輪廻の呪后

凰太郎

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~第三幕~

呪后再生 Chapter.7

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「無様だな、ペルセウス?」
「ハァ……ハァ……グッ!」
 邪悪な仮面呪術師はあざけりを注ぐ。
 満身創痍と地を這う勇者……その背中へと叩き込まれる巨拳の追い撃ち!
 虫ケラを無作為に潰すがごとく!
「ぐあっ!」
 忌ま忌ましさを肩越しににらみ据えれば、醜怪な巨影は〈冥界巨人タルタルス〉のように威圧とそびえた。
 無数の体によって集合構築された怪物。
 各体は部位構成によって、不自然に折られ、裂かれ、融合していた──残酷極まりない部品素材パーツである。
 それ・・かは語るまでもない。
 あの〈ミイラもどき〉だ。
 二大勇者によって駆逐された肉塊にくかいは、仮面呪術師によって再利用・・・されたのだ。
 だがしかし、ペルセウスの嫌悪はそこ・・に無い。
「……ぁぁぁ……」「……ぉぉぉ……」「……ぅぅぅ……」
 かすかな声が苦悶の重奏を絞り出さす。
 生きていた!
 その〈カー〉は!
「スメンクカーラー……どこまでも下劣な!」
「下劣? ああ、コレ・・の事か? プロセス的には同様だ。内に囚われし〈カー〉は同梱された〈死霊〉により恐怖を無間地獄と味わい、その負念が活動源と転化される。そして、その集合体であればこそ、これだけの巨体に相応しい爆発力ばくはつりょくが供給可能なのだよ。いや、むしろ還元効率は上がったか? 何せ今回は果てぬ苦痛が加味されるからな……クックックッ」
「貴様は!」
いきどおる意味が判らんな? 所詮は有象無象の凡百……生きていても歴史に影響を遺すほどの存在価値には在るまい? なれば未来・・を築く礎石となれれば本望であろう? そう、歴史に〈未来・・〉を築けるこの〈真王ファラオ〉に!」
おごるな! 私利私欲の独善者風情が! 歴史は、そうした者達・・・・・・の幸福によって紡がれ──ぐあっ!」
そうした者達・・・・・・によって潰されろ・・・・
 抵抗のすべすら発揮出来ぬ死に体へ、容赦無き巨拳の滝が殴りつける!
 殴りつける!
 殴りつける!
 殴りつける殴りつける殴りつける殴りつける殴りつける殴り殴り殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴!
「グ……ッ……ア!」
 辛うじて死なずに済んでいるのは〈女神アテナ〉から授かった黄金盾による守護だ!
 それでも桁外れの圧は押し潰す!
 果てる兆しも無い鉄槌の豪雨!
 如何いかに神具の加護とはいえ、はたしてどこまでつ?
「……ぁぁぁ……」「……ぉぉぉ……」
 乱打の轟音に紛れる苦悶が懇願にも聞こえる。
 それが勇者ペルセウスには痛々しく、心苦しく、そして、腹立たしかった──救えはしない。
「クックックッ……ハハハハハハ……アーハッハッハッ!」
 すっかり勝ちを確信したスメンクカーラーが高笑いに酔った直後!
「……何っ?」
 一転、驚愕!
 黒い雷が醜怪なる巨体に降り注いだ!
 貫いた!
 室内・・にもかかわらず!
 有り得ぬ裁き!
「……ぁぁぁあああ……」
 燃え崩れる巨怪が発した断末魔は、はたして消滅の悲鳴か……或いは解放への感謝か……いや、おそらく後者であろう──ペルセウスは、そう願うのであった。
(それにしても、一体が?)
 回復させた冷静な判断力が出所を視認に追う──「なっ?」──慄然!
 同時に、それ・・はスメンクカーラーも体験していた!
 女であった!
 中空に浮かび立つ女の姿であった!
「……まさか?」
 仮面に隠された目力めぢからが驚愕にとらえたのは、間違いなく見覚えのある異端!
「まさか」
 疑念。
「まさか!」
 焦躁。
「まさかまさかまさかまさか!」
 腹底からの否定!
「ヤツは……ヤツは!」
 気圧けおされたかのごと後退あとずさるスメンクカーラー!
「……呪后じゅごう!」
 戦慄に血の気が引く!
 甦らせてはならない災厄!
 何故・・此処に・・・

 目は語る──久しいな謀反者よ。

 瞳は語る──浅知恵による姦計かんけい、実に愚かしい。

 眼差まなざしは語る──だが、そのおかげでわれの再生は叶った。貴様の手柄・・だ。

 意思は語る──褒美ほうびだ。今度こそ消滅・・させてやろう。

「何故だ! 何故、自己再生・・・・できた! 肉体アクも無しに! 如何いかに貴様とて、肉体アクという物質無くして現世復活など……ッ!」
 みずからの言葉で思い当たった。
「ま……まさか?」
 心当たりがある!
 だが! よもや?
 いや、物語っているではないか!
 あの手にした錫杖しゃくじょうが!
 折ったはずの……突き立てたはずの錫杖しゃくじょうが!
 何故、アレ・・が事も無げに復元している?
 スメンクカーラーよ……オマエはに突き立てた?
「ヴァレリア……アルターナ!」
 不覚であった!
 しかし、誰が予測できようか?
 己の身を差し出す・・・・・・・・などと!
 それも怨敵に!
「クッ! またも蘇ったか……呪后じゅごうよ!」
「…………」
 不意に明後日の方から邪魔立てる雑音に物言わぬ瞳が醒めて返す。
 まるで路傍ろぼうの石コロでも見るかのごとく……。
「相変わらずの無感情だな。下手をすれば、紀元前に交えた事さえも忘れたか!」

 ──嗚呼、成程なるほど

 ──あの時・・・の〈ギリシア英雄〉であったか。

 ──確か〝ペルセウス〟とか名乗っていたか。

 ──別段、貴様に興味は無い。

 ──われの関心は、コイツ・・・だ。

 再び見据え直すは業腹ごうはらなる策謀者〈仮面呪術師スメンクカーラー〉。
 反目ややあって地表へと降り立った呪后じゅごうは、醒めた戦意に状況を見渡す。
 ふとかたわらに意識を逃せば、死に体の西洋娘。
 それに寄り添う赤髪の魔女はみずからも地に這いながら懸命に治癒魔力を注ぎ込んでいた……眼前の脅威に敵意の警戒をめつけて。
「クッ……呪后じゅごう!」
 興味は無い。
 再び関心を金髪の小娘へとすべらせる。
 甘く熟れた唇から溢れ零れるは大量の赤──その痛ましい姿に心が激しき波紋を狂わせた!

 ──荒れるな。

 沈着の理性がバーいさめる。
 そして、ゆるりと輝掌をエレンに向けた。
呪后じゅごう!」
 戦慄を咬むメディア!
 すべ無し!
 満身創痍に加えて、呪文詠唱の隙も無い!
 詰み・・だ!
 思わず身をていしてエレンを抱きかばっていたのは〝人間ひと〟としての片鱗──超常異能者とはいえ〈勇者〉の根は〝人間ひと〟だ。コイツら〈バケモノ〉とは違う。
 もっとも、それ・・が何になろうか?
 どうせ消される・・・・……共々に。
 が、死刑執行の瞬間は訪れなかった。
 消滅の破光に呑まれると覚悟を決めていたものの呪后じゅごうの輝掌から放たれるは春風のように穏やかな波動……。
 その温光は死の淵に彷徨さまよう少女の身体からだを包み込み、次第に安らかな眠りへと誘うかのような弛緩に落ち着かせた。
「嘘……でしょ」
 密着に灯るエレンの容態を見て、思わず魔女は声を漏らす。
 驚愕に呑まれるのも無理はない。
 消えた・・・のだ!
 瞬時にして!
 エレン・アルターナを蝕んでいた致命傷が!
 ひとつ残らず・・・・・・
 横たわるは血糊ひとつ残らずの麗らかな肢体。
 まるで寝ていただけかのごとく……。
「……ぅ……ぁ……」
 微かに唇から洩れる声……ピクつき始めたまぶた……目覚めも近い。
(治癒魔法ではない! 仮に治癒魔法であれば、回復行程に大なり小なり時間を要する。瞬時にして全快などは有り得ない・・・・・! こんな治癒魔法は知らない・・・・・・・・・!)
 警戒と分析を乗せた視線が改めて怪異をにらみ据える。
 心理を読んだかのように呪后じゅごうは回答を思考に巡らせた。
 魔女・・ではなく、復活に内在した〈バー〉へと向けて……。

 ──治癒ではない……転移・・だ。

 ──物質的な傷だけではなく〝傷を負った〟という因果律そのもの・・・・・・・を転移させた。

 ──傷はおろか痛みひとつ・・・・・残らぬ。

 ──何せ〝無かった事・・・・・〟となったからな。

 ──そして、転移の先・・・・は……。

 メディアの背後に鮮血の破裂が噴いた!
「え?」
 唐突な違和感に呼ばれるまま振り向けば……そこには致命傷に喰われて沈むアンドリューの姿!
「なっ!」
 寸分違わぬエレンの傷・・・・・が、アンドリューに刻まれていた・・・・・・・・・・・・・

 ──少しは背負ってやれ。

 ──娘達の痛み・・を。

 弾劾の眼差まなざしが冷徹を注ぐ。
 内なるバーは新たな揺らぎに燃え猛ったが、それ・・は知った事ではない。
 小用を済ませたりとばかりに改めて室内を展望する。

 ──……狭いな。

 それだけを拾うと錫杖を高々とかざした!
 先端部の黄金円盤に刻印された巨大な単眼が意向汲んだりとばかりに破壊を顕現させる!
 黒い電光!
 無数の雷蛇が盲目に暴れ狂い、周囲の石壁や天井をめ走った!
 破壊の舌!
 そして、戦場フィールドざらしと拓いた。
 仰げば闇天、外気は妨げる障壁も無く撫で過ぎる……残ったのは床面のみ!
 僅か数秒にして、これだけの大破壊を発現させたのである!
 それは開戦の下準備のみにあらず!
 圧倒的な力量差りきりょうさの誇示でもあった!

 ──さて、始めようか……裏切り者?

「クッ! 嘗めるな! 呪后じゅごうよ! 現状いまの私は脆弱な〈スメンクカーラー〉ではない! 真理を超越せし〈ジャジャ・・・・エム・・アンク・・・〉なのだ!」

 ──能書きはいい。

 ──どちらでも同じ・・だ。

 ふわりとした浮遊は、ややあって矢と化し高空へと射抜いた!
 後を追う〈スメンクカーラー〉……いなジャジャ・・・・エム・・アンク・・・〉!
 紀元前の持ち越しが此処に雌雄を決する時!



 エレン・アルターナは、もう心配ない……そう判断した魔女はアンドリューの治癒に集中した。
(重傷ね……そりゃそのまま・・・・移植されたんだから、そうか)
 虫の息──過呼吸のような荒げにアンドリューは虚空を喘いでいた。
(なまじい意識が果てていないだけに、エレン・アルターナよりも苦しみは増している)
 とにかく治癒魔法を注ぎ続けるしかない。
 現状は、それしか無かった。
 と、背後へ二大勇者が歩み来た。
 満身創痍を共に肩預けに支え合いつつ……。
「どう思う?」
 ペルセウスが魔女の見解を求める。
 肩越しに簡潔を回答した。
「全快させる事自体は容易だけど時間は要する……それまでは、この死罰めいた苦しみには晒され続けるしかないわね」
「そうではない」と、憐れな男へと一瞥いちべつ──すぐに関心薄く返ったが。「呪后じゅごうだ。最も怖れていた存在が復活した」
「追わないのかよ? 爺さん?」
 肩越しの指摘には苦笑にがわらいに首を振るしかない。
如何いかに〈飛翔靴タラリア〉とはいえ高空過ぎる」
白天馬ペガサスでも連れて来れば良かったわね?」
 一転いってん、引き締まったペルセウスは再び闇を仰いだ。
「だが、どうやって? スメンクカーラーの話では『復活計画』とやらは失敗に終わったはずだ」
「さて……ね。だけど、スメンクカーラーは驚愕に漏らしていた──『ヴァレリア・アルターナ』と。だとすれば、アレ・・は〝ヴァレリア・アルターナ〟を依代アクとして復活した……と考えるべきでしょうね」
 聞き捨てならない顛末にヘラクレスが怒声を吐く。
「ちょっと待て! 呪后アレが〝ヴァレリア〟だと? じゃあ、ヴァレリアは乗っ取られたって事か?」
「おそらくね」
「問題なのは、そこ・・ではない」渋い顔で闇天をにらみ据え続けるペルセウス。「我々われわれが相手取るのは、どちら・・・だ?」
 その懸念けねんにギリシア勇者全員が視線を追った。
 いにしえの禁忌〈呪后じゅごう〉に、もはや超越者となった〈スメンクカーラー〉……どちら・・・が相手でも苦戦はまぬがれまい。
「アレが……姉さん?」
 不意に聞こえた鈴音に一同いちどうはハッと注視を向ける。
 目覚めに仰ぐエレン・アルターナであった。
 そして、その〝事実〟を噛む者が、もうひとり……。
(……ヴァレ……リア……)
 アンドリューの巡らす思いは、誰にも気付かれなかった。



 遥か高空の超常戦は誰にも邪魔立てされぬまま展開していた!
 唯一ゆいいつの傍観者は、背景と演出する巨大単眼……。
 さながら〈魔王の御前ごぜん死合しあい〉の如く…………。
輝身星射ナグムサハム!」
 全身発光を帯びたスメンクカーラーが仰々しく両腕を広げれば、解放を急いていた息吹は幾多もの光矢と化して呪后じゅごうへと掃射された!
 まるで『地表の流星群』と呼ぶに相応ふさわしいまばゆさながらも、反して授けるは無慈悲なる破壊と根絶!
 四方八方逃げ場無しとばかりに迫る煌めきに、しかし呪后じゅごうは動揺も焦躁も無縁とばかりに涼しい。

 ──喰らえ。

 彼女の周囲に生まれる無数の闇球。
 それはあたかも〈使い魔〉の如く迎撃に飛び散り、確実に光撃へと喰らいついた!
 接触すれば相殺に消滅し、何事も生じていなかったかのような平静が場に甦る。
 一輝いっき残らずが喰らった。
 だが、それ・・で終わりではない。
 直後、スメンクカーラーを包囲するかのような陣形にが出現した!
 先程さきほどが!
 そして、喰らったもの・・・・・・を吐き出し返す!
 自らが放った無数の光矢は、一転いってん、スメンクカーラー自身を殺傷する集中掃射と浴びせられた!
「チィ!」
 即座に呪印詠唱!
 ことわりへの解放リセットに輝撃を拡散させた!
 役割を終えた闇球も魔界への帰還とばかりに霧散する。

 ──貫け。

 意思に呪后じゅごうがクンッと二指にしを突き立てれば、眼下の砂漠は大瀑布逆流のごとき勢いに噴き上がる!
「何っ? ガハッ!」
 気付くも遅し!
 高密度に固まった砂槍は岩同等の硬度で突尖を貫く!
 串刺し刑!
 股ぐらから脳天までをブチ抜かれ肉塊にくかいと爆散する仮面呪術師!
 眼界に散り漂うは汚らわしき血肉。
 さりとも死んで・・・はおるまい──そう看破するからこそ呪后じゅごうにも油断は無い。
 はたして的中!
 中空の肉片は滞空に留まり、その総て・・くちが膿んだ!
「「「「「燃える血ハラーラダッム」」」」」
 異口いく同音どうおんに耳障りな火刑宣告!
 かすかに付着した返り血が種火と咲き、みるみると経帷子パピルス引火の勢いに育つ!

 ──ッ!

 灼熱の炎柱に芯と呑まれ、しなやかな肢体は断末魔の影を踊った……。
「クックックッ……経帷子パピルスあだとなったな呪后じゅごうよ? が血とは相性がいい」
 見届けるを核として肉片が集合し、在るべき人型へと繋がっていく──復活。
 悲願たる異能力ちから〈ジャジャ・エム・アンク〉との憑霊融合を果たしたスメンクカーラーは、やはり、かつての存在とは根本から異なっていた。
 人外じんがい──そう呼ぶに相応しい!
 いな、そうとしか形容できない!
 それが証拠に、見よ!
 つい呪后じゅごうすら下したではないか!
 仇敵である呪后じゅごうさえも!
 ……下した?
 なれば、アレ・・は何だ!
 確かに呪后じゅごうは消し炭と燃え朽ちている。
 火勢の鎮まりと共にボロボロと黒は崩れ落ち、地表へと呑まれている。
 なれば、アレ・・は何だという!
 あの錫杖・・は!
 何故、朽ちぬ!
 何故、落ちぬ!
 そして何故、毅然きぜんと立っている!
 黄金盤の単眼がギョロリと照った。
 それを皮切りとして高速に飛翔する!
「何? グッ! ど……何処から……ガッ!」
 右から! 左から! 上から! 下から!
 そして、背後から!
 金色の奇錫は縦横無尽に闇空を駆け、変幻自在な殴打にスメンクカーラーをもてあそんだ!
「クッ……調子に乗るな!」
 反撃の呪術に転じようと試みるも標的捕捉が叶わない!
 速過ぎる!
 細過ぎる!
 焦りを嘲笑うかのように乱打は奇襲した!
 一撃いちげきに離脱し、また見失っては殴り掛かる!
「こ……この……グハァ?」
 さては飽きたりとばかりに痛恨の一撃いちげきを腹に叩き込むと、錫杖は円盤回転に間合いを離脱した。
 ピタリと止まれば、次第にそれを掴む人影が浮かび上がる。
 呪后じゅごうだ。
 再生された姿は何等傷を負ってもいない。
 燃やされる以前のまま……。
 経帷子パピルスも含めて……。

 ──所詮しょせん、貴様は肉片から再生する程度。

 ──だが、われは〝消し炭〟からも再生する。

「ぬぅぅ……じゅごぉぉぉおおぅ!」
 憤怒のめつけは、同時に焦燥へのいきどおりでもあった。

 からの観察に、ヴァレリアは理解した。
(成程な……道理で自信に満ちあふれていたワケだ)
 想起するのは呪后じゅごうの言葉──あの程度・・・・だ──到底、われの敵ではあるまい──もっとも〈完全体〉でも同じ・・だがな──。
(何故、そこまで過信できたのか……確かに無比な呪力じゅりょくも大きいだろうさ。だが、真に驚愕すべきはそこ・・じゃねえ)
 浮かべる苦笑くしょうに微かな皮肉をふくませる。
(そりゃ無敵・・なワケだぜ……息をする事や手足動かすのと同じ・・だもんなぁ?)
 誰しもが見落としがちな決定的差異を、若き探求者は見つけ出していた。
(コイツは……呪后じゅごうは……呪文詠唱すらも必要としていない・・・・・・・・・・・・・・・!)

 それは自尊を傷つけられた激昂げきこうか。
 あるいは、埋まらぬ力量差りきりょうさを直視した事による慄然か。
 ともかくスメンクカーラーの胸中は嵐と荒れた。
(ありえん! ありえんありえんありえんありえん! われこそは〈ジャジャ・・・・エム・・アンク・・・〉なるぞ!)
 かたくなな現実拒絶。
 その様は哀れなほどに……。
(憑霊術が不完全であったか。そもそも献上せしにえは屑ばかりの寄せ集め……無理もない)
 なれば、どうする?
 このままでは勝機に足りぬ。
 ふと眼下に視線を落とした。
 視認は叶わぬが、遥か下界……起点となった遺跡にはいる・・
 それを思い起こせばこそ、策謀はしたり・・・ふくんだ。
(……足す・・か)
 呟きに呪文を紡ぐ。
 眼前の敵にさとられぬように。
 小声につづ早口はやくちに、指先だけの所作。
 こじんまりと縮こまり顔を伏せていれば、屈辱を噛み締めて失望に堕ちているとも映ろう。聞き取れぬ詠唱は失望の呪詛と聞こえるだろう。
 それでいい。
 せいぜい油断していろ。
 一時いっときの優越感などくれてやる。
 そして、発動の時!
 最後の仕上げとして、地表へ向けて呪掌を開放した!
魂贄ラウフオドヘヤ!」
 膨大な思念圧が降り注ぐ!
 途端、王墓に残る者達はガクンとした吸引感に襲われた!
 ペルセウスも──ヘラクレスも──メディアも──アンドリューも──そして、エレンも────。
「な……何だ? 何が生じているというのだ! この不快な違和感は?」
「吸われているのよ! 私達の〈魂〉を! 搾取されている! あの信徒達と同じように!」
「あぁ? どっち・・・だよ! 〈スメンクカーラー〉か! それとも呪后じゅごうか!」
「知らないわよ!」
 慄然に狼狽うろたえつつも、メディアは死に体のアンドリューをかばった!
「ぅ……ぅぅ……姉さ……ん……!」
「チィ! エレン!」
 駆け寄るヘラクレス!
 非力ひりきいじめられる小鳥を保護するかのように、隆々たるたくましさがカゴおおった。
「あ?」
「気にすんな……クッ……俺はタフだけが取り柄だ」
 上空からの異質は身をもっとざす!
 神力しんりょくをも結界と絞り出す!
 小匙こさじ一杯いっぱいもくれてはやらねぇ!
 この娘の……エレン・・・アルターナ・・・・・の命は!
 ジワリとした恐怖を帯びて脱力感だつりょくかんかじりつく!
 むしばむ!
 そして、宙にむさぼる仮面は口角こうかくを吊り上げるのであった。
かさし……しかも、今度の搾取対象は総じて上質・・だ)
 だが……。

 ──て。

 呪后じゅごうは虚空を確固とした地面に錫杖尻を叩いた。
 かなでに生じた振動は湖面の波紋のように広がり、不可視の遮蔽床を敷き広げる。
「なっ!」
 そして、閉ざされた・・・・・
 邪念の管糸が!
 呪后じゅごうの意思のままに!
 改めて慄然を咬むスメンクカーラー!
 またも起死回生を潰され、ようやく自覚する。
(……勝てない! 今生こんじょうに於いて、このは埋まらぬ!)

 ──身に染みて解ったか?

 ──格の差を……。

 嫌が応にも認めざる得ない。
 現在・・は!
(なれば……なれば、また・・だ! また次の転生・・にて賭ける! リセットだ! ここまで育成した〝イムリス〟を破棄するには口惜くちおしくもあるが……総てをす! あの時と同じように・・・・・・・・・! 無論、貴様も・・・だ! 呪后じゅごう!)
 相討ち覚悟に腹を決めると、スメンクカーラーは天空を仰いだ!
 黒月こくげつ領域テリトリーと閉ざされた遥か先を!
 仰々しく両腕を広げ、みずからを道標と示す!
「天よ嘆け! 地をえぐれ! 川よ枯れよ! が障害を燃やし尽くせ! 大流星雨ハガル・マタル!」
 黒雲が火照ほてりを孕む!
 裂いて顔を出すは宇宙よりの鉄槌!
 隕石!

 ──また、それ・・か。

 あわてふためく事も無く呪后じゅごうは錫杖を回す。
 黄金盤の単眼は軌道に呪光を刻み残し、それはそのまま単眼魔方陣と形成された。
 突き出した掌が念に掴み、頭上水平へと運ぶ。
 広がる!
 遅々と落下して来る威圧を呑み込まんと、天空に単眼陣が拡張する!
 これもまた紀元前の再現よろしくだ!
 だがしかし──「子散爆裂テフルインフィガール!」──高々とかざした呪掌じゅしょうを握り潰せば、追加呪術に隕石は砕け散った!
 灼炎の破片が降り注ぐ!
 広範囲に落下せんと!
 頭上に広がる赤炎の絵画は惨劇の豪雨!
 対象は無差別!
 総て・・だ!
 己自身も含めて・・・・・・・
 総てを道連れにする・・・・・・・・・
 我が意にそぐわぬものは・・・・・・・・・・・
 我を侮辱したものは・・・・・・・・・
 今度こそ思い知るがいい! 世界よ! 歴史よ!
 我こそが・・・・なり・・
 紅蓮の絶望は地上の者達も見定めていた。
「メディア!」
 即座にペルセウスが指示を出すも、頼み綱は冷めた諦めに首を振るだけ。
 さすがに規模が違い過ぎる。
 受け入れるしかない……もはや抵抗は無意味と。
 ……たった一人を除いて・・・・・・・・・
 そう、たった一人・・・・・を!

 ──のがすな。

 またも錫杖に虚空を叩くと単眼魔方陣が分裂した!
 災厄と同じ数だけ!
 そして、宙を滑り走れば各々が確実に降下座標へと待ち構える!
 一欠片ひとかけらも残さぬ捕食!
 くして地上は事無きままに……。
 何事も生じぬままに……。
「バ……バカな!」

 ──呪力じゅりょくの底上げが貴様だけと思うたか?

 ──フフフ……愚かしい。

 ──そもそも貴様・・授けた・・・のだぞ。

 ──どうやら格段に相性が善い。

 ──が〈バー〉と……。

 ──その意志力・・・は…………。

 ワナワナと驚愕に打ち震えつつも、紅玉石ルビー獣瞳じゅうどうは見た!
 呪后じゅごうの内に燃え盛る新たなる〈バー〉を!

(やらせねぇ……)

(絶対にやらせねぇ……)

エレンには手出しさせねぇぇぇーーーーっ!)

「ヴァ……ヴァレリア・アルターナ!」
 気迫呑まれに後退あとずさる!

 ──加えて〝血〟だ。

 ──貴様は突き立てたな?

 ──この者に……。

 ──が〈呪具〉を……。

 ──おかげで、それ・・を交える事が叶った。

 ──血潮えにしとして……。

 ──結果、より強固・・となったのだ。

 ──我等われら繋がり・・・は。

 ──これ以上の依代アクはあるまい。

「まさか……吸血に取り込んだというのか! ヴァレリア・アルターナを! その存在そのものを……因果えにしを!」

 不覚!
 しかし、誰が予想できよう?
 処刑杭とヘシ折った錫杖がにえの血を吸い上げるなどと!

 ──さて、満足いったか?

 ──アイ・・よ?

 流舞りゅうぶ一閃いっせんとばかりに凪ぐ錫杖!
 その柄尻が仮面を弾き剥いだ!
 獣神仮面は高く放物線を描き、砂漠へと落ち呑まれる。
 素顔すがおさらしとなったイムリス……いなアイ・・〟は、信じられぬとばかりに呪后じゅごうを凝視に据えた。
「ヌゥゥ……キ……キサマ?」

 ──気付かぬとでも思うたか?

 ──つくづく見くびられたものよ。

 ──素性隠しの〈仮面〉と〈偽名〉……。

 ──アクエンアテンもネフェルティティも、裏から意のままに操る傀儡くぐつ……。

 ──そして、ツタンクアテンも……な。

 ──同じ手口てぐちを繰り返し、貴様は実質的に王権を行使していたワケだ。

 ──だが、誤算が生じた。

 ──われだ。

 ──薄々は気付いていた。

 ──アイ・・失踪直後に貴様・・が腹心を名乗り出た時点でな。

 ──タイミングが良すぎる。

「クッ?」

 ──手口てぐちを変えるべきだったのだ……貴様・・は。

 ──慢心に見くびり過ぎだ……われを……他者を!

 そして、決着の一打いちだ
 渾身に振り下ろす錫杖を延髄へと叩き込む!
「ガッ!」
 二重にじゅうの苦悶!
 息が死ぬと同時に、重い痛打が意識断裁に飛ばす!
 布切れと落下していく祖父を冷蔑に見下し、呪后じゅごうは単眼魔方陣を展開した。
 その軌道上へと……。

 ──二度にどと踏ませぬ。

 ──世界・・は……。
 



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※注意! この作品は、『ゴーストバスター幽野怜』の続編です!! 『ゴーストバスター幽野怜』⤵︎ ︎ https://www.alphapolis.co.jp/novel/376506010/134920398 上記URLもしくは、上記タグ『ゴーストバスター幽野怜シリーズ』をクリックし、順番通り読んでいただくことをオススメします。 ――以下、今作あらすじ―― 『ボクと美永さんの二人で――霊王を一体倒します』 ゴーストバスターである幽野怜は、命の恩人である美永姫美を蘇生した条件としてそれを提示した。 条件達成の為、動き始める怜達だったが…… ゴーストバスター『六強』内の、蘇生に反発する二名がその条件達成を拒もうとする。 彼らの目的は――美永姫美の処分。 そして……遂に、『王』が動き出す―― 次の敵は『十丿霊王』の一体だ。 恩人の命を賭けた――『霊王』との闘いが始まる! 果たして……美永姫美の運命は? 『霊王討伐編』――開幕!

三大ゾンビ 地上最大の決戦

島倉大大主
ホラー
某ブログ管理人との協議の上、618事件に関する記事の一部を 抜粋して掲載させていただきます。

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

Dark Night Princess

べるんご
ホラー
古より、闇の隣人は常に在る かつての神話、現代の都市伝説、彼らは時に人々へ牙をむき、時には人々によって滅ぶ 突如現れた怪異、鬼によって瀕死の重傷を負わされた少女は、ふらりと現れた美しい吸血鬼によって救われた末に、治癒不能な傷の苦しみから解放され、同じ吸血鬼として蘇生する ヒトであったころの繋がりを全て失い、怪異の世界で生きることとなった少女は、その未知の世界に何を見るのか 現代を舞台に繰り広げられる、吸血鬼や人狼を始めとする、古今東西様々な怪異と人間の恐ろしく、血生臭くも美しい物語 ホラー大賞エントリー作品です

ナオキと十の心霊部屋

木岡(もくおか)
ホラー
日本のどこかに十の幽霊が住む洋館があった……。 山中にあるその洋館には誰も立ち入ることはなく存在を知る者すらもほとんどいなかったが、大企業の代表で億万長者の男が洋館の存在を知った。 男は洋館を買い取り、娯楽目的で洋館内にいる幽霊の調査に対し100億円の謝礼を払うと宣言して挑戦者を募る……。 仕事をやめて生きる上での目標もない平凡な青年のナオキが100億円の魅力に踊らされて挑戦者に応募して……。

SHAGGAI〜シャッガイ〜

顎(あご)
ホラー
◆super higherdimension aggression adaptability intelligence(超高次元侵略的適応性知性体)……通称:SHAGGAI(シャッガイ)人間に憑依し、その肉体と記憶を自分のものにする事が出来る。  普通のサラリーマンである桑畑耕一は、少女が謎の男に襲われている場面に出くわす。人間離れした身体能力を見せる男に桑畑自身も窮地に立たされるが、桑畑の肉体にも異変が生じ始め……

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