ファンキー・ロンリー・ベイビーズ

清泪─せいな

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第33話 百聞はボサノバにしかず 9

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 背後に怒声を上げながら千代田組の二人が追いかけてきている。
 帰路につくサラリーマンたちの流れに逆行するように四丁目を走る文哉。
 時折後ろを振り返り千代田組の二人の姿を確認する。
 サイレンを鳴らすパトカーが通りすぎていく。
 通報のあったであろう場所からはそこそこ離れた。
 どういう通報をしたのかわからなかったが、千代田組の二人のことを無視してパトカーは通りすぎていく。
 千代田組の二人もパトカーに目もくれずまっすぐ文哉を追いかけてきていた。

 ある程度追いかけさせてそれから撒くか。
 文哉はそう考えてジョギング程度の気持ちで走っていた。
 愛依は逆方向から帰ったはずなのでそこからも距離を遠ざけて、二人を撒けたら元の場所に自転車を取りに行く算段。
 自転車が無ければ明日の通勤が面倒だ。
 後ろの二人はずっと、待てやニイチャン、と馬鹿の一つ覚えみたいに怒鳴り続けてるので追いかけてきてるのがわかりやすかった。
 少し目立つのが難点。

 そう考えていたのも束の間、怒鳴り声が聞こえなくなり微かに呻き声のようなものが聞こえた。
 オッサン二人が鬼ごっこにバテて転けたのかと思い文哉は振り返ると、遠くでうつ伏せに倒れる千代田組の二人とどよめく通行人の姿が見える。
 何だと目を凝らして見ると通行人たちの中によく知った男の姿があった。

「あ、やっぱ、平田じゃん!」

「平田“さん”だって言ってんだろ、剣崎」

 地面に倒れるヤクザ二人を怯えながらの見る通行人たちの真ん中で、文哉を指差し笑う剣崎晃司。
 職場から再三注意を受けてるツーブロックに刈り上げた水色の髪が、周りの通行人より頭二つ上の高さにあってやたらと目立つ。
 茶色い迷彩柄のジャケットを白のニットシャツの上に羽織り、ネイビーのパンツは妙にダボつかせて履いている。
 ストリートファッションのそれが背広姿の通行人たちの中で目立っていて、その自己主張の強さが文哉を腹立たせた。
 すっかり足を止めてしまった文哉に、剣崎は意気揚々と愉快そうに歩き近寄ってきた。

「作業服のまんまお遊びしちゃったらさぁ、怒られんじゃないの?」

「そういうの無視しまくってるお前には言われたくないよ」

「いやぁ、平田って真面目じゃん。人付き合いマイナスマンで周りには嫌われてっけどさぁ、真面目は売りにしてんじゃん」

「売りになんてしてねぇよ」

「そんな真面目マンが喧嘩沙汰なんて、一発K.O.でクビになっちまうぜ」

「なんねぇよ。俺がクビになるより問題児のお前の方が先だわ」

「は、オレは別にクビになってもいーし。なぁ、それよりさ──」

 楽しそうに揺られながら少しずつ近づいてくる剣崎。
 近づいてきたことでその頬が少し赤らんでいるのがわかる。
 二人の距離が、文哉の蹴りの間合いまで近づく。
 リーチの差で言えば剣崎の方が背が高いので優位なのだが、文哉が得意とする踏み込みからの上段回し蹴りはその優位を無視できるだろう。

「なぁ、オレと喧嘩しないか?」

「呑んでんのか、剣崎?」 

「逆にアンタ、シラフなのかよ、こんな暴れまわってさ。イカれてんのか?」

「大袈裟に言うなよ、強引なナンパされてる女の子助けただけだ。そこら辺の小学生にも出来る話だよ」

「ヤクザ二人相手なんてそこら辺のガキができっかよ。なぁ、平田、オレは今日一日中羽姫で試合見ててさ、滾ってんだよねぇ。誰か殴りたくて仕方ねぇ。騒いでるオッサン二人を後ろから殴ったけど、すぐ倒れちまってもの足りねぇし」

 そう言って剣崎がシャドーボクシングを始め出す。
 右左とパンチが空を切る。
 速さは無いが重さが乗った音が鳴る。
 千代田組の二人が地面に倒れてる原因はその重いパンチか。

「一日中? そんなに女同士の喧嘩見て何が楽しぃんだか──」

 文哉がそれを口にすると同時に重い衝撃が頬を叩いた。
 衝撃に頭が揺さぶられて、文哉はよろけた。

「ああ!? 羽姫アンチか、テメェ!」

 剣崎の表情が怒りの形相に変わる。
 文哉の返事も待たずして剣崎は二撃目を振る。
 よろけた文哉の腹に重い一撃が突き刺さる。
 ドンッと身体中に衝撃の波が広がり、文哉の身体がクの字に折れ曲がる。

「羽姫アンチは絶対許さないマン!!」

 文哉の前に垂れる頭を両手で掴み剣崎はその顔に膝をぶつける。
 衝撃と痛みに起き上がる文哉の身体は、剣崎の前蹴りを無防備に食らい押し飛ばされる。
 よろけて後ずさるも倒れないよう踏ん張る文哉が顔を上げて見たのは、飛び上がる剣崎の姿だった。
 その場の跳躍から放たれる長身のリーチを生かしたドロップキック。
 胸を打つ衝撃が文哉の身体を大きく吹っ飛ばした。
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