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異世界転移
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「J'ai reçu une commande de la troisième table!!」(三番テーブルからオーダー頂きました!!)
「「「「Oui!!」」」」(はい!!)
ここはフランス料理専門店、三ツ星レストラン「ラ、グラン」。『偉大な』という名前を掲げるほどその料理の評判は高く、シェフはオープン一年目でミシュランに認められるほどの腕前だった。
「Rokuban vous obtenez une table de hors-d'œuvre!」(六番テーブルオードブル出ます!)
「Il sort dans 2 minutes 30 secondes après la 10ème cuisson du poisson de tabl!」(10番テーブル魚料理あと2分30秒で出ます!)
「Après 5 minutes sur le poisson de table 5, terminez les plats de viande en 12 minutes!」(5番テーブル魚料理を5分後、肉料理を12分後に仕上げてください!)
日本にあるレストランでスタッフは全員日本人。だが此処で日本語をしゃべる人はいない。ホールスタッフもキッチンスタッフも全てがフランス語。それだけでその意識の高さが分かる。
沢山の声が飛び交う中その全ての声を聞き取りフライパンを握る男。彼こそがこのレストランの若きシェフでありこの物語の主人公「松本 徹」(まつもと てつ)。
幼少期から父の洋食屋で働きフランス料理の神髄を叩き込まれ、そして日本人最年少で三ツ星の称号を手にした男だ。
今、芸術とまで言われた彼の料理を楽しもうと世界中からお客様が集まっている。
「Chef, excusez-moi. Vous avez dit que vous voulez dire bonjour.」(シェフ、失礼します。お客様が是非挨拶したいとおっしゃってます)
「Je comprends. Allez vite」(分かった。すぐに行く)
彼は料理の仕上げをスーシェフ(二番料理長)に任せ、身だしなみを整え客席へと向かう。
有名レストランにもなるとシェフはお客様との時間も大切にしなくてはならない。多くのグルメ達はその感想を直接シェフに伝え、そして仲良くなりたいと思うのが普通だ。
「全く、このクソ忙しい時に……」
徹は誰にも聞こえないように小さな声でぼやきながらキッチンを後にする。
レストランの厨房はそれこそ「戦場」と言っても過言ではない。お客様に最高のタイミングで料理を提供するためには秒単位で料理を仕上げていかなければならない。
お客様がコースを決めてからアペリティフ(食前酒)を提供するタイミング、ドリンクを出すタイミング、お客様が良く話す人かどうか、料理を食べるペースが速い人かどうか、カップルか家族連れか接待か。その全てがキッチンには伝えられ、そして料理を作る時間を決める。
全てのお客様が「最高のタイミング」と思える時間に料理を作ると言いう事はすべての事に神経をつぎ込まなければならない。
なのにお客様といちいち会話するなど。と徹は思いながらも師匠に「お客様と会話を楽しむのも素晴らしい料理を提供するのも同じことだ」と言われ続けた徹はため息をつきながら思い出し目的のお客様の前に立つ。
「本日はお忙しい中お越しいただきありがとうございます。お料理はお口に合いましたでしょうか?」
お決まりのセリフを言いながら徹は疑問に思う。
「ああ、最高の料理でした。さすが最年少で三ツ星を手にしただけの事はある」
そう言い笑顔で徹の手を握る男性はどこかで見た事ある気がしてならない。だが次の料理のタイミングなどを考えながらしゃべる徹はどうしても目の前の男性の事を思い出せないでいた。
「ありがとうございます。これからも「ラ、グラン」をよろしくお願いいたします」
思い出せない事がなんだか申し訳なく思い、会話を早々に切り上げようとする徹はすぐその事を後悔する。
「いやいや、私がこの店に来ることはないよ。何故ならこの店は今この瞬間をもって閉店するからだ」
「……は?」
徹は腹部に違和感を感じ、辺りからは女性の悲鳴が響き渡る。
「あ、貴方は……」
徹は自身の腹部に刺さったナイフを掴みながら彼の事を思い出し、彼は膝から崩れる徹に何かを言うが徹の耳にはもうその言葉は届かない。
薄れゆく意識の中で徹は思う。
レストランで星を得ることは名誉なことだ。だが同時にその星を失うと客は途端に離れ、その名声は消えゆく。その為その事に絶望し自殺したシェフは何人もいる。
彼は去年まで近所で一つ星レストランを営んでいたシェフだった。だが数年前にその星は無くなり客足は途絶え、経営困難に陥っていたと聞く。だがそんな話はこの業界ではよくあることだ。
だからミシュランに選ばれても星を得ることを断る店は少なくない。何故なら星を得ることでその敷居が高くなり、同時に予約することが困難になる。つまりこれまで気軽に来ていただいていたお客様が来づらくなってしまうからだ。シェフは常にその葛藤に悩まされる。
真実は分からないが恐らく彼は徹に嫉妬したんだろう。長年守り続けてきた星を奪われ名誉が地に落ちた彼は追い詰められていたんだ。
単なる八つ当たりだが、だが同時にいつか自分も彼と同じ道をたどっていたのかもしれないな。
何故だかそんな風に冷静に分析した徹はその瞬間意識を手放した。
「……きてください。起きてください。はぁ。『開店の時間だ徹!!いつまで寝てるんだ馬鹿やろう!!』」
「……!?ウィ!!シェフ!!……ってあれ?」
いつも通りシェフに怒られ飛び起き店に向かおうとした徹はいつもと違う光景に驚く。
何もない真っ白な空間。目の前には真っ白に身をつつんだ長髪の金髪の女性。その女性はまさに女神様と言っても過言ではないくらい美しい。
「過言というか女神そのものなんですけどね」
くすりと笑う女性に目を奪われながらも徹は色々思い出し考える。
まず先ほど師匠であるシェフの声がしたがあり得ない。シェフは今フランス、パリにいるはずだ。あの料理以外に興味がない彼が日本にいるわけない。そんな時間があったらワイン片手に料理の研究を続けているはずだ。
次に自分は先ほどナイフで刺されたはずだ。ならここは病院か?いや、そんな風には見えない。もしここが手術室なら一体何平方ある手術室なんだ。しかも機材もなければ人員もない。目の前の女性は医者には見えないし。
というかナイフで刺された自分より目の前の女性の方が重症なのでは?自分で「女神そのもの」とか言っているし。一度脳外科に観てもらうべきだ。いや、精神科か?
「ちょっと?何考えてるか丸わかりですよ?あまり失礼だと地獄送りにしてしまいますよ?」
やはり重症のようだ。できればあまり関わりたくないな。
「はぁ。もういいや。兎に角日本人なら『ラノベ』はご存知ですよね?貴方は死に、そして異世界転移、つまりチート転移することになったと言えばわかりますか?」
ああ、駄目だ。目の前の女性は末期のようだ。早く医者に見せなきゃ手遅れになるぞ。
だが自分のポケットを探してみたがスマートフォンが見つからない。ああ、そう言えばスタッフルームの荷物の中に置いてきたんだと思いだす。という事は彼女はもう助からないのか。残念だ。
「ちょっと!?本当に地獄に送りますよ!?」
そこから徹は目の前の女神さまに三時間近く説教をされながら状況を説明されるのだった。
「……という事は俺は『死んだ』。そして日本で流行っている『ライトノベル』と言う本でよくある設定『剣と魔法の世界』という所に『チート転移』、つまり『少し若返り、そして強くなり』その世界に行くという事で間違いありませんか?」
「はぁ、はぁ、そうよ。そう言うことよ。なんで本当に何も知らないの?なんであんなに面白い『聖書達』を読んでないのよ」
目の前の女神様は、長時間興奮しながら説教したせいで乱れた綺麗な髪をなおしながら言う。
だがそれは仕方のない事だ。徹は教科書以外の本は料理本しか読んだことはない。料理の世界は極めようと思えばそれこそ一生かけても時間が足りない程奥深く、そしてその可能性は無限だ。
徹も幼少期から常にその神髄を追い求めて何度頂きにたどり着いたと錯覚した事か。
料理の神髄はまだ誰にも分からない。徹は定期的に料理を極めた気分になっていたが、だがそれはいつも蜃気楼のように消えていく。
何故なら人の味覚は千差万別だからだ。いくら美味しい料理を作っても人によっては不味く感じてしまう。
だがら三ツ星レストランを作りそして再び自身の自信を取り戻そうとした。
だがそれもまた蜃気楼。お客様によっては「期待外れだった」と言う方もいる。
いくら手を伸ばしてもつかめない料理の神髄。掴んだと思ってもいつもそれは白い靄となって消えていってしまう。
ああ、料理の神がいるならば教えてほしい!
料理とは一体何なのか!?
料理の神髄とは何なのか!?
掴もうとしても消えてしまうこの蜃気楼の正体は一体何なんだ!?
「おい、女神の前で何蜃気楼を見てやんだ」
「チェンジで。折角死んだんだから女神様より料理の神様に会いたいです」
「な、なんですって!!??女神を前にしてチェンジって何よチェンジって!!」
こうして一人の料理馬鹿はまた2時間程女神さまに説教をされるのだった。
「で?異世界に行くの?行かないの?」
いつの間にかあるソファーに座り、説教疲れで項垂れている女神さまは気だる気に聞いてくる。
女神さまの話は長かったので徹はあまり覚えていないが、内容はだいたいこんな感じだ。
今の地球と言う星は可もなく不可もなく、科学のおかげで多少は発展しているが他の科学が発展した星に比べればまだ産毛が生えた程度。
特に日本はラノベを通じて異世界と言う場所を想像したことあるおかげで、異世界に行っても適応しやすい。
つまり大して知識もなく適応しやすい日本人が異世界転移にはちょうどいいらしい。
下手に科学が発展した星の人を連れていくとそれこそ文化そのものが変わってしまい大変らしい。
では何故異世界転生などさせるのか。
それは神が世界に定期的に世界に刺激を与えているらしい。
歴史上の人物がそうだったように、電機やガスを発見し使いこなしたように異世界人が世界に少し刺激を与え技術の発展を促すのが目的だという。
だけど徹にはそんな技術も知識もない。
だけどそんな事はしなくていいらしい。矛盾しているようだが神からすれば異世界人を転移させるだけでその目的は果たされるという。
つまり転移してある程度人と接しある程度生き延びてくれればそれでいいらしい。
だから魔王になろうが勇者になろうが好きにしてくれという事だった。徹からしたらそれ自体何なのか分からなかったが。
因みに地球には戻れないらしい。一度死んだ人間が同じ世界で二度連続で生を受けることはできないという話だ。
「因みに異世界の料理はどうなんですか?」
徹の質問に女神はため息をつく。
今まで何人もの日本人を異世界に送ってきたがこんなどうでもいい質問をされたのは初めてだからだ。
だが適当に答えては彼を異世界に送れない。だから女神は彼の望む答えを用意する。
「異世界は名前は違えど地球の食材と近いものが多い。それだけでなく地球にない食材や調理技術があるだろう。つまりその腕次第では料理の幅が広がるのでは?」
その言葉で徹の目が輝く。
新たな食材に技術。それがあればあのつかめそうで掴めなかった蜃気楼の正体が分かるかもしれない。
あの頂にある蜃気楼の正体が!
「だから女神の前で蜃気楼を見てるんじゃない。とりあえず行くという事でいいんだな?なら『チート』の部分について説明するぞ?」
疲れ切り敬語を使う事を忘れた女神が説明を始める。
チートはある程度強い肉体と魔力を与えその成長を早める事らしい。理由といしてはある程度生き残ってもらわないと世界に刺激を与えられないからだ。
次に何か望む武器や魔法をくれるらしい。
と言っても無敵になれる「創造魔法」の類や「聖剣」は無理らしい。まぁラノベを知らない徹からすればその類と言うのは何なのか分からなかったが。
「なら包丁を下さい」
その答えに女神は再びため息をつくが一応どんなものか聞いてみる。
「包丁は料理人の命。できれば刃が欠けない丈夫で切れ味がいいものがいいです。あ、出来れば数本欲しいですね。出刃包丁、筋引き包丁、ペティナイフ、洋出刃、骨スキ、それから……」
「ああ、分かった、分かった。お前の望む包丁を用意する。それでいいな?ならもう送るぞ?世界の説明は先ほどした通りだ。まぁうまく適当に生き残ってくれ。」
女神はそう言うと徹に手をかざし、徹は光に包まれその場から消えていった。
ここで女神は一つ大きなミスをした。
本来ならば「ある程度」力を与えて転移させるはずが徹に呆れ適当に力を与えてしまった。つまり力加減を間違え「力を与え過ぎてしまった」わけだ。だがその事に女神は気が付くはずもなく。
「はぁ。何であんな奴を選んでしまったのか」
女神のつぶやきは誰にも届くことなく白い空間に分散され消えていった。
「「「「Oui!!」」」」(はい!!)
ここはフランス料理専門店、三ツ星レストラン「ラ、グラン」。『偉大な』という名前を掲げるほどその料理の評判は高く、シェフはオープン一年目でミシュランに認められるほどの腕前だった。
「Rokuban vous obtenez une table de hors-d'œuvre!」(六番テーブルオードブル出ます!)
「Il sort dans 2 minutes 30 secondes après la 10ème cuisson du poisson de tabl!」(10番テーブル魚料理あと2分30秒で出ます!)
「Après 5 minutes sur le poisson de table 5, terminez les plats de viande en 12 minutes!」(5番テーブル魚料理を5分後、肉料理を12分後に仕上げてください!)
日本にあるレストランでスタッフは全員日本人。だが此処で日本語をしゃべる人はいない。ホールスタッフもキッチンスタッフも全てがフランス語。それだけでその意識の高さが分かる。
沢山の声が飛び交う中その全ての声を聞き取りフライパンを握る男。彼こそがこのレストランの若きシェフでありこの物語の主人公「松本 徹」(まつもと てつ)。
幼少期から父の洋食屋で働きフランス料理の神髄を叩き込まれ、そして日本人最年少で三ツ星の称号を手にした男だ。
今、芸術とまで言われた彼の料理を楽しもうと世界中からお客様が集まっている。
「Chef, excusez-moi. Vous avez dit que vous voulez dire bonjour.」(シェフ、失礼します。お客様が是非挨拶したいとおっしゃってます)
「Je comprends. Allez vite」(分かった。すぐに行く)
彼は料理の仕上げをスーシェフ(二番料理長)に任せ、身だしなみを整え客席へと向かう。
有名レストランにもなるとシェフはお客様との時間も大切にしなくてはならない。多くのグルメ達はその感想を直接シェフに伝え、そして仲良くなりたいと思うのが普通だ。
「全く、このクソ忙しい時に……」
徹は誰にも聞こえないように小さな声でぼやきながらキッチンを後にする。
レストランの厨房はそれこそ「戦場」と言っても過言ではない。お客様に最高のタイミングで料理を提供するためには秒単位で料理を仕上げていかなければならない。
お客様がコースを決めてからアペリティフ(食前酒)を提供するタイミング、ドリンクを出すタイミング、お客様が良く話す人かどうか、料理を食べるペースが速い人かどうか、カップルか家族連れか接待か。その全てがキッチンには伝えられ、そして料理を作る時間を決める。
全てのお客様が「最高のタイミング」と思える時間に料理を作ると言いう事はすべての事に神経をつぎ込まなければならない。
なのにお客様といちいち会話するなど。と徹は思いながらも師匠に「お客様と会話を楽しむのも素晴らしい料理を提供するのも同じことだ」と言われ続けた徹はため息をつきながら思い出し目的のお客様の前に立つ。
「本日はお忙しい中お越しいただきありがとうございます。お料理はお口に合いましたでしょうか?」
お決まりのセリフを言いながら徹は疑問に思う。
「ああ、最高の料理でした。さすが最年少で三ツ星を手にしただけの事はある」
そう言い笑顔で徹の手を握る男性はどこかで見た事ある気がしてならない。だが次の料理のタイミングなどを考えながらしゃべる徹はどうしても目の前の男性の事を思い出せないでいた。
「ありがとうございます。これからも「ラ、グラン」をよろしくお願いいたします」
思い出せない事がなんだか申し訳なく思い、会話を早々に切り上げようとする徹はすぐその事を後悔する。
「いやいや、私がこの店に来ることはないよ。何故ならこの店は今この瞬間をもって閉店するからだ」
「……は?」
徹は腹部に違和感を感じ、辺りからは女性の悲鳴が響き渡る。
「あ、貴方は……」
徹は自身の腹部に刺さったナイフを掴みながら彼の事を思い出し、彼は膝から崩れる徹に何かを言うが徹の耳にはもうその言葉は届かない。
薄れゆく意識の中で徹は思う。
レストランで星を得ることは名誉なことだ。だが同時にその星を失うと客は途端に離れ、その名声は消えゆく。その為その事に絶望し自殺したシェフは何人もいる。
彼は去年まで近所で一つ星レストランを営んでいたシェフだった。だが数年前にその星は無くなり客足は途絶え、経営困難に陥っていたと聞く。だがそんな話はこの業界ではよくあることだ。
だからミシュランに選ばれても星を得ることを断る店は少なくない。何故なら星を得ることでその敷居が高くなり、同時に予約することが困難になる。つまりこれまで気軽に来ていただいていたお客様が来づらくなってしまうからだ。シェフは常にその葛藤に悩まされる。
真実は分からないが恐らく彼は徹に嫉妬したんだろう。長年守り続けてきた星を奪われ名誉が地に落ちた彼は追い詰められていたんだ。
単なる八つ当たりだが、だが同時にいつか自分も彼と同じ道をたどっていたのかもしれないな。
何故だかそんな風に冷静に分析した徹はその瞬間意識を手放した。
「……きてください。起きてください。はぁ。『開店の時間だ徹!!いつまで寝てるんだ馬鹿やろう!!』」
「……!?ウィ!!シェフ!!……ってあれ?」
いつも通りシェフに怒られ飛び起き店に向かおうとした徹はいつもと違う光景に驚く。
何もない真っ白な空間。目の前には真っ白に身をつつんだ長髪の金髪の女性。その女性はまさに女神様と言っても過言ではないくらい美しい。
「過言というか女神そのものなんですけどね」
くすりと笑う女性に目を奪われながらも徹は色々思い出し考える。
まず先ほど師匠であるシェフの声がしたがあり得ない。シェフは今フランス、パリにいるはずだ。あの料理以外に興味がない彼が日本にいるわけない。そんな時間があったらワイン片手に料理の研究を続けているはずだ。
次に自分は先ほどナイフで刺されたはずだ。ならここは病院か?いや、そんな風には見えない。もしここが手術室なら一体何平方ある手術室なんだ。しかも機材もなければ人員もない。目の前の女性は医者には見えないし。
というかナイフで刺された自分より目の前の女性の方が重症なのでは?自分で「女神そのもの」とか言っているし。一度脳外科に観てもらうべきだ。いや、精神科か?
「ちょっと?何考えてるか丸わかりですよ?あまり失礼だと地獄送りにしてしまいますよ?」
やはり重症のようだ。できればあまり関わりたくないな。
「はぁ。もういいや。兎に角日本人なら『ラノベ』はご存知ですよね?貴方は死に、そして異世界転移、つまりチート転移することになったと言えばわかりますか?」
ああ、駄目だ。目の前の女性は末期のようだ。早く医者に見せなきゃ手遅れになるぞ。
だが自分のポケットを探してみたがスマートフォンが見つからない。ああ、そう言えばスタッフルームの荷物の中に置いてきたんだと思いだす。という事は彼女はもう助からないのか。残念だ。
「ちょっと!?本当に地獄に送りますよ!?」
そこから徹は目の前の女神さまに三時間近く説教をされながら状況を説明されるのだった。
「……という事は俺は『死んだ』。そして日本で流行っている『ライトノベル』と言う本でよくある設定『剣と魔法の世界』という所に『チート転移』、つまり『少し若返り、そして強くなり』その世界に行くという事で間違いありませんか?」
「はぁ、はぁ、そうよ。そう言うことよ。なんで本当に何も知らないの?なんであんなに面白い『聖書達』を読んでないのよ」
目の前の女神様は、長時間興奮しながら説教したせいで乱れた綺麗な髪をなおしながら言う。
だがそれは仕方のない事だ。徹は教科書以外の本は料理本しか読んだことはない。料理の世界は極めようと思えばそれこそ一生かけても時間が足りない程奥深く、そしてその可能性は無限だ。
徹も幼少期から常にその神髄を追い求めて何度頂きにたどり着いたと錯覚した事か。
料理の神髄はまだ誰にも分からない。徹は定期的に料理を極めた気分になっていたが、だがそれはいつも蜃気楼のように消えていく。
何故なら人の味覚は千差万別だからだ。いくら美味しい料理を作っても人によっては不味く感じてしまう。
だがら三ツ星レストランを作りそして再び自身の自信を取り戻そうとした。
だがそれもまた蜃気楼。お客様によっては「期待外れだった」と言う方もいる。
いくら手を伸ばしてもつかめない料理の神髄。掴んだと思ってもいつもそれは白い靄となって消えていってしまう。
ああ、料理の神がいるならば教えてほしい!
料理とは一体何なのか!?
料理の神髄とは何なのか!?
掴もうとしても消えてしまうこの蜃気楼の正体は一体何なんだ!?
「おい、女神の前で何蜃気楼を見てやんだ」
「チェンジで。折角死んだんだから女神様より料理の神様に会いたいです」
「な、なんですって!!??女神を前にしてチェンジって何よチェンジって!!」
こうして一人の料理馬鹿はまた2時間程女神さまに説教をされるのだった。
「で?異世界に行くの?行かないの?」
いつの間にかあるソファーに座り、説教疲れで項垂れている女神さまは気だる気に聞いてくる。
女神さまの話は長かったので徹はあまり覚えていないが、内容はだいたいこんな感じだ。
今の地球と言う星は可もなく不可もなく、科学のおかげで多少は発展しているが他の科学が発展した星に比べればまだ産毛が生えた程度。
特に日本はラノベを通じて異世界と言う場所を想像したことあるおかげで、異世界に行っても適応しやすい。
つまり大して知識もなく適応しやすい日本人が異世界転移にはちょうどいいらしい。
下手に科学が発展した星の人を連れていくとそれこそ文化そのものが変わってしまい大変らしい。
では何故異世界転生などさせるのか。
それは神が世界に定期的に世界に刺激を与えているらしい。
歴史上の人物がそうだったように、電機やガスを発見し使いこなしたように異世界人が世界に少し刺激を与え技術の発展を促すのが目的だという。
だけど徹にはそんな技術も知識もない。
だけどそんな事はしなくていいらしい。矛盾しているようだが神からすれば異世界人を転移させるだけでその目的は果たされるという。
つまり転移してある程度人と接しある程度生き延びてくれればそれでいいらしい。
だから魔王になろうが勇者になろうが好きにしてくれという事だった。徹からしたらそれ自体何なのか分からなかったが。
因みに地球には戻れないらしい。一度死んだ人間が同じ世界で二度連続で生を受けることはできないという話だ。
「因みに異世界の料理はどうなんですか?」
徹の質問に女神はため息をつく。
今まで何人もの日本人を異世界に送ってきたがこんなどうでもいい質問をされたのは初めてだからだ。
だが適当に答えては彼を異世界に送れない。だから女神は彼の望む答えを用意する。
「異世界は名前は違えど地球の食材と近いものが多い。それだけでなく地球にない食材や調理技術があるだろう。つまりその腕次第では料理の幅が広がるのでは?」
その言葉で徹の目が輝く。
新たな食材に技術。それがあればあのつかめそうで掴めなかった蜃気楼の正体が分かるかもしれない。
あの頂にある蜃気楼の正体が!
「だから女神の前で蜃気楼を見てるんじゃない。とりあえず行くという事でいいんだな?なら『チート』の部分について説明するぞ?」
疲れ切り敬語を使う事を忘れた女神が説明を始める。
チートはある程度強い肉体と魔力を与えその成長を早める事らしい。理由といしてはある程度生き残ってもらわないと世界に刺激を与えられないからだ。
次に何か望む武器や魔法をくれるらしい。
と言っても無敵になれる「創造魔法」の類や「聖剣」は無理らしい。まぁラノベを知らない徹からすればその類と言うのは何なのか分からなかったが。
「なら包丁を下さい」
その答えに女神は再びため息をつくが一応どんなものか聞いてみる。
「包丁は料理人の命。できれば刃が欠けない丈夫で切れ味がいいものがいいです。あ、出来れば数本欲しいですね。出刃包丁、筋引き包丁、ペティナイフ、洋出刃、骨スキ、それから……」
「ああ、分かった、分かった。お前の望む包丁を用意する。それでいいな?ならもう送るぞ?世界の説明は先ほどした通りだ。まぁうまく適当に生き残ってくれ。」
女神はそう言うと徹に手をかざし、徹は光に包まれその場から消えていった。
ここで女神は一つ大きなミスをした。
本来ならば「ある程度」力を与えて転移させるはずが徹に呆れ適当に力を与えてしまった。つまり力加減を間違え「力を与え過ぎてしまった」わけだ。だがその事に女神は気が付くはずもなく。
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