ファンキー・ロンリー・ベイビーズ

清泪─せいな

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第61話 良薬は口にフュージョン 4

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 森川八重が冠泰平プロレスジムの奥の部屋──更衣室や事務室が並ぶ通路を行ったり来たりしながら武器になる物を物色し始めて五分。
 女子更衣室の鍵のかかっていないロッカーの中にあった二本の竹刀を手に取り、出来もしない二刀流を構え勢いよくドアを開け八重はいざ邦子の加勢へと飛び出した。
 たぁーっ、とアクション映画で観た女優の真似をしながら威勢良く飛び出した八重の目に映ったのは、ジムの外で傷だらけになりながらも戦闘態勢であり続ける邦子と周りを囲む無数のチンピラの倒れた姿だった。

 二十人目ぐらいまでは順調に倒せていた、つもりだった。
 邦子は単純な殴打とプロレスで学んだ技術を駆使して対峙する見知らぬ人ストレンジャー達を薙ぎ倒していたが、相手も伊達に薬物売買など危ない橋を渡ってるわけではなかった。
 一撃で倒されたと見せかけて邦子の隙を狙い起き上がり襲撃する。
 そんな甦りが何度と続いた。
 邦子の重い一撃もチンピラとして食っていく意地を簡単には折ることは出来なかったという事だ。
 寄せ集めのライバルが減れば取り分は増える、協力はしないものの獲物を狩る目的は一致してる集団は、そんな欲と意地で立ち上がった。

 甦るチンピラの一撃一撃が蓄積していき、無双じみていた邦子の身体は傷だらけになっていた。
 バットによる打撲で額から血が垂れ視界を狭め、ナイフによる切傷で両腕から血が垂れ火炎放射に焼けた肌が変色し、悪あがきにより左手の薬指は折られてしまっていて、全身を殴られ蹴られしたせいで痛みにより呼吸がままならぬ状態である。
 それでも女王桐山邦子は戦闘態勢を崩すことはなかった。
 四十を超える倒れたチンピラ達の中心で、次の相手を待ち構えていた。
 倒れたチンピラの数と同等かそれ以上のチンピラがまだ待ち構えている。

「いやぁ、マジでスゲェーわ、女王。あと半分ってとこまで来ちまったぜ」

 剣崎の拍手が建物に反響する。
 騒動に気づいて近くのマンションの住人たちがベランダから顔を出して野次馬をしている。

「ハァハァ、もう半分だって?・・・・・・足りないねぇ」

 邦子は構えた腕の拳に力が入らなかった。
 パンチにチョップ、ラリアット、相手の服を掴んだり、相手の頭を掴んだり。
 攻撃だけでも酷使した手、身体の痛みと疲労に力は削がれていく。

「カァー、言うねぇ女王。それじゃあ狙いのお姫様もわざわざ出てきてくれたことだし、第二ステージスタートと行こうかっ!!」

 剣崎がそう声を上げると周りのチンピラ達が呼応するように吠える。
 残虐なまでの格闘ショーにチンピラ達のアドレナリンが活性化していた。

「八重ちゃん!? 何で出てきてんの!?」

 剣崎の言葉に八重が奥の部屋から出てきたことにようやく気づいた邦子。
 慌てて振り向くと八重は気まずそうに竹刀を構えていた。

「あ、あの私も守られてばかりじゃ申し訳ないなって思って」

「八重ちゃん、格闘技とか習ってないんでしょ、無茶しないの! それにその竹刀、勝手に使ったのバレたらタダじゃ済まないヤツだよ!!」

 邦子も恐れる大先輩がトレーニングというシゴキに使う竹刀だ。
 アレを見ただけでトラウマが呼び起こされて吐き出す練習生も沢山いるという。
 邦子も思い出して、叩かれた背中が痛くなってきた。

「へっ!? そ、それは私が持ち出したこと黙っててくださいね」

「黙っててあげるから、アンタはおとなしく奥の部屋に隠れてな。余計な心配は無用だよ、こんなことでやられるようなやわな鍛えられ方しちゃいないんだ」

 夏の合宿百人組手、地獄のトレーニングを思い出して邦子は自分を奮い起たせる。
 アレに比べたら大した話じゃない、そうやって鼻で笑ってやれるぐらいだ。

「いやいや、今さら逃がすかよっ!!」

 八重と邦子の会話に入ってきたのは、猫目のチンピラだった。
 赤い髪が低い位置を素早く動く。
 地を這うような前傾姿勢で駆ける猫目。
 狙うはジム内にいる森川八重。
 ジムから少し離れた位置にまで来てしまっていた邦子には猫目は離れすぎていた。

 しまった、と足を踏み出し手を伸ばす邦子。
 猫目は刃渡りの長いナイフを腰から抜くと逆手に構えた。
 低い姿勢のまま粉々に割られたジムのはめ殺し窓を跨ぎ侵入しようとしたところ──。

 ドゴッ、と鈍く重い音がして猫目の身体が宙に跳ねられた。
 脇腹にぶつかる強い衝撃。
 猫目は飛ばされる最中、衝撃の主を目で捉えた。
 紺の背広服、金髪に日焼けた肌、口もとには濃い髭。

「お嬢、やっと見つけましたぜ。遅くなってすいません」

 馬宮幹雄、千代田組の組員。
 そして──。

「おい、ネェチャン、ウチのお嬢のためにそんなボロボロになってまで戦ってくれてよ、感謝してもしきれねぇじゃねぇか」

 チンピラの集団の死角から忍び寄る濃緑の背広、茶髪のオールバック、襟足が妙に長く、耳につけた数個のピアスが日光を反射し輝いた。
 その輝きに目を閉じたチンピラを次々と殴り倒す男、平家北斗。
 同じく千代田組の組員。

「邦子さん、八重センパイ、お待たせしました。斧宮華澄、これより加勢させてもらいます!!」

 邦子の後方から駆けつけてきた華澄はそう宣言するや、あっという間にチンピラの前に詰めて得意のハイキックで一人吹っ飛ばした。

「おお、イケイケー、カスミン&ヤクザーズ!」

 少し離れたビルの影から村山愛依が歓声を上げる。
 安全圏はしっかり確保しているようだ。
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