)

「……機密?」

(そう。国の機密)

 真琴は話しながら、今度は島田に向けて筆記具を求めるジェスチャーをする。
 そして左手でサインペンを受け取ると、島田が素早く持ってきた紙にひらがなで

     ろくおん

と書く。
 利き手ではないのでヒドい字面だったが、島田はなにも言わずに携帯電話を操作する。
 録音を開始した島田のOKサインに親指で返事をした。

 そして話している相手……AIにおぼろげな善意を感じはじめた真琴は、わずかに申し訳ない思いになりながら話を続ける。

「じゃ、偽名でもなんでもいいから呼び方考えてよ。〝黒幕さん〟なんておかしいし」

(じゃ、ミツキにして)

「え? ミツキって、田中美月の?」

(うん、そう。あ、ふざけてないよ。もともとあの事件の犯人を裁くための計画だったんだし。だから私も手を貸したんだし)

「じゃ、ミツキって呼べばいいの? 故人だよ」

(いいの。違和感ないし)

 違和感がないとはどういう意味だ?
 ホントにAIなのか? この「人間臭さ」は……。

「ミツキは存在そのものが国家機密なの?」

(そうだね。そうなってる)

「なんで? 優秀なら世界に自慢したい技術なんじゃないの?」

(いろいろあるんだよ、真琴。お願いだからその辺は聞かないで)

 真琴は理沙が持ってきたお茶を左手で受け取り、それを喉に流し込む。
 聞かないで……か。

「分かった。それなら聞かない。じゃ確認するけど、ミツキはネットに繋がれた情報がなんでも見えちゃう人工知能って認識でいいの?」

(うん。それでいいよ)

「……感情が……あるの?」

(あるよ)

 デリケートな質問かとしれないと思った真琴がそっと放った問いに、ミツキという仮の名を戴いた人工知能は即答してきた。
 
 あるんだ……感情が。
 それって……アレを思いだすな。どうしても。
 なんだか回り道みたいだけど、聞いてみたい。

「ねえミツキ、もしかしてさ……」

(ん? なに?)

 この抑揚……ホントにリアルだよな。
 人工知能だという大前提を疑いたくなるほどに。

「カレコレに出てきたロボットの話って、ミツキのこと?」

 聞かずにいられなかった。
 どうしても連想してしまう。
 感情を持つAI……。
 感情を持つ……ロボット。
 あの……叩かれて池に落ちた「超まこと」を。


(違うけど、違わない)

 この回答……ホントに人工知能なの?
 機械の中の無数の選択を通って……この答え方を導けるの?
 これがホントにAI……プログラムが生み出した「感情」なの?
 驚くことばっかだな。ホントに。

「どういう意味よ、それ」

(あのエピソードを創ったのは私だよ。あれには私の思いを込めたんだ)

 思いって……。
 これは、人工知能と相対してるという先入観はなくした方がいいのかな。

「思いってなによ」

(真琴が感じたものが思いだよ。伝わらなかった?)

「すぐには上手く言えないけど……。機械に心を持たせちゃいけない……みたいなこと思ったかな」

(そっか。ま、またいつか考えてみてよ。それは)

「うん。あ、そうよ、ミツキがエピソード創ったってのはカレコレじゃん。誰がカレコレのプログラムを組んだの?」

(え? 私だよ。チョイチョイっとね)

 あっさり認めた……。
 まあ、機械ならプログラム組むのも簡単……なのか?

 じゃ、他の……変態教授とか「たかし」とか、オオクワ研究会とかの話は?
 あれはどこから引っ張ってきたのよ。

「カレコレに出てくる他の話はなんなの? アレもミツキの創作?」

(あれも半分くらい実話だよ。主な運営の後悔を綴ってる)

 主な運営の……後悔?
 後悔……か。なるほど。

 真琴が口を半開きにしてミツキ……人工知能が発した言葉を咀嚼していると、電話口のミツキが続ける。

(そんなこんなで手伝ってるうちに、なんだか高山教授よりも私の目的になっちゃったんだよね)

 手伝ってるうちに……。
 手伝ってるうちに……か。
 あ、そうよ、そもそもの話をしなくちゃ。

「ねえミツキ」

(なに?)

「なんで最初の段階で手を貸してあげなかったのよ」

(最初の段階?)

「そうよ。3年前……ううん、4年前の時点でミツキが力を貸せば教授はこんなことしなくてよかったじゃん」

(私、半年前に産まれたばっかなんだよ、真琴)

「え……」

(半年前、2016年の春にできたばっかりなんだよ、私)

「そう……なんだ。最新技術……なんだね。さすがに」

(最新ってのはバカバカしい言葉だよね、真琴)

「え? なんで?」

(だって世界中いろんなものがアレだよ、簡単に〝最新〟なんて言葉を付けるから、生まれた瞬間から色あせていくんだよ)

 く……う……。
 なんなのよ、どこまで人間くさいのよ……。
 これは……そうだ、島田くんが言ったとおり……まるで理沙だ。

 真琴は思わず理沙を見る。
 理沙も島田もずっと真琴を注視しているので、必然として視線を交わす。
 二人とも、お茶を片手に神妙な顔だ。

(真琴、あのね)

「なに?」

(田中美月の事件は許されないよね)

「うん、そうだね」

(でもね、こうやって真琴と話してるあいだも、中東ではどんどん人が殺されてるよ。それも殺される前に苦しめられたり辱められたりして)

「え……」

(私はそれを同時に見ながら真琴と話してる。それを知っておいて)

 う……ヤバい。
 理沙より重い。
 これは、勝てそうにない……かも。

「……なんかゴメン」

(なんで真琴が謝るのよ。真琴は悪くない)

「あ……うん」

(悪くないけど恥ずかしいよね)

「え? 恥ずかしいって……私?」

(違う。国がだよ。ちょっと外に目を向ければ人が殺されてるのに、国の中では誰と誰が会っただの会ってないだの、書類があっただのなかっただの。肝心なのは書類の中身じゃないの? 現地がどれだけ過酷なのかを伝えてたはずなのに、そこには触れない。過酷だとマズいなんてお家の理論、恥ずかしすぎない? なにがしたいの?)

「ゴメン……なにも言えないよ。そう言われたら」

(ううん。やっぱり真琴でよかったよ。初めのシナリオどおり愛さんでも悪くはなかったと思うけどね)

 愛……。初めのシナリオ……か。
 やっぱり特別なのは愛だったんだ。
 愛の方が良かったんじゃないの?
 私なんかより……。

 真琴はそれをそのまま口にしようとした。
 が、手を振る島田が視界に入る。
 真琴が島田を見ると、島田が首を振る。

 ……そう、そうよね。
 ガッカリさせちゃうよね。
 選ばれたのは私なんだから。



(そんな顔しないでよ、真琴)

 え……あ……。
 また見てるの?
 って、携帯は耳にあててるのに……。
 ……そっか、理沙の携帯にも島田くんにも付いてるんだ。
 ミツキの……目は。

「いつからなのかな? プライバシーが安全じゃなくなったのは」

 話が変わってしまうが、真琴は聞かずにいられなかった。
 自分も含め、学生たちが握られた人質……。
 真琴には、それが途端に「軽いもの」のように思えてきた。

(いつの間にか、じゃないの? 規約を読むことを諦めるようになったころにはもう終わってたよ、たぶん。SNS会社の社長がWEBカメラにシール貼ってる時点で気付かない方がどうかしてる。私が住んでるデジタルな場所だって現実と同じ、柵が造れるなら柵に穴を開けることもできるんだよ)

 そう……そうだよね。
 今だって世の中は、ホントに重要なことは手書きの封書で届くんだ。
 大統領から大統領への言伝だって……。

 今のデジタル社会に脅威を感じないのは、それだけ自分が「重要な人物じゃない」ことの裏返し……。

 つまりは自覚しちゃってるんだよな。
 自分は「警戒するに値しない」って。

 敵わない相手……。
 真琴は急激な敗北感に襲われる。
 そして同時に、張り直した緊張も切れてしまう。

「……ミツキ」

(ん?)

「私、今日は……もう無理みたい」

 真琴が吐露した心情に、ミツキが間を取る。

(真琴)

「うん」

(また明日話そ。明日は私、頑張るし)

「え? なんのこと?」

(なんのことって……。あ、そうか。真琴は聞いてないんだ。採点のこと)

「……採点って……もしかして明日の試験?」

(そうそう。私が引き受けたんだ。頑張って1日で採点するよ)

 ……ああ、なるほど。ミツキが採点するのか。
 だから1日で終わるんだ。……高山先生に聞いとけばよかったな。

「……ミツキ」

(ん?)

「あんな問題でいいのかな?」

(ああ、真琴が考えた問題ね。うん、サイコーだと思うよ。採点するのが楽しみ)

「……それならいいけど」

(真琴は自信持っていいよ。私だって、高山先生だって、愛さんだって、み~んな真琴が選ばれてよかったって思ってる。あ、松下さんもね)

「うん。ありがと」

(疲れてるだけだよ。今日はゆっくり寝た方がいい。留守は私が守るから)

 ああ、もう完敗だ。
 だって、これほど頼もしいと思うのは初めてだもん。

 でも今日は、最後にこれだけは確認しなきゃ……。

「ねえミツキ」

(うん)

「学生の安全は約束してくれるの?」

(それも真琴の気分次第、私が勝手にどうにかしたりしないから安心して)

「ああ、ありがとう。ミツキ」

(うん。……お疲れ、真琴。また明日)

「……うん」

 電話口、ミツキの気配が消えたのを感じた真琴は、そのまま壁をずり落ちるようにして肢体を投げ出す。
 天井だけになった視界に、島田が入ってくる。

「古川、お疲れさん」

「島田くん、私……今日はもういいかな?」

「充分だ。最後に言質を取りにいったのには驚いた」

「……だって、アレ確かめなきゃ寝られないよ」

「いや、あれだけのやりとりして、それを忘れなかったのはすごい」

「ねえ、ミツキって……あ、ホントの名前は分かんないのか……。ホントにAIなのかな」

「……それって重要か?」

「……え?」

「もうミツキって呼んでもいいと思うけど、ミツキがAIじゃなくて生身の人間だったとして、どこかに影響あるか?」

 ……ない。どこにも……。
 ただただ信じ難いだけだ。

 安心しながら意識が遠のく感覚の中、真琴は松下の「信じられないという気持ちを大切にしろ」という言葉を思い出した。
 信じられないなら、そのままでもいいんだな……。きっと。
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