人喰いの船

穏人(シズヒト)

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7月25日

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 こんな夢を見た。
 俺達は無事他球へと辿り着いた。死んだ仲間も一緒だった。四人とも全員無事だった。俺達は五人揃って他球に帰ることができたんだ。その後内紛中のとある国に潜り込み、俺達は戦場を漁って食糧を手に入れることができた。戦争が続く限り、俺達が食糧に困ることはあり得ない。俺達は生き永らえることができました。めでたしめでたし。ハッピーエンド。
 いやこっちの方がいいだろうか。俺達は確かに人を喰べた。だが素晴らしい奇跡が起こって人喰いは治ったんだ。人喰いの間に人を殺したことも、喰べたことも咎められなかった。生きるためには仕方がなかった。仕方がない仕方がない。
 だったらこんなのはどうだろうか。俺達は確かに人喰いだ。でも元々そうだったわけじゃない。この前着陸したあの星で青い鹿に襲われて、目が覚めたらこんなことになってしまっただけなんだ。本当は善良な人間なんだ。だから頼む、怖がらないでくれ。俺達を恐れないでくれ。確かに俺達は人を喰ったが、お前達を食べようなんてこれっぽっちも思っちゃいなかったんた。だって同じ人間じゃないか。人間を殺して食べるだなんて、そんなことできるわけがない。頼む助けてくれ。俺達はなりたくて化け物になったわけじゃないんだ。同じ人間だろう。どうか、どうか、信じて。俺達の想いが通じたのか、人間達は信じてくれて、そして一日一塊、俺達のために肉を提供すると言ってくれた。人喰いは感激し、人間達と手を取り合い、これからも彼らと一緒に仲良く旅を続けていく。これで本当にめでたしだ。めでたしめでたし。めでたしめでたしめでたしめでたし。
 なんて都合のいいことが起きるはずがないだろう。人喰いを信じるだって? そうやって騙して油断させて、皆が寝静まった頃に本性を現すに違いない。信じられない。信じられるわけがない。かつては人間だったとしても、人を喰い殺した後も人間だなんてどうして言える。その血塗れの手と口でどうしてそんなことが言える。人殺し! お前らは人を殺して喰ったんだ。一度でもそれをやった奴らを信じられるわけがない。殺せ殺せ! 化け物なんて信じたらこっちの方が殺される。殺される前に殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 俺達は、あの後からでも他の道を選ぶことができただろうか。船長を殺して喰った後でも、残りの船員と和解して生き残ることができただろうか。いや無理だ。そんなことは妄想もできない。絶対に、確実に、あいつらは俺達を殺そうとした。人間と人喰いのふたつに別れて必ず殺し合いになっていた。だって人間を喰う化け物と、どうやったら共存できる? 人間を喰った化け物を、どうやったら信用できる? そんなの、どっちかがどっちかを殺し尽くすしかないじゃないか。そうならなかった、他の道があったはずだ、なんて一体誰が言える。そんな道があるのなら、あの時人喰いになった俺達にその方法を教えてくれよ! これしかなかった俺達を、化け物だって責めないでくれよ!
 だからこれしかなかったんだ。土台これしかなかったんだ。俺達は人間を殺したんだから、もう喰うより他になかったんだ。それ以外の道があったのならどうか俺に教えてくれ。俺はどうすれば良かったんだ。化け物はどうすれば良かったんだ。望んじゃいなかった、誰だって、こんなことは望んじゃいなかったのに!
 ハッと目を覚ますと、俺は船にひとりだった。誰もいない。何の音もしない。アシビもオキナも、冷凍庫でカチンコチンに凍るただの肉になってしまった。あとはみんな喰ってしまった。俺ひとりだ。俺ひとり。この船の中には俺ひとり。
 吠え猛りたいような感情が喉の奥に渦巻いていた。だから俺は叫んだ。そしてすぐに泣きじゃくった。目と鼻から痛みがぐずぐずの水になって出てきた。ああ、俺は、俺は、なんてことをしてしまったのだろう。なんてところに来てしまったのだろう。なんでこんなところに来てしまったのだろう。嘆いても嘆いても、嘆き足りない。そして遅い。もう遅い。どんなに後悔したところで、もう遅い。もう遅い。俺は何処にも戻れない。
 俺はそれでも泣いて泣いて泣きじゃくり、しかし泣きじゃくりながら、俺にはもう、泣きじゃくる資格さえないのだと唐突に思い知らされた。泣いて、吠えて、涙と鼻水を溢す程に、俺の中にあった何かが削れ落ちるような錯覚を覚える。何を泣いているのだろう。俺はもう人ではないのに。人間のように泣きじゃくる資格さえも何処にもないのに。泣きじゃくるぐらいなら、今更人間らしく振る舞おうとするぐらいなら、最初から人間らしく死ぬことを選んでいれば良かった。人間など喰わないで、化け物になったことを悟った時点で、慟哭し、そのまま首を吊るなりして、人間らしく死ねば良かった。でも俺はそうしなかった。化け物として生きることを選んだ。人喰いとして生きることを選んだ。人を殺して喰ってでも、それでも生きることを選んだんだ。ただ生きていたかった。それでも生きていたかった。それなのに今更、人間らしくあろうとするなんて。
 ムシが良すぎると思わないか?



 腹が減った俺は、冷凍庫にあった指をひとつ食べることにした。誰の指なのかなんてそんなことは確かめなかった。大事に食べていかねばならない。あとどのぐらいで船が着くのかわからない。いやそもそも何処かに、という疑問を俺は即座に打ち消した。考えても仕方がない。ことは考えない方がいい。
 今日から日付けを書くのは完全にやめにしようと思う。一体どれぐらいの間、彷徨い続けているのかなんて目の当たりにするのは嫌だから。それを目の当たりにしてしまえば、気が狂ってしまうだろうから。こんなことになってさえ、わずかに残った正気まで、手放すのは嫌だったから。



 燃料を確認したら、もうほとんどないことがわかった。俺は本格的にこの宇宙を一人で彷徨うことになる。もう実験体でもいいから、助けてほしいと思うのだけど、俺を見つけてくれる人間はどうやら存在しないみたいだ。



 冷凍庫の中身は徐々になくなり、ついに爪だけになってしまった。俺はそれを飴のようにいつまでもしゃぶっていたけれど、いつのまにか無くなっていた。口内を何度も探したけれどついに見つかることはなかった。俺は食料もなく、ひとり待たなければならない。



 俺はついに今日、自分の親指の爪を齧った。久しぶりの食事は、まったく美味いと思わなかった。俺は自分を食べていくだろう。死なないために俺自身を齧り取って生きるだろう。俺が無くなってしまう前に、俺は辿り着けるだろうか。



 きょうついにりょうてのゆびがなくなったので、なくなったゆびのつけねにぺんをつきさしてかくことにした。とてもかきにくいし、ぺんがにくにささっていたい。でもかかなければ。おれがにんげんであるあかしに。



 せめておれが、いまもにんげんであるというあかしに。









 えぐったがんきゅうはしおあじがしてひさびさにうまかった
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