雷命の造娘

凰太郎

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第二幕

わたし Chapter.4

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 躊躇ちゅうちょ無き破壊が展開する!
 鉄壁を誇った機械きかいとりでが内側よりむしばまれていく!
 連射される銃腕が基地内設備を無防備なまと射抜いぬき、内蔵蓄電バッテリーもちいた放電攻撃が制御管理をつかさる精密計器を焼き殺す!
 冥女帝ヘルの絶対的支配力に当てられた科学兵士ウィッセンチャフト・ソルダット達は、いまや悪神ロキの忠実なしもべでしかない!
 モニターに分割投影される暴動劇!
 要所要所で生じている反乱に、メンゲレは基地内スピーカーを全開放して命じる!
「何をしている! やめろォォォーーッ!」
 が、それが威令と機能する事は無く、敵兵不在の駆逐作戦は紅蓮を広げていった!
 皮肉な事に重鋼尽くしの内壁は、その反射で鮮やかな照り返しを強調演出する。
「ぐ……軍隊が……私の〈完璧なる軍隊フォルコメン・アルメーコーア〉が……」
 愕然がくぜんとするメンゲレを、背後から下卑な優越があざけた。
「だからよォ? もうオマエの軍隊・・・・・・じゃねぇって言ってんだろ?」
「キ……貴様ァァァ……ッ!」
 呪怨みなぎるけ!
「貴様、いったい何をした!」
「脳ミソに介入しただけさ──テメェと同じようにな。やったのは、神力しんりょく行使による上書き・・・……それだけさ。心がぇとはいえ〝死者〟は〝死者〟だ。拘束から解放された〈冥女帝ヘル〉が支配出来ねぇ道理はぇよ。……いやあるいは、もっとやり易いか? 自我が欠落した人形デク共にゃ、精神抵抗による自衛も何もぇ。赤子の手をひねるよりも楽だろうぜ? ヒャハハハハハッ!」
「貴様ァァァーーーーッ!」
 われを忘れ、憤怒ふんぬのままにふところの拳銃を引き抜く!
 ──銃声!
 途端とたん、硝煙臭と血臭がサン・ジェルマン卿の鼻孔を不快にくすぐった。
 科学兵士ウィッセンチャフト・ソルダットの銃腕が硝煙をくすぶらせる。
 崩れ倒れたのは、メンゲレの方であった。
「カ……ハッ?」
 倒れ込んだメンゲレは、おのれ反吐へどへと沈む。
 さいわい、心房ではない。
 が、致命傷には違いないだろう。
 心臓──大動脈付近を射抜いぬかれたのだから……。
「馬鹿なのか? テメェは? この場に居る人形デク共も、すでにオレの支配下だって事を忘れたかよ?」
「キ……キサ……ガハッ!」
「安心しろ。テメェが精魂込めて造った〈完璧なる軍隊フォルコメン・アルメーコーア〉とかいう兵隊オモチャは、オレ様が有意義に使ってやるからよ? ヒャハハハハッ!」
 ロキが嘲笑に浸った直後であった!
 一際ひときわ大きな粉砕音がとどろく!
「あ?」
 違和感にメインモニターへと向けられる注視。
 ロキだけではなく、その場に居合わせた全員がそれにならった。床に転げる瀕死のメンゲレでさえも……。
 基地内通路の一角だ。
 それが何処か・・・を把握しているのは、統括者のメンゲレだけであろうが……。
 複数の科学兵士マリオネットが破壊行為を継続する中、チタン鋼の壁を破壊して一人ひとりの影がのそりと侵入して来た!
 長外套ボロまとった大柄な女だ!
 外の豪雨を濡れて来たのであろう──全身水浸しであった。
 荒れ伸びた黒髪は色気あるつやを帯び、白い肢体は縫合ほうごうあとだらけだというのに妖しい色香を醸す。それは果たして、あられもない女体の性をしたたしずくが助長したからであろうか──あるいはなまめかしい死体が、猟奇的で異常な興奮を禁忌の刺激に誘惑するからであろうか。
 いずれにせよ当の女怪物は、侵入先を展望して敵数と状況を把握するだけだ。
「あれは……〈ドルター〉?」
 青天の霹靂とばかりに見入りながらも、込み上げる情愛のままにサン・ジェルマン卿が零した。
「ゼェ……ゼェ……またアイツ・・・か」
 虫の息ながらも忌々しさを向けるメンゲレ。
 その反応を盗み見たヘルもまた、改めてモニターへと観察視を向ける。
(いつぞやウォルフガングがうた女怪物か。しかし、やはり〝生の波動〟と〝死の波動〟を等しく感じる……。何者なのだ? 彼女は?)
 とりわけ、これまで不敵だった謎の貴族が、露骨な感情を浮かべたのは興味深かった。
 察するに、彼とのゆかりが深い者ではあろうが……。
「何だァ? アイツァ?」気怠けだるそうな怪訝けげんを浮かべながらも、ロキは淡白な軽視に言う。「ま、でも構やしねぇがよ? 邪魔立てに乱入したってんなら、景気付けの前菜になってもらうだけだ」
せ! ロキ!」
「……れ」
 サン・ジェルマン卿の焦燥が制止となる間も無く、無慈悲な指令が下される!
 即座に標的へと乱射される腕銃!
 が──!
「何ッ?」
 ロキは我が目を疑った!
 一斉掃射された弾幕は〈〉がてのひらかざし向けたのを合図に、空中制止に囚われたのだ!
 全弾である!
 全弾が、まるで不可視の壁に埋もれたかのように止まったのである!
 よくよく目を凝らせば、滞空する弾丸にはチリチリと小さな帯電がまとわり付いていた!
「どういう事だ! 呪文詠唱を要さない〈魔術〉か? それとも、アイツァ〈念力〉でも使えるのか?」
「……さしずめ〈電荷障壁イオン・バリア〉か」サン・ジェルマン卿の言葉に意識を傾ける。「操電能力の応用だ。正電荷同士もしくは負電荷同士は斥力せきりょくしょうじる。かのじよみずからが発した電気をもって大気中の電子へと干渉し、強力な斥力せきりょく力場りきばを生んで攻撃をはばんだのさ」
「ああ? 何をワケの解らねぇ事を言ってやが──」
「クックックッ……凄まじい学習スピードだな」今度は瀕死に転げるメンゲレがふくみ笑った。「先の戦いで、ヤツは〈イオンクラフト効果〉を発現した……その原理を応用したというワケだ」
「そうか……かのじよは、自力で〈イオンクラフト効果〉までも開眼したのか」
「サン・ジェルマンよ……まったく……貴様は、とんでもない〈怪物・・〉を造り落としたものだ! その異能力でもない──出自背景コンセプトでもない──真に恐るべきは、その知能の高さ・・・・・よ!」
 サン・ジェルマン卿へと向けられたメンゲレの熱は、れど称賛ではない。
 それは嫉妬・・
 みずからが追い求めた領域を易々と凌駕りょうがした者への根深い嫉妬であった。
 科学者としてのプライドであった。
 不老不死──無敵の戦士────あらゆる探究成果が、科学者でもない似非エセ貴族に出し抜かれた。
 しかも、より高い完成度をもって!
 到底、認められない屈辱感だ!
「テメェ等! さっきから何を・・ほざいてやがるーーッ!」
 自分の思惑から外れる戦況と、自分には理解できない共感──苛立いらだち任せに、ロキが癇癪かんしゃくを吠える!
 その激情を侮蔑に逆撫でするかのごとく、今度は〈〉が一瞬にして消えた!
 電光を帯びた次の瞬間には弾幕から外れ、力強い拳で射撃主を背後から貫いていたのだ!
 すぐさま別方向から追撃が向けられるも結果は同じ!
 攻撃プログラムを切り換えた科学兵士ウィッセンチャフト・ソルダットが放電攻撃をするも、それはそのままかてと吸収されてしまう!
 あっという間に現場の科学兵士にんぎょうは全滅させられた!
「な……何だ! コイツァ!」
 まったく未知なる驚異に歯噛みする悪神ロキ
 と、その無様さに静かなる蔑笑べっしょうが向けられた。
「クックックッ……」腹立たしさに出所を追えば、血溜まりに浸るヨーゼフ・メンゲレのものであった。「貴様ごときで倒せるものか……アレ・・は、この私が再三にして苦汁を飲まされた相手なのだからな」
「……アン?」
 露骨なうとましさをあらわにし、ロキは虫の息へと歩み近付く。
 蔑む見下しにギラつくにらみ据えを返し、科学盲信者は誇示を続けた。
れど、ヤツもまた〈科学〉の産物! 冥女帝ヘルよ! 以前、貴様は言ったな──貴様が〈科学〉なる未知に下されたのと同じように、我々われわれ自身もまた未知・・によって下されるのだ……と! だが、下されるのは、貴様達〝迷信の遺物〟だ! 最後に勝ち残るは〈科学〉! 科学科学科学科学ッ! 我々われわれ〈人間〉こそが、貴様達〈神々〉すらも下すのだ!」
「……ウルセーよ」
 辟易へきえきと耳の穴をかっぽじりつつ、ロキは耳障みみざわりへと銃弾をブチ込む!
「カハッ!」
 メンゲレの懐中かいちゅうから拝借した血塗れの拳銃であった。




 敵を駆逐し終えた〈〉は、ようやく本来の目的へと意識を集中した。
「銃の連射音と爆発音が絶え間無く聞こえる……どうやら、此処は内部破壊されている最中だな」
 周囲を展望すると、集音結果から導き出される推測を呟く。
 彼女の超人的な聴力は、他の場所で展開する破壊行為もつぶさに捕らえていた。
 幾重もの壁が阻もうとも、狂騒する破裂音のくぐもりは遮られない。
 正直、耳障みみざわりではあるが仕方ない。
 現状では手掛かりを得る方が先決だ。
「どっちだ?」
 漠然と見渡す。
 鋼色の簡素な通路は左右に延びていた。
「呼吸や会話などの生体的な微音は拾えない……か。正直、破壊の喧騒が大き過ぎる。加えて、音が隠っている……この金属壁の防音性が高いのか」
 鈍る決断に、しばし思案を巡らせる。
 有益な判断材料は無い。
「条件は同じ……か」
 と、何処かで鳴く銃声を聞いた!
 その違和感に捕らわれる!
「連射音じゃない──単発? 拳銃か?」
 出所の目星を追い睨み〈〉は決断した。
「……こっちだな」
 賭けるべき方向は定まった!
 くして〈〉は左側の通路を選択し、逸る気持ちのままに駆け出していた。





 ちるは時間の問題──それが判るからこそ、サン・ジェルマン卿と冥女帝ヘルの目には憐れにも映る。
 かつて〝ウォルフガング・ゲルハルト〟と名乗った男──。
 人類史上最悪の組織〈ナチスドイツ〉が生んだ落とし闇──。
 狂気の科学者〝ヨーゼフ・メンゲレ〟────。
 無論、自業自得な末路だ。
 これまでの非人道的所業をかんがみても、同情になどあたいしない人物だ。
 しかし、それでも……。
「ゼェ……ハァ……私の悲願……」
 生にしがみつく。
 折れぬ野望を柱と据えて。
「ハァ……ハァ……人類を導く〈超人〉による指導国家……第四帝国……」
 死の影を拒み続ける。
 虚に染まる視界が浮かべる理想郷は、尽きた命運が見せる蜃気楼だと悟りながら……。
「私の……軍隊……〈完璧なるフォルコメン・……軍隊アルメーコーア〉…………────」
 そして、無念は事切れた。
 程無くして急速に干からびていく肉体。
 細胞を人為的にゆがめたツケ・・だろう。
 遺骸は老体と化し──老体は木乃伊ミイラと乾き──塵芥ちりあくたと風化した────。
「ケッ! 何が〈第四帝国〉だ! 〝超人による支配帝国〟なんざ、百鬼魔界と化した闇暦あんれきじゃ突出したモンでもねぇだろ? 見渡せば〈第四帝国〉だらけじゃねえか? もっとも〈超人類〉じゃなくて〈怪物〉による支配国家だがよ……ヒャハハハハッ!」
 あざけりにちり積もりのかたまりを蹴り散らすロキ。
 その傍若無人ぼうじゃくぶじんな振舞いを見て、冥女帝ヘルは密かに不快を咬んだ。
 さりとも、物を言う気など無い。
 言ったところで改まりもしないのは明白。
 何よりも、彼は〝父親おや〟であり、自分は〝子供〟だ。反抗的な意思表示など出来るワケがない。
 が、彼女の胸中を代弁するかのごとく、くちを開く者が居た──サン・ジェルマン卿だ。
「……下劣だな」
「あ? 何がだ? サン・ジェルマン?」
「別段、彼をかばい立てるつもりは無い……が、この〈完璧なる軍隊フォルコメン・アルメーコーア〉は、文字通り彼が心血を注いだ結晶だ。それを火事場泥棒とばかりに根刮ねこそぎ奪い、果ては死に逝く魂までも愚弄する……下劣としか言い様がないが?」
「ハッ! 同情か? 死体の脳ミソをイジくり回してよろこんでるようなイカれ野郎に? 随分と御大層な博愛主義だぜ?」
「そんな上等なものではないさ。そもそも、そんな資格・・・・・など私には無い」
 またも虚しさに渇いた自嘲。
 その様を盗み見たヘルは、何故か心惹かれる共感を覚えた。
 何故か……は分からないが。
「それで?」サン・ジェルマン卿は観察的な慧眼けいがんへと返り、ロキを見据える。「労せず私兵を整え、何をそうというのだ? やはり〈北欧アース神族しんぞく〉への報復か? それとも〈闇暦大戦ダークネス・ロンド〉への参戦か?」
闇暦大戦ダークネス・ロンド? ああ、地上の覇権に色めき立った〈怪物〉同士の小競り合いか? ソイツも悪かねぇが、どうでもいいな」
「では?」
「ブッ壊してぇんだよ! 何もかも……な!」
不憫ふびんな……」
「……あ?」
 抑揚が一転し、露骨な不快感に凄味をはらむ。
 見透かしたかのようなサン・ジェルマン卿のつぶやきは、秘めたる琴線きんせんに触れられたように感じた。
 が、卿はそれ以上何も語らない。
 確信めいた納得に浸るかのような態度は、ロキにとって腹立たしくも鬱陶うっとうしい。
 さりとも、それに触れる事はみずから狭心を認めるようなものだ。
 だから、えて揚々を装った憎まれぐちうそぶく。
「テメェ、勘違いしてるぜ? オレが玩具デク共を手に入れたのは、兵隊とするためじゃねえ。一山幾ひとやまいくらの雑魚ザコを囲ったところで、オレの満足にゃ足りねぇよ。求めるのは、もっと強大なちから! 絶大なちからだ!」
 直後、基地を崩壊させるかのごとき大振動が襲った!
 地の底から轟くのような爆音と共に!
 常備灯が消え、あらゆる電気が遮断される!
 程無くして予備動力へと切り替わった。
 紅い薄暗さの中で、サン・ジェルマン卿は動ぜずに指摘する。
「爆破したのは、メイン動力室か?」
「ヘッ……第一段階だ」
 野心を意図するアイコンタクトが、ヘルへの暗黙指示と滑った。
 頷くヘル。
 不本意は呑み込む。
 先刻と似て異なる呪術動作は両手をもちい、一挙一動が大きくも仰々しい。上位版呪術である事は見るに明らかだ。
 その支配力は機械仕掛けの亡骸総てに作用し、彼等に行動を強要した。
 破壊行為を一斉に止め、虚脱のように棒立ちとなる科学兵士ソルダット達。
 ややあって、ゆっくりと動きを見せた。
 絶大な意思力に抵抗するでもなく……。
 さながら、従順なしもべのように……。
 おのれの腕銃を、ゆらりと押し当てる──あごに──こめかみに────。
 そして、死の狂想曲!
 重なりあう銃声は一際ひときわ大きな破裂音と響き渡り、ドス黒い赤が朱の宴に凄惨な大華を添える!
 ──自害!
 それが冥女帝ヘルの下した命令であり、悪神ロキの意志であった!
 が、サン・ジェルマン卿は釈然としない思いをいだく。
(不可解だ……仮に〈完璧なる軍隊フォルコメン・アルメーコーア〉の壊滅が目的というのならば、先程のロキの発言は何だ? 彼は言った──『求めるのは、もっと強大なちから』と)
 サン・ジェルマン卿がはらむ沈思を曇る表情から汲み取ったか、ロキは優越感浸りに目的を示し始めた。
「ヘッ……真意・・が見えねぇって顔だな? サン・ジェルマン?」
「……ああ」
「いいだろう。知らねぇ間柄でもねぇし、特別に教えてやらぁ」
 机上へ足組みに腰掛けると、置いてあったメンゲレの遺品で一服をたしなむ。
「この場所にコイツ等が陣取ったのは、おそらく偶然じゃねぇ。この場所は尋常じゃねぇ霊力の力場とみなぎっているからだ。だからこそ、やれ『キルリアンなんとか』だ何だと〈オカルト科学〉を飛躍的に発展させる事が出来た」
 燻らす紫煙を眺めつつ種明かしを紡ぐロキ。
成程なるほど……」
 ひそかにいだいていた疑問が氷解し、サン・ジェルマン卿は薄く自嘲に浸った。
 常々つねづね、不思議には思っていたのだ。
 何故〈霊子キルリアン科学論〉を昇華出来たのか? 
 何故、人智及ばぬ〈怪物〉を意図も簡単に〈科学〉の研究対象とする事が出来たのか?
 メンゲレが心酔する〈近代科学〉は如何いかに発達したとて〝合理的な唯物論〟をとしている。
 それは〈オカルト科学〉と妥協にまじわるものではなく、ともすればメンゲレ自身が独学探究に辿り着く対象でもない。
 にもかかわらず、彼は〈オカルト科学〉の方面にも色濃く傾倒していた。
 超自然的存在スーパーナチュラルたる〈怪物〉を科学実験の研究対象とする事を可能としていた事実は言うに及ばず、眼前の〈冥女帝ヘル〉を監禁する事が出来た事実もそうだ。
 自分への尋問を始める際、彼は言った──「いずれは解剖室へ回してやる」と。
 つまりメンゲレには、そうした科学的対象として研究できる土壌が有ったという事だ。
「もっともコイツ等自身は、その源泉が何なのか・・・・までは自覚も無かったろうがな」
 根本間近の吸殻すいがらを投げ捨て、ロキは弁舌に室内を彷徨うろつき出した。
「封印……か」サン・ジェルマン卿は察する。「おそらく、この地下には強大な魔物が封印されており、その尋常ならざる霊力が溢れ出ている──そんなところか。そして、それ・・きみの望む〝ちから〟なのだな?」
 御名答とばかりにニヤリと口角を広げるロキ。
「そもそも、此処〝ドイツ〟は北欧圏だ。キリスト教とかいう連中が伝道されるまでは、北欧神界の領域テリトリーだったんだよ!」
 封印──北欧神界──悪神ロキ────並び立てられた断片ピースを組み合わせた演繹えんえきの結論に、サン・ジェルマン卿の表情は戦慄を染める!
「まさか! きみが復活させようとしているのは!」
 露骨な動揺は、ロキに満足を与えた。
 涼しい顔を飾るイケ好かない似非エセ貴族に、ようやく一矢報いた満足であった。
鬱陶うっとうしい大電圧の重石おもし退けた! 封印を解く呪法として、敵味方問わず大量のにえと捧げてやった! 充分だろ? ヒャハハハハハッ!」
「やめろ! ロキ!」
「さあ! 目を醒ましやがれ! 神魔狼クソガキィィィーーーーッ!」
 部屋が……いな、基地全体が震動する!
 大地震のごとく鳴動に吼える!
 常人では立っていられないほどの大地震が襲い、鋼鉄の内装はひずみに崩れ始めた!
 天井が崩落し、壁が瓦解する!
「ヒャハハハハハッ! ヒャーーハハハハハッ!」
 狂ったかのように勝利の高笑いへと溺れる悪神ロキ
 崩壊していく室内で笑い狂う様は、ゾッとするものをはらんでいた。
 そして、その足下が隆起すると、新たな足場と突き破ったのは巨大な狼の頭!
 室内に収まりきらないほどの巨大な頭部!
 氷のような蒼白の体毛!
 爛々と睨みつける紅い目!
 怒りと敵意に牙を剥き出す相貌!
 紛う事無き神話の魔獣!
「フェン……リル!」
 驚愕に忌むべき名を漏らす。
「アバヨ! サン・ジェルマン!」
「クッ!」
 砂を噛むサン・ジェルマン卿を尻目に、悪神ロキ冥女帝ヘルは地上へと顕現する魔狼の巨体によって天高くさらわれていく。
 崩れ落ちる無数の瓦礫に呑まれる中で、サン・ジェルマン伯爵が見た最後の光景であった……。
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