ファンキー・ロンリー・ベイビーズ

清泪─せいな

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第117話 犬も歩けばファンクに当たる 6

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 事件解決から、一ヶ月が経った。
 真盛橋羽音町七丁目。
 背の低い山があるこの地域には、山の上に古くから寺があり、そこへ続く長い石階段の側に一台の車が停められていた。

「私用なのに運転してもらってすみません、若さん」

 助手席に座るのは、井上梅吉。
 仕事着として着ていた暗い青色の背広が、事件時にボロボロに破れてしまったので、明るめの青色の背広を新調した。
 以前の色を落ち着いた大人のように見られるよう選んで着ていたのだが、辛気臭いと評判で、ならばと思い明るめの青色に変えてみたのだが、今度は新社会人みたいだと揶揄されていた。

「構わねえよ、病み上がりのヤツを足に使うほど、俺もふんぞり返ってねぇよ」

 運転席に座るのは、若菜歩。
 ハンドルにもたれ掛かるように座る若菜はそう言いながら、深茶色のよれよれの背広の胸ポケットから煙草を取り出すと口にくわえた。
 続けてライターを探すが、どうもどのポケットにも入っていない様子だ。

「病み上がりって、若さんもまだ痛むんでしょ、あの時の傷。もう若くないから傷の治りが遅くなってんすね、無茶しないでくださいよ」

「うるせぇ、お前みたいに医者の反対押し切って現場復帰しようってのが無茶だって言うんだよ。素直にあと一、二週間、入院しとけってんだ」

 井上の怪我の具合は初期診断通り一ヶ月で治るものであった。
 ただし、表面上傷が治るというような具合の話であって、運動などを行うにはまだリハビリ等治療が必要であった。
 そこを井上は現場で動き回ってれば自然とリハビリみたいなものになると、入院期間を伸ばそうとする医者の意見を押し切った。

「身体はとっくにピンピンしてますから、そんなの受けてられないですよ。もうあの事件から一ヶ月も経ったんですから、押さえつけていた反動が来る頃でしょ? オレも働きますよ」

 事件の後始末にと、警察と千代田組合同で当たった見知らぬ人ストレンジャーの残党処理。
 元々即席の集団だったので結束は無く、頭となっていた野上花康と梅吉英雄の両名が逮捕されたことで自然解体となっていたが、バラバラにやっていた者達が徒党を組む機会を得たことによる繋がりは全てが無くなるものでは無かった。
 大捕物から逃れた者達は、元の個々としての活動に戻る者もいれば、小規模ながら新たな集団を組んでる者もいた。

「おーおー、やる気はよくわかったから、とりあえず先に用事を済ましてこい」

「あ、はい。なるべく早く戻ってきますんで」

「久しぶりなんだろ、遠慮すんな。ここでのんびりタバコ休憩させてもらうよ」

 若菜にそう言われ、井上は頭を下げながら助手席側のドアを開いた。
 降り際にグローブボックスにライターがある事を若菜に伝え、井上は長く続く石階段へと足を進めた。

 長く続く階段を懐かしみながら登りきると、古びた寺がある。
 井上はその入口となる門を横に逸れて進んでいき、八丁目の街風景を見渡せる墓地に辿り着いた。
 真っ直ぐと安堂瑛太の墓の前へと歩いていく。

「よぉ、五年、いや六年ぶりだな、瑛太。警察官になるって報告して以来だな。悪いな、忙しさにかまけて、ここに来るのに足が遠くなってた」

 安堂瑛太の墓は綺麗に磨かれていて、誰かが最近訪れたのだとわかる。
 自分もたまには磨いてやらないとな、と井上は思うものの瑛太の身体を洗ってやるような気恥ずかしさが少しあった。
 
「報告が遅くなったんだけどさ、梅の事はちゃんと止めることが出来たよ。まぁ、オレ一人の力じゃないんだけどさ。今は大人しく捕まってるよ」

 怪我の治療にある程度目処が経った後に行われた取り調べにも、英雄は素直に対応していたと井上は聞かされている。
 立ち会えなかったのは惜しまれるが、英雄が取り調べを受けてる最中、井上はまだ病院で安静にしておくよう指示されていたところだった。
 怪我の回復力まで違うとはつくづく差を感じてしまう。

「なぁ、瑛太。お前、あの日親父さんに投球ホーム教える為にこっそり練習してたんだって? なんだよ、言ってくれてればさ、オレたちも付き合ったんだぜお前の練習にさ。それだったら、あの日、事故になんて――」

 事故になんて合わせなかった。
 その、たられば、を口にして今更どうしようも無いことはわかっていたが、やはりその、たられば、に縋りたくなる気持ちはまだ井上は払拭しきれてなかった。

「あの時から……今もだけどさ、まだまだ頼りにならないよな、オレって。まぁ、それが身に染みてわかってるから、組織に属したんだけどな。警察って組織なら、オレ一人が頼んなくても、この街を、お前が生きてた街を護れるって思ったんだよ。はは、前も言ったっけ、この話?」

 地元の配属になったことに感謝している。
 出世街道とかそんなものには興味は無かった。
 井上が警察官として、果たしたい願いはこの街にしかない。
 一警官として固執するのは不純だとも思うが、それでもそれが井上の進む道であった。

「とにかくさ、オレはお前も、あの梅だって頼りたくなるような警察官になってこの街を護り続けていくからさ。見ててくれよな」

 そう言って井上は深々と頭を下げた。
 それは謝罪であり、願いであった。
 そして、誓いでもある。

 暫く頭を下げたあと、ゆっくりと頭を上げる井上。
 頬に一滴涙が零れたので、手で拭う。

「それにしてもさ、瑛太、お前に聞かせたい話が山ほどあるんだ。なぁ、聞いてくれるか――」

 それから井上は沢山の話をした。
 今まで話せなかった話。
 二十年、話せなかった話。
 井上の目には、あの頃のままの瑛太が笑ってる姿が映っていた。
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