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第67話 良薬は口にフュージョン 10

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 恐怖に身体の震えを止められないチンピラが解放されて、一人逃げようとしたところ遊川にオイと一声圧をかけられる。
 ビクつくチンピラは遊川の視線から仲間を片付けていけと指示されていることに気づき、慌てて仲間二人を起こした。
 一人は辛うじて起き上がったが、もう一人は倒れた際に打ち所が悪かったのか、元々打たれ弱いのか、起き上がるのを断念していてボコボコにやられた他二人に引っ張ってもらいこの場を去っていく。

「俺が闘ったロシア人、あんなのが何人もいるかと思うと身が持たないぜ。一人相手しただけで、ほら、このやられ具合」

 二日間の蓄積した怪我具合を勝が両手を広げ披露する。
 顔やら腕やら、青くなったり赤くなったりして痣が腫れ上がっていた。
 お気に入りのベロアジャケットも所々破けてしまっていて、勝はため息をついた。

「まぁ、無傷じゃ済まねぇなんて今に始まったこっちゃねぇがな。正直、異文化交流としてってみたいって気持ちも無いわけじゃないんだが、正面切って面倒事を増やす立場じゃないんでな。はぐれものを見つけたときは、素直に報告してやるのが筋ってもんでな」

「筋?」

「ああ、アジア系──中国系にしろ韓国系にしろ、古くからの因縁に従いはぐれものが勝手にやるのを良しとしねぇんだよ。組長親父の世代より更に上のな、昔々って言われそうなお偉方がやんちゃでな、一人はぐれものが暴れようなら連帯責任って言って誰彼構わず報復してたんだってよ。好きだろ、歳いった人間ってさ、連帯責任とか、皆は一人のために一人は皆のために、とかいうの」

 そういうところは内外関係ねぇんだがな、と遊川は悪戯っぽく笑う。
 〇〇組の誰々が下手打ったから〇〇組全体のせいにして幹部に責任取らせる、とか今も変わらぬやり口で、手綱から外れた誰かが好き勝手やればそれを理由に事を大きくしたがる世代のせいで内々に処理する流れになったのだとか。

「ロシアの方は軍人気質のプライド的な話だろうな。勝手にやるやつのせいで顔に泥を塗られたくないとか、そういう話だ。脱退は許すが目のつくところで遊んでくれるな、という躾だな」

「それで、親元に連絡してやるってことか? お宅の家出したお子さんがやんちゃしてますよ、って」

「そういうことだな。ご近所付き合いにおける筋だ。躾はそちらの家庭に任せますってな」

 連絡先は何処だよ?、と勝は問いかけようとして止めることにした。
 踏み込みすぎて良いことはない、千代田組の尻拭いなどと好きにやってはいるが千代田組になりたいわけではない。
 極道なんてまっぴらごめんだ。
 それでいい、と遊川はまた悪戯っぽく笑う。

「もう少し調べようと思ったが、外国人相手なら、日中は顔を出さないだろうな。どんな事情であれ所属先を抜けたクセにまたこそこそと活動しようってヤツらは目立つのを嫌うからな」

「なんとなく、こうなることはわかってたって顔してるよ、遊川さん」

「まぁな、結局はもぐら叩きだからな。可能性を潰していく作業さ、警察とやることが似てる。梅吉か、黒幕のヤツが千代田組のマークが甘いスナックを宛がってる線もあるが、皮肉にも千代田組ウチにそれほどいい物件は無いもんでな」

 遊川は煙草を取り出し口に咥える。

「で、どうすんだよ、これから? 魚が釣れるまで羽音町ぶらり旅?」

 煙草に火をつけ紫煙を吹き一息つく遊川を見て、勝は悪態をついた。
 二日間喧嘩続きになってるので、だんだんと身体を休めたいという気持ちが積み重なってきた。
 チンピラは遊川が即迎撃するとはいえ、ただただ連れ回されるのも疲れるものだ。

「んー、まぁちょっくらお嬢を迎えに行くか。事が終わるまで警察に匿ってもらいたいとこだが、そんなタマじゃねぇからなあの娘は。放っておけば勝手に動いちまうからな」

 テメェみたいにな、と遊川は付け加えて心底迷惑そうに勝を見る。
 昨日初めて会ったばかりの腹違いの妹に似てる部分があると言われても、反応に困るだけだと勝は思った。
 自分に似てると言われるよりきっと千代田組組長父親に似てるのだから、そっちの責任にしてほしいものだ。

「それに平家──ウチの組のヤツもそっちに呼んである。どうせ、見知らぬ人ストレンジャーのヤツらも来るだろうしな。釣り場は八丁目だ、行くぞ」

 遊川はそう言うと辺りを一瞥してから歩き出した。
 隠れてこちらを窺ってる人影があるが、外国人とは違うもので、先ほどのチンピラと大差ないヤツらだろう。
 大して情報も持ってないだろうし、食ってかかってこないのならばこちらから遊んでやる必要もない。
 睨みを効かせたら充分。

「いや、ちょ、遊川さん、アンタ、警察署前で暴れる気かよ?」

 遊川の睨みに牽制され動けない人影の事や、話の流れを頭で整理していたらワンテンポ遅れてしまった勝は、目の前を悠々と歩いていく若頭の根っこが暴れたがりなのを危惧していた。
 先代だとか上のお偉方とか散々な暴れぶりを聞いていた男が、若い暴走を見て看過されている。
 そんな気がして勝は不安ばかりが募るのであった。
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