藤田吾郎プライベート日記

藤田吾郎

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令和元年 12月29日

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おはようございます。藤田吾郎です。何故日記の更新がこんな時間に早いのか?って言うとですね。決して早起きではございません。

職場の忘年会で朝まで馬鹿騒ぎしてたからです 爆笑

12月28日で取り敢えず年内最後の仕事納めをして今日から1週間のお休みに入りますが取り敢えずは友人との食事会が2件は確実に入っていますので、それ以外は執筆活動に専念しようかな?って考えております。

うん。ここ1年か2年は仕事にひたすらストイックに取り組んでいたので仕事においては少しやり切った感と寂しさとか出てきましたね。

藤田吾郎は良くも悪くも仕事人間。仕事が生き甲斐って訳じゃないけど嫌な事を忘れたくてわざと忙しくしてきました。

藤田吾郎がこんなになって仕事に取り組んできたのは若い頃の後悔があったからなのです。

その後悔が藤田吾郎にとって今までの価値観を覆す出来事であり社会人としての覚悟であり、2度と同じ過ちを繰り返さないと言う信念。

藤田吾郎は社会的な地位、名誉、名声を欲していました。それこそが藤田吾郎の嫌いな社会を変えるには必要不可欠なのです。

ただ権力が欲しいだけじゃねぇか?って思われても構いません。それは事実なのですから。しかし力無き優しさなんて無力。現実はそんな甘くないのです。

藤田吾郎に叩き付けられた現実こそ薄汚い社会であり、それを変えるには権力が必要不可欠。助けたい人が居るなら力を持って守ってみせろって事。

実は藤田吾郎には背負っているモノがあります。『大人なんか信用できない』『生きる事が辛い』『自分は消えた方が良い』それを10代半ばの子達に言われたらどう思いますか?

藤田吾郎はそう言われた事があります。皆様はどんな言葉を返すでしょうか?藤田吾郎は答えられませんでした。そう言う子達に何を言っても甘い戯言や綺麗事にしか思われません。

そういう台詞を言わせる様なクソみたいな薄汚い社会や大人達に責任があるんじゃないでしょうか?

それを言われた時の藤田吾郎は1人の大人として恥ずかしいこの他ありませんでした。

大人なんか信用しなくても良いから少なくても全員がそんな大人じゃないアホみたいな冗談は言うけど裏切らない大人もいる。

生きる事じたいがクソゲーだけど、どうせ生きる事は死ぬまでの悪あがきだと思ってる。

自分は消えたいかもしれないけど、少なくても消えたら悲しむ奴は1人は必ず居る。もし1人でも悲しむ奴が居るなら、そいつを1番に大事にしろ。

今、コレを読んで何か辛くて逃げ出したくて現実から目を逸らしたい。

それは恥ずかしい事じゃない。

だけど、いつかは克服しなくちゃいけない時がある。

生きている内の長い時間を掛けても良い。少し向き合える勇気を持って欲しい。

完全に克服しなくても良いから少しでも自分を成長させよう。

それが、いつか役に立つ時がくるさ。

最初から諦めてたら自分の可能性を潰してしまう。

可能性は無限大。

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